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本編
第十話:とある研究員
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瑠璃音が明澄に抱きついた瑠璃音を見たヴィオレはそれを見て驚き……、
「――あぁ、姫様! そんないけません、お兄様である詠寿様の大切な伴侶になるお方に抱きつくなんてはしたない行為……!」
明澄も男性で、なにより掟によるものとはいえ詠寿の婚約者とも呼べる相手に抱きつく行為に酷く動揺した反応を見せる。
「ヴィオレかた~い、ただのスキンシップなのに~」
ただのスキンシップで大げさに騒ぐヴィオレは真面目すぎると瑠璃音はふくれっ面で詰りながら明澄から離れた。
「すまないな、明澄……瑠璃音はこういうやつなんだ」
「大丈夫ですよ、気にしていません……」
詠寿は瑠璃音の自由さに呆れながら謝った。明澄は自分に抱きついた瑠璃音の行動は別に悪気があってやっているわけではないと分かっていたので気にしていないとヴィオレと詠寿に言う。
「あぁ……もう、姫様ったら」
瑠璃音のお転婆ぶりにヴィオレも心労が増えそうだと言わんばかりの顔をする。
ーーカチャン
「おっ、ここにいたか……厳生。」
「アリヴ……」
すると、今度はアリヴと他の兵士が中庭に入って来た。アリヴは厳生を見つけるなり厳生の傍まで歩み寄る。
「……アリヴ兵士長殿、怪我人の容体は大丈夫だったんですか?」
「――あぁ、頭に血を流してはいたが、大したことはない」
「そうでしたか……よかった、大騒ぎだったから」
アリヴに怪我人の様子を聞くと、怪我人は大丈夫だと答え、クリアはそれに安堵する。
「王子、明澄様……部下の不注意から大変な騒ぎを起こしてしまい、申し訳ありませんでした。」
「いいや、怪我人がたいしたことないならそれで十分だ」
「ここにいましたか、よかった。姫様駄目ですよ……姉さんをあまり困らせちゃ」
アリヴは兵士が怪我をしたせいで面倒なことに巻き込んでしまったことを頭を下げて謝ると、怪我人がそこまで深手を負っていないのならばそれでいいと詠寿は返答する。アリヴの後ろにいた衛兵の一人が瑠璃音を見つけたことに安堵して、ヴィオレを振り回したことを遠回しに注意する。
「――ショット、ごめんね。姫様探しを手伝ってもらっちゃって」
「彼は……?」
ヴィオレが弟であるショットにまで迷惑をかけてしまったことを謝り、それも含めて一緒に探してくれたショットに感謝していた。
「あぁ、ヴィオレの弟で俺の同僚の“ショット”です。兵士たちの中ではずば抜けた弓の名手で……さっきそこでばったり会いましてね。」
「――“ショット”と申します、護衛隊長を務めさせてもらっています。以後お見知りおきを。」
アリヴは自分の後ろにいたショットを明澄に紹介し、ショットもお辞儀をしながら明澄に自己紹介する。
「先程は姉が姫がいないと騒いでいたので、わたくしめも一緒に姫を探していたのです。そしたらさっき姉が姫様を見つけたとか言って走って行く姿を見たと他の使用人から聞いて、ここに来た次第です」
「さぁ、姫様……お部屋に戻りましょう。そろそろお勉強のお時間ですから」
「え~~っ」
ショットは中庭に赴いた理由を短絡的に説明し、その時にアリヴともばったり会ったようだ。
二人の邪魔になるといけないのでヴィオレはそろそろ中庭を出ようと促すと瑠璃音は不服そうに答える。
「後でまたお話してあげるから……また後でね、瑠璃音姫」
「――ホント!? じゃあまたね、明澄お兄様。」
明澄は瑠璃音に後でまた相手をしてやると約束を取り付けると、瑠璃音はそれを聞いて満足し、ヴィオレとともに可愛く裾を上げてお辞儀をして中庭から出て行った。
「やれやれ……」
「面白い娘ですね」
詠寿は瑠璃音の自由っぷりに先が思いやられていたようで、兄弟仲の良さを見て明澄はくすくすと笑い、瑠璃音のことを「面白い」と評した。
