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13 ひよっ子、ハンカチをもらう
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訓練らしい訓練もできないまま、ヤンはレックスの執務室に引き上げることになった。レックスいわく、ヤンは悪い意味で注目されているらしい。納得だと思う。
どう考えても強くは見えないし、こんなちんちくりんが蛇を倒したなんて信じられないだろう。周りが好意的に接してくれるのは、情けなくて非力なヤンを、気遣ってくれているからに違いない。
「おい」
そんなことを考えていたら、レックスに睨まれた。また何か粗相をしてしまったのかと身体を硬直させると、彼の目はさらに鋭くなる。
「何だその気の抜けた顔は」
「す、すみませんっ。でもこれが普通の顔で……」
机上で書類とにらめっこをしていたレックスは、盛大なため息をついて立ち上がった。ヤンは緊張し背筋をさらに伸ばすと、レックスはヤンの前に来て、深々とお辞儀をする。
「え、あ、あのっ? ……お疲れ様ですっ」
また癖のお辞儀か、とヤンはレックスにお辞儀を返した。しかし、頭を上げたレックスは、またヤンを睨みながらお辞儀をする。
「れ、レックス様っ?」
今までなかった連続でのお辞儀に、ヤンはどうしたらいいのか分からなくなった。しかし相変わらず彼はヤンを強い視線で見ているし、主人が頭を下げているのに、自分が直立不動で立っているのも違う気がする。
「……気にするなと言ったろう」
そう言ってまたお辞儀をしたレックスは、気が済んだのか机に戻った。
「癖……なんですよね?」
「……そうだと言っている。これ以上このことに言及するなら部屋を追い出すぞ」
ヤンは黙った。部屋を追い出されたらますますやることがなくなる。勝手に訓練場を使うこともできなくなってしまったので、レックスのそばにいるしかない。
――こんなことで、本当に騎士なんかになれるのだろうか。身寄りも知識もない自分が、生きていく唯一の道だと思っていたのに。
「おい」
レックスがまた呼んだ。名前さえ呼んでくれない主人は、頭が痛いとでも言うように眉間を押さえている。
「泣くな」
「う、す……すみません……」
誤魔化せないほど涙声になってしまったヤンは、袖で涙を拭った。その途端レックスがガタン、と大きな音を立てて立ち上がり、大股で歩いてドアの向こうへ行ってしまう。
――怒らせてしまった。
お辞儀のことは気にするなと言われたのに、何度もされて戸惑ったのがいけなかったのか。そのうえ情けなく泣いて、騎士とは程遠い姿を見せてしまった。こんな状態では仕事の邪魔になるのは当たり前だ。どこかレックスの目に入らないところに行って、落ち着きたい。
けれど、そばから離れるなというレックスの指示もある。できればこの部屋の中で、彼の目が届かない場所はないか。
そう思って周りを見渡す。すると丁度よくソファーと壁の間に入れそうな隙間があったので、そこに入って縮こまることにした。
しばらくして、大きな音を立ててドアが開く。レックス様が戻ってきたのかな、とヤンは首を伸ばして様子を伺うと、なぜか焦った様子のレックスが辺りを見回していた。
「どこだ? どこに行った!?」
「ひ……っ」
腹の底からの低い声にヤンは思わず声を上げると、レックスと目が合う。咄嗟に顔を引っ込め隠れると、大きな足音をさせてレックスはこちらに来た。
「……何をしている」
「す、す、すみませんっ、……仕事の邪魔にならないように、ここに隠れてますからっ」
低く唸るように聞いてきたレックスに、ヤンは頭を抱えて小さくなる。いないものとして扱ってくださいお願いします、と震えながら言うと、レックスはそばでしゃがんだ。
今度こそ怒鳴られる、と思ったヤンは、反射的に謝る。
