oldies ~僕たちの時間[とき]

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3.――“homeostasis&transistasis” [3]

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「ケンは、ああ見えて君のこと相当買ってるんだよ」
 黙りこくってしまった僕の様子になど気付いていないかのように、渡辺くんが、そうニコニコと言葉を続ける
「バンドのことだって、もともと『オレたち三人だけで』ってことにホトンド決まってたんだよ。それを、ケンが『すげえ天才見つけた』『どうしてもアイツをメンバーに入れる』って、大興奮で言ってきてさ」
 彼の言葉が……僕の右耳から左耳へ、何の引っ掛かりも無く通り抜けてゆく。
「あのケンがそこまで言うのって、よっぽどのことなんだぜ? アイツも耳ばっか肥えてるからさ、生半可なウデじゃ納得してくれねーの」
「…………」
「それで、ヘタにテクの無いヤツ入れるよりは三人だけで…って決めてた矢先に、『四人目入れるぞ』って、コレだろう? ――まあ、でも、何だかんだ言ってもケンの耳は信用してるし……だからケンが『どうしても』って言っちゃうほどのヤツなら、同じバンドの“仲間”として否やは無いんだよ。僕も光流もね」
 ――嘘だ、そんなのは。
「ケンも、ああいう性格だからね。君にしてみたら、ただ何の説明も無くイキナリ巻き込まれただけのこと、なんだろうし……まあ、今はムリでもさ。でも、せっかくバンドやれるんだから。皆で一緒に楽しんでやれたらいいよな」
 渡辺くんの、まるで本心から楽しんでいるような…新しい仲間と音楽が出来ることへの期待と喜びに溢れたような…そんな言葉を聞いているうちに。
 次第に僕の胸の中、モヤモヤとした暗雲が広がっていく。
 嘘だ、そんなの。――だって実際、山崎くんは僕を認めていないじゃないか。“仲間”だ、って。
 それに“仲間”だの“楽しむ”だの、何だかんだゴタクを並べたところで……所詮、皆の意図するところは同じなんだ。
 母も、先生も、そしてコイツらも。――どうせ僕の、ピアノを弾く“技術”しか必要としてない。
 何の他意も含みも無さそうな笑顔を向けられても、そんな言葉を告げられても……ただイライラするだけだ。
 知らず知らずのうちに、いつの間にか湧いて出てきてた苛立ち。
 それが止まらない。止められない。どうしても抑えられない。


「――馬鹿じゃないの……?」


 無意識のうちに、フと僕は呟いていた。
 目の前の端正な顔から視線を逸らして。
 あからさまに苛立ちを隠しきれない声音で。


 なんでこんなにもコイツが苛立たしいんだろう。
 なんでこんなにも自分が腹立たしいんだろう。


 ――僕は“機械”なのに。


「なにが『仲間』だよ? 所詮、口先ばっかりのクセに。言うだけなら誰でも言える、そんなこと」


 コイツらが決して“口先ばっかり”では無いってこと……いちばん近くから感じているのは、僕なのに―――。
 それを信じたがっているのは、この僕、なのに―――。
 そんな自分が、何よりも腹立たしくてならない。


「『仲間』なんて軽々しく簡単に言うヤツのことなんて、信用できない」


 自分がこれまで知らなかったもの…自分とは全く違うものを、素直に受け入れられるにはどうすればいいのか。
 あまりにも僕は何も知らなくて。
 だから苛立つ。
 イライラして、気持ち全てがささくれ立つ。


 僕も同じなんだ。山崎くんと。――“機械”のクセに……あまりにも“人間”なヤツらを否定できない。
“機械”でいる今の自分を維持し続けたいと思っているのに、今の自分を変えてしまうかもしれない存在に、どうしても抗いきれない。
 惹かれてならない。どうしても。
 僕は、果てしなく“人間”でいることを、知らず知らずのうちに望んでいる“機械”だ。
 その“望み”を捨て去れない。
 人間のみる“夢”を、“機械”である僕も、見てみたくて……憧れていたくて……!


