oldies ~僕たちの時間[とき]

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3.――“homeostasis&transistasis” [1]

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3.――“homeostasis&transistasis”



 それからというもの……突然、僕の周囲の世界が一変してしまった。――と云うのは、あまりにも大袈裟すぎるのかもしれないが。
 そのくらい、と言っても過言ではないくらいに感じられるほど変わってしまったんだから仕方ない。


 ゆえに僕は……ここ一週間ほど、毎日サブバッグにゴッチャリとCDやらカセットテープやらを詰め込んで、学校に通うハメとなっている。


「…もう、いい加減にしてくれない?」
 我ながら、ほとほと心底ウンザリしたような声音でもって、目の前にある端正な顔に向かって告げると。
 キョトンとした瞳で改めて僕をマジマジ見つめ返し、渡辺くんが返して訊く。やっぱりキョトンとしたような声で。
「ひょっとして……嫌いだった、《ビートルズ》?」
「――だから、そういうこと言ってんじゃなくてさ……」







『俺たちバンド組むことになったから。つーワケで、オマエがウチのキーボード担当。――OK?』


 これだけは断じて言っておくが。
 僕は、そのヤツの申し出に『YES』と応えた覚えは、決して無い。
 ましてや、『OK』と言った覚えだって、全くもって、それこそ無い。
 なのに葉山は…いやヤツだけじゃない、今や山崎くんや渡辺くんまで、僕を『キーボード担当』と認識してしまっているようなフシがあり。
 …全くもって、本当に迷惑な話だ。
 しかも、更に迷惑きわまりないことに……件の宣言を受けた翌日から早速、毎日入れ替わり立ち代わり、放課後を待たずにヤツら三人が僕のもとへと訪れてくるようになったのだ。
 三人のうち、…一人は校内随一の問題児。…一人は生徒会長。…一人は女子の人気を総ナメにしてるよーな色男。――これが目立たないワケがない。
 おかげで、見ず知らずの“知り合い”が増えてしまった。
 なにが悲しくて、今までヒトコトも言葉を交わしたことのないクラスメイトから、あいつら三人との関わり合いについて根堀り葉堀り聞かれるだけどころか、『バンド頑張ってね』と――既に他の関係ない一般生徒にまで間違った事情がシッカリ知れ渡ってるのも一体どういうワケなのか――励まされたり、挙句の果てには、『渡辺くんって好きなコいるの?』などといった恋愛相談に至るまで押し付けられなければならないのだろうか。
 …つくづく考えるだに、全くもって理不尽な話だ。


 ――それもこれもどれもあれも……考えるまでもなく、全てはあの葉山の所為でしか無い。


『そういやオマエ、好きな音楽のジャンルは?』


 寝耳に水の如くイキナリ『バンド組む』とか『キーボード担当』とか言われて絶句したまま呆然としていたトコロに、思い出したように不意打ちでそれを問われて。
 言いかけようと口まで上がってきていた反論や文句の数々を出しそびれ、思わず僕は『は?』というマヌケなヒトコトを代わりに口から零していた。
 そのまま二の句が続かない。――続けられない。
『そんな突然「好きな音楽」とかって言われても……』
 だって僕は、“音楽”と名の付くものは、おそらく今までクラシックの名曲しかマトモに聴いたことが無いのだ。そんな人間に、ジャンルもヘッタクレも無いではないか。そもそも選択の余地すら無いのだから。


“不意打ち”というものは……やはり正常な思考能力を奪ってくれるものだと、シミジミ思う。
 どうしてここで、『そんなこと葉山に関係ないじゃないか!』と……そのヒトコトが、僕に言えなかったのか。
 もし、ここでそれが言えていたら。――あくまでも“たとえば”の話だけれど……少なくとも、こんな事態になるようなことには、ならなかったかもしれないのに。


 軽くイライラとし始めたらしい葉山に返事を急かされ、まだどことなく呆然としたままの体で、ウッカリ素直に、それを告げると。
 一瞬あからさまにビックリしたように目を瞠ったものの、しかし次の瞬間には、気を取り直したように真面目くさった表情を作り、そのまま『わかった!』と一つ、ヤツは尤もらしく頷いた。
『じゃあオマエは、まず現代音楽の何たるかを知れ! …つーワケで、まず聴け!』
『は…? 「聴け」って……何を?』
『何でもいいから聴け! 聴いて慣れろ、クラシック以外の音楽に!』


 それを言い切った葉山の『おまえらも、何でもいいから竹内に貸してやれ!』という言葉に素直に従った二人――山崎くんと渡辺くんと、…そしてモチロン、言い出した張本人である葉山自身もが。
 ゆえに、こうして毎日毎日、飽きもせずにCDやらカセットテープやらを持参して、わざわざ休み時間に僕の居る教室までやってくるワケなのである。


