シロワニの花嫁

水野あめんぼ

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本編

第五話:召使いの少年

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人間を見るのは初めてなのか、少年は明澄を見て少し戸惑っているようだった……。

「あの、詠寿様……ここの魚たちの餌を持ってくるのは僕がやりますので」
「いや、いいんだ……俺がやりたいんだ。少し席を外すからクリア、明澄の話相手になってやってくれ」

急に呼ばれたことに戸惑っているのか、餌を持ってくる役目は召使いである自分がすると少年は言うが詠寿は自分が餌を持ってきたいと譲らず、同時にクリアと呼ばれた少年に自分の代わりに明澄の話相手になってやるように詠寿は命令する。

「あっ、はい……分かりました。」

念を押されて振り払えなかったことに困った顔をしながらも、クリアと呼ばれた召使いの少年は詠寿の命令を承諾したのだった。詠寿は餌を取りに、一旦中庭から席を外した。

「あっ、えっと……明澄、様でよろしかったですか? 初にお目にかかります、明澄様。
使用人見習いのクリアと申します。」

クリアと名乗った少年はぎこちない態度で明澄に挨拶をする。

「あっ、そんな風にかしこまらないで? 君、多分ボクと同い年でしょ?」
「いえ、でも、将来貴方は詠寿様の伴侶になられる方だと聞かれてますし……」

 明澄は同い年に見えるクリアに自分に対してそこまで気を遣わないでほしいと頼み込むが、クリアは明澄が将来詠寿の伴侶になる立場なので、使用人である立場の自分がため口だなんて無礼な態度はとれないと断ろうとする。

「じゃあ、ボクと二人きりの時でもいいから……ね?」

 明澄は命令を徹底しているせいもあってなのか使用人や衛兵の態度がそっけないため少し不満を持っていたため、せっかく同じ年くらいの使用人を見つけたのであればこの人魚界の世界を知るためにもクリアには友達になって欲しいと望んでいたのだった。

二人きりだけの時でいいから自分の前だけでは少しだけでもいい、ため口で話してほしいと改めてお願いする。

「うっ、う~~ん、じゃあ……厳生様や他の先輩たちには内緒でお願いします。僕にもがありますから」

自分たちがため口で話し合う仲だというのを知られると、厳生等に厳しい叱責をされることやあからさまに一目置かれていると言う態度が出れば、年長の使用人に嫌味を言われかねないので公言するような態度や言葉遣いは慎んでほしいと了承する代わりにクリアはそうお願いする。

「じゃあそうするよ、クリア」

明澄はクリアの御願いを聞き入れると言うとクリアはその答えに安堵して……、

「じゃあ……そうさせてください」

明澄のお願いを承諾した。

「よしっ! あのさ……それともう一つ」
「――えっ?」

明澄はクリアとため口で話せる仲になるとあることを聞いてきた。
クリアはそれがいったい何なのか聞く。

「人魚界で分からないことがあれば、教えて?」

人魚界の仕組みや歴史など、もしよかったら教えてほしいとクリアに願い出た。

その言葉にクリアは……、

「もちろんです。」

快くそう答えたのだった。

「あっ、立ちっぱなしも疲れるでしょう? そこにベンチがありますからそこに座ってください」

クリアは気を使ってベンチに腰を掛けるよう言ってくれた、彼の青色の綺麗なひらひらとした尾ひれが目について気になった。

「クリアってもしかしてグッピーなのかな?」

明澄はクリアの下半身を見てもしかしてクリアはグッピーの人魚か聞いてきた。

「!? よく分かりましたね。えへへ、一目で分かってもらえる人なんて初めて。」

クリアは嬉しそうに照れて尾ひれをひらひらと左右に動かす。

「ボク、人間とお話しするの初めてで……退屈させたらごめんなさい」

「ううん、他の使用人たちより話しかけやすくて楽だよ。」

自分は人間と会話するのが初めてなので。もし下手に退屈にさせでもしたらと思ったクリアは話が下手で飽きさせたら申し訳ないと詫びるが明澄はむしろ他の使用人たちより話しかけやすくて気が楽だと言った。

「へへ、そうですか?」
「うん……」

照れくさそうにクリアが聞くと明澄はそう答えた。
クリアと話していると同い年に見えるせいもあってか、他の使用人や厳生よりは話しかけやすいと明澄は本気で思っていた。

すれ違う使用人や衛兵たちは種族の違いからくるのか分からないが、明澄にとって話しかけづらかった。
他の使用人や衛兵は情が湧いたら掟を破って明澄を人間界に返しかねないと思って情が湧かないようにしているのかもしれないが、事務的な態度が目立つため明澄からすれば気軽に話しかけにくいと思っていた。

