パドックで会いましょう

櫻井音衣

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恋人ごっこ

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「そんなことないよ。今日はアンチャンが一緒にいてくれるから、一人で泣かんで済む」
「……泣いてたんですか?」
「ん?うん、なんでかなあ……。アタシにも、ようわからんけど……。ここ最近、毎晩夢見てさ……目ぇ覚めたら、なんか悲しくて泣いてんねん」

真っ暗な部屋でひとりで泣いているねえさんを思い浮かべると、しめつけられるように胸が痛む。
そうか……。
だからねえさんは、『ひとりでいたくない』と言ったんだ。
僕と一緒にいたいから『帰りたくない』と言ったのではないことは薄々わかっていたけれど、もしかしたらねえさんは、そばにいてくれるなら僕でなくても良かったのかも知れないと思うと、また胸が痛んだ。

「悲しい夢なんですか?」
「どんな夢かは全然覚えてへん……。でもな、多分幸せな夢なんやと思う。夢見てる時は、あったかくてフワフワして気持ちいいねん」
「幸せな夢なのに……なんで?」
「わからん。目ぇ覚めたらめちゃめちゃ悲しくて、ここら辺がギューッて痛いと言うか……」

ねえさんは胸の辺りを押さえてうつむいた。

「なんて言うたらええんやろう……。痛いと言うか……苦しいと言うか……穴が空きそうな感じで気持ち悪くて、なんぼ押さえても叩いても、治らへん。なんでかわからんのに、涙ばっかり出てくるんよ」

その感覚は僕にも経験があるような気がする。
いつだっただろう?

「あのさ……勝手にしゃべるから返事もせんでええし、眠なったら寝てくれてええから、しょうもない独り言や思て聞き流してくれる?」
「え?あ……はい……」

ねえさんは僕の腕を掴んで、自分の背中にまわした。

「あとな……もう少しだけでええから、こうしといて欲しい」
「……はい……」

僕はもう一度、ねえさんの体を抱きしめた。
強く抱きしめると壊れてしまいそうな華奢なその体を、壊さないように、優しく包むように抱きしめる。

「こないだ、オヤジが死んだ」
「ええっ?!」

ねえさんの突然の言葉に驚き思わず大きな声を上げると、ねえさんは少し不思議そうな顔をして軽く首をかしげた。

「人間いつかは死ぬんやし、そない驚かんでも……」
「いや……そこは普通に驚くでしょう……」
「オヤジ言うても、血の繋がりのない赤の他人やねん。アタシが子供の頃にオカンが再婚した相手や。そのオカンも、アタシが中学上がる前に病気で死んだけどな」
「兄弟は?」
「おらんよ。オカンが死んでから、オヤジと二人やった」

家族との縁が薄いのか……。
兄と妹と共に何不自由なく両親に育ててもらい、大学まで出させてもらった僕には、違う世界のような話に聞こえた。
ねえさんは淡々と話し続ける。

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