5 / 16
3.――“homeostasis&transistasis” [1]
しおりを挟む3.――“homeostasis&transistasis”
それからというもの……突然、僕の周囲の世界が一変してしまった。――と云うのは、あまりにも大袈裟すぎるのかもしれないが。
そのくらい、と言っても過言ではないくらいに感じられるほど変わってしまったんだから仕方ない。
ゆえに僕は……ここ一週間ほど、毎日サブバッグにゴッチャリとCDやらカセットテープやらを詰め込んで、学校に通うハメとなっている。
「…もう、いい加減にしてくれない?」
我ながら、ほとほと心底ウンザリしたような声音でもって、目の前にある端正な顔に向かって告げると。
キョトンとした瞳で改めて僕をマジマジ見つめ返し、渡辺くんが返して訊く。やっぱりキョトンとしたような声で。
「ひょっとして……嫌いだった、《ビートルズ》?」
「――だから、そういうこと言ってんじゃなくてさ……」
*
『俺たち四人でバンド組むことになったから。つーワケで、オマエがウチのキーボード担当。――OK?』
これだけは断じて言っておくが。
僕は、そのヤツの申し出に『YES』と応えた覚えは、決して無い。
ましてや、『OK』と言った覚えだって、全くもって、それこそ無い。
なのに葉山は…いやヤツだけじゃない、今や山崎くんや渡辺くんまで、僕を『キーボード担当』と認識してしまっているようなフシがあり。
…全くもって、本当に迷惑な話だ。
しかも、更に迷惑きわまりないことに……件の宣言を受けた翌日から早速、毎日入れ替わり立ち代わり、放課後を待たずにヤツら三人が僕のもとへと訪れてくるようになったのだ。
三人のうち、…一人は校内随一の問題児。…一人は生徒会長。…一人は女子の人気を総ナメにしてるよーな色男。――これが目立たないワケがない。
おかげで、見ず知らずの“知り合い”が増えてしまった。
なにが悲しくて、今までヒトコトも言葉を交わしたことのないクラスメイトから、あいつら三人との関わり合いについて根堀り葉堀り聞かれるだけどころか、『バンド頑張ってね』と――既に他の関係ない一般生徒にまで間違った事情がシッカリ知れ渡ってるのも一体どういうワケなのか――励まされたり、挙句の果てには、『渡辺くんって好きなコいるの?』などといった恋愛相談に至るまで押し付けられなければならないのだろうか。
…つくづく考えるだに、全くもって理不尽な話だ。
――それもこれもどれもあれも……考えるまでもなく、全てはあの葉山の所為でしか無い。
『そういやオマエ、好きな音楽のジャンルは?』
寝耳に水の如くイキナリ『バンド組む』とか『キーボード担当』とか言われて絶句したまま呆然としていたトコロに、思い出したように不意打ちでそれを問われて。
言いかけようと口まで上がってきていた反論や文句の数々を出しそびれ、思わず僕は『は?』というマヌケなヒトコトを代わりに口から零していた。
そのまま二の句が続かない。――続けられない。
『そんな突然「好きな音楽」とかって言われても……』
だって僕は、“音楽”と名の付くものは、おそらく今までクラシックの名曲しかマトモに聴いたことが無いのだ。そんな人間に、ジャンルもヘッタクレも無いではないか。そもそも選択の余地すら無いのだから。
“不意打ち”というものは……やはり正常な思考能力を奪ってくれるものだと、シミジミ思う。
どうしてここで、『そんなこと葉山に関係ないじゃないか!』と……そのヒトコトが、僕に言えなかったのか。
もし、ここでそれが言えていたら。――あくまでも“たとえば”の話だけれど……少なくとも、こんな事態になるようなことには、ならなかったかもしれないのに。
軽くイライラとし始めたらしい葉山に返事を急かされ、まだどことなく呆然としたままの体で、ウッカリ素直に、それを告げると。
一瞬あからさまにビックリしたように目を瞠ったものの、しかし次の瞬間には、気を取り直したように真面目くさった表情を作り、そのまま『わかった!』と一つ、ヤツは尤もらしく頷いた。
『じゃあオマエは、まず現代音楽の何たるかを知れ! …つーワケで、まず聴け!』
『は…? 「聴け」って……何を?』
『何でもいいから聴け! 聴いて慣れろ、クラシック以外の音楽に!』
それを言い切った葉山の『おまえらも、何でもいいから竹内に貸してやれ!』という言葉に素直に従った二人――山崎くんと渡辺くんと、…そしてモチロン、言い出した張本人である葉山自身もが。
ゆえに、こうして毎日毎日、飽きもせずにCDやらカセットテープやらを持参して、わざわざ休み時間に僕の居る教室までやってくるワケなのである。
…それだけならば、まだ、いい。
