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私の主人、恐ろしい手紙を受領する

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グラン伯爵は魔導鉄道の特別室を用意してくれていました。
魔力で動く鉄道というのは噂には聞いていましたが乗るのは初めてです。意外にも静かで乗り心地も良いのだと思っていると、休暇前に受けた試験結果が届きました。

「エノーム、剣術は大丈夫だった?」
「はい。なんとかですが、無事及第点でした。プランと特訓できたお陰です。ありがとうございます」
「よかったね~。僕も魔法薬学はエノームの言っていたところが全部当たっていて自分史上初の点数だったよ。さすがエノームだね!」
「それは何よりです。ーーところで」
ちらりとシニフェ様を拝見しますと、頭を抱えていらっしゃいます。お好きではない修辞学で問題があったのでしょうか。
「シニフェ様、どれか気がかりな教科でもあったのですか?」
「テストはお前達のお陰もあって全く問題なかったよ。ありがと」
「でしたら何故そのように頭を抱えていらっしゃるのですか?」

テストに問題がなく、そのように悩まれる理由なんて数えるくらいし思い浮かびません。ゲーム?とかいう世界でのお話かクーラッジュ関係でしょうか。
後者でしたら、いっそクーラッジュ本人に直談判をしに行くしかない気もしますが。
「クーラッジュから手紙が来たんだ。クリスマスに会えないかって」
「手紙を見せてください。ああ、手はこちらのアルコール水で拭きましょう」
「あっは、エノームの顳顬に血管が浮いてる~。ダメだよエノームその手紙破いちゃ。訴えるにしても何するにしても証拠は残しておくべきだもの」
「失礼。我を忘れてしまっておりました。プラン、すみませんがそのおぞましい紙切れの中身を確認してください」
不快な紙くずをシニフェ様から遠ざけ、掌をゴシゴシと拭わせていただくと
「痛いよ、エノーム、そんなに強く擦るな」
「すっすみません!」
「もう、非力そうなのになんでこんな時だけ力が強いんだ」
若干赤くなってしまった掌を私にみせ、少し不満げに唇を尖らせていらっしゃいます。
大変です。
理解しました父上、ここで父上からもらった薬が役立つんでしょうか。

「申し訳ございません。痛みはございますか?もし痛みがあるようでしたら、こちらを」
慌てて鞄からイリクサを出すと、そのラベルを見たシニフェ様が叫ばれました。
「イリクサ!?ばか、馬鹿だエノーム!イリクサなんてこんな肌が擦れただけで使ったら、それこそ伝説に残るくらいの間抜けじゃないか」
「シニフェ様、今イリクサって言われました?!わっ本物だ!?何なんでエノームこんな凄いもの持ってるの!?というかなんでそれを今使おうとしたの!?」
「シニフェ様が痛いと仰っているので」
「「いやいやいやいや、おかしいだろ<でしょ>」」
私の回答にシニフェ様とプランが同時に否定しました。


「前にも『英雄の薬』を剣術大会に使う前科があったけどさ、ラスボスで使うような物を日常でポンポン使うんじゃない。それにしてもサーヴィユおじさんがまさかイリクサを持ってるなんてすごいなぁ」
「らすぼす?なんですそれ。このイリクサは父上が作ったと申しておりますが、どうなのでしょう?作ったのだとしたらイリクサというのは眉唾な気も致します」
「ガスピアージェ子爵も自分の息子にそんな風に思われているなんて、ショックだろうねぇ。ああ、騒ぎで忘れそうになったけど、この手紙の中身読むね」
仕切り直しと言わんばかりにプランはそう言って紙を両手にもって読み始めました。

『我がご主人様』
「いやちょっとまってください。冒頭から並大抵ではないと思うんですけど」
衝撃的なフレーズに早速プランの音読を止めてしまいました。
「確かに~。シニフェ様いつの間に僕達以外の側近を作ったんですか?」
「そんな覚えはない。でもここ数ヶ月そう呼ばれてるんだ。止めろって言っても止めてくれないから無視してる」
「無視で済む問題ではないと思いますけども。何故教えて下さらなかったのですか」
「エノームに言ったら物騒な事になりそうだから……。呼び方だけだから実害はないから気にしない事にした」
いや、実害あるでしょう。気にして下さい。同級生にそのように呼ばれているっておかしいどころか、とんだ変態ですよ。
しかもグランメション家でしたら、実際にご主人様となっている可能性が重々あるので、冗談と認識していただけないでしょう。
どうしてそんなに楽観的に見逃しているんですか。
「ね~、続き読んで良い?」
「この件は帰ってからお話ししましょう。プラン、すみませんでした。続けて下さい」

