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私の主人、ラスボスとなられる

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「いやいやいや、でもおかしいよねぇ!『とどめを刺して欲しい』って言ってた人がなんでこんな風に抗うのかなぁ~?!」
目の前に現れたおどろおどろしい魔物となったアルダーズを見て、プランが走りながら叫びました。その問いに対しフォジュロン氏が答えます。
「むしろあそこまで膨らんじまってたのをワシらが来るまで耐えて押さえ込んどったんだろうよ」
並走しながら走る2人と反対方向に向かう私は少し違う事を考えていました。
「こんなに大柄になってしまわれて今後の生活が不便にならなければ良いのですが……」
「……シニフェ君の精神があればあの魔物でも良いの?」
「シニフェ様はシニフェ様でしょう」
「意地悪な質問だけどさ、その中身ってある日突然に昔と変わったりしてるでしょ?」
「口調ですとか、おかしな事を仰っるようになりましたが根本的には変わられていないですね。私の印象では+@されたような形です」
「ならアルダーズが入っても+@でいいんじゃないの?」
「それは少々違いますね。アルダーズが入られたシニフェ様は完全に別の方でした。仰る事も思考も、雰囲気もです。皆さんには見えていなかったようですが、先ほどまでは別になっていたようですし、全くシニフェ様の精神が入ってないのであれば中身がシニフェ様の泥人形とご一緒したいと思います」
全く変な事を言うエルフです。
ペルソンの言葉の意図は分かりませんが私の言葉を聞くと安堵したような顔を見せていました。

私たちがそんな事を話していると、おしゃべりはそれくらいにしろというように目の前のアルダーズがうめき声をあげるので、ペルソンとフォジュロン氏とクーラッジュ、そして私とプランで二手に分かれて前へ進み出しました。

岩が至る所で隆起しているせいで走るのに苦戦していると、対峙しているアルダーズは、一番左の口から黒い影のような物を吐き出してきました。私のすぐ横にその影が落とされると地面が沼のように緩くなり、足が沈むように変わってゆきました。
「うをぉっ」
同じように足下に影を吐き出された小柄なフォジュロン氏が片足を取られると、ペルソンがフォジュロン氏を引っ張り上げて叫びました。
「英雄君、準備はいい?」
その呼びかけに答えるようにクーラッジュは英雄の薬を飲むと槍を構え始めました。

準備だとか、練習だとか、ラ・トゥールに来るまで少しは対策をしたつもりでした。けれども所詮付け焼き刃。
その上アルダーズが復活するとどうなるのかはフォジュロン氏もペルソンも知らないのですから出来る事は限られていました。
なので事前に私たちが決めたのは、3つだけでした。
アルダーズに出会ったら、私とペルソンは二手に分かれ、アルダーズーーもといシニフェ様の体を両方から押さえること。プランとフォジュロン氏はクーラッジュの近くでクーラッジュが槍を刺す事に集中出来るようにすること。そしてクーラッジュは心臓に向かって迷いなく槍を突くこと。
こんな単純な動作しか決めていませんでした。

それだけしか計画を立てないと知った際には、もっと細かく動きや陣形を練るべきではないかと思ったのですが、こうして直面しますとそんなに細かい動きは出来ません。目標の場所に進む、そのことしか考えられません。
フォジュロン氏もペルソンも、きっとこうなるのが分かっていたから単純な事しか私たちに言わなかったのです。理由を身を以て体験してしまうと、自分の至らなさに歯痒くなります。

そんな言い訳をしながらも、先にアルダーズ近くの予定していた配置につけたのは私とプランでした。
右側の顔の側に陣取り、ペルソン達が配置に付くのを見守っていると、クーラッジュの周りの空気がエルデールで目にした光景よりももっと、まるで空気が沸騰しているようにボコボコと沸き立ち始めました。
「ペルソン、あれはどうなっているのしょう」
「私も初めて見るよ!槍と英雄とアルダーズが一堂に会すとこんなになるんだね!興味深い」
「おェ、感心しとる場合か!グロワの坊ちゃんがっ」
とフォジュロン氏がペルソンを窘めた瞬間、アルダーズの尾が3人をまとめて薙ぎ払いました。

「フォジュロンさん!?」
「ペルソン!クーラッジュ!?」

地面に叩き付けられた3人は起き上がることも出来ず、私たちの呼びかけにも反応しません。
一旦引いて体制を立て直そうとしたところで、アルダーズの闇が私たちと3人を隔てるようにに落とされました。
3人の元へ行けなくなった私たちを煽るようにアルダーズは横たわる3人に近寄ろうと地面を這いずり出しました。すると、クーラッジュの手から離れた槍は這いずる尾に弾かれ私の目の前に転がってきたのです。

「エノーム!コイツを3人の方に行かせちゃダメだ!」
「コイツって、プラン、この方はシニフェ様ですよ」
「そうかもしれないけど、今は違うでしょ!それに何よりも3人に何かしちゃったら。シニフェ様が一番悲しむでしょ!」
そう言ったプランは持っていた剣をアルダーズの尾っぽに突き刺しました。


その瞬間、悲鳴に近いような叫び声が辺り一帯に響き渡りました。
プランは刺した剣が抜けないように体重をかけながら、私に目配せをしています。その眼は「今のうちだ」と言っているようでした。
私がやるべき事はひとつしかありません。
クーラッジュに代わって私がアルダーズに槍を突き刺せば良いのです。しかし、私は目の前に落ちている槍に手を伸ばしかけて動けないのです。
人間がこれに触ってはいけない
槍を見ているとフォジュロン氏とペルソンの話が思い出されます。アルダーズの消滅には条件があると聞いていましたが私が突き刺しても大丈夫なのでしょうか。それにこの槍は英雄以外の人間には……
「エノーム!!」
怖じ気づいている私をプランの声が現実に引き戻します。
ここで悩んでいても全滅するだけです。
なるようにしかなりません!

