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いつも
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太陽が天辺に昇った頃、乗っていた馬車がガタンと音を立てて止まった。
「着いたみたいだわ」
お母様が開いていた紫色の扇を閉じた。
私は指先まで冷たくなった手をずっと擦っていたが、温まってはくれなかった。
馬車の扉が開いて王宮の護衛騎士が手を差し出してきた。騎士は私の顔を見た途端に目を瞬かせ、すぐに視線を逸らした。
醜い姿に言葉を無くしたのだろう。
その瞬間から、このまま降りずに帰ってしまいたかったが、貴族の一員である以上、務めは果たさなければいけない。
馬車から降りると先に到着していたお父様が待っていた。
茶色の、薄くなった髪に、同色の瞳。
パッとしない中年太りした男性。
けれど、私達を迎えた顔には溢れんばかりの優しさが滲んでいた。
ジモート・ブリュット伯爵。
別名「湯殿伯爵」ーーブリュット家の領地では数多くの温泉が湧き、貴族達がこぞって訪れる観光名所でもある。
そのため歴代のブリュット伯爵はそう呼ばれていた。
「さぁ、私の美しいお嬢様方」
物腰は柔らかく、彼が怒った姿など一度も見たことがない。
……いいや、訂正する。
たった一度だけあった。
私の婚約が破棄された時だ。
お父様は相手を酷く罵って、怒りを爆発させていた。
その後は私を優しく慰め、自分のことのように泣いてくれた。嬉しい反面、お父様を悲しませてしまったことに後ろめたさを感じた。
お父様の真横には二人の小さな子供が立っていた。
今年5歳になる、私の弟達だ。
どちらも瓜二つの双子で、お父様譲りの髪と瞳をしているが、おっとりとした性格のお父様と違ってやんちゃ盛りで大人しくしていない。
二人ともお母様が大好きで、馬車から降りてきたばかりのお母様に抱きついていた。
「まあまあ、皆に見られてしまうわよ」
お母様は困った顔をするものの、慈愛に満ちた笑顔で二人の息子の頭を撫でた。
まるで聖母のようなお母様は、社交界では実に名の知れた伯爵夫人だった。
ハニーブロンドのウェーブした髪に、薄紫の瞳。
紫色の瞳は王族だけが持つ色のため、お母様には多少なりとも王族の血が流れている。
お父様と結婚する前は公爵家の三女で、社交界にいる男性陣を虜にした麗しの女性だ。
誰もが彼女に恋をし、誰もが彼女に求愛してきたと、お父様は言っていた。
そんな彼女の色を受け継いでいたのに……。
「さあ、参りましょう」
促されて階段を上っていく。
まるで、死刑台へ向かっているようだ。
お茶会の大失態から三年。
婚約者が放った言葉通り、正式に婚約破棄された私は領地に戻ってひっそりと暮らしていた。
ショックのあまり引き籠っていた、とも言う。
今までどんなに辛くて悲しいことがあっても三食の食事と間食は欠かしたことがなかったのに。
食べ物を口にすると吐いてしまう病気にかかり、綺麗なドレスや輝く宝石も美しいと感じなくなった。
醜いと言われたあの日から、全てが変わってしまったのだ。
憧れていたお母様の姿さえ、見るのも嫌になってしまった。
それでも周囲の者達が私を心配して、決して一人にはしなかった。
お嬢様、胃に優しい食事をお持ちしましたよ。
お嬢様、本日は天気が良いので散歩でもしましょう。
お嬢様、気分転換にマッサージでもしましょう。
お嬢様……。
お嬢様……。
お嬢様……。
心を閉ざしてしまった私に皆が声を掛け続けてくれた。
それでも傷心を癒すことはできなかった。
三年間、私は亡霊のように過ごしてきた。
そんな中、王室から豪華な招待状が届いた。
この国の第一王子が王位継承者となるため、立太子の式典が開かれるのだと言う。
行かないわけにはいかなかった…。
よほどの理由がない限り、貴族は全員参加だ。
「大丈夫よ、ナディア。今日はここで素敵な方と出会えるかもしれないわ!」
国中の貴族が一同に集まる華やかな王宮。
私の手はますます氷のように冷たくなった。
