8 / 16
4.――“surrender” [1]
しおりを挟む4.――“surrender”
「――じゃあ、そろそろいこうか。準備はいいかい?」
「…いつでもどうぞ」
僕の返答に軽く頷き、山崎くんが「聡」と、隣に座っていた渡辺くんを促がした。
まるで渋々…といった体で、座っていた椅子から、ゆっくりと彼が立ち上がる。
「オレもOK。いつでも始めていいよ」
*
『――これを弾いてもらえるかな』
そう言って山崎くんが差し出したのは、一枚の楽譜だった。
『「僕が僕であるために」……?』
『そう、かの尾崎豊の名曲だよ。聡から借りてるだろ、このCD』
無言でコクリと、僕は頷く。
彼が告げる、その歌手の名前と曲のタイトルには憶えがあった。――渡辺くんが、『リスペクトしてるミュージシャンの一人』だと言って教えてくれた名前であり、真っ先に貸してくれたCDに入っていた曲だったから。
『この曲、ウチのヴォーカルの十八番だからね』
『「ウチのヴォーカル」って……?』
『ああ、言ってなかったっけ? ――聡だよ』
聞いた途端、軽く驚き、思わず僕は当の渡辺くんを振り返ってしまった。
…少し意外だった。
確かに、考えてみたら普段の地声からして、三人の中では彼が一番、“良い声してるなあ”って思える声をしているんだけど。
でもヴォーカルになるのは、きっと山崎くんか葉山のどちらかだろうと、なんとなく僕は思い込んでいたのだ。
瞠った僕の視線から、彼はフイッと逃げるように顔を伏せる。まるで照れたように。
――そんな様子からしたって、とてもじゃないけど人前で歌なんか唄えるような人間には見えないじゃないか。しかも“ロック”なんて。
『君は、俺らの実力の“根拠”が知りたいんだろう?』
その声にフと振り返ると、相変わらずの笑顔で、山崎くんが僕を見下ろし微笑んでいた。
『だから、その曲にお互いの力量を賭けてみないか? 俺たちを代表して聡が“唄”を、そして君は“音”を』
『それは僕に……渡辺くんの唄う歌の伴奏をしろ、っていうこと……?』
『“伴奏”じゃないよ。――これは君の“演奏”だ』
『…………』
言われた意味が分からなくて……軽く僕は眉をひそめた。
しかし、“分からない”ということを彼に覚られるのも何だかシャクで、眉をひそめたまま、僕は彼を睨み付けるように見つめ続けた。
やっぱり普段の“ヒトを食ったような笑み”を浮かべたまま、山崎くんは更に続ける。
『俺たちは君のピアノの腕を既に知ってるよ。ケンから君のことを聞いて以来、放課後いつも、ココで弾いてる君のピアノを聴いてたからね。せっかくケンが引っ張ってきてくれたことだし、バンドの将来のためにも、君のその腕は、正直、欲しいね。ゼヒともウチのキーボーディストとして、その腕前を生かしてくれたらと願ってるよ。――でも……』
彼は、そこで一旦、言葉を切った。
そして、ふいに表情から一切の笑みを消した。
笑み…ではない形に歪んだ口許が、軽やかに僕に告げる。
とても低く…真剣な声音で。
――それは紛れも無く、普段は表に出すことの無い、山崎くんの“本音”だった。
『“気持ち”の伴わない人間には……むしろ、居て欲しくないんだよな』
ゾクリ、と……背筋を何か冷たいものが走ったような気がした―――。
思わず硬直した僕に、軽いけど…でも底知れぬ迫力を覗わせる声音のまま、彼は更に告げる。
『実力云々は、確かに“上”へ行くのに必要となるものだけど。そんなことよりも、まず同じ方向を向いてる“同志”とじゃなきゃあ、一緒にバンドやる意味なんて無いんだよ。俺たちの“本気”を「馬鹿」だと笑うヤツには、正直、むしろ仲間なんかになって欲しくはないね。自分だけ安全な位置から、全てを否定ながら一人で勝手に生きてりゃいいさ』
――その言い方には、さすがに僕もムッとした。
『別に、意味も無く否定したりしてるワケじゃ……!』
『そうだね。ただ君は“信じない”ってだけだよな』
言いかけた僕の反論が、アッサリとそのひとことで遮られる。
『だから“賭け”をするんだよ。――俺たちと、君と』
そして、再び彼の表情に相変わらずの笑みが戻った。
まるで何かを企んでいるようにも見える、不愉快にさえも感じられる笑顔に。
『聡の“唄”で。――君がコイツの“実力”を認めれば俺たちの勝ち、認められなかったら君の勝ちだ』
軽く苛々とする。その勝ち誇ったような笑みに。最初っから、勝つのは自分だ、とでも言いたいかのような表情に。
『そこに僕のメリットは?』
ムッツリと言い返した僕のことなど“お見通し”って風情で、『モチロンあるさ』と、事も無げに彼は言う。
…苛立ちが、更に膨れ上がる。
『君が勝てば、今後一切、君への干渉は止めさせていただくよ。もう“ウチのバンドのキーボーディスト”なんて扱いはしない。こうして君の練習中に押しかけることもやめるし、君の望まない音楽を聴くことを押し付けたりもしない』
『…………』
確かに、紛うことなき“メリット”だ。
それは僕が最も望んでいたこと。願ったり叶ったりじゃないか。
『ただし……』
しかし僕の返答を待たず、相変わらずの口調で…でもキッパリと言い切るようにして、山崎くんが後を続ける。
『やるからには、君にも本気で“演奏”してもらうよ。俺たちが納得してグウの音も出せなくなるような“音”を。――それが、君の賭けるチップだ』
僕は……しばし無言で、まるで硬直したように、受け取った手元の楽譜に視線を落とした姿勢でいた。
