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ロールキャベツな狼とツンデレな猫
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「愛美、赤くなってる。かわいい」
赤くなった頬にキスを落とす緒川支部長の柔らかい唇の感触がくすぐったくて、愛美は少し首をすくめて笑った。
「マジで嬉しい……。やっとまた笑ってくれるようになった」
「……また?」
愛美が首をかしげる。
「俺は愛美が入社する前に、2度愛美と会ってるんだよ」
「えっ?!」
思いもよらぬ一言に愛美は目を丸くした。
「聞きたい?」
「聞きたいです!」
「じゃあ……もう一杯、コーヒー淹れてくれる?」
「そうしましょうか」
立ち上がってキッチンに向かう愛美の後ろ姿を愛しそうに眺めながら、緒川支部長はいつもより少し速い鼓動を落ち着けようと、愛美には気付かれないように深呼吸をした。
コーヒーを淹れた愛美はカップをローテーブルの上に置いて、ベッドにもたれて緒川支部長の隣に座った。
緒川支部長はコーヒーを少し飲んで、ゆっくりと話し出す。
「初めて会ったのはね……俺がまだ新入社員の時なんだ。愛美、高校生の時、小さい喫茶店でバイトしてなかった?」
「えーっと……。あ、した事あります。高2の時だったかな……。そのお店でバイトしてた友達が足を捻挫してしまって、代わりを頼まれて1週間だけ」
緒川支部長は、なるほどとうなずいて話を続ける。
「そうか……。だから次の週もその次の週も、お店に行っても会えなかったんだ」
「お客さんとして来たんですか?」
「うん。新入社員の頃に、あの辺りを週1で訪問してた時期があったんだけど、もう全然ダメで。自分に自信もないし、そんなんでもちろん契約ももらえないし……。やっぱり俺にはこの仕事無理かなぁって毎日思ってた」
今の緒川支部長からは想像もつかないような新入社員の頃の話に、当たり前ではあるけれど、最初から仕事ができたわけではないんだなと、なんとなく親近感が湧く。
「支部長にもそんな時期があったんですね」
「うん。夕方までずっと歩き回っても話を聞いてももらえなくて、疲れてあの店に入って、もう会社辞めちゃおうかなって思いながらコーヒー注文したらね……かわいい女の子がコーヒー運んで来て、『お疲れ様』ってニコニコ笑いながらチョコレートくれた。帰り際も『お仕事頑張って下さいね』って笑って送り出してくれたんだ。それが愛美」
もう10年近くも前の事なのに、そんな些細な出来事をよく覚えているものだと愛美は感心する。
住宅街の中にあるその小さな喫茶店は、仕事の合間にひと休みしに訪れる営業マンらしき客が多かったように思う。
ホットコーヒーを注文した客にはコーヒーと一緒にチョコレートを渡していたと愛美が話すと、緒川支部長は小さくうなずいた。
「そうみたいだね。他のお客さんにも同じようにそうしてたのかも知れないけど……それでも、すごく嬉しかった。愛美のおかげで、もう少し頑張ってみようかなって思えたんだ」
「そんな事で……?」
「俺にとっては大きな出来事だったんだよ。高校までずっと男子校だったし、大学時代は人見知りで、女の子と話すのも苦手だったから。会社に入ってもなかなか慣れなくて」
これもまた今の緒川支部長からは想像もつかない話だ。
恵まれた体格と整った顔立ちで、付き合う女性に苦労などしたことがないのだろうと思っていたのに、実際はかなり奥手な青年だったらしい。
「意外ですね。モテそうなのに……」
「背が高いだけで性格も見た目も地味だし、人見知りで口数も少ないからモテなかった」
「その頃の写真、見てみたいです」
「イヤだよ、恥ずかしい」
緒川支部長は恥ずかしそうに目をそらした。
その顔がまたたまらなく可愛かったので、愛美は余計に若い頃の緒川支部長に興味が湧いた。
もしかしたらモテないと思っていたのは、本人だけなのではないだろうか。
「じゃあ……2度目に会ったのはいつですか?」
「2度目は……5年くらい前。会社の先輩と会社帰りにファミレスに寄って食事したんだけど、テーブルの上に携帯を置き忘れて、そのまま店を出たら、かわいい女の子が追いかけてきて『忘れ物ですよ』って」
その出来事は愛美もなんとなく覚えている。
ドリンクバーに飲み物を取りに行こうと席を立ったときに、たった今店を出た男性客の席に携帯電話が置き去りにされている事に気付き、携帯電話を手に慌てて追いかけた。
「店員でもないのに、ただ近くのテーブルにいたから気付いたんだって言って、慌てて持ってきてくれて……。あの時の子だ!!って思ったんだけど、ありがとうって言うのが精一杯だった。だから支社の人事部で愛美に会った時は、運命かもって思うくらい嬉しかったんだよ。結局見てるだけで声も掛けられなかったんだけど……」
なんの接点もない人間同士がまったく違う場所で再会すること自体がとても珍しいのに、同じ会社に就職するなんて奇跡に近い。
