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おかえりなさい、私の主人

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浮遊していた私たちがゆっくりと地面に降り立ち、プラン達の元へ行くとペルソンとプランはそれぞれ自分の手で眼を塞ぎ、フォジュロン氏はご自身の眼を固く閉じつつクーラッジュの眼を手で覆っていました。
これはつまり……
「大丈夫だよエノーム!僕らなんにも見てないから!」
プランの一言は私へとどめを刺しました。
シニフェ様が戻られた喜びは勿論ありますが、今しがたの出来事を皆さんに見られていたという事実で顔から火が吹き出そうで、穴が合ったら入りたいです。手を外した皆さんに代わって、私がその場でしゃがみ込んで顔を隠しているのに対して、仕出かしたご本人は誤摩化すように早口でその場に居た皆に感謝と謝罪を述べられておりました。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「さぁ皆!!毎年クリスマスは素晴らしいが、今年は特に素晴らしい!私達の息子が無事に戻って来たのだ!!」
侯爵は招待客にそう上機嫌におっしゃいます。
シニフェ様がお戻りになって2週間後、侯爵家はクリスマスの晩餐会を催されました。今回は毎年ご招待いただいている私の家やプランの家、その他のグランメション家臣の家は勿論のこと、今回の件で縁が出来たベグマン様やクーラッジュの家等も招待した例年以上に盛大な規模です。
休暇に入ってから紆余曲折はございましたがこうして再び日常をご一緒させていただけるのを心から嬉しく思っております。

侯爵は晩餐会の始まりの挨拶をシニフェ様にさせることにしておりました。年齢的にも、また公にはしていませんが今回の事件の事もあり後継者としての役目を覚えさせ始めたいとの趣旨でした。
それを言いつけられたシニフェ様は、嫌そうなお顔をしつつもきちんと皆さんの前に出ていらっしゃいました。
侯爵夫人が張り切って着飾らせた成果もあり、普段以上に美々しいお姿で現れたシニフェ様に、私の隣に居た母上が見蕩れるようにため息をつきました。そして母上とご一緒にいたプランのご母堂と一緒に、「坊ちゃまは雰囲気が変わられましたわね」などと囁いており、周囲でも同じようにそのご立派な立ち姿を賞賛する言葉が出ていました。
そんなざわめきにも近い声がある中で、シニフェ様はゆっくりと話を始めました。
「今年は私が至らないことで数々のご迷惑をかけたと思いますが、周囲に恵まれたお陰でこうして無事クリスマスを迎えられ、また皆に会う機会を得ました。フォジュロン氏、ペルソン氏、グロワ氏、そして幼き頃から私を支えてくれているプラン・グラン、それからエノーム・ガスピアージェには言葉では礼を言い表せません。深い感謝とともに、今後私からお返しができるよう精進させていただきます」
冒頭のこの言葉に、先日の件を知らない方達はなんのことだろうと若干首を傾げていらっしゃいましたが、事情を知っている方々は達成感に満ちた顔をして聞いておりました。
「~~~、さて、長々と話してしまいましたが、今宵は楽しんでいただければ思います」
一連の挨拶をそう締めくくりグラスを高らかに上げられれば、招待客の面々もそれにならい盛大な乾杯の声が響きました。


