社内恋愛狂想曲

櫻井音衣

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備えあれば憂いなし?

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三島課長のご両親の来訪からの一悶着のあと、リビングに戻り気を取り直してタコ焼きパーティーを再開した。
いつもはみんなを車で送るためにお酒を控えることの多い三島課長も、今日はみんな空いている部屋を借りて泊まらせてもらうことになっているので、気兼ねなく一緒にビールを飲んで楽しむことができた。

「そうだ、僕、今日取引先でこんなものをもらったんですけど」

相変わらず夢中でタコ焼きを焼いていた瀧内くんが、鞄の中から封筒を取り出し、三島課長に差し出した。

「これ、よかったらどうぞ」

三島課長が封筒の中を確認すると、チケットらしきものが2枚入っていた。

「映画のチケット?」
「今上映中の映画です。面白いらしいですよ。志織さんと二人で楽しんで来てください」

さっきから気になってはいたけれど、いつの間にやら瀧内くんの中で私はすっかり『志織さん』で定着したらしい。

「明後日が最終日なんですって。明後日はバレーの練習日だし、行くなら明日しかないでしょ?ホントは志織さんを誘って観に行くつもりだったけど、僕は明日は用があって行けないので、潤さんに譲ります」

なぜだかわからないけど、私はどうやら瀧内くんにずいぶんなつかれているようだ。
チケットをじっと見ていた三島課長が顔を上げて、ちらりと私の方を見た。

「俺は大丈夫だけど……」

三島課長がぼそぼそと歯切れの悪い口調でそう言うと、瀧内くんがため息をついた。

「婚約者なんでしょ?初めてのデートくらい、ちゃんと誘ったらどうですか?」
「デ、デートって……!」

どうやら『デート』という言葉にものすごく抵抗があるらしく、三島課長はとても恥ずかしそうにしている。
たしかに私も『デート』なんて言葉はあまり使わないから、ストレートに言われるとなんだか気恥ずかしい。
そう言えば、明日はバレーシューズとかジャージとか、練習に必要なものを買いにいかないといけないことを思い出した。

「あの……明日はバレーに必要なものを買いに行きたいんですけど……」
「ちょうどいいじゃないですか。明日、潤さんと一緒に映画と買い物に行ってきたらどうです?潤さんがいつも行くスポーツ用品店が、その映画が上映されてる映画館のすぐ近くですから」

その店は三島課長と仲の良いバレーサークルのメンバーが経営しているスポーツ用品店だから、三島課長と行くといいものを安く売ってくれるそうだ。

「佐野さえ良ければ……一緒に行こうか?」
「私も三島課長のご都合が良ろしければ……」

今までも仕事帰りに二人で食事をしたり飲みに行ったりはしていたけれど、休みの日に約束をして二人で出掛けたことはないから、なんとなく照れくさい。

「なんだかいつもよりよそよそしいですね。それに呼び方がそのままだと、嘘だってすぐにバレます。お互いに名前で呼ぶことに慣れた方がいいですよ。今日から会社以外の場所では『潤さん』と『志織』に変えましょう」

瀧内くんは有無を言わさず、私と三島課長の明日の予定だけでなく、お互いの呼び方まで決めてしまう。

「ええっ……?!いきなり名前を呼び捨てにするのはちょっと……」

三島課長は何年もずっと私を名字で呼んでいたから、いきなり名前で呼ぶことには抵抗があるようで、しきりに恥ずかしがっている。
伊藤くんと葉月は上司の照れた様子がよほど面白いらしく、さっきから黙ってニヤニヤしている。

「婚約者だったらそれくらいは当たり前でしょ?どちらにせよ、バレーのときはみんなのこと名前とかニックネームで呼ぶじゃないですか」

たしかに瀧内くんの言う通りなんだろうけど、じつを言うと私も、三島課長の名前が『潤』だということをものすごく久しぶりに思い出したところだから、三島課長が恥ずかしがる気持ちはよくわかる。
その場をしのげればなんとかなると容易く考えていたけれど、リアリティーを持たせるにはそれなりの努力は必要らしい。

「お二人は婚約者のふりをする以前に、少し恋人らしく振る舞う練習をした方が良さそうですね。さぁ、恥ずかしがってないで、お互いに呼んでみてください」
「……おまえ、面白がってるだろう?」
「めちゃくちゃ面白いですよ。でもこれも潤さんのためでしょ?じゃあ志織さんから呼んであげてくださいよ」
「ほぇっ……?!」

いきなり私の方に話の矛先が向かったので、びっくりして変な声が出てしまった。
瀧内くんは整ったきれいな顔を私の顔に近付けて、容赦なく詰め寄ってくる。
ジリジリと後ずさるうちに壁際まで追い詰められて、いわゆる壁ドンのような体勢に持ち込まれた。
顔の両側には瀧内くんの手があって、少しでも動くと鼻とか唇が触れてしまいそうで、 身動きが取れない。

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