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第039話:ナマズバーガー
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迷宮都市ドムでは数多くの冒険者が活躍している。ダンジョンという資源場所があるため、経済的に豊かな者も多い。その一方で、魔境に近いため農畜産業の振興は遅れている。ダンジョンで得た魔石や素材を輸出し、食糧を輸入している。その結果、一食当たりの食費は王都以上に高くなる。
「駆け出しの冒険者や街の労働者にとって、屋台での食事は生活の一部となっています。そのため屋台業は人気で、年間契約で金貨八枚となっています。ですが開業を検討している人などは、一、二ヶ月間で様子を見たいという人もいます。そこで商工ギルド枠として何カ所か屋台の出店場所を設けています」
商工ギルドの受付に確認すると、週二日~三日の交代制だが短期契約の屋台があるそうだ。一年間も滞在するつもりは無いし、適当に休めるというのは有難い。取り敢えず一ヶ月間、週三日の営業で金を支払う。
「問題は何を出すかだよな。冒険者の他に、肉体労働者も多いから、ハイカロリーで食べ応えのある料理だよな。となると、肉とパンの組み合わせになるわけだが……」
「やはりホットドッグではないか? アレを越える屋台料理があるとは思えん。偽物が広まる前に、本物を見せつけてやってはどうだ?」
ホットドッグねぇ。いや、悪くはないんだけど、面白くないな。俺は趣味で料理をして、暇つぶしでダンジョンに入って、ノホホンと異世界を楽しみたいのだ。生活のためにカネを稼ぐというのは、前世で十分にやった。
「取り敢えず、屋台を見て回るか」
ドムの外食産業を調査して、何を出すかを決める。どうせならこの世界で再現できるものを出したい。孤児院の屋台でホルモンの串焼きを買い、食べ歩く。
「フーン…… パンだの肉だの多いが、どれも原始的なんだよな。ぶった切って焼いて塩振れば料理になると思ってないか?」
「料理ってそういうものでしょ? 貴方が異常なのよ」
行列ができている屋台があったので並んで買ってみた。パンに肉と野菜を挟んだ料理で、ドネルケバブに近いが香辛料が使われていない。せめて乾燥させた香草を使えば、もっと旨くなるだろうに。
「玉葱とキャベツを炒めたものを挟んでいるのか。パンにも工夫がみられる。牛乳を入れて薄焼きにすることで、柔らかさを出している。だがこの値段ではな……」
ケバブなのに大銅貨三枚(三〇〇〇円)というのは、やはり高い。一定ランク以上の冒険者でなければ買えないだろう。日本なら五〇〇円でもっと旨いケバブが食える。
「うん? あそこの屋台は客が入っていないな」
まだ一〇代半ばと思われる子供二人が屋台をやっている。だが客が入っていない。何を売っているのかと近づくと、一〇代前半の女の子が、必死な表情で勧誘してきた。
「こんにちは! キャットフィッシュサンドです! ぜひ!」
「キャットフィッシュ? ナマズか? どれ……」
クレープの様に薄焼きにした生地とカットしたトマト、そして焼いたナマズの切り身が入っている。これで銅貨五枚というのは安い。取り敢えず三つを買ってレイラ、メリッサと三人で食べてみる。子供が固唾を呑んで、俺たちの反応を待つ。
「これは……」
「うっ……」