「――そうだ、会わせてやりたい奴がいたんだった。」
詠寿は明澄に会わせてあげたい人物を紹介しようとしていたことを思い出し、中庭にいる熱帯魚たちの生命を維持している巨大なアロマポットのところに行く。すると巨大アロマポットにはうっすら目をこらえると扉が付いていることが分かり、詠寿はレバーを引いてその扉を開ける。
アロマポットの扉にはすぐ螺旋階段が続いていた、少し薄暗いので少し入るのに躊躇する。
「ついておいで……」
「……」
詠寿が優しい声で明澄に螺旋階段に降りるよう促す。勇気を振り絞り、意を決して階段を下り始め酔うと一歩を踏み出す。詠寿はそれを察してか明澄の手を握ってくれた。
「何かあれば呼び鈴を鳴らすから、ここで待機をしていてくれ。」
「――分かりました。」
詠寿は厳生たちにそう言いつけて明澄の手を引いた。
クリアと厳生はアロマポットの傍に有るベンチに座り、アリヴとショットはいつでも詠寿の呼び出しに対応できるように出入り口を見張った。
――長い螺旋階段を降りて行って数分くらい降りると一室の部屋の扉にたどり着く。
「――着いたぞ。」
詠寿が扉を開けるとそこは研究所のような場所だった……。
「――わぁ。」
たくさんの薬品やフラスコが棚と机に並び、レポート用紙や研究結果を書いた紙が机に散らばっている。
壁には水場が一面に有り、水草が自生してある。この研究所が今も使われている証拠だ、実験結果を書きなぐったレポート用紙が散らばっている辺り一目瞭然だった。
「おや……王子、いらしてたんで?」
誰かが詠寿に話しかける声が聞こえてきた。
「リョウジ……」
「――!?」
するとすぐそこには“人間”が立っていた、人魚だらけの王宮で数少ない自分と同じ人間だったことに明澄は驚く。いや今まで王宮で人間は見かけなかった、どこかにいるかもしれないが王宮を出入りしている人間は明澄以外は目の前にいる彼位なのだろう。目の前の男は身長は厳生くらいあり、ダンディでちょうど初老を迎えたくらいの風貌をした男だった。
「――突然訪問して悪かったな、研究に明け暮れていた途中だろう?」
「いいえ、大丈夫ですよ」
詠寿にリョウジと呼ばれた男は、詠寿が急に来たことを詫びてくると別段気にした様子は見せていなかった。
「おやおや……? その子は?」
「明澄だ……、明澄に数少ない人間のお前に会わせてやろうかと思ってな」
詠寿の後ろに隠れていた明澄を見たリョウジは明澄が何者なのか聞いてきたので、詠寿はリョウジに明澄を紹介しここに連れてきた理由を話した。
「あぁ、話はルメルダと快泉に聞いていますよ。そうか、その子が詠寿サマの……」
「この人は……?」
「あぁ、すまんね。明澄君でよかったかな? 俺は阿佐ヶ谷亮二……ここではリョウジって親しまれている。見た通り君と同じ“人間”だ」
詠寿の後ろに隠れて明澄はリョウジが何者なのか詠寿に聞くと、リョウジと呼ばれた男は本名を名乗った。自分の事は気楽に“リョウジ”と呼んでいいと砕けた口調で話しかけてくる。
「俺はこの王宮で研究員をしているんだ、ここにはいろいろなものがある。……研究に没頭したければここに住まないかと詠寿サマのお父上である王にこの場所を与えられたのさ」
リョウジはここで何をしているのか、ここにいる理由を質問を聞かれる前に語り始める。
「……」
「何で人魚しかいないこの人魚界に人間がいるんだって顔だね? まぁそうだろうね……ここに辿りつけるのはここに人魚の伴侶として身を置く決心をした人間か偶然にも人魚に助けられた人間位なもんだ。
まぁ、立ち話もなんだ……お茶を淹れてあげるからそこに座んなさいな」
明澄が訝しげな表情をしている様子を見て思っていることを察し、リョウジは人魚界にいる自分を含めた人間は人魚たちに比べれば少ないので明澄がそう言う顔をするのは分かっていたと話す。
リョウジは散らかっている部屋でお茶を出すのはさすがに失礼と思ったのか研究室とは別の部屋に案内し、明澄たちにこっちに来るよう促す。そしてリョウジは部屋に有ったキッチンの棚を開け、インスタントコーヒーを取り出した。
「――えっ!?」
「ーーん、なんで人魚の世界にコーヒーなんかって顔だな?」
「……だって」
リョウジが普通にインスタントコーヒーを出したことに驚いた顔をしている明澄に何を考えているか分かったようにリョウジはにやけ顔でそう聞いてくる、何かと自分の考えていることを見透かすリョウジに少し苦手意識を感じていた。
「この間、人間界に行って買ってきたんだ。毒は入ってないよ……そんなことしたら俺ぁ殺されちまうよ」
冗談を言いながらもリョウジはカップに注いだインスタントコーヒーを差し出した。
「……あの、どうしてここに?」
なぜ、リョウジはこんなところにいるのか、ここで何をしているのか明澄は尋ねた。
「――俺はね、ここであの人魚姫の魔女の末裔と一緒に薬の研究してるんだ」
リョウジは正直にこの場所で人魚姫の魔女の末裔と一緒に薬の研究をしていると話した。
「ーーあっ! そう言えば……先輩から聞きました。人魚姫に出てきた魔女の末裔は今も生きていて人魚界の発展に尽力を尽くしてくれていると……」
詠寿が話してくれた内容を思い出し、明澄は人魚姫の魔女の末裔が今も存命していることを詠寿から聞いたことを言った。
「俺は魔女の末裔の一人と女人魚に命を助けられたんだ……」
「――えっ!?」
そしてリョウジは、自分は魔女の末裔とある一人の女人魚に助けられて人魚界に来たことを明かした。
「俺は昔船乗りだったんだ……でも大時化で船は沈み、他の先客と他の船員たち同様俺も大波にのまれて死ぬはずだった。」
リョウジは昔船乗りだったことや大時化で船は沈没し、死ぬ運命だったはずの自分を二人の人魚に助けられてここにやってきたことを明かした。
「そんな俺を拾って助けてくれたのが……魔女の末裔・“クエシス”。そして……“リヴェラ”、俺の奥さんだった人だ」
「――!?」
リョウジは、魔女の末裔の名前、そして自分を助けたその女人魚の名前とその女人魚と結婚したことも明かした。
「そこにいる詠寿サマの姉替わりみたいな女でもあったんだ」
「……!」
「リヴェラは俺に色んなことを教えてくれたよ……人魚界について右も左もわからない俺に。」
「……」
リヴェラは詠寿のお世話係でもあったと詠寿を見ながらリョウジは懐かしむように明かし、詠寿はただ黙って淹れてくれたコーヒーを見つめていた。
「どうしてここに住もうと……?」
リヴェラを愛していたからというのは分かるが、何故人魚界に住みつこうと思ったのか明澄は理由を聞いた。
「そうだなぁ、彼女の傍にいたかったって言うのも大きかったが……強いて言うならーー」
「あれー? リョウジいないのー?」
「――!?」
リョウジは明澄の質問に答えようとしたが、それを遮る声が研究所内に響いた。
「ルメルダが帰って来たな……せっかくだ、ルメルダに顔を合わせておきな」
知り合いの声だったらしくリョウジは席を立ち、明澄にルメルダに顔を合わせておくように言った。
「どうしたよ、ルメルダ」
「『どうしたよ』じゃない! 人に買い物頼んでおいて……!」
リョウジはルメルダに呼ばれ用件を聞いたが、ルメルダは買い物を頼んでおいて研究所にいなかったリョウジに不服だったようだ。
「そうカリカリするなよ、怪我人の治療はよかったのか?」
「大丈夫だよ、怪我もそこまで大したことじゃない」
リョウジは怪我人が出たと言うので、呼び出しを食らったルメルダにそう聞いてみると、大したことはないと怪我人の様子をルメルダはリョウジに話した。
「ルメルダ……」
「ーーちょっ、王子!? アンタねぇ、王子が来てくださってたなら先に言いなさいよ!」
「――俺のせいかよ!?」
詠寿がルメルダの名を呼ぶと詠寿がいることに慌て、詠寿がいるとは気が付かなかったルメルダは詠寿の事をきちんと教えなかったリョウジを責める。
「えっと……」
「おや……明澄様、身体の具合はよろしかったのですか?」