同い年に見えるクリアに自分の世話を見るように頼んだのは、詠寿がそれを察して気を遣ってくれたのかもしれないと明澄はそ心の端で思っていた。

「えと……明澄様は、魚たちを戯れることは好きですか?」

 クリアは近くまで寄って来た熱帯魚たちと遊びながら、自分が何の魚の下半身を持つかすぐにわかった明澄は熱帯魚を観察したりするのが趣味なのか聞いて来た。

「あっ、ごめんなさい……ため口でって言われたのに」

つい敬語口調で話してしま田tクリアは、でと言われたばかりなのに敬語を使ってしまったことに詫びる。

「いいよ、いいよ。あと、その件に関しては伊達に大学で海洋生物学専攻してないからね……」

明澄は気にしてないと伝え、明澄は大学で海洋生物学を学ぶほど魚、特に熱帯魚は好きだと答えた。

「ダイガク……?」
「あっ、分かり辛い単語だったかな? ごめん……」

聞いたことない単語だったらしくクリアは“大学”という言葉に疑問符を浮かべる。人魚族にとって難しい単語を使ってしまったと思った明澄はクリアに難しい言葉を使って混乱させたことを詫びる。

「えっと……君がグッピーの人魚だって分かったのはね、ボク昔飼っていたんだ。グッピーを4匹ほど。……もう4匹とも死んじゃったけど。」

「あっ、そうだったんだ。」

話題を変え、何故クリアがグッピーの人魚だったか分かった理由を話し、昔4匹程グッピーを飼っていたからだと明澄は説明したおかげでクリアは明澄が自分がグッピーの人魚だと言うことが分かった理由に納得した。

――カチャッ

「――えい……砕波さいは様!?」

「――誰っ!?」

詠寿が中庭に帰って来たと思ってクリアは詠寿の名を呼ぼうとしたが、入って来たのは別の人物だった。
いきなり違う人物が明澄たちの前に現れたのだ。

“砕波”と呼ばれた人物の容姿は詠寿と同じくらい体格も良く、筋肉質で身長も詠寿と同じくらいの身長の男だった……。

しかもよく見ると斑に近い縞模様で詠寿同様鮫の下半身を持っていた。
砕波と呼ばれた人物は、明澄たちのいるところまで近づいて来る。

「詠寿がお綺麗な人間連れてきたって聞いたからさ~、ちょっとどんな奴か見に来たの」

そう赴いた理由を言いながら砕波と呼ばれた男は明澄に一歩一歩近づいてくる。

「あっ、あの……今、詠寿様はここの魚たちの餌を取りに、私が行くと言ったんですが……」

怖気付きながらも詠寿が今席を外していることをクリアは砕波に話そうとするが……、

「――はっ? 人の話聞いてた? 俺は“明澄こいつ”に用があんの。雑用程度しか任されない見習いがしゃしゃるなっつの!」

――ドン!

「――あっ!」

クリアが遠回しに詠寿に用があるなら出てって自分で探して欲しいと請うと、断ろうとした態度が気に喰わなかったのか不快そうな顔をして砕波はクリアを突き飛ばした。

「クリア君……!」

――グイッ

「――っ」

突き飛ばされたクリアを目の当たりにした明澄はクリアの名を呼び砕波に文句を言おうとするがその前に砕波によっていきなり顔を掴まれ、近くまで顔を寄せられた。

「へぇ……噂通り美人じゃん、相手が男だって聞いたからごつくて色気ねえ奴を連れてきたらザマアと言ってやろうかなって思ってたんだがな」

 砕波は明澄と嘗め回す様に見つめると同時に、もし詠寿が男らしい風貌の男を連れてきたならその相手を選んだのかと馬鹿にする予定だったことを砕波は言った。

失礼すぎる態度な上に根性が悪い言動にさすがの明澄も眉をひそめる。

――ぐっ!

