サイコ・α(アルファ)

水野あめんぼ

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本編

03:そして狼は取引を持ちかける

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森田は強く殴られた衝撃で、今のところ起きる気配はなさそうだ。

「――たくっ、大丈夫か? 坊ちゃん、お礼だ。」

――ぶちっ

そう言って牢につながれていた男は森田の机からナイフを取り出して七歩を拘束していた縄を切ってくれた。

「あの、何でここが分かったんですか……?」

牢につながれていた男に、何故自分が拘束されている場所が分かったのか聞いてみた。

「ん? あぁ……坊ちゃんの悲鳴が聞こえたんでね。ちょっとヤバい目に遭ってんのかなって思って駆けつけた。……助けちゃ悪かったか?」

牢から出た後、七歩が叫び声をあげたおかげで七歩を助けることが出来たことで居場所を特定できたことを明かし、もしかして助けてはいけなかったかと男は聞いた。

「――いえ! あっ、ありがとう……ございます。」
「どうってことねぇ、俺はただ借りを借りたままにしない主義なもんでね」

あのままにされてたら森田に何されてたかと思うと助けが欲しくないことは決してなかったことを伝え、七歩が拘束を解いてくれた男に七歩は感謝する。

「――あっ、救急箱あった。ちょっと服も拝借するかな……」

 七歩が見ている前で男は森田の私物を物色し始め、救急箱と服を見つけると男は破れた服を脱いで救急箱から消毒液やら絆創膏やら取り出して出来る処置を施そうとする。

「――っ」

男が服を脱ぐと刺青が現れた、男の背には朧月に吠える猛々しい狼の刺青が彫ってあってそれを見た七歩は息を呑む。

男を一目見た時“狼”のようだと思っていたので、イメージが一致している刺青を見て驚いた……。

「――ん? あぁ……驚いたかい? 俺は極道なんでね。……引いたか?」

 男が消毒液で傷がついた肌を処置していると七歩が自分の背に有る刺青を見て驚いていることに気付き、自身は極道の人間であることを明かし、刺青を見て引いたか聞いた。

「――あっ、いいえ! そんな……正直驚いた、でも……かっこいいと思った」

確かにこんな刺青を入れるのは極道かその関係者だろうとは思ったが、狼の刺青に関しては正直綺麗だと七歩は本心から思っていたことで決して嘘ではない。

七歩は一瞬戸惑うが、変に誤魔化すのも変な話なので男に刺青を見た感想を正直に話す。

「ふぅん……」

男はまんざらでもなさそうな返答をした後、救急箱を閉めて森田の服を洋服棚から引っ張り出して拝借した。

「坊ちゃん、その首輪……ってことは、Ωかい?」
「――えっ!?」

男は七歩の首輪をしていることに気付いており、七歩はΩなのか聞いて来た。
七歩はいきなりそんなことを聞かれたこともあり、警戒して一瞬返答を迷う。

「あのな……、ただだ。Ωだからって即決に淫売にするような連中と一緒にするんじゃねえよ。」

「すっ、すみません……」

 男は極道と明かしたせいもあったかもしれないが、これを聞いただけで警戒されたことに不愉快だったらしく、Ωの特性を利用して売り物にする様な連中と勘違いしないでほしいと釈明する。

強い口調で言われたせいで、思わず七歩は委縮して謝る。

「……まっ、いいさ。どうせ極道ははみ出し者で嫌われ者の集まりだしな、お前さんの反応が普通さ」

ちょっときつく言い過ぎたと思ったのか、七歩が委縮した反応を見て男はそう言ってきた。

「多分……Ωだと思う」
……?」

七歩は男に自分はΩだということを正直に伝えると、男は七歩の言う“多分”という言葉に引っ掛かりを覚えて聞き返してくる。

「……ここまで来るのに何があったのか記憶がないんです。いつの間にかここに監禁されていて、そこにあった僕の学生証を見たら多分そうなんだと思う。……森田この人に襲われそうになったとき一瞬嫌な記憶も蘇ったし」

