異世界グルメ旅 ~勇者の使命?なにソレ、美味しいの?~

篠崎 冬馬

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第037話:砂糖をつくろう!

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 有史以前から、人類は「食料保存」に頭を悩ませてきた。最初は素焼きの土器に収穫物を入れておくという簡易な保存方法であった。これはネズミや虫に喰われなくなるという点では一定の効果があったが、肉や果実の長期保存はできなかった。そこで紀元前一万二千年頃には「乾燥」という保存技術が開発された。干し肉やドライフルーツなどが生み出され、それを土器に入れ、さらに土に埋めることで保存を測ったのである。

「食の歴史は、保存技術の歴史とも言える。最初は乾燥技術だった。ただ日干ししただけではなく、塩漬けにしたり燻製にしたりと、様々な方法で食品から水分を抜き、保存するようになった。次に保存容器の工夫が生まれた。瓶詰、缶詰などだ。空気に触れさせないことで食品を乾燥させることなく、保存できるようになった。そして冷蔵冷凍技術だ。まあそこまでいくには相当な技術発展が必要だ。この世界にあるのはせいぜい、燻製と瓶詰くらいだな」




 アルティメット・キッチンを展開した俺は、市場で買ってきた「ダンジョン飯」を並べた。必要は発明の母という。思いのほか、保存食品は充実していた。

「ウム。汝に期待したいところの一つでもあるな。技術の発展には欲望が不可欠じゃ。そして食欲という欲求は、万民すべてが持つもの。保存食開発は食文化発展にも繋がるの」

 女神ヘスティアは頷いてドライソーセージを一切れ口に入れた。それ以外の保存食を机の上に並べていく。レイラとメリッサにも手伝ってもらう。ダンジョン内の冒険については、彼女たちのほうが詳しいからだ。

「ドライソーセージ、ドライフルーツ、小麦粉と卵を練った堅パン、ライ麦パンもあるな。ハチミツを使ったジャムなどもあったが、ハチミツそのものが高価だからな。これは養蜂技術が発達していないためだろう。そして最大の問題は……」

 皿の上に茶色い塊をゴロンと転がした。

「砂糖がこれほど高いとはな。胡椒ほどではないが、それでも一壺で金貨一枚、一〇万円もするようでは、とてもではないが一般庶民は使えないだろうな」

「……確かに、王国では砂糖の価格が高い。南方から輸入しているが、使えるのは王家と貴族くらいだ。父上も手をこまねいているわけではない。砂糖の原料となる苗を輸入し、栽培を試みたりしているが、どうしても育たないそうだ」

 レイラが暗い表情で頷く。現代社会でこそ砂糖は簡単に手に入るが、地球の歴史においても、中世では高級食材であった。アルティメット・キッチンなら、砂糖は格安で手に入るが……

「ユーヤ。加護の力で、なんとかならないだろうか?」

「ダメだ。砂糖を使った料理を作ることは構わないし、それを売るのも構わない。だが砂糖だけを“転売”するのは、加護の目的から外れるし、問題の先送りに過ぎない」

「そうじゃの。わらわの期待は食文化の発展じゃ。娘よ。砂糖が欲しければ、どうにかして手に入れる方法を考えよ」

「そ、それは解っている! いや、います。ですが、ユーヤは料理の腕のみならず、食材そのものに造詣が深い。南方の農作物をどうにか栽培できないか。もしくは果物などから砂糖を作れないか。そうした知恵を求めているのです」

「果物から砂糖…… 果糖フルクトースを作るなんて、技術的に無理だぞ。四〇〇年早い」

「それでも、何かないのか? ポッテトスターチという新しい食材で、マルコを救ってくれたではないか!」

 元王女であるレイラには、王国内で砂糖が作れるようになることの意味が理解できているのだろう。経済的効果のみならず、南方からの輸入に頼らずに済むという外交的な意味も大きい。縋りつくように俺に知恵を求めてくる。