そもそものキッカケは何であれ、僕にとっては、知らなかった音楽に触れたことで、ちょっとしたカルチャーショックを味わうことが出来たのだから。
クラシックしか知らなかった僕にとっては、彼らが入れ替わり立ち替わり持ち込んでくる“現代音楽”は、やけに新鮮で、そして斬新で。
彼らが各々で“良い”と思うものを貸してくれるだけあって、本当に心を打つような耳ざわりの良い音楽にも、出会うことが出来た。
こんな音楽もあったんだ…! という良い意味での驚きを、常に僕へと与えてくれた。
振り返って思えば。――日々の生活でTVを観るだけでも、そこかしこに音楽はありふれて存在していた筈なのに……そんなことにも気付けなかったくらい、心に留めることも出来なかったくらい、本当にこの時の僕の耳は“音楽”を知らなかったのだ。
――以前、レッスンを終えてから、先生に『自分が聴こうとしなければ、音楽を自分の中に受け入れることは出来ないよ決して』と言われたことがある。
言われたその時は、なぜ自分がそんなことを言われたのかが分からなかった。
『聴こうとしなければ』って……でも、僕の耳はちゃんと“音”を聴いているのに。聴いているからこそ、ピアノだって弾けるのに。
つまり僕は、自分の中に“音楽”というモノを受け入れられるスキマすら持っていなかった。――そういうことなんだろう。先生が言いたかったのは。
耳は、何も意識せずとも全ての音を聞いている器官。そういう風に出来ているのだから、“聞こえる”ということは当たり前のことなのだ。
そうやって聞こえる音の全てを“聞き流す”だけでは、音楽には触れることすら出来ない、ということ。“聴こう”と音楽に向き合おうとする姿勢があってこそ初めて、自分の中に“音楽”として受け入れ留めておけるだけのキャパシティが出来るのだ。
だから順当に考えて、僕に“驚き”と“気付き”をくれた葉山には、感謝こそすれ、文句を言うスジアイなど、本当は無いのかもしれない。
しかし……とはいえ、僕にクラシック以外の音楽を聴かせるよう仕向けた葉山の“意図”には、どうしても文句を言わずにはいられない。
葉山のコソクなところは、必ず貸してくれた音楽についての“ツッ込んだ感想”を、毎度毎度、僕に求めてくるところだった。
それがあるから、ゆえに放課後、例によって部活が終わってから僕が一人で声楽室に居る時間を見計らっては、毎日毎日三人がそれぞれ押しかけてくることにもなっているのだ。
また、それがあるから僕も、“聴いたフリ”や“借りたら借りっぱなし”を、することが出来ない。イイワケが出来ない。
『なあ、昨日貸したヤツどうだった?』
『えっと……ちょっとイマイチだったかな……』
『へえ? どこらへんが「イマイチ」?』
『「どこらへん」も何も……全体的に音がガチャガチャうるさすぎるし、歌が何て言ってるか分からないし……』
『おまえ、昨日も同じこと言ったよな? じゃあ、一昨日貸したヤツと比べて、どうだったんだよ?』
『…………』
『つまり、マトモに聴いてない、ってコトだな? ――よし、もう一晩ジックリ聴いてこい!』
『ええええっっ……!?』
おかげで、僕のピアノの練習時間が、とみに減った。
返して言うなれば、自分の弾くべきピアノ以外のことを考えている時間が、とみに増えた。
だからなのか、――これも葉山の思惑にまんまと嵌まってしまったようで手放しでは喜べないこと限りないのだが、おかげで“現代音楽”とやらを聴き分ける“耳”は、そこそこ肥えてきたような気がする。
僕に貸してくれるものについての各々の語りや、音楽そのものを聴いているうちに、葉山、山崎、渡辺の三人が好む音楽の“系統”の違いが、なんとなく分かるようになってきたのだ。
渡辺くんは、“正統派”…とでも云うべきか? な、六十年代ロックンロールな音楽を、わりと好んで聴いている。――本人曰く『やっぱり《ビートルズ》が“原点”ってカンジがするし』と、LPからカセットに落としたものをゴソッと持ってきてくれた。やはり彼曰く『両親のコレクション』とやらで、家にはそういう系統のLPばっかり勢揃いしているんだそうだ。小さい頃から、そういった音楽を聴いて育ってきたらしい。
それに対して葉山は、逆に“正統派”とやらじゃない系統のロックを好む。――自分でも『俺はパンクが一番好きだ!』と言ってるし。たぶん洋楽の、ワケわからないバンド名のCDをゴッソリと持ってくるのがコイツだ。お兄さんがロックバンドをやってる影響、とかで、やっぱり小さい頃からロックばかり聴いて育ってきたらしい。他には、無名のインディーズアーティストのCDとかも。…最初、『《インディーズ》っていうグループ名なの?』とか訊いてしまって大爆笑された覚えがある。