明澄はこのやり場に困っていたのをルメルダはようやく明澄をみつけ、ルメルダは明澄を知っているような口ぶりをして明澄に今の健康状態を聞いて来た。
「――あぁ、姫様! そんないけません、お兄様である詠寿様の大切な伴侶になるお方に抱きつくなんてはしたない行為……!」
明澄も男性で、なにより掟によるものとはいえ詠寿の婚約者とも呼べる相手に抱きつく行為に酷く動揺した反応を見せる。
「ヴィオレかた~い、ただのスキンシップなのに~」
ただのスキンシップで大げさに騒ぐヴィオレは真面目すぎると瑠璃音はふくれっ面で詰りながら明澄から離れた。
「すまないな、明澄……瑠璃音はこういうやつなんだ」
「大丈夫ですよ、気にしていません……」
詠寿は瑠璃音の自由さに呆れながら謝った。明澄は自分に抱きついた瑠璃音の行動は別に悪気があってやっているわけではないと分かっていたので気にしていないとヴィオレと詠寿に言う。
「あぁ……もう、姫様ったら」
瑠璃音のお転婆ぶりにヴィオレも心労が増えそうだと言わんばかりの顔をする。
ーーカチャン
「おっ、ここにいたか……厳生。」
「アリヴ……」
すると、今度はアリヴと他の兵士が中庭に入って来た。アリヴは厳生を見つけるなり厳生の傍まで歩み寄る。
「……アリヴ兵士長殿、怪我人の容体は大丈夫だったんですか?」
「――あぁ、頭に血を流してはいたが、大したことはない」
「そうでしたか……よかった、大騒ぎだったから」
アリヴに怪我人の様子を聞くと、怪我人は大丈夫だと答え、クリアはそれに安堵する。
「王子、明澄様……部下の不注意から大変な騒ぎを起こしてしまい、申し訳ありませんでした。」
「いいや、怪我人がたいしたことないならそれで十分だ」
「ここにいましたか、よかった。姫様駄目ですよ……姉さんをあまり困らせちゃ」
アリヴは兵士が怪我をしたせいで面倒なことに巻き込んでしまったことを頭を下げて謝ると、怪我人がそこまで深手を負っていないのならばそれでいいと詠寿は返答する。アリヴの後ろにいた衛兵の一人が瑠璃音を見つけたことに安堵して、ヴィオレを振り回したことを遠回しに注意する。
「――ショット、ごめんね。姫様探しを手伝ってもらっちゃって」
「彼は……?」
ヴィオレが弟であるショットにまで迷惑をかけてしまったことを謝り、それも含めて一緒に探してくれたショットに感謝していた。
「あぁ、ヴィオレの弟で俺の同僚の“ショット”です。兵士たちの中ではずば抜けた弓の名手で……さっきそこでばったり会いましてね。」
「――“ショット”と申します、護衛隊長を務めさせてもらっています。以後お見知りおきを。」
アリヴは自分の後ろにいたショットを明澄に紹介し、ショットもお辞儀をしながら明澄に自己紹介する。
「先程は姉が姫がいないと騒いでいたので、わたくしめも一緒に姫を探していたのです。そしたらさっき姉が姫様を見つけたとか言って走って行く姿を見たと他の使用人から聞いて、ここに来た次第です」
「さぁ、姫様……お部屋に戻りましょう。そろそろお勉強のお時間ですから」
「え~~っ」
ショットは中庭に赴いた理由を短絡的に説明し、その時にアリヴともばったり会ったようだ。
二人の邪魔になるといけないのでヴィオレはそろそろ中庭を出ようと促すと瑠璃音は不服そうに答える。
「後でまたお話してあげるから……また後でね、瑠璃音姫」
「――ホント!? じゃあまたね、明澄お兄様。」
明澄は瑠璃音に後でまた相手をしてやると約束を取り付けると、瑠璃音はそれを聞いて満足し、ヴィオレとともに可愛く裾を上げてお辞儀をして中庭から出て行った。
「やれやれ……」
「面白い娘ですね」
詠寿は瑠璃音の自由っぷりに先が思いやられていたようで、兄弟仲の良さを見て明澄はくすくすと笑い、瑠璃音のことを「面白い」と評した。
「――そうだ、会わせてやりたい奴がいたんだった。」
詠寿は明澄に会わせてあげたい人物を紹介しようとしていたことを思い出し、中庭にいる熱帯魚たちの生命を維持している巨大なアロマポットのところに行く。すると巨大アロマポットにはうっすら目をこらえると扉が付いていることが分かり、詠寿はレバーを引いてその扉を開ける。