会の最中ではシニフェ様含め侯爵家の方々の元には入れ代り立ち代りに人が寄って来ており私もプランもいつものようにはお側に居る事が出来ません。
一重二重に囲まれているシニフェ様を遠巻きに眺めているとプランが声をかけて来ました。
「そういえばさぁ、クーラッジュの件聞いた?」
「ああ、報償のことですか?」
「そうそう!侯爵様がなんとパ・ビアン領をくださるって言うのを断ったらしいねぇ。もったいない!」
「唐突に伯爵領を頂けると言われても手に負えないでしょうから断るのは分からなくもないです。とはいえ代わりに求めた物が…」
「うん。『シニフェ様に頭を撫でていただきたい』って言ったらしいね…」
「侯爵様が絶句してらっしゃったそうです」
「そりゃあね…」
プランはその時の状況を想像したようで、呆れた顔をしていました。と、そこへプランの隣に居たベグマン様が声を上げました。
「ありえませんわよね!頭を撫でるのと伯爵領が等しいなどと…。薄々思ってましたがグロワ様は少々変わっておりますわ」
「だよねぇ~。ああ、ラーム嬢、お爺様の具合はどうなんです?」
「ええ、頂いている魔法薬でかなり良くなっております。プラン様、ガスピアージェ様、その節はありがとうございました。あ、プラン様、昨日お話ししました髪飾りの件スケッチを持って来ましたの!」
「本当!?見せて欲しいな!」
僅か2週間の間にプランはベグマン様とかなり親密になっていることに驚きつつ、横で話を聞いているとお2人共ビジネスのお話がお好きなようなので話は尽きないようにも感じておりました。
私では付いて行けないレベルの話も多々あり、更にお2人の邪魔をするのも馬に蹴られてしまいそうなので、そっとお2人から離れバルコニーで夜風に当たる事にしました。

窓からそっと外に出ると、冬の夜らしい静かで冷たい夜空が広がっていました。背後から聞こえる楽しげな笑い声や食器の当たる音、そして軽快な音楽を耳にしながら、ぼんやりとアルダーズの最後の時を思い返します。

「こんなところにいたのか」
「シニフェ様?」
「寒いだろ?」
「いいえ、人が多い室内のせいで少々のぼせてしまったようなのでここの風が丁度良いくらいです」
「そうか…」
そう言ったシニフェ様は私の横に並び、バルコニーの柵へ頬杖を付き、天を仰がれました。そして少し黙ったまま私と並んでいると、再び言葉を発されます。
「さっき、フォジュロンとペルソンに謝られたよ。俺を生け贄にしようとした、この罪を償う為に今後俺の為に誠心誠意尽くすってさ」
「……それは良い事ですね。エルフとドワーフにそのように言ってもらえるのは良い支配者の証拠になります」
「でも断った」
「なぜ?」
「ゲームでの話になっちゃうけどさ、2人の一族はアルダーズにかなり強い縁があるんだ。特にペルソンはアルダーズの力のせいで大切な人をなくしてるから……アルダーズを還してやりたいって気持ちが強いのもわかるんだ」
静かにそう仰るのを聞きながらも、それとこれとは別でしょうと言いたくなります。どんな理由があるとしても、貴方を利用しようとしたのですからそれに対する詫びと忠誠くらい貰うべきです。
私が言いたい事が分かっているのか、シニフェ様はこちらを向くと頷かれました。
「貰った方が良いのかもしれないけどーー俺も自分がペルソンの立場だったら、アルダーズの力で、お前が居なくなってしまったら、どうやってでも消滅させようとすると思うんだ。そう考えたら責められなかった」
「私はあなたを失うところでしたけどね」
肝を冷やすどころではなく、生きている意味がないとさえ思ったのです。
あなたには信じられないかもしれませんが。
「ふふっ、まぁ、俺としてはアルダーズと一緒に居たお陰でいろいろ手に入れた。例えば、ホラ」
そう仰って指を鳴らすと、アルダーズがやっていたように影が伸びて来てシニフェ様と私を掴み夜空へと放り投げました。

打ち上げられ空高くまで上昇したところで、シニフェ様は足場を作り出し、2人でそこに腰を落ち着けました。
月がいやに近くにきた幻想的な風景を眺めていると、お隣からも「すげー」という声が聞こえてきました。
「アルダーズの力を手に入れたんですね」
「ーーなぁ、エノーム、もし俺がこの力を使って世界征服したいって言ったら、どうする?」
「征服したいんですか?そうですねぇ、もし本当になさりたいのでしたら、一番効率の良い方法を考えます」
「止めないのか」
「止めませんよ。私はシニフェ様がシニフェ様であれば、正義の味方でも悪役でも大きな問題はないのです。ただお側にいさせていただくだけで幸せです」
「それでいいのか?」
「勿論ですとも」

私がそう申し上げると、私の主人はそれはそれは美しく微笑まれたのでした。
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