「ご、ごめんなさいっ! 僕、騎士に向かないって重々承知してますっ。でもっ、……お願いですから追い出さないでください……っ!」
こうなったら恥はかき捨てだ。そもそもカッコイイところなんて、見せることもできていないけれど。かっこ悪くても気持ちだけはある。それは伝えたい。
どうすれば分かってもらえるだろう? やる気はある。時間はかかれど立派な騎士になってみせると、宣言したところで信じてもらえるだろうか。
えぐえぐと泣くヤンに、そっと何かが差し出された。見ると、レックスが持つには不釣り合いな、繊細なレースがついたハンカチだ。
これを使えと言うのだろうか、とヤンは彼を見る。すると、レックスは獰猛なライオンのように目を釣り上げてこちらを睨んでいた。
「ひぃぃ……っ」
「これを使え。二度と泣き顔を見せるな」
「は、はいぃ! すみませぇん!」
ヤンはレックスからハンカチを受け取ると、立ち上がった彼は二回お辞儀をして席に着いた。
しんとなった部屋でレックスがペンを走らせる音が聞こえ始めると、ヤンはなるべく音を立てないように鼻をすする。
完全に呆れられた、と思った。やっぱり、ビビリで非力な自分が、騎士を目指すなど無謀だったのだ、とハンカチで音を漏らさないように口を押さえて嗚咽する。従騎士になって二日目で、こんなにも騎士不適合だと思い知らされて、『家族』はどう思うだろうか。
仕方ないと笑うだろうか? 無理しなくていいよ、と背中を撫でるだろうか? ヤンに優しさと温かさを教えてくれた『家族』は、いま一体どうしているだろう?
ちゃんとお空で笑ってくれているだろうか?
ヤンは首を振る。いいや、猫が……ベンガル猫のアイツを懲らしめるまで、『家族』は笑えないはずだ。
「おい」
「ひぃ……っ」
考えに耽っていて、レックスが近くに来たことも気付かなかったヤンは、頭を抱えた。しかしすぐにそれも失礼な態度か、とそろそろとレックスを見上げる。
「こっちに来い」
「へ? ……ぅわ……っ」
グイ、と腕を引っ張られてヤンはレックスに両肩を掴まれた。
どう考えても強くは見えないし、こんなちんちくりんが蛇を倒したなんて信じられないだろう。周りが好意的に接してくれるのは、情けなくて非力なヤンを、気遣ってくれているからに違いない。
「おい」
そんなことを考えていたら、レックスに睨まれた。また何か粗相をしてしまったのかと身体を硬直させると、彼の目はさらに鋭くなる。
「何だその気の抜けた顔は」
「す、すみませんっ。でもこれが普通の顔で……」
机上で書類とにらめっこをしていたレックスは、盛大なため息をついて立ち上がった。ヤンは緊張し背筋をさらに伸ばすと、レックスはヤンの前に来て、深々とお辞儀をする。
「え、あ、あのっ? ……お疲れ様ですっ」
また癖のお辞儀か、とヤンはレックスにお辞儀を返した。しかし、頭を上げたレックスは、またヤンを睨みながらお辞儀をする。
「れ、レックス様っ?」
今までなかった連続でのお辞儀に、ヤンはどうしたらいいのか分からなくなった。しかし相変わらず彼はヤンを強い視線で見ているし、主人が頭を下げているのに、自分が直立不動で立っているのも違う気がする。
「……気にするなと言ったろう」
そう言ってまたお辞儀をしたレックスは、気が済んだのか机に戻った。
「癖……なんですよね?」
「……そうだと言っている。これ以上このことに言及するなら部屋を追い出すぞ」
ヤンは黙った。部屋を追い出されたらますますやることがなくなる。勝手に訓練場を使うこともできなくなってしまったので、レックスのそばにいるしかない。
――こんなことで、本当に騎士なんかになれるのだろうか。身寄りも知識もない自分が、生きていく唯一の道だと思っていたのに。
「おい」
レックスがまた呼んだ。名前さえ呼んでくれない主人は、頭が痛いとでも言うように眉間を押さえている。
