異世界グルメ旅 ~勇者の使命?なにソレ、美味しいの?~

篠崎 冬馬

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第038話:賞味期限一ヶ月のパン

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 時空間魔法の付与効果が施されている「収納袋」を持たない初級から中級の冒険者は、平均して七~一〇日間、ダンジョンで活動するという。一人あたり四〇リットルの水袋を背負ってダンジョンに入り、さらに「運び屋ポーター」は回復薬や食料まで背負う。
 ダンジョンでは第一〇層に「転移陣」があり一度使用したものは、地上との行き来が可能である。そのため、転移陣登録をしていない者は初級冒険者、登録した者は中級冒険者と見なされる。さらにダンジョンの深奥に稀に発生する宝箱から収納袋を得た者は「上級冒険者」と見なされる。収納袋を得れば物資運搬の苦労から解放される。そのため上級冒険者が組むパーティーの収入は飛躍的に増大し、貴族顔負けの資産を持つ冒険者さえいる。
 その一方で、収納袋は冒険者のみならず行商人、さらには軍部や各貴族にとっても垂涎であるため、常に盗難の危険がある。収納袋を得た者は冒険者ギルドに申告するのが一般的であるが、その際に万一の場合に備え、高額な「追跡用魔道具」を組み込む者までいる。



「こうした問題を少しでも解決するために、冒険者メシを新しく開発したいと思う。軽量で長期保存が可能でありながら、栄養に富みかつ美味いものでなければならない。栄養というのは、日々の活動を支える炭水化物、脳の活動を支える糖質、疲弊した筋肉を回復させるたんぱく質と脂質、そして各種ビタミンとミネラルだ。一つの食事で、それらすべてを摂取できるようにしたい」

「何やら聞きなれない言葉も入っているが、ユーヤが作ろうとしている料理が凄まじいものであることは理解できた。だがそんな料理が存在するのか?」

「ある。まあ任せとけ。作るのは焼き菓子だ」

 菓子と聞いてレイラは首を傾げた。机の上に並べられた品々を見て、メリッサが説明する。

「大陸中央の魔境やダンジョンは、有史以前から存在しているわ。だから冒険者の食事は、古くから色々と考えられてきたの。小麦粉を使った焼き菓子だって、もともとは保存食だったといわれているわ」

「そうだ。長期保存とはいっても、二〇日間程度保存できれば十分だろう。となると焼き菓子が一番良い。その中でも俺のおススメは、一四世紀に誕生したドイツの菓子パン“シュトーレン”だ」

 ベリーから作った天然酵母、小麦粉、バター、牛乳、卵、ドライフルーツ、ローストナッツ、てんさい糖、塩を机に並べる。そしてドムの街にいる医療ギルドで売られていた「蒸留酒」をだす。

「蒸留酒なんてつかうのね。薬の調合や外傷患者の治療に使われているけれど、料理に使えるの?」

「本当はラム酒が欲しかったんだがな。ただの蒸留酒でも問題ない。ドライフルーツを漬け込んで使う」

 一四世紀のドイツにラム酒など存在するはずもない。グラニュー糖や粉糖も同様だ。だがそれでも、一ヶ月保存ができる菓子パンが六〇〇年前に存在していた。この世界でできないはずがない。

「まずはドライフルーツだ。蒸留酒に漬け込んだレーズンとドライベリーは水けを切っておく。生地用バターは常温で柔らかくし、仕上げ用バターは七〇度の湯煎で溶かしておく。ロースとしたアーモンドとクルミは適当な大きさに砕いておく」

 シュトーレンの基本は、パンを作るのと同じだ。ボウルに小麦粉、牛乳、天然酵母の水を入れて混ぜ合わせた後は布巾を被せて二倍になるまで発酵させる。発酵後は本生地づくりだ。別のボウルにバターを入れてクリーム状になるまで泡立て、卵黄とてんさい糖を数回に分けて入れる。塩と小麦粉を入れ、スケッパーで切り混ぜる。そぼろ状になったら次の工程に入る。
 発酵させた生地を切り分けながら加え、混ぜていく。全体的に白い部分がなくなったら、ドライフルーツと砕いたナッツを加える。全体的に混ざり、生地を一休みさせた後は打ち粉をした台に生地を伸ばしていく。左右四分の一をたたみ、さらに少しズラして二つ折りにする。こうすることで立体的な形になる。

「あとはオーブンで三〇分焼く。焼き終わったら熱いうちに溶かしバターを表裏の両面にまんべんなく塗る。砕いて粉状にしたてんさい糖を全体に振りかけたら、布で巻いて涼しいところに数日置く。シュトーレンは出来てすぐに食べても美味くない。数日置くことで味が馴染む。あとはダンジョンで試そう」