「……いいえ、お母様。それはきっとありません」
だって私は、醜いのだから……。
「着いたみたいだわ」
お母様が開いていた紫色の扇を閉じた。
私は指先まで冷たくなった手をずっと擦っていたが、温まってはくれなかった。
馬車の扉が開いて王宮の護衛騎士が手を差し出してきた。騎士は私の顔を見た途端に目を瞬かせ、すぐに視線を逸らした。
醜い姿に言葉を無くしたのだろう。
その瞬間から、このまま降りずに帰ってしまいたかったが、貴族の一員である以上、務めは果たさなければいけない。
馬車から降りると先に到着していたお父様が待っていた。
茶色の、薄くなった髪に、同色の瞳。
パッとしない中年太りした男性。
けれど、私達を迎えた顔には溢れんばかりの優しさが滲んでいた。
ジモート・ブリュット伯爵。
別名「湯殿伯爵」ーーブリュット家の領地では数多くの温泉が湧き、貴族達がこぞって訪れる観光名所でもある。
そのため歴代のブリュット伯爵はそう呼ばれていた。
「さぁ、私の美しいお嬢様方」
物腰は柔らかく、彼が怒った姿など一度も見たことがない。
……いいや、訂正する。
たった一度だけあった。
私の婚約が破棄された時だ。
お父様は相手を酷く罵って、怒りを爆発させていた。
その後は私を優しく慰め、自分のことのように泣いてくれた。嬉しい反面、お父様を悲しませてしまったことに後ろめたさを感じた。
お父様の真横には二人の小さな子供が立っていた。
今年5歳になる、私の弟達だ。
どちらも瓜二つの双子で、お父様譲りの髪と瞳をしているが、おっとりとした性格のお父様と違ってやんちゃ盛りで大人しくしていない。
二人ともお母様が大好きで、馬車から降りてきたばかりのお母様に抱きついていた。
「まあまあ、皆に見られてしまうわよ」
お母様は困った顔をするものの、慈愛に満ちた笑顔で二人の息子の頭を撫でた。
まるで聖母のようなお母様は、社交界では実に名の知れた伯爵夫人だった。
ハニーブロンドのウェーブした髪に、薄紫の瞳。
紫色の瞳は王族だけが持つ色のため、お母様には多少なりとも王族の血が流れている。
お父様と結婚する前は公爵家の三女で、社交界にいる男性陣を虜にした麗しの女性だ。
誰もが彼女に恋をし、誰もが彼女に求愛してきたと、お父様は言っていた。
そんな彼女の色を受け継いでいたのに……。
「さあ、参りましょう」
促されて階段を上っていく。
まるで、死刑台へ向かっているようだ。
お茶会の大失態から三年。
婚約者が放った言葉通り、正式に婚約破棄された私は領地に戻ってひっそりと暮らしていた。
ショックのあまり引き籠っていた、とも言う。
今までどんなに辛くて悲しいことがあっても三食の食事と間食は欠かしたことがなかったのに。
食べ物を口にすると吐いてしまう病気にかかり、綺麗なドレスや輝く宝石も美しいと感じなくなった。
醜いと言われたあの日から、全てが変わってしまったのだ。
憧れていたお母様の姿さえ、見るのも嫌になってしまった。
それでも周囲の者達が私を心配して、決して一人にはしなかった。
お嬢様、胃に優しい食事をお持ちしましたよ。
お嬢様、本日は天気が良いので散歩でもしましょう。
お嬢様、気分転換にマッサージでもしましょう。
お嬢様……。
お嬢様……。
お嬢様……。
心を閉ざしてしまった私に皆が声を掛け続けてくれた。
それでも傷心を癒すことはできなかった。
三年間、私は亡霊のように過ごしてきた。
そんな中、王室から豪華な招待状が届いた。
この国の第一王子が王位継承者となるため、立太子の式典が開かれるのだと言う。
行かないわけにはいかなかった…。
よほどの理由がない限り、貴族は全員参加だ。
「大丈夫よ、ナディア。今日はここで素敵な方と出会えるかもしれないわ!」
国中の貴族が一同に集まる華やかな王宮。
私の手はますます氷のように冷たくなった。
「……いいえ、お母様。それはきっとありません」
だって私は、醜いのだから……。
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