「泣くな」
「う、す……すみません……」
誤魔化せないほど涙声になってしまったヤンは、袖で涙を拭った。その途端レックスがガタン、と大きな音を立てて立ち上がり、大股で歩いてドアの向こうへ行ってしまう。
――怒らせてしまった。
お辞儀のことは気にするなと言われたのに、何度もされて戸惑ったのがいけなかったのか。そのうえ情けなく泣いて、騎士とは程遠い姿を見せてしまった。こんな状態では仕事の邪魔になるのは当たり前だ。どこかレックスの目に入らないところに行って、落ち着きたい。
けれど、そばから離れるなというレックスの指示もある。できればこの部屋の中で、彼の目が届かない場所はないか。
そう思って周りを見渡す。すると丁度よくソファーと壁の間に入れそうな隙間があったので、そこに入って縮こまることにした。
しばらくして、大きな音を立ててドアが開く。レックス様が戻ってきたのかな、とヤンは首を伸ばして様子を伺うと、なぜか焦った様子のレックスが辺りを見回していた。
「どこだ? どこに行った!?」
「ひ……っ」
腹の底からの低い声にヤンは思わず声を上げると、レックスと目が合う。咄嗟に顔を引っ込め隠れると、大きな足音をさせてレックスはこちらに来た。
「……何をしている」
「す、す、すみませんっ、……仕事の邪魔にならないように、ここに隠れてますからっ」
低く唸るように聞いてきたレックスに、ヤンは頭を抱えて小さくなる。いないものとして扱ってくださいお願いします、と震えながら言うと、レックスはそばでしゃがんだ。
今度こそ怒鳴られる、と思ったヤンは、反射的に謝る。
「ご、ごめんなさいっ! 僕、騎士に向かないって重々承知してますっ。でもっ、……お願いですから追い出さないでください……っ!」
こうなったら恥はかき捨てだ。そもそもカッコイイところなんて、見せることもできていないけれど。かっこ悪くても気持ちだけはある。それは伝えたい。
どうすれば分かってもらえるだろう? やる気はある。時間はかかれど立派な騎士になってみせると、宣言したところで信じてもらえるだろうか。
えぐえぐと泣くヤンに、そっと何かが差し出された。見ると、レックスが持つには不釣り合いな、繊細なレースがついたハンカチだ。
これを使えと言うのだろうか、とヤンは彼を見る。すると、レックスは獰猛なライオンのように目を釣り上げてこちらを睨んでいた。
「ひぃぃ……っ」
「これを使え。二度と泣き顔を見せるな」
「は、はいぃ! すみませぇん!」
ヤンはレックスからハンカチを受け取ると、立ち上がった彼は二回お辞儀をして席に着いた。
しんとなった部屋でレックスがペンを走らせる音が聞こえ始めると、ヤンはなるべく音を立てないように鼻をすする。
完全に呆れられた、と思った。やっぱり、ビビリで非力な自分が、騎士を目指すなど無謀だったのだ、とハンカチで音を漏らさないように口を押さえて嗚咽する。従騎士になって二日目で、こんなにも騎士不適合だと思い知らされて、『家族』はどう思うだろうか。
仕方ないと笑うだろうか? 無理しなくていいよ、と背中を撫でるだろうか? ヤンに優しさと温かさを教えてくれた『家族』は、いま一体どうしているだろう?
ちゃんとお空で笑ってくれているだろうか?
ヤンは首を振る。いいや、猫が……ベンガル猫のアイツを懲らしめるまで、『家族』は笑えないはずだ。
「おい」
「ひぃ……っ」
考えに耽っていて、レックスが近くに来たことも気付かなかったヤンは、頭を抱えた。しかしすぐにそれも失礼な態度か、とそろそろとレックスを見上げる。
「こっちに来い」
「へ? ……ぅわ……っ」
グイ、と腕を引っ張られてヤンはレックスに両肩を掴まれた。
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