二人は一口食べて、黙ってしまった。だが子供を相手に文句を言うのが憚れるのだろう。だが俺は違う。たとえ相手が子供でも、金を貰っている以上はプロなのだ。その対価に見合う料理を出さなければならない。
「……ダメだな。これは」
生地だけを千切って口に入れる。
「生地は悪くない。小麦粉をちゃんと選んでいる。銅貨五枚でこれだけの生地を出している店はない。それは認める。だが……」
この世界のトマトは酸味が強いため、煮込んでソースにしたほうが良い。これはカットしてそのまま入っているため、淡白な白身では酸味を受け止めきれない。そして最大の問題は……
「このキャットフィッシュは泥抜きがされていない。だから身から泥臭さを感じてしまう。なまじ酸味が強いトメートが、泥臭さを増幅させてしまう。すべてが台無しになっている」
「うぅっ……」
女の子が泣きそうな表情になる。それを見てレイラが窘めてきた。
「ユーヤ! 子供が相手だぞ。もう少し言葉を選べ!」
「まぁ、お金を払っている以上は大人も子供も関係ないと思うけど、たかが銅貨五枚じゃない。大人げないわよ?」
雑音を無視して、俺を睨んでいる男の子のほうに顔を向けた。
「発想は悪くない。少し工夫するだけで、この料理は劇的に変わる。君が、この料理を考えたのか?」
「違う! 父ちゃんだ! 父ちゃんがやってた頃は、この屋台はドムでも一番だったんだ! 大銅貨二枚の値段でも、行列ができてたんだ! だけど、一月前に父ちゃん、死んじゃって……」
女の子が泣きはじめる。レイラはオロオロとしながらそれを宥め、メリッサはジロリと横目を向けてきた。
「どうするの? 文句を言った以上、改善できるんでしょうね?」
なんで俺がとも思うが、これをこのまま放置するのは惜しい。ほんの少し、手間を掛けるだけで劇的に変わるだろう。
「仕方がない。俺がテコ入れしてやる。取り敢えず、このキャットフィッシュを仕入れた場所に連れて行ってくれ」
俺たちは、子供に連れられてドムの郊外に出た。
「なるほど。自分たちでナマズを釣っていたのか。だからあの値段で出せたのか」
「本当は大銅貨二枚なんだ。でも、売れないから……」
レオンという男の子は、俯きながらそう言った。安売りをしても無理だろう。味が悪すぎる。あれでは売れない。
「捌き方は悪くはなかった。だがそれ以外を教えられていないな? キャットフィッシュは釣ってすぐに捌いたら、泥臭くて食べられないんだ。お父さんは時折、どこかに行っていなかったか?」
「そういえば、父ちゃんは毎日、小川に行っていたよ! 魔物が出るかもしれないから、付いてくるなって言ってた!」
妹のカレンが思い出したように叫んだ。
「魔物? 確かに、この辺りの森にはスライムが出るわね。でも子供でも倒せるわよ?」
「恐らく言い訳だ。泥抜きの行程を人に知られないようにしていたんだろう」
森の入り口にある、ナマズを釣っていたという沼地に行き、まずナマズを一匹釣り上げる。体長は一メートル以上、かなり大きい。日本のナマズではない。アメリカナマズに近いだろう。
「樽に水を張って運ぶとしても、かなりの重さだな。どうやって運んでいたんだ?」
取り敢えずは樽に水を張って、そこにナマズを入れる。樽はレイラに持たせた。五〇キロくらいあるはずなのに、軽々と持ち上げる。加護の力によるものだろう。
「……ユーヤも力仕事をしたらどうだ?」
「レイラは俺よりも力持ちだろ?」
フェミニストな俺は、力仕事は男の仕事などとは思わない。決して面倒だからとか、力仕事が嫌だからとかじゃないからな!
