仕事帰り休みの日=もっと仲良くなる時間

泡田日

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戯れ始まり

一緒に居残り

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 今日は四月最後の金曜日だ。それはすなわち明日からゴールデンウィークの始まり! ではなく、会社を挙げてのイベントの前日。
 だからか、皆、そわそわしていた。この課からは四十代後半のおじさん社員、須磨すまさんと同じく四十代の男性社員、奈雲なぐもさんが参加することになっている。
 そして、その余波が私の所にも来た。
「あーごめん、日下さーん!」
「はい!」
 課長の大声に私はビクッとパソコン入力する手を止め、時計をちらっと見てしまった。だって、あと十五分で定時になるのだ。
 何の用だと思えば、ここ間違えてる……だのという話だった。
 もうこの時点で私の残業は確定。昨日、富塚君がイベントが土曜にあるから今日がノー残業デーなんだ。他の所は明日、遅くまでそのイベントの準備で残業確定だよ……と言っていたけど。
 ごめんなさい、富塚君。私は今日、残業なので一緒には帰れません。ついでに明日だかにある料理教室もなくしてもらっても良いんですよ? 何故なら、明日から世間はゴールデンウィークでそういうのもしないと思うからです! と伝えたい。
 ああ、また課長の楽しそうに話す声が聞こえる。不快だ。その談笑相手はよりにもよって富塚君だし。席が近いからって富塚君ばかり……課長ったら、気があるのかしら? 富塚君に。
 なんていう考えがいけなかったのだ。指摘された箇所を直し、確認し、もう一度印刷しようとした所で上手く印刷できないことが判明した。
 くっ、またやり直し……。
 泣きたくなって来る。誰か手伝ってと言いたいけれど……。
「じゃあ、行くか?」
「はい!」
 といういつものタバコ行く合図が聞こえ、富塚君と課長が私の後ろを通り過ぎて行った。
 はあ、相楽さんもう仕事終わろうとしてるし、言えないや……、頑張るしかない。一人で。
 いつもは十分くらいしないと戻って来ない課長と富塚君が早々と帰って来た。どうして? そんな疑問を課長と富塚君の会話で知れた。
「居残ってるとこき使われるからな、帰るわ。あー、あれの件だけど……」
 何か課長の視線がこちらに……気のせい、だと思いたいけど……確認する勇気もなく、パソコンの画面とにらめっこすることにした。
「大丈夫ですよ、課長、俺が残りますから」
「え? 良いの?」
「はい、今日は何もないので」
「でもさ……ゴールデンウィーク前の定時だよ?」
「問題ありません。それに俺が頼んでたやつですし、ちゃんとやっとくんで、課長の確認は二日で良いですよね?」
「ああ、そうだね。一日は俺、休みにしてあるし。じゃあ、任せちゃっても良い?」
「はい」
 そんなことを言って、課長はさっと帰って行った……と思ったら、ドアが開き、残業する人は残業申請忘れずにしてねー! と言ってドアを閉めた。
 その数秒後には定時のチャイムが鳴り、いつもなら富塚君がさっと帰って行くのに今日は残っている。やっぱり残業するんだ……。
 そんなことを思っていると隣の席の相楽さんが頑張ってね……と小声で初残業の私を応援しながら帰って行き、梅沢さんもすっと帰り、須磨さんももう明日で良いや! と切り上げ、その間中、富塚君は自分の席で何かパソコンをやっている。
 課長に言われてから三十分後、私は印刷する所まで来た。
 印刷完了! たった一枚の書類の為に残業になるとは……。
 一応、残業申請として昨日、富塚君に言われた二十二時までにしてある。
 そのくらいまでは皆、平気で残業するそうだ。それをも超える時もあるし、その前に帰る時もあるそうだ。もし、二十二時を過ぎる場合はまた厄介な申請をし直したりしなくてはいけないから大変で、勤怠入力がパソコンじゃなきゃ良いのになぁ……と思うそうだ。確かに紙のタイムカードで管理している場合、とっても楽だ。修正も楽ちん。工場勤務だった時は良かったな……と思い出す。
 さて、と印刷された紙を見る。
 うん、完璧! 確か、富塚君が二日で良いとか何とかって課長に言ってた気がする。じゃあ、もう帰って良いかな……何となく、富塚君を見たら、パソコンではなく、課長の席の方を向いてスマホやってるぅ!!
