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私の主人、失踪される

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誰もいなくなった部屋を見た私はすぐさまダイニングに踵を返しました。

「だからごめんてばー、すぐ彼等にも説明するから!」
「おェはいっつもなぁ」
などとまだ騒いでいる彼等を引きはがし、躊躇わず憎きエルフの襟首を掴ました。
「部屋にいたシニフェ様達に何をした」
「え…?」
「『え?』ではありません。この期に及んでまだなにか企んでいらっしゃるのでしょうか?人間ごときに負ける気はないという自信でしょうか?先ほど暇つぶしと仰っていましたよね。それでしたら、試してみますか。人間とはいえ一矢報いるくらいはさせていただきますよ」
ギリギリと掴んだ襟を上に持ち上げると、首が絞まったようで相手は咳き込み始めました。息を吸おうともがき、苦しそうに私の手を掴みました。
そして、私の手の甲に爪を立て一心不乱にはがそうとしていますが、全く口を割ろうはしません。
これではまだ温いぬるいのでしたら、このまま縄で吊るして差し上げましょうか。目の前の庭にいい按配の木もございますし。

「お、おい、坊ちゃん。正気に戻れ、どうしたんだ一体?」
「私は正気ですよフォジュロンさん。シニフェ様とプランが部屋からいなくなったのです。こちらの方がなにかなさったのでしょう?」
「そうなのかペルソン?!さすがにそれは俺もかばいきれんぞ」
「ち…ちぎゃ……かふっ」
「坊ちゃん、済まねェが一旦下ろしてやってくれんか?コイツが仕出かしたんなら俺が責任を持ってとっちめてやっから!な!坊ちゃんが手を汚す必要はねぇ。それにこれじゃぁ首が絞まってちゃもし知っていても話が出来ねェ」

なるほど。フォジュロン氏の言う事はもっともです。ここで手を緩めるのは口惜しいですが、シニフェ様が憧れていらした方からのお願いであればここは顔を立てて差し上げましょう。
私が手を離すと、エルフはどすんと音を立てて床に落ちました。

「けほっ、けほっ。ひ弱そうに見えて、案外、力持ちなんだ…」
「ペルソン今はそんな軽口を言える状況じゃねェぞ!さっきの話、おェまだなんか悪戯したんか?!」
「してない、してないよ。だって私はガスピアージェの坊ちゃん、あなたとずっとここで話をしてたじゃないか」
「エルフ程の魔力があればその場にいなくとも連れ出す事なんて造作もないでしょう。お2人共ここには始めて来ていますし、何よりも精神を子供に戻されたシニフェ様がご自分から知らない場所に出て行かれる事は考えられません」
「そうだな、外はもう暗いし、雪も強くなって来とるしなーー、待てペルソン。俺はここに入ってくる時窓を割ったのはな、玄関が開かなかったからなんだが、それはおェが鍵をかけたんか?」
「鍵なんてこの家で掛けた事ないけど」
「ってぇことは鍵じゃねェが誰かが扉を開かねェようにしたってことだろ?ソンでもって、グランメションの坊ちゃんってことはだ」
フォジュロン氏がそこまで言うと粗忽者そこつもののエルフも何かに気がついたというように目玉をむき出しました。
向き合った2人は息を飲み、辺りは静寂に包まれました。
2人の表情からは嫌な予感しかしません。

「しまった!!」

エルフはそう叫ぶと私とフォジュロン氏の手を引いて一目散に魔導車に乗り込みました。
先ほどの魔導車とは違い少し小型ですが、ずっと速く走っています。

「やばい、やばいやばい!!」
「何がヤバいのですか!お2人に何かあったら承知しませんよ!!」
私の叫びに返事もせず、ブツブツと焦っているエルフに代わり、フォジュロン氏が答えてくれました。

「やはり忘れとったか。|おェ《ペルソン》は本当にうっかりモンだな。坊ちゃん…ここはアルダースの故郷だ。アルダースが闇の魔法を使うってェおとぎ話は知っとるか?」
「ええ、先日初めて聞いたばかりですが」
「闇ってェと人間は悪い物と感じるかもしれねェが、俺たちからすりゃ『眠り』つまり『安息』を与えてくれるもんだ。精霊もそうだ。闇のそばに居る事で休む事が出来る。だからアルダースの残り香があるここには精霊が集まってくんだ。そんな中で本人ではないとはいえ、闇の魔法の香りがしたら精霊は連れて帰ろうとするわな」
「連れて帰る!?どこへですか?」
「自分達のテリトリーにだな」
「……ですがシニフェ様はご自分を『この世界の悪役』だと仰っていましたよ。精霊に愛されるなどまるでおとぎ話の英雄ではないですか」
「光がいりゃあ、そっちに正の感情は引っ張られっから闇には負の感情が溜まっちまう。そうすりゃ暗い感情に大体のヤツは飲まれるからな、どんなヤツでも悪人になるわな。でも今ここに光の魔法を使えるヤツはいねェ。正も負も安らぎを求めて闇に寄ってっちまうんだろうなー」
「そ、そんな悠長な!?」

フォジュロン氏の話が本当でしたら別の世界に連れて行かれてしまうのではないですか。
しかし連れて行って何をするのでしょうか。

「まず連れて行くとしたら、アルダーズの最後にいた場所だ!」
「そこにシニフェ様が行ったらどうなってしまうんですか?」
まさか、鏡ではなくともアルダーズ・ヘルダーが復活してしまうのでしょうか。
復活させないように鏡を遠くへやろうと思っていたのにこれでは本末転倒です。

「わからない!」
「そんな、元はと言えばあなたがおかしな事をするからでしょう」

責任と取って下さい!と、私が叫んだ瞬間、魔導車は大きな泉に到着しました。
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