アロマポットの扉にはすぐ螺旋階段が続いていた、少し薄暗いので少し入るのに躊躇する。
「ついておいで……」
「……」
詠寿が優しい声で明澄に螺旋階段に降りるよう促す。勇気を振り絞り、意を決して階段を下り始め酔うと一歩を踏み出す。詠寿はそれを察してか明澄の手を握ってくれた。
「何かあれば呼び鈴を鳴らすから、ここで待機をしていてくれ。」
「――分かりました。」
詠寿は厳生たちにそう言いつけて明澄の手を引いた。
クリアと厳生はアロマポットの傍に有るベンチに座り、アリヴとショットはいつでも詠寿の呼び出しに対応できるように出入り口を見張った。
――長い螺旋階段を降りて行って数分くらい降りると一室の部屋の扉にたどり着く。
「――着いたぞ。」
詠寿が扉を開けるとそこは研究所のような場所だった……。
「――わぁ。」
たくさんの薬品やフラスコが棚と机に並び、レポート用紙や研究結果を書いた紙が机に散らばっている。
壁には水場が一面に有り、水草が自生してある。この研究所が今も使われている証拠だ、実験結果を書きなぐったレポート用紙が散らばっている辺り一目瞭然だった。
「おや……王子、いらしてたんで?」
誰かが詠寿に話しかける声が聞こえてきた。
「リョウジ……」
「――!?」
するとすぐそこには“人間”が立っていた、人魚だらけの王宮で数少ない自分と同じ人間だったことに明澄は驚く。いや今まで王宮で人間は見かけなかった、どこかにいるかもしれないが王宮を出入りしている人間は明澄以外は目の前にいる彼位なのだろう。目の前の男は身長は厳生くらいあり、ダンディでちょうど初老を迎えたくらいの風貌をした男だった。
「――突然訪問して悪かったな、研究に明け暮れていた途中だろう?」
「いいえ、大丈夫ですよ」
詠寿にリョウジと呼ばれた男は、詠寿が急に来たことを詫びてくると別段気にした様子は見せていなかった。
「おやおや……? その子は?」
「明澄だ……、明澄に数少ない人間のお前に会わせてやろうかと思ってな」
詠寿の後ろに隠れていた明澄を見たリョウジは明澄が何者なのか聞いてきたので、詠寿はリョウジに明澄を紹介しここに連れてきた理由を話した。
「あぁ、話はルメルダと快泉に聞いていますよ。そうか、その子が詠寿サマの……」
「この人は……?」
「あぁ、すまんね。明澄君でよかったかな? 俺は阿佐ヶ谷亮二……ここではリョウジって親しまれている。見た通り君と同じ“人間”だ」
詠寿の後ろに隠れて明澄はリョウジが何者なのか詠寿に聞くと、リョウジと呼ばれた男は本名を名乗った。自分の事は気楽に“リョウジ”と呼んでいいと砕けた口調で話しかけてくる。
「俺はこの王宮で研究員をしているんだ、ここにはいろいろなものがある。……研究に没頭したければここに住まないかと詠寿サマのお父上である王にこの場所を与えられたのさ」
リョウジはここで何をしているのか、ここにいる理由を質問を聞かれる前に語り始める。
「……」
「何で人魚しかいないこの人魚界に人間がいるんだって顔だね? まぁそうだろうね……ここに辿りつけるのはここに人魚の伴侶として身を置く決心をした人間か偶然にも人魚に助けられた人間位なもんだ。
まぁ、立ち話もなんだ……お茶を淹れてあげるからそこに座んなさいな」
明澄が訝しげな表情をしている様子を見て思っていることを察し、リョウジは人魚界にいる自分を含めた人間は人魚たちに比べれば少ないので明澄がそう言う顔をするのは分かっていたと話す。
リョウジは散らかっている部屋でお茶を出すのはさすがに失礼と思ったのか研究室とは別の部屋に案内し、明澄たちにこっちに来るよう促す。そしてリョウジは部屋に有ったキッチンの棚を開け、インスタントコーヒーを取り出した。
「――えっ!?」
「ーーん、なんで人魚の世界にコーヒーなんかって顔だな?」
「……だって」
リョウジが普通にインスタントコーヒーを出したことに驚いた顔をしている明澄に何を考えているか分かったようにリョウジはにやけ顔でそう聞いてくる、何かと自分の考えていることを見透かすリョウジに少し苦手意識を感じていた。
「この間、人間界に行って買ってきたんだ。毒は入ってないよ……そんなことしたら俺ぁ殺されちまうよ」
冗談を言いながらもリョウジはカップに注いだインスタントコーヒーを差し出した。
「……あの、どうしてここに?」
なぜ、リョウジはこんなところにいるのか、ここで何をしているのか明澄は尋ねた。
「――俺はね、ここであの人魚姫の魔女の末裔と一緒に薬の研究してるんだ」
リョウジは正直にこの場所で人魚姫の魔女の末裔と一緒に薬の研究をしていると話した。
「ーーあっ! そう言えば……先輩から聞きました。人魚姫に出てきた魔女の末裔は今も生きていて人魚界の発展に尽力を尽くしてくれていると……」
詠寿が話してくれた内容を思い出し、明澄は人魚姫の魔女の末裔が今も存命していることを詠寿から聞いたことを言った。
「俺は魔女の末裔の一人と女人魚に命を助けられたんだ……」
「――えっ!?」
そしてリョウジは、自分は魔女の末裔とある一人の女人魚に助けられて人魚界に来たことを明かした。
「俺は昔船乗りだったんだ……でも大時化で船は沈み、他の先客と他の船員たち同様俺も大波にのまれて死ぬはずだった。」
リョウジは昔船乗りだったことや大時化で船は沈没し、死ぬ運命だったはずの自分を二人の人魚に助けられてここにやってきたことを明かした。
「そんな俺を拾って助けてくれたのが……魔女の末裔・“クエシス”。そして……“リヴェラ”、俺の奥さんだった人だ」
「――!?」
リョウジは、魔女の末裔の名前、そして自分を助けたその女人魚の名前とその女人魚と結婚したことも明かした。
「そこにいる詠寿サマの姉替わりみたいな女でもあったんだ」
「……!」
「リヴェラは俺に色んなことを教えてくれたよ……人魚界について右も左もわからない俺に。」
「……」
リヴェラは詠寿のお世話係でもあったと詠寿を見ながらリョウジは懐かしむように明かし、詠寿はただ黙って淹れてくれたコーヒーを見つめていた。
「どうしてここに住もうと……?」
リヴェラを愛していたからというのは分かるが、何故人魚界に住みつこうと思ったのか明澄は理由を聞いた。
「そうだなぁ、彼女の傍にいたかったって言うのも大きかったが……強いて言うならーー」
「あれー? リョウジいないのー?」
「――!?」
リョウジは明澄の質問に答えようとしたが、それを遮る声が研究所内に響いた。
「ルメルダが帰って来たな……せっかくだ、ルメルダに顔を合わせておきな」
知り合いの声だったらしくリョウジは席を立ち、明澄にルメルダに顔を合わせておくように言った。
「どうしたよ、ルメルダ」
「『どうしたよ』じゃない! 人に買い物頼んでおいて……!」
リョウジはルメルダに呼ばれ用件を聞いたが、ルメルダは買い物を頼んでおいて研究所にいなかったリョウジに不服だったようだ。
「そうカリカリするなよ、怪我人の治療はよかったのか?」
「大丈夫だよ、怪我もそこまで大したことじゃない」
リョウジは怪我人が出たと言うので、呼び出しを食らったルメルダにそう聞いてみると、大したことはないと怪我人の様子をルメルダはリョウジに話した。
「ルメルダ……」
「ーーちょっ、王子!? アンタねぇ、王子が来てくださってたなら先に言いなさいよ!」
「――俺のせいかよ!?」
詠寿がルメルダの名を呼ぶと詠寿がいることに慌て、詠寿がいるとは気が付かなかったルメルダは詠寿の事をきちんと教えなかったリョウジを責める。
「えっと……」
「おや……明澄様、身体の具合はよろしかったのですか?」
明澄はこのやり場に困っていたのをルメルダはようやく明澄をみつけ、ルメルダは明澄を知っているような口ぶりをして明澄に今の健康状態を聞いて来た。
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