 まさか、仕事ではなく、ゲームなのか?! 残業中なのに暇なの?! そんな視線が届いてしまったのか、富塚君がスマホを止め、こちらをくるっと見た。
 奈雲さんが後ろに居るけれど、何かずっと足、貧乏揺すりしてるし……。
 嫌! 見ないでぇ! と何故か思ってしまった。
 仕事中の富塚君は『富塚さん』で少し怖い……というか、厳しいからだろうか。
「日下さん、出来た?」
「はい! 出来ました!」
 何かこちらもきびっと気を引き締めて言ってしまう。
「じゃあ、見せて」
「はい……」
 おずおずと印刷した紙を富塚君に渡す。
「うーん……」
 何か言われる? と思った直後、背後から奈雲さんに声を掛けられた。
「日下さん」
「はいっ!」
「ちょっと手伝ってもらえる? 富塚もそれ終わったら、お願いね」
「良いですけど、何部?」
「千部。この印刷終わったらできるから」
「はぁ、それ、商品の名前のせいですか?」
「察しが良いな! 富塚、そうだよ、課長がな……」
「五百でも多い気がしますけど……。まあ、また何かのイベントで使うから良いってことなんでしょうけど」
 プリンターが不安になる音を出した。
「紙、詰まりましたかね?」
「あーっ! もう嫌だ! 富塚、悪いけど出来る所までで良いから! 任せて良い?」
「まあ、良いっすけど……」
 もうイライラが止まらないと言った感じで奈雲さんが不機嫌そうに帰って行った。
 おじさん達のこういうのも怖い……。
「さてと、ちゃんと出来てるし、日下、これ課長の机に出して良いよ」
「う、はい!」
「はあ、もう皆帰ったし、日下、敬語じゃなくても良いよ。ホチキスある?」
「へ?」
「だって、頼まれたでしょ? 奈雲さんに印刷された紙、一つにまとめてホチキスで留めるの」
「へえ、そういうことだったんだ……。詳しくは説明されてなかったから助かった」
「はあ、そうだね……。そういう所あるよね、奈雲さん。オレのやってるの見て分かるだろ? 的な」
「富塚君居なかったら、訊いてたよ。何するんですか? って」
「まあ、それでも良いんだけどね」
 印刷はまだ終わりそうにない。トイレに行っときたい……。
「ねえ、富塚君」
「ん? 何、どうした?」
「トイレ行っても良いかな?」
「良いよ、行って来なよ。カードキーあるでしょ? 残業だからってトイレ我慢しなくて良いんだよ?」
「いや、何か、私だけ派遣だし、新人だし。何か皆、行かないし、行っちゃいけないのかな? って思ってて」
「そうだね、質問できる相楽さんもさっさと帰って行ったしね。トイレってさ、夜、一人だと怖いよね? 静か過ぎでさ」
「怖いこと言わないでよ! 行けなくなるじゃん!」
「大丈夫、自動で電気点くし、この会社のトイレ。それとも付いて行こうか?」
「結構です!」
 そう言って私はカードキーを持ってトイレに向かった。
 ――はあ、すっきりしたぁ……。
 何となく、一階にある職場の為に通る玄関の外を見てしまった。
 皆、一生懸命にテントを作ったりしていた。
 何か高校の文化祭みたいだ……。
 そんなことを思いながら、カードキーでドアを開けると富塚君がせっせと千部になるよう印刷された数枚の紙を一つにまとめてはパチンと一か所、ホチキスで左端の上の部分が少し斜めになるように留めていた。
「私はどこでやれば良い?」
「俺の隣」
「えっ!?」
「そんなに驚く?」
「いや、ちょっとびっくりしただけ……。えっとぉ、隣って……」
「須磨さんの席で良いよ。奈雲さんの机は汚いままだしね」