「小川まで案内してくれ」
森の中に向かう。よく見ると、獣道の様に轍ができている。猫車のようなもので運んだのだろう。三〇〇メートルほど進むと、小川が見えてきた。そこには石と木の柵で囲われた生け簀が複数あった。掬い網まである。そして何匹かのナマズが、生きたまま泳いでいた。
「これは……」
「やはりな。ここで泥抜きをしていたんだ。川の流れがあるから、酸素不足にならない。この水なら三日から五日くらいで、泥抜きできるだろう。ナマズは一ヶ月なら絶食しても死にはしない。だがこれは一度、沼に戻したほうが良いな。一匹だけ残して、後で運ぼう」
空いている生け簀に一匹を放つ。そして樽の水を入れ替えて、生き残っていたナマズを一匹、掬い上げる。剣の柄で頭を叩いて、気絶させる。
「よし、戻るぞ」
猫車の大きさ次第だが、この大きさなら一匹で三〇人前くらいは取れるだろう。大銅貨二枚で売ったとしても、三〇人前なら銀貨六枚、六〇人前なら金貨一枚と銀貨二枚。半分が仕入れで消えても十分な利益が出る。
「キャットフィッシュの調理方法は、まずは泥抜きだ。それはさっき、生け簀を見たな? 沼で釣ったキャットフィッシュを生け簀に運び、そこで三日から五日、放っておく。餌を与える必要はない。綺麗な水が、キャットフィッシュの泥臭さを抜いてくれる。次に、気絶させたキャットフィッシュの身の回りに塩を振ってぬめりを取る。これはあの小川でもできるから、後で少し改造すると良いだろう。ここまで運ぶのが面倒だから、あの小川の辺で捌いてしまったほうが良い」
キャットフィッシュの内臓や骨は、細かく砕けば肥料にも使える。各集落で生ごみを肥料にしているから、そこに捨てればいい。ナマズを三枚に捌き、白身の柵を作る。そこに軽く塩を振って、綺麗に洗った布で撒く。
「小川の辺で、この状態まで捌いてしまえばいい。泥抜き行程を秘密にできるし、荷運びも楽だからな。これを焼いて、バンズに挟む。君たち用意したパンとトメートを使うぞ」
変えたのは泥抜きしたナマズだけだ、全員で食べると、兄妹が顔を見合わせた。
「これだよ! 父ちゃんと同じ味だ!」
レオンが叫ぶ。いや、食い終わってから叫べ。レイラとメリッサにも感想を聞く。
「うん、美味いぞ。ユーヤのホットドッグほどではないが、これは十分に食える。量も十分だし、これで大銅貨二枚なら、むしろ安いくらいだ」
「泥抜きだったわね? それだけで、ここまで味が変わるのね。それで、ここからどうするの? あなたのことだから、再現しただけでは満足していないんでしょ?」
「当たり前だろ」
メリッサの挑発に、思わず乗せられてしまう。たしかに、この世界の料理の中では、これは美味い部類だろう。だが二一世紀の日本で売れるかというとノーだ。まだまだ改良の余地がある。
「まずパンからだ。確かに良い小麦を使っているが、まだ堅い。これでは白身魚が潰れてしまう。そこで、このパンを蒸す」
ガラス蓋二段蒸し器を召喚する。某ハンバーガーチェーンのフィッシュバーガーのバンズは、一〇秒ほどスチーマーで蒸している。それにより、やや湿ったフワフワモチモチのバンズに変わる。
「一〇秒から一五秒ほどで良い。まずそれだけやってみるぞ」
パンを蒸し器に放り込んで一〇秒ほどが経過する。取り出して皆に食べさせる。
「あら? 全然違うわね。しっとりしていて、柔らかいわ」
「暖かくなっているし、その場で食べる屋台のパンに使う分には問題ないだろう。このパンを使うぞ」
兄妹は眼をパチクリさせながらも、これまで食べたことのないパンの味に驚いていた。