『我がご主人様。凛とした空気の中、ご主人様が立っていらっしゃる光景を思い描くだけで一層満ち足りた気持ちとなります今日この頃、いかがお過ごしでしょうか。テスト期間やその後の休暇でお姿を拝見する事が出来なくなり、私は息をする事も忘れております。
さて、唐突なお話ではございますが先日授業で出てきましたグリフォンと友人となりました。授業の際、ご主人様はグリフォンやユニコーンに大層ご興味を持たれているようでしたので、よろしければお会いする場を設けさせていただきます。
グリフォンに確認しましたら、24日か25日であれば都合が良いと……』

「ちょ、ちょっと待って下さい。質問したい箇所が多過ぎて何が何だか」
「うん、僕も読みながら笑わないようにするの大変なんだけど。そもそも『グリフォンと友人になる』ってパワーワード、何これ?クーラッジュ、伝説の生き物に遭遇してるってこと?」
プランも読みながら疑問に持っていたようです。
そこも気になりましたが、グリフォンの予定を確認して、クリスマス前後しか開いていない聖獣ってなんですか。普通逆でしょう。その日だけ埋まってるでしょう。
もはや序盤の『息をする事も忘れてしまう』を現実にしていただきたい。

するとシニフェ様が
「さすが主人公だよな。俺もグリフォンと友人とか言ってみたいな。ユニコーンについてはなんか手紙の最後の方に訳が分からない事書いてあって会わせてもらえないみたいだけど、グリフォンはちょっと会いたいんだよなぁ……。悪役の俺にも会ってくれるのかなぁ?エノーム、どう思う?」
と暢気におっしゃいます。
するとプランが該当する箇所を見つけたようでした。
「あ、ここかな『ユニコーンは春にならないとこちらに来れないようなので、シニフェ様はその頃はと思います。それは私のせいなので、勿論私から宜しくお伝えさせていただきます』……なにこれ?意味分からないですね」
んんんっ!!!?
ユニコーンは純潔でないと見えないという逸話がある生物、それが『会えなくなる』のが『クーラッジュじぶんのせい』であると。これはいけません、早くなんとかしなければなりません。
ヤツクーラッジュはシニフェ様に危険過ぎます。もういっそラーム嬢と手を組んでしまうのが手っ取り早いでしょうか。

「プラン、もうその手紙は読んではなりません。それは18歳未満が目にしたら死んでしまうもののようです」
「え!?本当?エノームどうしよう、俺全部読んじゃったよ!」
「仕方がありませんね、ご存じなかったということで1回読んでしまったということはここだけの話にしましょうね。二度とこの手紙には触れても開いてもいけませんよ」
「分かった!」
「ではこちらは私の方で処分しておきますね」
そうお伝えして私が懐にしまうフリをしまして、そのまま焼却処分させていただきました。
こんな手紙を送ることは犯罪ではないのでしょうか。
世の中のご令嬢はこのような厭わしい手紙をもらう事もあるのでしょうか、だとすればそんなことは出来ないように法や制度を改正すべきでしょう。これは侯爵に報告する件に追加です。

「シニフェ様ぁ、クリスマスは毎年僕らとパーティですよ。クーラッジュと会う時間なんてありませんよ」
「そ、そうだな。ーーでもプランもグリフォンに会いたくないか?」
「それなら僕がガルグイユを連れて行きます!それに今年はもうフォジュロンも招待してるんですよ!」
「なに!?フォジュロンが来るのか!それはパーティに行かなきゃダメだな。クーラッジュには悪いけど、あまり会話したくないし断るよ」
プランのナイスアシストによりシニフェ様はクーラッジュからの誘いを断って下さることとなり胸を撫で下ろしました。


そんな私たちの騒ぎも関係なく、魔導鉄道は定刻通り進んで行くのでした。
あと2時間ほどで目的のエルデールに到着するでしょう。
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