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異世界生活
老執事の一日《1》
しおりを挟む「――おっと、そう言えば肝心のことを忘れていた」
「? 何です?」
騒ぎを聞き、慌てて駆けつけて来た王城警備兵が、死体やら何やらの処理をしている横で、俺は王子に向かって聞き返す。
「一応、今回は君達の恩賞を決めるって名目の会談だったからね。そのお話をしないと」
あぁ……そう言えばそうだったな。
「どうだい、何か欲しいものでもある? ドラゴンスレイヤーだから、『騎士爵』ぐらいはあげられるよ」
「いえ……爵位に関して言いますと、『クソ程』という形容がピッタリ来る程興味ありませんので、出来れば他のものをお願いしたいかと」
「あら、そうかい」
貴族なんかになっちまったら、この国に縛り付けられる義務が発生するだろう。
それはちょっと、勘弁願いたい。
「殿下、彼はこの国の者ではありません。それに、どうもこの国に長く住まうつもりも無い様子。ならば妥当に、討伐に見合う金銭と、後は今後のため自由に王城など一部区域を出入りするための許可証の類がよろしいかと」
その宰相の提案に、コクリと頷く青年王子。
「確かにそれが良さそうだ。ユウ君、君もそれでいいかい?」
「えぇ、助かります。金はあって困るものでもないし、一部区域の立ち入り許可は、元々それを得るために緊急依頼に参加したようなものでしたので」
「よし、決まりだ。許可証は後で部下に届けさせるとして、討伐金は今すぐに準備させよう。……この部屋じゃちょっと騒がしいから、ユウ君、近くの応接間で少し待っていてくれ。ゴルフェール、彼の案内を頼むね――」
* * *
コト、と音を立て、彼は湯呑をテーブルに置いた。
「――ふむ? お客様ですかな?」
「……あ? 何だ、話に聞いてたのと全然違うじゃねぇか? 何だこの老いぼれはァ?」
彼の前にいるのは、数十人程の男達。
その各々の手には武器が握られ、顔にはニタニタとした下卑た笑みが浮かべられている。
「ジェムさん、確かにコイツっすよ。このジジィと、もう一人蜥蜴みてぇなヤツが、この組織を今は取り仕切っているって話です」
「ハッ、そうかい。こんなジジィに支配されているとは、その生き汚さからゴブリンと呼ばれたヤツらが、ずいぶんと腑抜けたもんだなァ!」
男の恫喝に、椅子に腰かけていた彼――執事服を着込んだ老人は、しかし全く臆した様子もなく、澄まし顔のまま机の上の書類へと視線を下ろす。
「申し訳ありませんが、こちらは少々立て込んでおりまして。何か御用でしたら、後日もう一度いらしていただけると助かります」
その老執事の言葉に、ピク、と眉根を動かす、リーダー格の男。
そのまま男は、荒々しい様子で前に進むと――老執事の前にある机の上の物全てを、腕を思い切り横に払って、床に落とした。
派手な音が鳴り響き、置かれていたインク壺の中身が、床にぶち撒けられる。
「おい、クソジジィ。テメェ、あんまり舐めた態度を取ってっと、残り少ねぇその余命、今ここで終わらして――」
――一瞬のことだった。
「――ッ!?あッ、ギイィャアアァァァッッ!?」
「全く……そのまま帰っていれば良いものを。私は貴方方のような者達に、拘っている暇はないのです」
――座っていたはずの老執事が、男達が気が付いた時にはいつの間にか、リーダー格の男の頭部を片手でギリギリと掴み上げていた。
それも、とんでもない力で締め上げているらしく、リーダー格の男の口から激痛を感じさせる悲鳴が迸る。
「騒がしいですね……耳障りです、もう黙ってください」
その悲鳴を、ただうるさそうな表情を浮かべながら、老執事は。
そのまま、グシャリと男の頭部を握り潰した。
脳漿が周囲一帯に飛び散り、頭部を無くしたリーダー格の男の身体がドサリと床に崩れ落ちる。
「――――」
男達の間の空気が、硬直する。
ゆっくりと腕を下ろした老執事以外、誰も動くことが出来ない。