緒川支部長が『運命かも』と思ったのもなんとなくわかる気がする。
赤くなった頬にキスを落とす緒川支部長の柔らかい唇の感触がくすぐったくて、愛美は少し首をすくめて笑った。
「マジで嬉しい……。やっとまた笑ってくれるようになった」
「……また?」
愛美が首をかしげる。
「俺は愛美が入社する前に、2度愛美と会ってるんだよ」
「えっ?!」
思いもよらぬ一言に愛美は目を丸くした。
「聞きたい?」
「聞きたいです!」
「じゃあ……もう一杯、コーヒー淹れてくれる?」
「そうしましょうか」
立ち上がってキッチンに向かう愛美の後ろ姿を愛しそうに眺めながら、緒川支部長はいつもより少し速い鼓動を落ち着けようと、愛美には気付かれないように深呼吸をした。
コーヒーを淹れた愛美はカップをローテーブルの上に置いて、ベッドにもたれて緒川支部長の隣に座った。
緒川支部長はコーヒーを少し飲んで、ゆっくりと話し出す。
「初めて会ったのはね……俺がまだ新入社員の時なんだ。愛美、高校生の時、小さい喫茶店でバイトしてなかった?」
「えーっと……。あ、した事あります。高2の時だったかな……。そのお店でバイトしてた友達が足を捻挫してしまって、代わりを頼まれて1週間だけ」
緒川支部長は、なるほどとうなずいて話を続ける。
「そうか……。だから次の週もその次の週も、お店に行っても会えなかったんだ」
「お客さんとして来たんですか?」
「うん。新入社員の頃に、あの辺りを週1で訪問してた時期があったんだけど、もう全然ダメで。自分に自信もないし、そんなんでもちろん契約ももらえないし……。やっぱり俺にはこの仕事無理かなぁって毎日思ってた」
今の緒川支部長からは想像もつかないような新入社員の頃の話に、当たり前ではあるけれど、最初から仕事ができたわけではないんだなと、なんとなく親近感が湧く。
「支部長にもそんな時期があったんですね」
「うん。夕方までずっと歩き回っても話を聞いてももらえなくて、疲れてあの店に入って、もう会社辞めちゃおうかなって思いながらコーヒー注文したらね……かわいい女の子がコーヒー運んで来て、『お疲れ様』ってニコニコ笑いながらチョコレートくれた。帰り際も『お仕事頑張って下さいね』って笑って送り出してくれたんだ。それが愛美」
もう10年近くも前の事なのに、そんな些細な出来事をよく覚えているものだと愛美は感心する。
住宅街の中にあるその小さな喫茶店は、仕事の合間にひと休みしに訪れる営業マンらしき客が多かったように思う。
ホットコーヒーを注文した客にはコーヒーと一緒にチョコレートを渡していたと愛美が話すと、緒川支部長は小さくうなずいた。
「そうみたいだね。他のお客さんにも同じようにそうしてたのかも知れないけど……それでも、すごく嬉しかった。愛美のおかげで、もう少し頑張ってみようかなって思えたんだ」
「そんな事で……?」
「俺にとっては大きな出来事だったんだよ。高校までずっと男子校だったし、大学時代は人見知りで、女の子と話すのも苦手だったから。会社に入ってもなかなか慣れなくて」
これもまた今の緒川支部長からは想像もつかない話だ。
恵まれた体格と整った顔立ちで、付き合う女性に苦労などしたことがないのだろうと思っていたのに、実際はかなり奥手な青年だったらしい。
「意外ですね。モテそうなのに……」
「背が高いだけで性格も見た目も地味だし、人見知りで口数も少ないからモテなかった」
「その頃の写真、見てみたいです」
「イヤだよ、恥ずかしい」
緒川支部長は恥ずかしそうに目をそらした。
その顔がまたたまらなく可愛かったので、愛美は余計に若い頃の緒川支部長に興味が湧いた。
もしかしたらモテないと思っていたのは、本人だけなのではないだろうか。
「じゃあ……2度目に会ったのはいつですか?」
「2度目は……5年くらい前。会社の先輩と会社帰りにファミレスに寄って食事したんだけど、テーブルの上に携帯を置き忘れて、そのまま店を出たら、かわいい女の子が追いかけてきて『忘れ物ですよ』って」
その出来事は愛美もなんとなく覚えている。
ドリンクバーに飲み物を取りに行こうと席を立ったときに、たった今店を出た男性客の席に携帯電話が置き去りにされている事に気付き、携帯電話を手に慌てて追いかけた。
「店員でもないのに、ただ近くのテーブルにいたから気付いたんだって言って、慌てて持ってきてくれて……。あの時の子だ!!って思ったんだけど、ありがとうって言うのが精一杯だった。だから支社の人事部で愛美に会った時は、運命かもって思うくらい嬉しかったんだよ。結局見てるだけで声も掛けられなかったんだけど……」
なんの接点もない人間同士がまったく違う場所で再会すること自体がとても珍しいのに、同じ会社に就職するなんて奇跡に近い。
緒川支部長が『運命かも』と思ったのもなんとなくわかる気がする。
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