そういった“ロック”というものにコダワリを持つ二人とは対照的に、『良い音楽にコダワリは不要』と、ノージャンルで幅広く何でも聴くのが山崎くんだ。――彼が僕に貸してくれる音楽は邦楽が多い。しかも“ロック”に限定せず、ポップスからジャズからアイドル音楽に至るまで、はたまた『今これ売れてるらしいんだよな』とか云うだけの理由のものまでも、いわゆる彼曰く『一般大衆受けする音楽』というものを、ゴチャッと僕に教えてくれた。
つまり結論。――コイツら三人、口では『バンド組む』だ何だ言ってるワリには……音楽の嗜好にしても、性格からしても、何もかもにおいて三人三様で、すっげえバラバラ! ということ。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】年収三百万円台のアラサー社畜と総資産三億円以上の仮想通貨「億り人」JKが湾岸タワーマンションで同棲したら
瀬々良木 清
ライト文芸
主人公・宮本剛は、都内で働くごく普通の営業系サラリーマン。いわゆる社畜。
タワーマンションの聖地・豊洲にあるオフィスへ通勤しながらも、自分の給料では絶対に買えない高級マンションたちを見上げながら、夢のない毎日を送っていた。
しかしある日、会社の近所で苦しそうにうずくまる女子高生・常磐理瀬と出会う。理瀬は女子高生ながら仮想通貨への投資で『億り人』となった天才少女だった。
剛の何百倍もの資産を持ち、しかし心はまだ未完成な女子高生である理瀬と、日に日に心が枯れてゆくと感じるアラサー社畜剛が織りなす、ちぐはぐなラブコメディ。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
『愛が揺れるお嬢さん妻』- かわいいひと -
設楽理沙
ライト文芸
♡~好きになった人はクールビューティーなお医者様~♡
やさしくなくて、そっけなくて。なのに時々やさしくて♡
――――― まただ、胸が締め付けられるような・・
そうか、この気持ちは恋しいってことなんだ ―――――
ヤブ医者で不愛想なアイッは年下のクールビューティー。
絶対仲良くなんてなれないって思っていたのに、
遠く遠く、限りなく遠い人だったのに、
わたしにだけ意地悪で・・なのに、
気がつけば、一番近くにいたYO。
幸せあふれる瞬間・・いつもそばで感じていたい
◇ ◇ ◇ ◇
💛画像はAI生成画像 自作
ヤクザに医官はおりません
ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
彼は私の知らない組織の人間でした
会社の飲み会の隣の席のグループが怪しい。
シャバだの、残弾なしだの、会話が物騒すぎる。刈り上げ、角刈り、丸刈り、眉毛シャキーン。
無駄にムキムキした体に、堅い言葉遣い。
反社会組織の集まりか!
ヤ◯ザに見初められたら逃げられない?
勘違いから始まる異文化交流のお話です。
※もちろんフィクションです。
小説家になろう、カクヨムに投稿しています。
“熟年恋愛”物語
山田森湖
恋愛
妻を亡くし、独りで過ごす日々に慣れつつあった 圭介(56)。
子育てを終え、長く封じ込めていた“自分の時間”をようやく取り戻した 佳奈美(54)。
どちらも、恋を求めていたわけではない。
ただ——「誰かと話したい」「同じ時間を共有したい」、
そんな小さな願いが胸に生まれた夜。
ふたりは、50代以上限定の交流イベント“シングルナイト”で出会う。
最初の一言は、たった「こんばんは」。
それだけなのに、どこか懐かしいような安心感が、お互いの心に灯った。
週末の夜に交わした小さな会話は、
やがて食事の誘いへ、
そして“誰にも言えない本音”を語り合える関係へと変わっていく。
過去の傷、家族の距離、仕事を終えた後の空虚——
人生の後半戦だからこそ抱える孤独や不安を共有しながら、
ふたりはゆっくりと心の距離を縮めていく。
恋に臆病になった大人たちが、
無理をせず、飾らず、素のままの自分で惹かれ合う——
そんな“優しい恋”の物語。
もう恋なんてしないと思っていた。
でも、あの夜、確かに何かが始まった。
元カレは隣の席のエース
naomikoryo
ライト文芸
【♪♪♪本編、完結しました♪♪♪】
東京で燃え尽きたアラサー女子が、地元の市役所に転職。
新しい人生のはずが、配属先の隣の席にいたのは――
十四年前、嘘をついて別れた“元カレ”だった。
冷たい態度、不器用な優しさ、すれ違う視線と未練の影。
過去を乗り越えられるのか、それとも……?
恋と再生の物語が、静かに、熱く、再び動き出す。
過去の痛みを抱えた二人が、地方の公務員として出会い直し、
心の距離を少しずつ埋めていく大人の再会ラブストーリー。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる