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その後の私たち

ある夜の侯爵令息と子爵令息

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あの騒動、アルダーズの件があってから約一年程経ちました。
その後は平穏無事に日々を過ごし、いつの間にか学校ももうすぐ卒業になります。今後の進路については、私は首都の魔法大学校への進学が決まりました。プランも首都にある騎士学校に合格したそうなので今までほどとは参りませんが、比較的顔を合わせ易いと思います。
それに対して私の大切な方ーーシニフェ様についての今後は教えていただいていません。魔法学校でも騎士学校でも望むなら確実に受かるでしょうし、なんなら隣国での帝王学をされることもありえるのでしょうが、なにも仰ってくださらないので私から尋ねる事もしておりません。
・・・別に教えていただけていないことに拗ねているわけではございません。
離れたくないと思っているのが自分だけなのが少々寂しい程度です。
そんなシニフェ様は、ある時から今までとは違う奇行をされるようになりました。

シニフェ様はアルダーズと体を共有した収穫として、闇の魔術を完全に使いこなせるようになっていました。それはグランメション家の歴代でも最も強い闇使いとなるほどの力、いいえ、クーラッジュが英雄として覚醒しきれなかったので言ってしまえばこの世で最強の魔法使いとなったのです。
とはいえ、その力を使って世界征服や英雄になることにはご興味はないらしく普段は隠されていらっしゃいます。
ではその素晴らしい魔力で何にするのかと言いますと……

定期的に夜、私の部屋へいらっしゃるのです。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

一ヶ月程前の夜更けのことです。
シニフェ様が最初に私の部屋にいらっしゃった時はそれはもう驚きました。
「こんな時間にどうされたのですか!?」
突如現れたシニフェ様に身動きできないまま私が申し上げると、うつらうつらとされながら私が入っている寝床に歩いていらっしゃって布団をまくられました。
「寝るから…おやすみのキスして」
と妙な事をおっしゃって、眼を閉じられるのです。
初回は意味が分からずに呆然としていると、眼を閉じられたまま早くしろと催促をされるので、目の前の方は寝ぼけていらっしゃるのだからと自分に言い聞かせ、かなり緊張しながら唇に触れたのでした。
とりあえず言う通りにすれば満足いただけるでしょうと思ったのです。
しかし、私がキスをした事でお帰りいただけると思いましたが、軽いキスを貰ったシニフェ様は当たり前のように私のベットに入っていらっしゃるとそのまま私の背に両腕を巻き付け、穏やかな寝息を立て始めました。
「……」
自然に行われた一連の流れの中で一言も発する事ができませんでした。
生殺しも良いところです。
けれども幸せそうな寝顔を眺めているとゆり起こすことも憚られ、そのまま私も瞼を閉じるしかありません。

子供の頃はご一緒に眠る事もありましたがこの歳で、その上焦げ付くまでに慕っている今の状況で上手く眠れるはずもありません。瞼をおろしただけでまんじりともせず一晩をすごしつつ、二度とこのようなことがないように願うのが精一杯でした。
しかし、その翌日の眼を覚まされたご様子を目にしたことで溜飲が下がりました。

「あれっ!?ーーな、なんで?」
真っ赤にされたお顔で口元を押さえ、狼狽えているご様子を眺めながら昨晩の事をかいつまんでお話しました。
「えっ、そんなっ、はえっ、俺……。と、とにかく帰らないと…」
オタオタと魔法を使おうとされましたが、早朝の光の中で闇の力はあまり使えないらしく涙眼で焦っているお顔を眺めていましたら、上手く表現は出来ませんが心臓を鷲掴みにされたようになり、うっかり許されてほだされてしまいました。
そうして、赤面され動けなくなっているシニフェ様を連れて私の転移魔法で一緒にグランメション家へお連れしまして、その後すぐに私は自宅へ帰ったのです。
連続で転移魔法を使うのは非常に堪えたので2回同じ状況を経験した結果、対策としてペルソンに本人だけを送る転移魔法を教えてもらった程です。

3度目の朝のこと、私のベッドの上で自己嫌悪をされているシニフェ様に質問致しました。
「今まで夢遊病のような気はございませんでしたが、なにか御用でもあったのでしょうか?」
「うーん、エノーム元気かなって思いながら寝てるだけなんだけど」
「確かにいらっしゃる場合は2-3日程お会い出来てない時ですね」
「その傾向は気がついてなかった。……今の話の件は忘れなさい」
「かしこまりました。ーーあ、これは申し上げてよろしいでしょうか?」
過去2回は私も動転していたのでお伝え出来ていなかった件を申し上げたいと思いました。
「なんだ?他になにか問題か?」
「私としては役得なのですがーー」
「なら良いんじゃないか?」
「シニフェ様にとっては問題かとも思いますのでお伝えします」
「ん?」
「いらっしゃる際に私にキスを強請られるので毎回してしまっているのですがよろしいでしょうか?問題でしたら今後は止めるようにいたします」
皆の居る前で一度されているのであまり問題ではないとも思いましたが、念のためです。

「~~~~っ」
私がその件を申し上げますと表現しがたいお顔をされ、そのまま枕に顔を埋められました。
そうしてしばらく悶絶されますと、枕から顔を外されて不満げに唇を尖らせながら私の顔を見て文句をおっしゃりはじめるではないですか。
「俺が起きている時には一度も、それこそ命がかかってる時にもエノームからはしてくれなかったのに、寝ぼけた俺とはするんだ」
「……して欲しいのですか?」
「そりゃあ、ちゃんと意識がある時にして欲しい」
「そうですか。では失礼します」
何度か強請られるうちに私の方はすっかり慣れてしまい、照れる事もなくなりました。そう思うとシニフェ様の夢遊病もどきに感謝したいくらいです。
ちゅっ、とバードキスをすると目の前のお顔が真っ赤に染まっていきました。
「エノームが、俺の純情だったガスピアージェのご子息がっ、いつの間にか手慣れてる!誰とっ、誰と練習したのよ!」
「あなたですよ」
「俺かぁ…」
ボスンっと音を立てて再び私の枕に突っ伏されました。

「あの、差し出がましいようですが」
「ーー今、俺のHPヒットポイントはゼロだから追い打ちをかけるのはやめてくれ」
HPヒットポイント?また不思議な事を仰って。追い打ちかもしれませんが、2-3日でこの状況だと卒業後どうされるのですか?私は首都に行きますし、今よりもお会い出来る頻度が減りますよ」
そう言うと、枕に埋もれたままで返事が聞こえて来ました。
「魔法大学校だろ?俺もそこ行くから、寮から通うかマナーハウスから通学するかは決めてないけど。どっちにしろウチとエノームのところのマナーハウスは隣同士だし寮でも隣の部屋になるに決まっているから今よりも近くなるだろ」
「え!?」
「なんだ、嫌なのか?」
「いいえ、嬉しいですがよろしいんですか?侯爵家を継ぐお勉強か隣国で帝王学を学ばれるのだとばかり」
「それは後でも出来るし、お母様に色々話したら『既成事実を作ってしまえばお父様も許して下さるわよ』っていうからあと4年で既成事実を作っとこうと思うんだよね」
既成事実・・・?
なんのでしょう?
「分からないって顔してるなぁ~、よしよし。これについては思った通りの反応で安心した」
おっしゃっている意味が分かりかねますが、私のベッドで肘を立てて横たわられながら満足げに頷いていらっしゃるので良しとしましょう。
「もうしばらくご一緒出来るようで私としては嬉しい限りです」
正直に申し上げれば、ハタと表情を硬くされ、急に私のベッドから飛び降りて部屋から出て行かれてしまったので、置いて行かれた私も後に続くように部屋を出て行くのでした。
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