上 下
30 / 62

悪役令息になった俺と友人ふたり

しおりを挟む
ガチャ

「ただいまー、ってどうせ誰もいないんだよな」
学校から家に帰ってくるとマンションの部屋には誰もいない。いつもの事だ。
小学校に入学してすぐの頃だったか、両親は家庭内別居を始めた。
俺が中学校に入学すると待ってましたと言わんばかりに母が家を出て行き、高校に入学したところで両親は離婚した。
書類上は親父と住んでいるが、その親父も女の人の家に行ってしまいウチにいるのは俺一人になっていた。
「金くれるだけマシってとこかな」
スマホでピザの注文をしながら独りで呟く。

「あー、このCMで見たヤツはLサイズしかないのか。1人じゃ喰いきれねーし、翌日のピザって美味しくないしなぁ」
友達でもいれば、Lサイズ何枚か頼んで皆で食べるって手もあるけども、自慢じゃないが俺には友達がいなかった。別にいじめられているわけではないが、子供の頃から複雑な家庭ってことで遠巻きにされていたり、引っ越しをしたせいもあり生粋のボッチだ。
寂しくなんてない。
これが普通だ。

「ピザ届くまでゲームでもするか」
最近買ったRPGのゲームの2巡目を絶賛プレイ中だ。1巡目はともかく速くエンディングを見たいと思って最低限しかレベル上げもしなかったし、エピソードも全部見れていないから、今度は細かいイベントをクリアして完全クリアを目指していた。
「どこまでやったっけ、あー、そうだ。序盤のイベントでシニフェ戦だった。こいつ、うっぜぇよなぁー。高飛車だし。男で高飛車ってどこに需要あるんだよ」

『お前達やってしまえ!』
『『はい!』』

画面の中で主人公である勇者に立ちふさがるのはシニフェ・エノーム・プラン、チビ・のっぽ・デブの3人組。序盤戦の中では格段に強かった。
それぞれが魔法と直接攻撃とエンハンス系をしてくるところが序盤で強い魔法もなく攻撃力が低い剣しか持たない主人公1人では倒す順序を考えなければ勝てない厄介な相手であった。
「プラン、エノームって順番でやっつけないと、いつまでたってもシニフェに攻撃当たんないんだよな~。てか、コイツら別にただの同級生なのになんでこんなに付き従ってんだろ?攻略本にあったキャラ紹介で3人とも貴族の息子ってあったし、階級が違ってもここまで体はって守んのおかしくね?」
1人でいる時間が多いため癖になっている独り言でぶつぶつとゲームに関する感想を言いまくる。

そしてようやくプランとエノームを倒すとシニフェとの一対一になった。
『ええい!なんて使えないヤツらなんだ!もういい僕がやる!お前達はそこで寝ていろ!』
『いけませんシニフェ様、まだ戦えます』
画面の中で悪役がそう叫ぶと、悪役が倒れた2人よりも前に出て勇者に先制攻撃をした。

「前にやった時は気がつかなかったけど、エノームとプランこいつら自分達が倒れてもシニフェ心配してんだ。すっごいなぁ。俺、自分が倒れてまで守りたい相手とか……いないな。それに俺が倒れても多分誰も心配すらしてくれないだろうしな」
眼は画面を見続けながら自分のことを振り返ってしまう。
指先でコントローラーのボタンを押していくのを繰り返しシニフェを倒すと、勇者のレベルアップ音とステータス画面に切り替った。
「……いいなぁ」
と丁度その時インターホンが鳴ったので、そのままピザを受取に玄関に向かったのだった。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆

「ん......」
目が覚める時特有の意識が浮上する感覚がして、眼を薄く開けるとベッドの横に座っていたエノームと目が合った。
「気がつかれましたか?」
そう言うとほっとしたように緑色の眼を細めて、俺の額にかかっていた前髪を梳きながら額を優しく撫でてくれた。その掌の温度が心地好くてまた眠ってしまいそうになる。
「ご気分はいかがでしょうか?プランも心配しておりますよ」
「この腹のところにある重みはプランか」
「先ほどまで起きていましたが、疲れたのでしょうね。お辛くなければもうしばらくそうさせてやって下さい」
霞がかった頭で先ほどまで見ていた昔の夢を思い返す。
あの頃の俺にはこんな風に頭を撫でてくれた人はいなかった。
怖い夢を見たときも、風邪を引いたときも、将来に不安を感じたときも1人で震えてやり過ごした。
あの頃欲しくて仕方がなかった温もりがあるというだけで、目が覚めた時にこんなに嬉しいのか。

そんな事を思っていると、涙がこぼれた。
「シっ、シニフェ様!?何処か痛いのですか!?ああ、どうしましょう。すぐにイリクサを持って参ります!!」
俺の涙を痛みからと思ったエノームはイリクサを取りに行こうとしたので、その手を握った。
「行かなくて良い。ここにいて」
「はっ、っ、えっ!?」
握った手を引っ張り体制を崩してきたその首元に抱きつけば、エノームが変な声を出していた。いつもしっかりしているのに時折変な声を出すんだから。

その声に笑いながらぎゅうっと力を込めると「痛いです」なんて不満げな声がするので手を引っ張って、エノームも俺の上に倒れこませてやって、強く抱きしめてやった。
そうしてようやくお互いにちゃんと実体があると確かめる事が出来た。
今俺は本当にこの世界の中で生きているのだ。

もう二度とあの悲しい世界には戻りませんように、祈るように今度はエノームだけではなくプランもまとめて抱きしめた。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

風ゆく夏の愛と神友

キャラ文芸 / 完結 24h.ポイント:660pt お気に入り:1

男女比崩壊世界で逆ハーレムを

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:589pt お気に入り:348

ほろ甘さに恋する気持ちをのせて――

恋愛 / 完結 24h.ポイント:497pt お気に入り:17

恋と鍵とFLAYVOR

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:269pt お気に入り:7

憂鬱喫茶

ホラー / 完結 24h.ポイント:255pt お気に入り:0

祭囃子と森の動物たち

ライト文芸 / 完結 24h.ポイント:312pt お気に入り:1

ある工作員の些細な失敗

大衆娯楽 / 完結 24h.ポイント:1,618pt お気に入り:0

梓山神社のみこ

キャラ文芸 / 連載中 24h.ポイント:319pt お気に入り:0

川と海をまたにかけて

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:99pt お気に入り:0

処理中です...