 …それだけならば、まだ、いい。


 そもそものキッカケは何であれ、僕にとっては、知らなかった音楽に触れたことで、ちょっとしたカルチャーショックを味わうことが出来たのだから。
 クラシックしか知らなかった僕にとっては、彼らが入れ替わり立ち替わり持ち込んでくる“現代音楽”は、やけに新鮮で、そして斬新で。
 彼らが各々で“良い”と思うものを貸してくれるだけあって、本当に心を打つような耳ざわりの良い音楽にも、出会うことが出来た。
 こんな音楽もあったんだ…! という良い意味での驚きを、常に僕へと与えてくれた。
 振り返って思えば。――日々の生活でTVを観るだけでも、そこかしこに音楽はありふれて存在していた筈なのに……そんなことにも気付けなかったくらい、心に留めることも出来なかったくらい、本当にこの時の僕の耳は“音楽”を知らなかったのだ。
 ――以前、レッスンを終えてから、先生に『自分が聴こうとしなければ、音楽を自分の中に受け入れることは出来ないよ決して』と言われたことがある。
 言われたその時は、なぜ自分がそんなことを言われたのかが分からなかった。
『聴こうとしなければ』って……でも、僕の耳はちゃんと“音”を聴いているのに。聴いているからこそ、ピアノだって弾けるのに。
 つまり僕は、自分の中に“音楽”というモノを受け入れられるスキマすら持っていなかった。――そういうことなんだろう。先生が言いたかったのは。
 耳は、何も意識せずとも全ての音を聞いている器官もの。そういう風に出来ているのだから、“聞こえる”ということは当たり前のことなのだ。
 そうやって聞こえる音の全てを“聞き流す”だけでは、音楽には触れることすら出来ない、ということ。“聴こう”と音楽に向き合おうとする姿勢があってこそ初めて、自分の中に“音楽”として受け入れ留めておけるだけのキャパシティが出来るのだ。
 だから順当に考えて、僕に“驚き”と“気付き”をくれた葉山には、感謝こそすれ、文句を言うスジアイなど、本当は無いのかもしれない。


 しかし……とはいえ、僕にクラシック以外の音楽を聴かせるよう仕向けた葉山の“意図”には、どうしても文句を言わずにはいられない。


 葉山のコソクなところは、必ず貸してくれた音楽についての“ツッ込んだ感想”を、毎度毎度、僕に求めてくるところだった。
 それがあるから、ゆえに放課後、例によって部活が終わってから僕が一人で声楽室に居る時間を見計らっては、毎日毎日三人がそれぞれ押しかけてくることにもなっているのだ。
 また、それがあるから僕も、“聴いたフリ”や“借りたら借りっぱなし”を、することが出来ない。イイワケが出来ない。


『なあ、昨日貸したヤツどうだった?』
『えっと……ちょっとイマイチだったかな……』
『へえ? どこらへんが「イマイチ」?』
『「どこらへん」も何も……全体的に音がガチャガチャうるさすぎるし、歌が何て言ってるか分からないし……』
『おまえ、昨日も同じこと言ったよな? じゃあ、一昨日貸したヤツと比べて、どうだったんだよ?』
『…………』
『つまり、マトモに聴いてない、ってコトだな? ――よし、もう一晩ジックリ聴いてこい!』
『ええええっっ……!?』


 おかげで、僕のピアノの練習時間が、とみに減った。
 返して言うなれば、自分の弾くべきピアノ以外のことを考えている時間が、とみに増えた。
 だからなのか、――これも葉山の思惑にまんまと嵌まってしまったようで手放しでは喜べないこと限りないのだが、おかげで“現代音楽”とやらを聴き分ける“耳”は、そこそこ肥えてきたような気がする。
 僕に貸してくれるものについての各々の語りや、音楽そのものを聴いているうちに、葉山、山崎、渡辺の三人が好む音楽の“系統”の違いが、なんとなく分かるようになってきたのだ。


 渡辺くんは、“正統派”…とでも云うべきか? な、六十年代ロックンロールな音楽を、わりと好んで聴いている。――本人曰く『やっぱり《ビートルズ》が“原点”ってカンジがするし』と、LPからカセットに落としたものをゴソッと持ってきてくれた。やはり彼曰く『両親のコレクション』とやらで、家にはそういう系統のLPばっかり勢揃いしているんだそうだ。小さい頃から、そういった音楽を聴いて育ってきたらしい。
 それに対して葉山は、逆に“正統派”とやらじゃない系統のロックを好む。――自分でも『俺はパンクが一番好きだ!』と言ってるし。たぶん洋楽の、ワケわからないバンド名のCDをゴッソリと持ってくるのがコイツだ。お兄さんがロックバンドをやってる影響、とかで、やっぱり小さい頃からロックばかり聴いて育ってきたらしい。他には、無名のインディーズアーティストのCDとかも。…最初、『《インディーズ》っていうグループ名なの?』とか訊いてしまって大爆笑された覚えがある。
 そういった“ロック”というものにコダワリを持つ二人とは対照的に、『良い音楽にコダワリは不要』と、ノージャンルで幅広く何でも聴くのが山崎くんだ。――彼が僕に貸してくれる音楽は邦楽が多い。しかも“ロック”に限定せず、ポップスからジャズからアイドル音楽に至るまで、はたまた『今これ売れてるらしいんだよな』とか云うだけの理由のものまでも、いわゆる彼曰く『一般大衆受けする音楽』というものを、ゴチャッと僕に教えてくれた。


 つまり結論。――コイツら三人、口では『バンド組む』だ何だ言ってるワリには……音楽の嗜好にしても、性格からしても、何もかもにおいて三人三様で、すっげえバラバラ! ということ。



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