それは、仲間が殺されたことも、その老執事の恐るべき握力の強さもそうだが――息をするかのような簡単さで人を殺し、全く動じた様子の見せない彼の姿が、至極恐ろしかったのである。
街の中では、ロクデナシに分類されるような彼らの中でさえ、その老執事は極めて異質な存在に感じられたのだ。
「さて……人の仕事の邪魔をしたのです。それ相応の覚悟は出来ているのでしょうね?」
「ッ、テ、テメェら!!相手は一人だ、全員で殺っちまうぞ!!」
『オ、オォ!!』
相手が恐ろしいまでの実力を持つ者であるということを肌でひしひしと感じ取りながらも、しかし相手が一人であるというため、こちらが圧倒的に有利であると理性で以て自身に言い聞かせ、彼らは一斉に老執事に向かって襲い掛かり――。
* * *
「か、頭!!無事ですか!?」
殴り込みに来た者達を、老執事が物理的にもう二度と喋れなくしてから、数分が経った頃。
一人の男が、バンと激しく扉を開け、部屋の内部へと慌ただしく足を踏み入れる。
「龍門組のヤツらが、こっちを、襲いに……来たって……」
「ふむ。それは、この者達のことでしょうか?」
「……えぇ、そうでやすが。頭には関係ないことでしたね。こっちのシマを奪おうと、結構な人数で襲いに来たって聞いてたんすが……」
周囲に転がる躯を淡々とした様子で掃除している、血まみれの執事服を着込んだ上司の様子を引き攣ったような表情で見ながら、男はそう溢す。
「まあ、人は多かったですね。――それとポヴェル君。私は頭ではなく頭代理です。何度も言っているでしょう」
「し、失礼しやした。しかし、俺達ぁ、その頭代理が仕えているというお方を、見たことがありやせんので……」
「我が主は、色々とお忙しい身なのです。それより、昨日動いていた正規部隊、及び非正規部隊の情報は掴めましたか?」
「え、えぇ。色々と調べてみたんでやすが、その襲撃者というのは、恐らく政府に属する部隊以外の者達であるかと」
「ほう? どういうことですか?」
聞き返す老執事に、ポヴェルと呼ばれた男は、手元の書類を覗き込みながら口を開く。
「情報屋どもにも当たってみたんでやすが、正規非正規問わず、どうも政府に属する部隊には昨日、緊急招集が掛かっていて身動きの取れる状況じゃなかったそうです」
「緊急招集?」
「ほら、例のドラゴンスレイヤーの件ですよ。その対応にてんやわんやで、とても他の仕事が出来るような状況じゃなかったそうで。まあ、部隊が、というよりは、お偉いさん方が混乱していた、という方が正しいですが。……いやぁ、ドラゴン討伐だなんて、大したもんでさぁ。一度その面を拝みてぇものです」
そのドラゴンスレイヤーの正体こそが、老執事が仕えている主であるとは露知らず、そして老執事もまたそのことに関して特に何か言うこともなく、サラリと流して言葉を続ける。
「なるほど……となると可能性としては、貴族の私設部隊や、教会の聖騎士団などの可能性が高い訳ですか」
「えぇ、その通りかと。ただ、その襲撃者達は、魔術を使わなかったって話でやしたね?」
「そう聞いています。暗器や体術のみだったと」
「ならば、貴族の私設部隊の方が可能性は高いですね。聖騎士ってぇヤツらは、大なり小なり魔術が使えないと所属出来ないんでさぁ」
「ほう? そうなのですか。何とも馬鹿みたいな選定基準を設けているものですね。魔術など、ただ一つの技術にしか過ぎないというのに」
「……まあ、頭代理や蜥蜴人の旦那を見ていると、その考えには同意ですがね」
ポヴェルはすでに、目の前の執事服の老人と、彼とよく共にいる蜥蜴人の恐ろしいまでの実力を知っていたため、魔術など使わなくとも人は簡単に壊せるということを、重々理解していた。
恐らく、軍人の中でも超エリートに分類される聖騎士を相手にしても、この人は余裕で相手を下してしまうことだろう。
その未来が安易に想像出来、彼は思わず苦笑いを浮かべていた。
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