「バンドなんか組んで何すんの? そんな意味もないことに僕を巻き込まないで欲しいな」


 憧れていたいあまりに……冷めた声で貶め罵るしか出来ない。――それを受け入れる方法を知らないから。


「…まあ、そう言うなって」


 何か言いかけようとして口を開いた渡辺くんの肩越し、ふいに響いてきたその声で。
 ハッとし顔を上げて見やると、いつから来ていたのだろうか、声楽室の出入口、扉を開け放していた戸口の脇に、葉山がニヤニヤ笑いながら立っていた。
 その隣には山崎くんも居る。…やっぱり何か言いたそうな、ともすれば怒っているようにさえも見える表情で。
 彼の肩には葉山の手が載せられていた。その姿は、まるで山崎くんが何らかの理由で引き止められているみたいに見えた。
「あながち『意味もないこと』でもないぜ、バンドは」
 その姿勢から僕を真っ直ぐに見つめ、相変わらずニヤニヤとした笑みを浮かべたまま、葉山がそれを続けた。
 途端、僕の頬が熱くなる。
 単にからかっているだけのようなその口調と態度にイラッとしたことも事実だが……そうじゃない、それが僕の虚言だと、見抜かれたような気がしたから。
 心の中で少なからず狼狽した僕は、それを隠すように、椅子から立ち上がってヤツをキッとした視線で見つめ返した。
「じゃあ、どんな意味があるっていうの? 君らのバンド活動には!」
 言ったと同時……葉山は静かに、立ち上がった僕の前まで無言で歩み寄ってきた。
 そして、長身ゆえに高い位置の視点から、見上げた僕の顔を見下ろして。
「――まず言っとくけど」
 そこにはもう、今しがたまでのニヤニヤ笑いなんて、どこにも浮かんではいなかった。
 あまりにも真剣な声と表情で、真っ直ぐに、ヤツは告げる。


「遊び半分だと思うなよ? 俺たちは本気だ! 本気で、いつか絶対“プロ”になる! なってみせる! そのための『バンド活動』に、意味が無いなんて言わせねェ!」


 その瞬間……僕は大きく目を瞠った。
 驚きのあまり、まるで頭を殴られたような衝撃を覚えていた。
 視線が葉山から離れない。離すことが出来ない。
(『“プロ”になる』、だって……?)
 声にも出せず、それだけが頭の中で反芻されてグルグルと廻る。
 ――途方も無い……夢物語のように聞こえた。それは。
 僕には、全く及びもつかなかったことだったから。


 僕には想い描くことのできない……それは“未来”。
 その言葉に秘められたのは……力強い、無限の“可能性”。


「…信じられないか?」
 あまりの衝撃に、眩暈すら感じて絶句するしか出来ないでいた僕を。
 ふいにその言葉が現実に引きずり戻した。
 それは、相変わらずのニヤニヤ笑いを浮かべてこちらを見下ろす、葉山の言葉。
 途端、ムッとした僕は、ほとんど反射的に言い返していた。
「信じられるはずないだろう、そんな全くもって信憑性の無い話を! 吐くならもっとマシな嘘を吐いて欲しいな!」
 半眼で言い返してやると、さすがに葉山もムッとしたらしい。
 そこからはもう、〈売り言葉に買い言葉〉の応酬にしか、ならなかった。
「『嘘』じゃねえよ! 俺らには、そうなれるだけの実力があるから言ってんだ!」
「どっから来るの、その根拠の無い自信は?」
「知りもしねえクセに、否定ばっかりかテメエは!」
「そんなのアタリマエだろう!? じゃあ何? そしたら、その『そうなれるだけの実力』とやらを、証明できる手段でもあるワケ?」
「それは、まず聞けよだからっっ……!!」


「――なら、こういうのはどうかな?」


 僕と葉山の無駄で無意味な言葉の売り買いを、そこで遮るように挟まれたそれは。
 葉山の背後から意味ありげなニコニコ笑顔で顔を覗かせてきた生徒会長のものだった。
 それを目にして、僕の眉がクッと寄った。
 彼の笑顔は少し不愉快だ。自分がその掌で転がされてる駒になったような気分にさせられるから。
 ――先刻の僕の言葉をどこまで聞いていたのかは知らないけれど……それでも尚こうやって微笑んでいられる彼に、何かしら穏やかでないものも感じさせられる。
 そんな僕の様子に気付いてるのか気付いてないのか、…多分シッカリ気付いてて内心ほくそ笑んででもくれてやがるんだろうけど、さりげなく葉山との間に割り込むように立った山崎くんは、一見すると極めて穏やかな様子で、僕に、告げる。
 何の脈絡も無い、とても“意味不明”でしかない言葉を。


「そうだな……とりあえず“賭け”でも、してみようか」



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