明澄は砕波の胸を力いっぱい押して砕波から離れた。

「もう満足でしょ? 帰ってください……!」

明澄は不快な言動をする砕波を強気な態度で追い出そうとするが、砕波はその様子ににたりと笑うと……、

「いいや、かえって気に入ったわ。詠寿のような腑抜けに置いておくのなんて持ち腐れじゃねえか、俺のモノになれよ!」

砕波は明澄の手首を掴んで自分のモノにしたいという始末だった……。

「!? ――止めてください! 砕波様……!」

クリアもそれを聞いて立ち上がると砕波を明澄から引き離そうとしながらも必死でやめるよう呼びかけるが……、

「黙れよ、いいこちゃんぶった見習いがっ!」

――バシ!

「クリア君……!」

砕波はクリアを振り払うともう片方の手で叩いた。
クリアなどの気の弱い使用人に平然と手を上げる砕波に嫌悪しか感じない……。

「ほら、来いよ」
「やだ、放して……!」

明澄は必死で抵抗するが砕波の力が強くて手を振り払えない。トラウマを植え付けたあの男の影がちらついてきて焦りを隠せない。

(嫌だ、嫌だ! 誰か……!)

――そう心の中で叫んだ時だった。

「--砕波、何をしているんだ!?」

入り口のドアから、砕波を牽制する声が聞こえてきた。
声がした方向を振り向くと餌を取りに帰って来た詠寿が戻ってきていた。

「――ちっ、詠寿!」

砕波は詠寿の姿を目にするなり舌打ちして明澄の腕をようやく解放した。
明澄は強く掴まれたことで痣のできた手首を気にしつつも、詠寿が来てくれたことに胸を撫で下ろしたのだった。

「明澄に何をした、貴様……!」

詠寿は怒りをあらわにして砕波の肩を強く掴んだ。

「何って……お前の花嫁さんを見に来ただけじゃねえか? こんな上玉を俺に隠すなんて悪い男だなお前も」
「明澄にこれ以上何かしたら許さない、早く出ていけ!」

砕波を嫌っているのか、激しい剣幕を見せて詠寿は砕波を中庭から追い出そうとする。
何かありそうではあるが、明澄は震えが止まらずただ二人のやりとりを見る事しか出来ない。

「――ちっ、良い子ぶりやがって! まっ、せいぜい逃げられないこった」

砕波は憎まれ口を叩きながらも中庭を出て行った。
やり取りを見る限り、理由は分からないが二人の仲はかなり険悪だというのは一目瞭然だった。

バタン……

「――…っ」

――がくっ

「! 明澄様……大丈夫ですか!?」

扉が閉まる音がした途端、明澄はその場で膝を着いた、クリアがその場に崩れ去った明澄を心配して駆け寄る。

「――はぁっ、はぁっ……」

 強がった態度を取っていたものの内心はトラウマの影と重なって恐ろしく思っていたため、トラウマを思い出させる態度を取った砕波が本当に出て行ったのを見越した途端力が抜けてしまったのだった。

震えが止まらず明澄は自分の身体を抱きしめて蹲る……。

「明澄、恐ろしい思いをさせてしまってすまない。まさか、砕波の耳にもうお前の情報が届いているとは……」

「申し訳ありません、僕が居ながら明澄様に恐ろしい思いをさせただけでなく王子にまで大変なご迷惑を!」

詠寿は気分転換のつもりが逆に気分を悪くさせてしまったことに謝った、自分がしっかりしていないばかりに二人に迷惑をかけてしまったことに負い目を感じたクリアは必死に謝って来た。

「いいや、お前が謝る事じゃない。クリア、悪いが気分が良くなる茶を淹れてやってそれを明澄の部屋まで持って来てくれ。お前にも随分悪いことをしたな……」

 詠寿は自分が席を外したせいでクリアが砕波に手をあげられたことを詫びながら、クリアに気分を落ち着かせる茶を淹れるように言いつけ、立てそうもない明澄を両腕で抱きかかえる。

「――はい。この件、厳生様にも言っておいたほうがよろしいでしょうか?」
「そうだな、よろしく頼む。」

クリアは命令を承諾するのと同時に砕波が明澄にちょっかいを掛けたことを厳生に話しておいた方がいいか聞いた。そう聞かれ詠寿は明澄を抱きかかえながら厳生に伝えるよう頼んだ。

「では、一旦失礼します。」

クリアはそう言い残すと急いで厨房に駆けつけた。
中庭を後にすると、異変に気付いた召使いや衛兵が何人かが気付いて心配して詠寿の元に駆け寄る。

詠寿は明澄がこうなったいきさつを異変に気付いた召使いや衛兵たちに説明した後、明澄を部屋に連れ戻したのだった。
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