得体のしれない屋敷に連れていかれるまで何があったのかという記憶がない事や、森田に襲われた時にΩであるせいで起きた思い出したくない記憶が蘇ったことでおそらくこの学生証に書かれていた通り、自分はΩなのだろうと七歩は正直にこれまでのいきさつを話す。

「……そうかい」

男は襲われそうになったときに嫌な事を思い出したと言う言葉で、悪いことを聞いたと思ったのかそれ以上は深く追求しようとしなかった。

「さてと、逃げるとしますかね。ここ、マジでネジ飛んでる奴らの巣窟みたいだし関わらない方が良いぜ? 坊ちゃんもその首輪なら多分町のある方戻ってちょっとしたピッキング作業すりゃあ何とかなるだろう」

七歩も感じていたようにここの人間はどこかおかしい連中ばかりなので、ここから逃げるように男は忠告する。

「……でもどうやって?」

男は簡単に言うが、七歩はどうやって逃げると言うのか男に聞く。

「そりゃお前……塀を昇って行きゃ簡単だろ」

「――あっ、待って……!」

男は処置が終わって立ち上がるとどこかへ移動しようとし始めて七歩は慌てて男の後を追っかける。

・・・

七歩の身長ではぎりぎり届くか届かないかの塀に男は移動すると、男はすっと塀を乗り越え乗り上げる。

「坊ちゃん、少しくらいなら手を貸すぞ?」
「――えっ!?」

男は塀を乗り越えたいのなら少しだけ手を貸すと言ってきた。

ちら……

「……」

確かに屋敷で自分の首輪の鍵を握っている主に外してもらうように頼みこむよりはこっちの方がいいかもしれない……そう思った七歩は、

「……ありがとうございます。」

男の方に手を伸ばして引き揚げてくれるように言う。しかし、男の手を借りて塀の一番上に取り上げた時だった――。

――ビリッ!

「――!?」

――がくっ!

急に首の方から電気が走って、七歩は電気が走った衝動で気を失う。

「!? ――おい、しっかりしろ!」

男が七歩の異変に気付き、呼びかけるが七歩に返事はない。
一旦屋敷の庭に通じる方に降りて、息を確かめ心臓を確かめると心音と息はちゃんとしていた。

(――くそっ、この首輪……そういうことかよ!)

首輪の仕組みが分かったのと同時に男は七歩を抱え、七歩を休めるところがある場所を探した。
すると庭に通じる場所がある廊下にすぐソファがあった為、そこで休ませる。

――数分後……。

「――あれっ?」
「目ぇ、覚ましたか……?」

七歩が意識を取り戻したことに男は安堵した。

「あれ……僕、どうして」

自分が何故気を失っていたのか、七歩には分からなかった。

「多分その首輪のせいだ。」

「――えっ!?」

男は気を失った原因は七歩につけられているその首輪に有ることを話した。

「多分それ、逃げられねえようにある程度……屋敷から遠いところに離れて外してもらうのは無理だな」

男は自分の見解では七歩の首輪には細工がしてあり、屋敷から何メートルか離れたりすれば電気が走るようにしてある構造だと話す。

こうなった以上この屋敷で鍵を探して屋敷の主に外して貰う他ないと七歩に伝える。

「嘘……」

七歩は男の言葉を聞いて、絶望に打ちひしがれていた。

《あっはははは、七歩……逃げようなんて悪い子だね?》

「――!?」

いきなり声が聞こえ二人は驚愕し、辺りを見渡すと天井に設置してあるスピーカーから声が流れていることに気付く。

「てめえか……、この子に胸糞悪い首輪をつけたの」

声の主が聞こえるアナウンス用のスピーカーを睨み付け、声の主にそう聞く。

《……だって、逃げられないようにしておかなきゃ。せっかく手に入れたのに逃がしちゃったら元も子もないでしょ?》

そう聞かれ、声の主はしれっとそう答える。

――七歩はその言葉で悟った。

声からしてわかる余裕の態度にはそういう意味があったのだ。
言葉巧みにこの首輪をつけさせ自分から逃げられないと分からせるため、そして七歩が逃げることを考えるのを分かっていてこのような細工をしたことも。

