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sleep:皇城 10

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 クラヴィナの心配を他所に、災いの報せが出回ると宮殿で働いていた使用人達は我先に逃げて行った。
 建物の中は絨毯すら引き剥がされ、唯一綺麗に保っていた客間も元の姿を思い出せないほど空っぽになっていた。
 あれで少しは退職金になっただろうか。
 本当に一人きりになってしまったクラヴィナは、中庭に出て花壇の手入れをしていた。
 今日から食事も自分で用意しなければいけない。
 掃除や、洗濯だって。
 魔法が使えなかったら大変なことになっていた。
 花咲いたバラの花に水撒きをしながら、魔法で地面の雑草を抜いていく。
 そこに一羽の白い鳥が飛んできた。

「ピューイ!」

 尾の長い白い鳥はクラヴィナの頭上で旋回した後、彼女の肩に止まった。
 この白い鳥は誰かの使い魔で、飼い主の素性は知らなかった。
 魔法を使って追尾すれば知ることもできたが、知ってしまえば二度と訪れなくなってしまいそうで嫌だった。
 だから、クラヴィナは勝手にピューイと名付け、敢えて知らないふりをした。

「今日は何の種を持ってきてくれたの?」
「ピュー!」

 鳥の足元を確認すると、小さな麻袋がくくりつけられていた。早速取り外して中を確認すると、野菜の種が入っていた。

「これはカボチャとジャガイモの種ね!」

 これから自炊しなければいけなくなったクラヴィナにとって、まさに天の恵みだ。
 送ってくれた相手に感謝しながら、クラヴィナは種をそっと握り締めた。
 どこの誰かは知らないけど、自分を見守ってくれている。
 それがどれほど嬉しいか。
 クラヴィナは感謝の手紙を添えて白い鳥を大空に放った。
 青い空をどこまでも自由に羽ばたいていける鳥が、少しだけ羨ましかった。

 しかし、鳥を放った直後。
 クラヴィナは青ざめた。
 否、空を見上げた帝国民は、全員驚愕して立ち尽くしたことだろう。
 空を割って近づいてくる黒い塊に。
 災いまでまだ期限があるというのに、あれは何だろうか。
 皇城ほどの巨大な黒い岩が空から降ってきたのだ。
 そのまま落ちてくるのかと思った岩は太陽の明かりを遮るように、上空で止まった。
 「啓示の標」──誰の脳裏にもその言葉が浮かんだ筈だ。
 今、我々は神から試練を与えられているのだ、と。
 一体、あの塊を前に恐怖せずにいられた帝国民は何人しただろうか。
 混乱せずに冷静でいられた人は。
 紛れもなくこれまでの歴史の中で、最も過酷な災いが帝国に訪れようとしていた。



「……………皇帝陛下」

 帝国の上層部が集まった会議は、かつてないほど重苦しい空気に包まれていた。
 今なら他国と戦争して勝利してこいと命じられた方がマシだ。頭上に現れた巨大な岩と戦うより遥かに良い。
 災いが目視できるようになって数日、帝国は混乱に陥った。
 仮にあの岩が直撃してくれば、皇都はもちろん大陸の半分以上が焼け野はらになるだろう。
 逃げ切れるわけがない。
 街ではすでに生き残ることを諦めた輩による暴動が起こり、略奪などが発生している。
 皇帝は領地を持つ貴族に通達し、犯罪者の取り締まりを強化するよう命じた。
 それもいつまで押さえられるだろうか。精神的にも追い詰められていた。

「──皇都の民は?」
「はい、皇城の地下へ避難するよう通達し、誘導は皇太子殿下率いる第三部隊が行っております」
「そうか。では、民の避難が完了次第攻撃を開始する。長距離魔砲弾になる総攻撃だ。より高い魔力を持った者を集めろ」

 あの岩が落ちず留まっている内に打ち砕くことが先の会議で決まっていた。それにより皇城から皇都に掛けて結界が張られ、攻撃と守りの双方から災いを押し退ける作戦だ。
 結界は何重にも張られ、とくに皇帝自ら張った結界は感嘆の息が漏れるほど強力だった。
 彼の結界が破られたら帝国に未来はない。

「皇后が生きていらっしゃったら…」

 会議が終わりかけた時、誰かがぼそりと漏らした。これまで亡くなった皇后のことは皆口を噤んできたが、彼女を知る者は、彼女がいかに優れた魔力の持ち主で、強化な結界が張れることを覚えていた。
 静まり返った室内の温度が一気に低下する。オーウェンは俯く彼らの姿を見渡した後、深い息を吐いた。

「何かにすがりたい気持ちも分かるが、今は目の前の現実を受け入れ、この災いを乗り越えるのだ。会議は以上だ」

 誰かを守りたいなら全力で立ち向かうしかない。
 執務室に戻ってきたオーウェンは、しばらく椅子に座って天井を仰いだ。
 ここしばらく眠れていないからか、気分が良くない。それもこれも皇城に影を作っている岩の所為だ。
 千年前の皇帝も同じ気持ちだったのだろうか。息をついたオーウェンは、机に向かって書簡をしたためた。

「これを騎士団に届けてこい。それから皇女には絶対に宮から出るなと伝えろ。誰の言葉にも耳を貸すなと…」

 会議で亡き皇后の名が出たとき、怒りより先に恐れた。娘の罪が再び問われるのかと。
 死に直面した者がどんな言葉を口走り、どんな行動に出るか分からない。
 弟の言葉が胸を掠めたが、オーウェンは否定した。
犠牲にしてなるものか…。
 オーウェンは拳を握り締め、こんな時ですら娘の元に行けない己と災いを呪った。
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