「うん、じゃあ、失礼して……」
「あー、でも、俺の席に座って良いよ」
「え? どうして?」
「何かそうしたい」
「変なの……、富塚君って変な所、気にし過ぎ」
「それは日下もだろう?」
「う、うん、そうかもしんない……」
 私も自分の所にあったホチキスを持って来て、富塚君と席を交換し、やり始めた。
 もしかして、富塚君、私が須磨さんの席に座ると不都合だとか考えたのではあるまいか……とか考えてしまったけれど。何てことはない。ただ数種類の印刷された須磨さんの机の上にもある紙をせっせと一つにする為だった。
 はあ、変なこと考えて損した……。
 そこから黙々と二人だけで作業した。
 少し疲れて来た頃、富塚君が出て行った。
 もしかして、タバコ? と思ったら、意外に早く、手に冷たそうなお茶とリンゴジュースのペットボトルを持って、戻って来た。
「富塚君?」
「はい、日下はリンゴジュース」
「オレンジジュースのこと、覚えてたの?」
「いや、違うけど。日下、お茶よりリンゴジュースかなぁ……って思ったから」
「何で?」
「ん? お茶飲まなそうだから」
「どこでその判断を?」
「うーん、いつもお茶の銘柄で間違えてるから」
「あれは、何ていうか、そのタイミングで課長が見て来るから……今日だって、何度も確認したのに緊張っていうか、ドキドキし過ぎて、指震えて間違えて……」
「そんなに恐怖? 課長……。まあ、この会社の中では嫌な人っていう噂あるけど……、日下、職場見学来たんでしょ? ここで働く前」
「うん……」
「その時にも会ってるはずじゃん? 俺はその日、有休で居なかったけど」
「うん……そうだけど、苦手」
「あー、俺、見たかったなぁ……」
「何を?」
「日下のリクルートスーツ姿」
「何で?」
「だって、スカートだろ?」
「そうですね、普通にちゃんとした職場見学だったので、ストッキングは履いてましたよ?」
「黒?」
「無難な色」
「じゃあ、あれだね、肌と同じ色」
「だから?」
「だからだよ、いつもそれ……」
「ん?」
 そう言って、富塚君は私の足の方を見る。
「……別に良いじゃないですか。パンツスタイル、最高って、分かるでしょ? 電車ギリギリだと走らなきゃだし、動きやすさが一番だよ! スカートは嫌! 何か歩きにくいし、ストッキングだって、すぐに破れちゃうし……お金がもったいない」
「そこなんですか、スカートにしない理由」
「梅沢さんのような美女でもないし、見て来る人いないけど。私は私の自由で好きなの着てるから良いの!」
「そう、じゃあ、今度見せてね!」
「いや? ちょっとそれ、おかしくない? どうしてそうなった? だよ?」
「あー、そう、上手く行かない。じゃあ、今度、ここ行きませんか?」
 そう言って出したスマホの画像には車か電車で行くしかないような所のイベント……。五月三日って、ゴールデンウィーク中だ。
「あの、これ……」
「嫌?」
「この為に残業を?」
「いや、こういう居残りしたかったんだよねー、日下とさ、一緒に」
「え?」
 ちらっと横目で見られた!
「監視カメラもないし、自由で、好き放題? そういうの憧れるじゃん?」
「え、会社にそんなの求めてるの?」
 富塚君はちょっと不満そうだった。
 仕方ない、行くか……別にこれでどうこうなるわけでもないし。
 という気持ちの余裕がいけなかった。
 私は確実に富塚君にとらわれ始めていた。
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