《だから最初に言ったでしょ? 七歩……、外してほしかったら僕のところまでおいでってね》

「――っ」

声の主は絶望に更に突き落とすかのように、七歩に最初に自分が言った言葉を思い出させた。
七歩はさらにショックで心が壊れそうだった……。

《じゃあ、待ってるよ?》

声の主が言い終わると声の主が聞こえていたスピーカーから切れる音が聞こえ、会話は終わった。

「もうやだ、もういっそ……死んだ方が」

「――ちっ、ここで捕まってた時も思ったが、狂った奴らばっかだな」

絶望に打ちひしがれ、七歩は膝を着いてぶつぶつ呟く端で、男も館の主の歪んだやり方に気分を悪くしたようだった。

「もう、死にたい。Ωだからってなんでこんな目に……」
「――ちっ」

そう言って七歩はついに泣き出してしまった。
七歩が泣き出した様子を見て男は少し居心地が悪かったらしく、舌打ちをする。

「……坊ちゃん、あの野郎から逃げたいか?」
「――?」

男は思うところがあったらしく、あの声の主から逃げたいか改めて聞いて来た。

「逃げたい、でも……他にどうすればいいの?」

方法がないではないか、七歩はそう意見すると……、

「だったら、俺を頼ってみねえ……?」
「――えっ?」

男にそう言われ、七歩は驚いて目を見開く。

「だから、って言ってんだよ……」

男は、あの声の主の番にならずに脱出する方法を一緒に考えて協力してやると言ってくる。

「出来るの? そんなこと……」
「要するにあの男から鍵奪えばいいだけの話だ、鍵奪って外しちまえばこっちのもん」
「……そんな」

つまりは鍵を強奪してやればいいと男は言うが、七歩はそんな簡単な話ではないとは思うと意見しようとするが男は言葉で遮る。

「もちろん、そんな簡単じゃねえことは俺だって分かってるさ。だがよ、一人より二人の方がいいだろ? どうなんだ?」
「……でも」

男はあの声の主が一筋縄でいかない相手だと七歩が言いたいことを読み取り、一人より二人で行動して考えた方がいいと男は意見する。確かに一人で行動するより二人で行動した方が得策だと思うが、考え無しに走っていいものか七歩は悩む。

「ここから先どうやってあいつが仕掛けてくるかなんて考えたらキリがねえ、どうせなら進みながら考えろ……そのあと対策を練って行きゃいいんだからよ。」

「……」

七歩に「絶望に打ちひしがれる暇があれば、足掻け」と活を入れる。男の言い分にも一理あると思った七歩は男の説得を受け入れる。

「坊ちゃん、これも何かの縁だ……お前に協力してやるよ。その代わり……」

男は七歩があの声の主から逃亡することに協力をすると言うと、一旦区切り……

「――取引だ、ここから出たらお前……俺の番になれ。」

男はそう告げた。

「――“番”って?」

七歩はここから出たら男と番になることを条件に取引を持ちかけられ、迷いながら番とは何か聞き返す。

「番ってのはαΩだって教わらなかったか? お前にご執心のあの男もおそらくαだろう……ちなみに俺もこう見えてαだ」

「……」

男は番について説明し、男の見解ではあの声の主もおそらくαで男自身もαだと明かした。

「あぁ、多少俺自身の気紛れも入ってるがな……もともと俺は番探しなんて興味なかったんだがな。なんでか……お前を一目見た瞬間って思えたんだよ。どうだ? 乗るのか、乗らないのか……?」

そして男はもともと番探しなんてどうでもいいと思っていたことや七歩を目にして不思議にも七歩なら番としてほしいと思えたことを正直に話し、七歩に男は取引に応じるか選択を迫った。

七歩は一瞬返答に迷うが、あの声の主の番になるよりはましだと思った。男を信用していいのかまだわからないが……、

「約束する……」

取引に応じるという形をとった。

「交渉成立だな、よろしくな……坊ちゃん。そういや名前言ってなかったな? “狼谷かみやおぼろ”だ。」

山羊内やぎうち七歩ななほ。」

男は約束を取り付けた七歩にそう告げた。男もとい狼谷朧は改まって名前を名乗った。
七歩も、朧に名前を名乗ったのだった。
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