 すぐに食べれるわけではないと知った二人は、ガックリと肩を落とした。



 私たちはいま、ドムのダンジョン第11層に潜っている。この階層はゴブリンソルジャーとオークが出る。第10層と比べると一段難度が上がっている。三人ではここが限界だろう。

「ファイアウォール!」

 メリッサが凄まじい炎でオークを薙ぎ払う。私もゴブリンソルジャー4体を次々と屠る。そしてユーヤは……

「あぁ……オーク肉って食ってみたかったのに」

 思わずギリッと歯ぎしりしてしまった。この男は私たち女に戦わせて、自分ひとりは安穏と料理のことばかり考えている。これで例のケーキが不味かったら、去勢して女にしてやる!

「壁役もいないし斥候もいない。ここが限界ね。それにしても、本当に戦わないのね」

 メリッサが嫌味を言う。その気持ちは理解できる。それなりに鍛錬もしているはずなのに、この男はお為ごかしで矢を放つ程度で、ダンジョンを攻略しようという意思がまるでない。

「んー、ダンジョンももう飽きたな。ドムの街で適当に金稼いだら、次の街に行くか」

 食事の支度をしながらユーヤはそう言った。そうなのだ。冒険者は基本的に「生活のため」にダンジョンに入る。だがこの男は「暇つぶし」でダンジョンに入っているのだ。冒険者という仕事を完全に舐め切っている。

「ホイッ! そろそろ食べごろだ。紅茶も淹れたぞ」



 ユーヤが作った菓子パン「シュトーレン」が出された。高級な白磁の茶器には、褐色の茶が注がれる。付け合わせにはチーズとジャムだ。まるで王宮内の茶会のようだ。

(これで不味かったら、本当に許さんぞ……)

 ハムッとパンを齧った。その瞬間、口内に複雑な味と香りが広がる。

「美味しいっ!」

 メリッサも驚いたようだ。シットリとしたパン生地の周りは、砂糖とバターの味がしみこみ、サックリとした甘く軽い触感がある。一方、パンにはドライフルーツの香りと味が染み込み、ただのパンにはない甘みと酸味、そして香りを加えている。パン生地は、目が詰まっているのに柔らかく、カリッとしたナッツの食感が確かな食べ応えを与えている。

「素晴らしい。王宮晩餐会のケーキより美味いぞ。これが本当に、一週間前に作られたパンなのか?」

「作った直後では、この味は出ない。シュトーレンは、一週間後から食べ頃を迎えるんだ。まず一本を半分に切り、一センチ幅でスライスしていく。残った部分は切り口をくっつけるようにして、周りを皮で包む。乾燥させないことが大事だ。ナッツが入っているから、まぁあと一〇日くらいが賞味期限ってところかな」

 私は信じられなかった。パンは焼きたてが美味いというのが常識だった。だがこのパンは、焼いてから一週間以降が美味いという。パンの食べ応え、砂糖の甘味、フルーツの酸味、ナッツの栄養…… このパンは冒険者に必要な食事のすべてが入っている。

「甘みだけだと寂しいだろ。干し肉なんかも一緒にすると、塩分とタンパク質が摂取できる。水、シュトーレン、塩漬け干し肉の三つで、冒険者メシは十分だろう」

「冒険者にとって、甘味ほど贅沢なものはないわ。ダンジョン内は常に緊張状態だから、食事で甘いものを食べられるというだけで、みんなこぞって買うでしょうね」

 メリッサの言うとおりだ。このパンの焼き方も、ぜひ王宮に伝えねば!



 ギルドに戻った俺は、シュトーレンとレシピが書かれた紙を受付嬢に渡した。ギルドで公開し、皆が食べられるようにしてほしいと伝える。レイラもメリッサも反対した。コレ一つで大儲けができるという。だが俺はそんなことに興味はない。カネを稼ぎたいのなら、ダンジョン第一層から三層を回ればいい。屋台で料理を出しても稼げる。それよりも、ここから新しいパンが生まれることを期待したい。

「ユーヤは無欲だな。商工ギルドに持ち込めば、発明者として登録されるし、レシピも高く買い取ってもらえるだろうに……」

「このレシピは俺が考えたものではない。だから俺が発明者になるわけにはいかない。だいたい、レシピで特許とかあり得ん。料理は万民のものだ」

 とは言っても、そろそろカネを稼ぎたいな。ダンジョンは飽きたし、屋台でも始めるか。契約のために、商工ギルドへと向かった。
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