「あとはソースだな。トメートソースを作る。賽の目切りにしたトメートに微塵切りのタマネギ、香草と塩だけで良い。子供が作る以上、単純な方が良いからな。あとは千切りにした葉野菜などを挟んでも良いだろう」
獣脂でキャベツの千切りを軽く炒めて塩を振る。非常にシンプルだが、これだけで食べ応えが増す。
「蒸したパンに炒めた野菜を広げて、その上に焼いたキャットフィッシュを乗せ、トメートソースを伸ばして、またパンで挟む。半分に切ってできあがりだ」
できあがった新しい料理を四人が食べる。
「美味ぁぁぁっ!」
「美味しいっ!」
兄妹が叫んだ。だから、食べながら叫ぶんじゃない。
「使っている食材は同じなのに、一手間加えるだけでまったく別物になるのね」
「やはりユーヤの料理は魔法だな!」
「多少の手間は掛かっているが、原価は殆ど変わらない。これなら大銅貨二枚でも十分に利益が出るだろう。あとは君たちの頑張り次第だ。中々、楽しめた。これはその礼だ」
そう言って、金貨一枚を置いた。
「駆け出しの冒険者や街の労働者にとって、屋台での食事は生活の一部となっています。そのため屋台業は人気で、年間契約で金貨八枚となっています。ですが開業を検討している人などは、一、二ヶ月間で様子を見たいという人もいます。そこで商工ギルド枠として何カ所か屋台の出店場所を設けています」
商工ギルドの受付に確認すると、週二日~三日の交代制だが短期契約の屋台があるそうだ。一年間も滞在するつもりは無いし、適当に休めるというのは有難い。取り敢えず一ヶ月間、週三日の営業で金を支払う。
「問題は何を出すかだよな。冒険者の他に、肉体労働者も多いから、ハイカロリーで食べ応えのある料理だよな。となると、肉とパンの組み合わせになるわけだが……」
「やはりホットドッグではないか? アレを越える屋台料理があるとは思えん。偽物が広まる前に、本物を見せつけてやってはどうだ?」
ホットドッグねぇ。いや、悪くはないんだけど、面白くないな。俺は趣味で料理をして、暇つぶしでダンジョンに入って、ノホホンと異世界を楽しみたいのだ。生活のためにカネを稼ぐというのは、前世で十分にやった。
「取り敢えず、屋台を見て回るか」
ドムの外食産業を調査して、何を出すかを決める。どうせならこの世界で再現できるものを出したい。孤児院の屋台でホルモンの串焼きを買い、食べ歩く。
「フーン…… パンだの肉だの多いが、どれも原始的なんだよな。ぶった切って焼いて塩振れば料理になると思ってないか?」
「料理ってそういうものでしょ? 貴方が異常なのよ」
行列ができている屋台があったので並んで買ってみた。パンに肉と野菜を挟んだ料理で、ドネルケバブに近いが香辛料が使われていない。せめて乾燥させた香草を使えば、もっと旨くなるだろうに。
「玉葱とキャベツを炒めたものを挟んでいるのか。パンにも工夫がみられる。牛乳を入れて薄焼きにすることで、柔らかさを出している。だがこの値段ではな……」
ケバブなのに大銅貨三枚(三〇〇〇円)というのは、やはり高い。一定ランク以上の冒険者でなければ買えないだろう。日本なら五〇〇円でもっと旨いケバブが食える。
「うん? あそこの屋台は客が入っていないな」
まだ一〇代半ばと思われる子供二人が屋台をやっている。だが客が入っていない。何を売っているのかと近づくと、一〇代前半の女の子が、必死な表情で勧誘してきた。
「こんにちは! キャットフィッシュサンドです! ぜひ!」
「キャットフィッシュ? ナマズか? どれ……」
クレープの様に薄焼きにした生地とカットしたトマト、そして焼いたナマズの切り身が入っている。これで銅貨五枚というのは安い。取り敢えず三つを買ってレイラ、メリッサと三人で食べてみる。子供が固唾を呑んで、俺たちの反応を待つ。