僕が黙って俯いている間、誰も何も言わなかった。返事を急かすこともしなかった。
ただただ、沈黙だけが室内を支配していた。
まるで重みさえ感じるほどに。――次の句を続けるのが躊躇われるほどに。
『…いいよ、わかった』
おもむろに顔を上げ、その重苦しい空気の中、そして告げる。キッパリと。
『その“賭け”、乗るよ』
言った途端、山崎くんの笑みがニヤリとした人の悪い笑みに変わった。
こうして彼の企み…もとい、“提案”に乗っかることなど、やっぱり彼の思惑に嵌められたみたいで、いい気分はしないけど。
元の日常を取り戻すためには仕方ない、こうするしかないんだろう。
それ以外の方法が今の僕には思い付かない、ということもあるし。
どのみち不愉快なことには変わらないが、これが一番、手っ取り早い。…多分。
『了解、受けてくれて嬉しいよ。――じゃあ、いつにしようか? 君には練習する時間も必要だろうし……』
言いかけた彼の言葉を、『いらない』と、ひとことで僕は遮る。
『今やろう。これからすぐに』
『え…でも……』
『要するに、僕は手を抜かなきゃいいだけの話だろう? 全く知らないって曲でも無いし、そこまで長い曲でも無いし……譜面を読むのに十分程もらえれば、それで充分だよ』
0
あなたにおすすめの小説
【完結】年収三百万円台のアラサー社畜と総資産三億円以上の仮想通貨「億り人」JKが湾岸タワーマンションで同棲したら
瀬々良木 清
ライト文芸
主人公・宮本剛は、都内で働くごく普通の営業系サラリーマン。いわゆる社畜。
タワーマンションの聖地・豊洲にあるオフィスへ通勤しながらも、自分の給料では絶対に買えない高級マンションたちを見上げながら、夢のない毎日を送っていた。
しかしある日、会社の近所で苦しそうにうずくまる女子高生・常磐理瀬と出会う。理瀬は女子高生ながら仮想通貨への投資で『億り人』となった天才少女だった。
剛の何百倍もの資産を持ち、しかし心はまだ未完成な女子高生である理瀬と、日に日に心が枯れてゆくと感じるアラサー社畜剛が織りなす、ちぐはぐなラブコメディ。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
『愛が揺れるお嬢さん妻』- かわいいひと -
設楽理沙
ライト文芸
♡~好きになった人はクールビューティーなお医者様~♡
やさしくなくて、そっけなくて。なのに時々やさしくて♡
――――― まただ、胸が締め付けられるような・・
そうか、この気持ちは恋しいってことなんだ ―――――
ヤブ医者で不愛想なアイッは年下のクールビューティー。
絶対仲良くなんてなれないって思っていたのに、
遠く遠く、限りなく遠い人だったのに、
わたしにだけ意地悪で・・なのに、
気がつけば、一番近くにいたYO。
幸せあふれる瞬間・・いつもそばで感じていたい
◇ ◇ ◇ ◇
💛画像はAI生成画像 自作
ヤクザに医官はおりません
ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
彼は私の知らない組織の人間でした
会社の飲み会の隣の席のグループが怪しい。
シャバだの、残弾なしだの、会話が物騒すぎる。刈り上げ、角刈り、丸刈り、眉毛シャキーン。
無駄にムキムキした体に、堅い言葉遣い。
反社会組織の集まりか!
ヤ◯ザに見初められたら逃げられない?
勘違いから始まる異文化交流のお話です。
※もちろんフィクションです。
小説家になろう、カクヨムに投稿しています。
“熟年恋愛”物語
山田森湖
恋愛
妻を亡くし、独りで過ごす日々に慣れつつあった 圭介(56)。
子育てを終え、長く封じ込めていた“自分の時間”をようやく取り戻した 佳奈美(54)。
どちらも、恋を求めていたわけではない。
ただ——「誰かと話したい」「同じ時間を共有したい」、
そんな小さな願いが胸に生まれた夜。
ふたりは、50代以上限定の交流イベント“シングルナイト”で出会う。
最初の一言は、たった「こんばんは」。
それだけなのに、どこか懐かしいような安心感が、お互いの心に灯った。
週末の夜に交わした小さな会話は、
やがて食事の誘いへ、
そして“誰にも言えない本音”を語り合える関係へと変わっていく。
過去の傷、家族の距離、仕事を終えた後の空虚——
人生の後半戦だからこそ抱える孤独や不安を共有しながら、
ふたりはゆっくりと心の距離を縮めていく。
恋に臆病になった大人たちが、
無理をせず、飾らず、素のままの自分で惹かれ合う——
そんな“優しい恋”の物語。
もう恋なんてしないと思っていた。
でも、あの夜、確かに何かが始まった。
元カレは隣の席のエース
naomikoryo
ライト文芸
【♪♪♪本編、完結しました♪♪♪】
東京で燃え尽きたアラサー女子が、地元の市役所に転職。
新しい人生のはずが、配属先の隣の席にいたのは――
十四年前、嘘をついて別れた“元カレ”だった。
冷たい態度、不器用な優しさ、すれ違う視線と未練の影。
過去を乗り越えられるのか、それとも……?
恋と再生の物語が、静かに、熱く、再び動き出す。
過去の痛みを抱えた二人が、地方の公務員として出会い直し、
心の距離を少しずつ埋めていく大人の再会ラブストーリー。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる