oldies ~僕たちの時間[とき]

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4.――“surrender” [1]

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4.――“surrender”



「――じゃあ、そろそろいこうか。準備はいいかい?」
「…いつでもどうぞ」
 僕の返答に軽く頷き、山崎くんが「聡」と、隣に座っていた渡辺くんを促がした。
 まるで渋々…といった体で、座っていた椅子から、ゆっくりと彼が立ち上がる。
「オレもOK。いつでも始めていいよ」







『――これを弾いてもらえるかな』


 そう言って山崎くんが差し出したのは、一枚の楽譜だった。
『「僕が僕であるために」……?』
『そう、かの尾崎豊の名曲だよ。聡から借りてるだろ、このCD』
 無言でコクリと、僕は頷く。
 彼が告げる、その歌手の名前と曲のタイトルには憶えがあった。――渡辺くんが、『リスペクトしてるミュージシャンの一人』だと言って教えてくれた名前であり、真っ先に貸してくれたCDに入っていた曲だったから。
『この曲、ウチのヴォーカルの十八番だからね』
『「ウチのヴォーカル」って……?』
『ああ、言ってなかったっけ? ――聡だよ』
 聞いた途端、軽く驚き、思わず僕は当の渡辺くんを振り返ってしまった。
 …少し意外だった。
 確かに、考えてみたら普段の地声からして、三人の中では彼が一番、“良い声してるなあ”って思える声をしているんだけど。
 でもヴォーカルになるのは、きっと山崎くんか葉山のどちらかだろうと、なんとなく僕は思い込んでいたのだ。
 瞠った僕の視線から、彼はフイッと逃げるように顔を伏せる。まるで照れたように。
 ――そんな様子からしたって、とてもじゃないけど人前で歌なんか唄えるような人間には見えないじゃないか。しかも“ロック”なんて。
『君は、俺らの実力の“根拠”が知りたいんだろう?』
 その声にフと振り返ると、相変わらずの笑顔で、山崎くんが僕を見下ろし微笑んでいた。
『だから、その曲にお互いの力量を賭けてみないか? 俺たちを代表して聡が“唄”を、そして君は“音”を』
『それは僕に……渡辺くんの唄う歌の伴奏をしろ、っていうこと……?』
『“伴奏”じゃないよ。――これは君の“演奏”だ』
『…………』
 言われた意味が分からなくて……軽く僕は眉をひそめた。
 しかし、“分からない”ということを彼に覚られるのも何だかシャクで、眉をひそめたまま、僕は彼を睨み付けるように見つめ続けた。
 やっぱり普段の“ヒトを食ったような笑み”を浮かべたまま、山崎くんは更に続ける。
『俺たちは君のピアノの腕を既に知ってるよ。ケンから君のことを聞いて以来、放課後いつも、ココで弾いてる君のピアノを聴いてたからね。せっかくケンが引っ張ってきてくれたことだし、バンドの将来のためにも、君のその腕は、正直、欲しいね。ゼヒともウチのキーボーディストとして、その腕前を生かしてくれたらと願ってるよ。――でも……』
 彼は、そこで一旦、言葉を切った。
 そして、ふいに表情から一切の笑みを消した。
 笑み…ではない形に歪んだ口許が、軽やかに僕に告げる。
 とても低く…真剣な声音で。
 ――それは紛れも無く、普段は表に出すことの無い、山崎くんの“本音”だった。


『“気持ち”の伴わない人間には……むしろ、居て欲しくないんだよな』


 ゾクリ、と……背筋を何か冷たいものが走ったような気がした―――。


 思わず硬直した僕に、軽いけど…でも底知れぬ迫力を覗わせる声音のまま、彼は更に告げる。
『実力云々は、確かに“上”へ行くのに必要となるものだけど。そんなことよりも、まず同じ方向を向いてる“同志”とじゃなきゃあ、一緒にバンドやる意味なんて無いんだよ。俺たちの“本気”を「馬鹿」だと笑うヤツには、正直、むしろ仲間なんかになって欲しくはないね。自分だけ安全な位置から、全てを否定ながら一人で勝手に生きてりゃいいさ』
 ――その言い方には、さすがに僕もムッとした。
『別に、意味も無く否定したりしてるワケじゃ……!』
『そうだね。ただ君は“信じない”ってだけだよな』
 言いかけた僕の反論が、アッサリとそのひとことで遮られる。
『だから“賭け”をするんだよ。――俺たちと、君と』
 そして、再び彼の表情に相変わらずの笑みが戻った。
 まるで何かを企んでいるようにも見える、不愉快にさえも感じられる笑顔に。


『聡の“唄”で。――君がコイツの“実力”を認めれば俺たちの勝ち、認められなかったら君の勝ちだ』


 軽く苛々とする。その勝ち誇ったような笑みに。最初ハナっから、勝つのは自分だ、とでも言いたいかのような表情に。
『そこに僕のメリットは?』
 ムッツリと言い返した僕のことなど“お見通し”って風情で、『モチロンあるさ』と、事も無げに彼は言う。
 …苛立ちが、更に膨れ上がる。
『君が勝てば、今後一切、君への干渉はめさせていただくよ。もう“ウチのバンドのキーボーディスト”なんて扱いはしない。こうして君の練習中に押しかけることもやめるし、君の望まない音楽を聴くことを押し付けたりもしない』
『…………』
 確かに、紛うことなき“メリット”だ。
 それは僕が最も望んでいたこと。願ったり叶ったりじゃないか。
『ただし……』
 しかし僕の返答を待たず、相変わらずの口調で…でもキッパリと言い切るようにして、山崎くんが後を続ける。


『やるからには、君にも本気で“演奏”してもらうよ。俺たちが納得してグウの音も出せなくなるような“音”を。――それが、君の賭けるチップだ』


 僕は……しばし無言で、まるで硬直したように、受け取った手元の楽譜に視線を落とした姿勢でいた。
 僕が黙って俯いている間、誰も何も言わなかった。返事を急かすこともしなかった。
 ただただ、沈黙だけが室内を支配していた。
 まるで重みさえ感じるほどに。――次の句を続けるのが躊躇われるほどに。


『…いいよ、わかった』


 おもむろに顔を上げ、その重苦しい空気の中、そして告げる。キッパリと。
『その“賭け”、乗るよ』
 言った途端、山崎くんの笑みがニヤリとした人の悪い笑みに変わった。
 こうして彼の企み…もとい、“提案”に乗っかることなど、やっぱり彼の思惑に嵌められたみたいで、いい気分はしないけど。
 元の日常を取り戻すためには仕方ない、こうするしかないんだろう。
 それ以外の方法が今の僕には思い付かない、ということもあるし。
 どのみち不愉快なことには変わらないが、これが一番、手っ取り早い。…多分。
『了解、受けてくれて嬉しいよ。――じゃあ、いつにしようか? 君には練習する時間も必要だろうし……』
 言いかけた彼の言葉を、『いらない』と、ひとことで僕は遮る。
『今やろう。これからすぐに』
『え…でも……』
『要するに、僕は手を抜かなきゃいいだけの話だろう? 全く知らないって曲でも無いし、そこまで長い曲でも無いし……譜面を読むのに十分程もらえれば、それで充分だよ』



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