目を覚ますように頭を左右に振って下らない弱気を振り払うと、槍のすぐ近くで止まってしまっている手を一気に伸ばしました。

バチバチバチっ!!

私が右手で柄を掴むと大きな音が鳴りました。
柄が私の掌に反発し、電流のような物右手から走って来てかなり痛いです。ーーが手を離す訳には行きません。なんとか柄を握りしめアルダーズの方へ向き直りました。
すると向かい合うアルダーズはここだと言うように右側の顔をそらせて尾で首の付け根を指し示しました。そこが心臓だとでも言うように。

他にそれらしい場所も見当がつきませんし、今はそれを信用するしかありません。
私はもう考える事も止めて、アルダーズが指し示す場所へ槍を突き立てました。すると、固そうに見えた表皮は驚く程簡単に、例えるなら熱したナイフをバターに差し込むように、手を前押すだけでズブズブと突き刺さっていきました。
刃が奥まで入ってしまうと、真ん中の顔だけを残し左右の顔が崩れ出しそして残った顔の口が開きました。

「褒美をしっかり使えたな。あと少しだ」

初めてアルダーズが現れた時と同じ落ち着いた声色が聞こえると、残った体が縮み次の瞬間に大きく先ほどの3倍程に膨んでから勢い良く破裂し、中から大量の精霊のような黒い霧が私の視界を覆いました。
なんてことでしょう、
破裂してしまえば計画していた方法ではシニフェ様の体を回復できなくなります。

「プラン!私からは何も見えないのですがそちらからは何か見えますか?」
「僕の方も真っ暗だよ!」
私がそう叫ぶと
「エルフ殿ドワーフ殿よろしいですか!」
「おうよ!」
「ごめんね!今すぐやるから!」
意識を戻したらしい3人の声がします。
クーラッジュが何かを唱えると、辺りに充満していた黒い霧が薄れ初め景色が視えるにようなりました。すると目の前にはアルダーズの姿はなく、代わりに空中に舞っていた黒い霧が一点に集まり始めているではないですか。
「予定とは違うけど私がやるべきなのはこっちだね☆」

その光景に声も出せずに固唾を飲んで見つめているとペルソンが魔法使ったようで、空中に透明な箱のような物が現れ、黒い霧を閉じ込めました。
閉じ込められた霧はだんだんと人の形となり、そして遂に私たちがよく知る人物となったのです。
けれども宙に浮かぶそのお姿は、私がシニフェ様だと喜ぶが早いか下へ落ちてくるではないですか。
せっかく体があるのに落下しては大怪我をしてしまいます、と急いでその落下地点まで走ろうとしますが、疲れきった足が上手く動いてくれないのです。
苛立っていると、いつの間にか私の隣に居たフォジュロン氏が肩を叩きます。
「坊ちゃん、許してくだせェよ」
「えっ?」
そう言った瞬間、私をシニフェ様の方へ投げつけました。

急な事で非常に驚きましたが不思議と悪い気もせず、むしろそのコントロールの良さに感嘆していると、さらにペルソンが魔法で補助をしてくれているのでしょう、上手い事に私の大事な方を受け止められたので晴れ渡った空に投げ出された体は清々しい気持ちで満たされました。
たった1週間強離れただけですのに、お側に居られない事に耐えられない私をあなたは怒るでしょうか。しかし、怒られても止められません。
腕の中にいらっしゃる方の弱々しい鼓動に最後のご奉仕と思い、自身の魔力を集めました。
すると、周囲に散っていた精霊達がエルデールでの夜の時のようにじくじくと私の体に這い始め、それから、耳元でアルダーズ声が聞こえました。

「おい、せっかくやった褒美を使わぬか」

褒美?
先ほども言っていましたが私はアルダーズから褒美を貰ったことなどーー
と思い返した瞬間、シニフェ様の体を乗っ取った時の事を思い出しました。姿を消される少し前に、あの方は私の口に己の唇を重ねたのです。
今までそれどころではないので完全に忘れていましたが、キスされたのです。
おとぎ話でキスはお姫様を目覚めさせる大事なイベントですが、私の主人はお姫様ではなく侯爵令息で男性ですし……。

宙に浮きながらそんなくだらない事を考えていると、横抱きにしていたシニフェ様が私の後頭部をご自身の顔へ引き寄せ自らの唇と私の唇をくっ付けてしまいました。
「!?」
突然の事に私が眼を見開いていると、口づけながら目の前の方の瞼が開き、そして悪戯が上手く言ったというような無邪気な笑みをみせてくださいました。
「あの時のはノーカンだからな!これが最初だ!」
そう言って念を押すようにもう一度私にキスをされました。
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