「これは……」
「うっ……」
二人は一口食べて、黙ってしまった。だが子供を相手に文句を言うのが憚れるのだろう。だが俺は違う。たとえ相手が子供でも、金を貰っている以上はプロなのだ。その対価に見合う料理を出さなければならない。
「……ダメだな。これは」
生地だけを千切って口に入れる。
「生地は悪くない。小麦粉をちゃんと選んでいる。銅貨五枚でこれだけの生地を出している店はない。それは認める。だが……」
この世界のトマトは酸味が強いため、煮込んでソースにしたほうが良い。これはカットしてそのまま入っているため、淡白な白身では酸味を受け止めきれない。そして最大の問題は……
「このキャットフィッシュは泥抜きがされていない。だから身から泥臭さを感じてしまう。なまじ酸味が強いトメートが、泥臭さを増幅させてしまう。すべてが台無しになっている」
「うぅっ……」
女の子が泣きそうな表情になる。それを見てレイラが窘めてきた。
「ユーヤ! 子供が相手だぞ。もう少し言葉を選べ!」
「まぁ、お金を払っている以上は大人も子供も関係ないと思うけど、たかが銅貨五枚じゃない。大人げないわよ?」
雑音を無視して、俺を睨んでいる男の子のほうに顔を向けた。
「発想は悪くない。少し工夫するだけで、この料理は劇的に変わる。君が、この料理を考えたのか?」
「違う! 父ちゃんだ! 父ちゃんがやってた頃は、この屋台はドムでも一番だったんだ! 大銅貨二枚の値段でも、行列ができてたんだ! だけど、一月前に父ちゃん、死んじゃって……」
女の子が泣きはじめる。レイラはオロオロとしながらそれを宥め、メリッサはジロリと横目を向けてきた。
「どうするの? 文句を言った以上、改善できるんでしょうね?」
なんで俺がとも思うが、これをこのまま放置するのは惜しい。ほんの少し、手間を掛けるだけで劇的に変わるだろう。
「仕方がない。俺がテコ入れしてやる。取り敢えず、このキャットフィッシュを仕入れた場所に連れて行ってくれ」
俺たちは、子供に連れられてドムの郊外に出た。
「なるほど。自分たちでナマズを釣っていたのか。だからあの値段で出せたのか」
「本当は大銅貨二枚なんだ。でも、売れないから……」
レオンという男の子は、俯きながらそう言った。安売りをしても無理だろう。味が悪すぎる。あれでは売れない。
「捌き方は悪くはなかった。だがそれ以外を教えられていないな? キャットフィッシュは釣ってすぐに捌いたら、泥臭くて食べられないんだ。お父さんは時折、どこかに行っていなかったか?」
「そういえば、父ちゃんは毎日、小川に行っていたよ! 魔物が出るかもしれないから、付いてくるなって言ってた!」
妹のカレンが思い出したように叫んだ。
「魔物? 確かに、この辺りの森にはスライムが出るわね。でも子供でも倒せるわよ?」
「恐らく言い訳だ。泥抜きの行程を人に知られないようにしていたんだろう」
森の入り口にある、ナマズを釣っていたという沼地に行き、まずナマズを一匹釣り上げる。体長は一メートル以上、かなり大きい。日本のナマズではない。アメリカナマズに近いだろう。
「樽に水を張って運ぶとしても、かなりの重さだな。どうやって運んでいたんだ?」
取り敢えずは樽に水を張って、そこにナマズを入れる。樽はレイラに持たせた。五〇キロくらいあるはずなのに、軽々と持ち上げる。加護の力によるものだろう。
「……ユーヤも力仕事をしたらどうだ?」
「レイラは俺よりも力持ちだろ?」
フェミニストな俺は、力仕事は男の仕事などとは思わない。決して面倒だからとか、力仕事が嫌だからとかじゃないからな!