(そう言われてもな。メリッサは無視してドライフルーツ食べてるし、ヘスティアは黙って俺を見ているし。なにか意見出してくれよ……)

「いや、芋から片栗粉を作るのと砂糖を作るのでは…… あ……」

「やれやれ、気づきおったか」

 ヘスティアが小さく呟いたが、俺の耳には届かなかった。これまでの旅の光景を頭の中で目まぐるしく思い返す。

「そうだよ。なんで気づかなかったんだ。南方ということで、サトウキビばかり考えていた。国産砂糖の七〇%は、アレだったのに!」

「ユーヤ? どうしたの?」

 メリッサが少し引いた様子で問いかけてくるが、それは無視する。ヘスティアに断って加護を解除し、すぐに目的の場所へと向かう。砂糖を作れるぞという俺の言葉に興味を持ったのか、レイラとメリッサもついてきた。




「これは、ホルスタン用の餌だぞ? 食べられるそうだが、あまり美味くないと聞いている」

 ドムの街外れにある家畜用飼料の備蓄小屋から、一抱えの餌を分けてもらってきた。小麦栽培の輪作として栽培されている飼料を分けてもらってきた。もともと休耕地にするのも惜しいということで栽培されているらしく、値段はかなり安かった。

「これは“てん菜”といってな。これから砂糖を作り出すことができる」

「なん……だと?」

 驚愕の表情を浮かべるレイラを無視し、俺はてん菜、この世界では「ビッツ」と呼ばれる芋を洗い、皮をむいて齧った。微かな甘みがある。だが昔、北海道で実際に齧ったてん菜と比べると、糖度が低い。

「やはり品種改良がされる以前のものだ。含有糖度は四~五%といったところか? 北海道産のてん菜なら、一キロから一五〇グラム程度の砂糖ができるんだが、これだとせいぜい三〇グラムか?」

 それでも、一〇キロで三〇〇グラム、一〇〇キロなら三キロの砂糖(正確には“てんさい糖”)を生み出すことができる。王国内で栽培が奨励されれば、新たな産業が生まれるだろう。

「よし、アルティメット・キッチンで砂糖を作るぞ!」




「てん菜から砂糖を作る方法は極めて簡単だ。洗ったてん菜の皮を剥いて、賽の目状にカットする。今回はテストだから、てん菜三キロを使う。これを七〇度の湯を張った鍋に入れる。低温調理機で温度管理できればいいが、難しい場合は鍋に蓋をして毛布で包んでもいいぞ。そして一時間後、てん菜を取り除いて、汁だけを強火で煮詰めていく」

 ヘラでかき混ぜていくと、やがて水飴状になる。そうしたら弱火にしてさらに煮詰める。水飴が白っぽくなってきたら火からおろして混ぜ続ける。やがて固まり始めるので、皿に移す。しばらくすると完全に固まるので、好みの大きさに砕けば「てんさい糖」の完成だ。

「凄い! 本当に砂糖ができているぞ!」

「うん、甘いわね。というか、市場の黒砂糖よりも美味しいわ」

 出来上がったてんさい糖は八〇グラム程度だった。思ったより少なかったが、それでもレイラやメリッサには衝撃だったようだ。

「すぐに父上に報告する。国策として、この“てんさい糖”の製造を奨励するよう勧めよう」

「それなら、同時に品種改良の必要性も伝えておいてくれ。このてん菜……ビッツか? まだ糖度が低い。研究すれば、この二倍、三倍の生産が可能なはずだ」

「なんと! これが二倍、三倍も作れるのか! ならば何としても父上、兄上に実現してもらわねば!」

 いや、品種改良は一朝一夕にはできんぞ。俺の世界でも二〇〇年かけて改良したんだからな。アルティメット・キッチンを使えば、地球のてん菜を出すこともできるが……

「それで良い。これ以上、汝が口をはさむ必要はないのじゃ。あとは人々の努力次第。品種改良の過程で、新たな発見もあろうて」

 ヘスティアの言葉に、俺は黙ってうなずいた。
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