「小川まで案内してくれ」
森の中に向かう。よく見ると、獣道の様に轍ができている。猫車のようなもので運んだのだろう。三〇〇メートルほど進むと、小川が見えてきた。そこには石と木の柵で囲われた生け簀が複数あった。掬い網まである。そして何匹かのナマズが、生きたまま泳いでいた。
「これは……」
「やはりな。ここで泥抜きをしていたんだ。川の流れがあるから、酸素不足にならない。この水なら三日から五日くらいで、泥抜きできるだろう。ナマズは一ヶ月なら絶食しても死にはしない。だがこれは一度、沼に戻したほうが良いな。一匹だけ残して、後で運ぼう」
空いている生け簀に一匹を放つ。そして樽の水を入れ替えて、生き残っていたナマズを一匹、掬い上げる。剣の柄で頭を叩いて、気絶させる。
「よし、戻るぞ」
猫車の大きさ次第だが、この大きさなら一匹で三〇人前くらいは取れるだろう。大銅貨二枚で売ったとしても、三〇人前なら銀貨六枚、六〇人前なら金貨一枚と銀貨二枚。半分が仕入れで消えても十分な利益が出る。
「キャットフィッシュの調理方法は、まずは泥抜きだ。それはさっき、生け簀を見たな? 沼で釣ったキャットフィッシュを生け簀に運び、そこで三日から五日、放っておく。餌を与える必要はない。綺麗な水が、キャットフィッシュの泥臭さを抜いてくれる。次に、気絶させたキャットフィッシュの身の回りに塩を振ってぬめりを取る。これはあの小川でもできるから、後で少し改造すると良いだろう。ここまで運ぶのが面倒だから、あの小川の辺で捌いてしまったほうが良い」
キャットフィッシュの内臓や骨は、細かく砕けば肥料にも使える。各集落で生ごみを肥料にしているから、そこに捨てればいい。ナマズを三枚に捌き、白身の柵を作る。そこに軽く塩を振って、綺麗に洗った布で撒く。
「小川の辺で、この状態まで捌いてしまえばいい。泥抜き行程を秘密にできるし、荷運びも楽だからな。これを焼いて、バンズに挟む。君たち用意したパンとトメートを使うぞ」
変えたのは泥抜きしたナマズだけだ、全員で食べると、兄妹が顔を見合わせた。
「これだよ! 父ちゃんと同じ味だ!」
レオンが叫ぶ。いや、食い終わってから叫べ。レイラとメリッサにも感想を聞く。
「うん、美味いぞ。ユーヤのホットドッグほどではないが、これは十分に食える。量も十分だし、これで大銅貨二枚なら、むしろ安いくらいだ」
「泥抜きだったわね? それだけで、ここまで味が変わるのね。それで、ここからどうするの? あなたのことだから、再現しただけでは満足していないんでしょ?」
「当たり前だろ」
メリッサの挑発に、思わず乗せられてしまう。たしかに、この世界の料理の中では、これは美味い部類だろう。だが二一世紀の日本で売れるかというとノーだ。まだまだ改良の余地がある。
「まずパンからだ。確かに良い小麦を使っているが、まだ堅い。これでは白身魚が潰れてしまう。そこで、このパンを蒸す」
ガラス蓋二段蒸し器を召喚する。某ハンバーガーチェーンのフィッシュバーガーのバンズは、一〇秒ほどスチーマーで蒸している。それにより、やや湿ったフワフワモチモチのバンズに変わる。
「一〇秒から一五秒ほどで良い。まずそれだけやってみるぞ」
パンを蒸し器に放り込んで一〇秒ほどが経過する。取り出して皆に食べさせる。
「あら? 全然違うわね。しっとりしていて、柔らかいわ」
「暖かくなっているし、その場で食べる屋台のパンに使う分には問題ないだろう。このパンを使うぞ」
兄妹は眼をパチクリさせながらも、これまで食べたことのないパンの味に驚いていた。
「あとはソースだな。トメートソースを作る。賽の目切りにしたトメートに微塵切りのタマネギ、香草と塩だけで良い。子供が作る以上、単純な方が良いからな。あとは千切りにした葉野菜などを挟んでも良いだろう」
獣脂でキャベツの千切りを軽く炒めて塩を振る。非常にシンプルだが、これだけで食べ応えが増す。
「蒸したパンに炒めた野菜を広げて、その上に焼いたキャットフィッシュを乗せ、トメートソースを伸ばして、またパンで挟む。半分に切ってできあがりだ」
できあがった新しい料理を四人が食べる。
「美味ぁぁぁっ!」
「美味しいっ!」
兄妹が叫んだ。だから、食べながら叫ぶんじゃない。
「使っている食材は同じなのに、一手間加えるだけでまったく別物になるのね」
「やはりユーヤの料理は魔法だな!」
「多少の手間は掛かっているが、原価は殆ど変わらない。これなら大銅貨二枚でも十分に利益が出るだろう。あとは君たちの頑張り次第だ。中々、楽しめた。これはその礼だ」
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