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私の主人、魔王と賭けをされる

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「ついてくるか?」
「いいえ」

目の前の方は跪いた私をみて勘違いをされたので、即刻否定しました。
私が跪いたのは服従する為ではなく、その足下に用があるからです。対峙する足下にある、こんな岩場にふさわしくない土の山が妙に気になって仕方がないのです。
私に追いついたプラン達が何か言っている声も聞こえていますし、とっとと確認すべきでしょう。

私がその小さく盛り上がった土の山へ指先を持っていき、頂上の部分を払えば、土の中から何か動く塊がでてきました。しかしよくみますとこれもまた土です。土で出来た人、ゴーレムでしょうか。
不思議な物を目の当たりにして言葉がでないのですが、土の人形は頭と思われる部分を見上げるような格好をし、私の事を見つめて来ます。
お互いに無言で顔を見交わしていると、土の人形の方が先に右手のような部位を手招いてこちらに寄るように合図を送ってくるのです。とっさに右掌を差し向けると、今度は頷くように二三回、頭部を上下に動かしました。
「ーーシニフェ様?」
近視感のある動きに思わずその人形を私の目線まで持ち上げていうと、その人形は私の鼻の頭に抱きつき言いました。
「さすが俺のエノーム」

顔もない土の人形は、表情もない、温度もない、出て来た声も初めて聴くものでしたが、私の掌にいらっしゃるのはまぎれもなく私の主人です。
「一体どうしたんです?このように可愛らしいお姿になって」
「ん?可愛いか?これ?」
「はい。掌に乗れてしまうなんて砂糖細工のようです」
「鏡を見てないからなんとも言えないなぁ」
そう仰ると、シニフェ様は反対側を振り向きました。
「アルダーズ、賭けは俺の勝ちだろ」
「そうだな」
シニフェ様のお姿をしていたアルダーズは苦笑いをしながら首を竦めました。

「賭け?」
私が聞き返しますしたが、それに答える人はいません。
アルダーズは向かい合う私と同じように左掌を上にして何か呟くと、私の掌の上にいらっしゃったシニフェ様はアルダーズの方へ瞬時に連れて行かれました。
「っ!?」
「お前なら絶対に見分けるとシニフェが言ったのだが、本当に見つけ出すとはな。まぁ楽しませてもらった」
と、シニフェ様の上に手をかざしたかと思った瞬間、土の人形が崩れ落ちました。
「何を?!」
「2人で賭けをしたのだ。そしてシニフェが勝った」
「何を賭けたのです?」
「分かるだろう?なぁ、エルフよ」
アルダーズがそう言って指し示した先にいたペルソンが叫びました。
「エノーム君、下がって!」
その声と同時に、縄のような物を胴体に巻き付けられた私の体はプラン達の方へ引っぱり戻されました。

吹っ飛ぶように取れ戻された私をプランが上手く受け止めてくれ、正面を見返すと、アルダーズが黒い粘着質な物、タールの塊のようになりました。そして磁石に引き寄せられる砂鉄のように空中から無数の粒が、その塊に吸い込まれて行きます。
その光景を耄けたように目にしているとおかしなことに、ここ数日だってお側に居られなかったのは変わらないのに、お顔が見えなくなったのがとても恐ろしいのです。
その顔が見えなくなるだけでこんなにも悲しいのです。
「プラン、シニフェ様が」
「うん」
「たった今まで、この掌にいらっしゃったのに」
「うん」
「また…」
「大丈夫でしょ!予定通りだよ!」
弱音を吐く私を叱咤するようにプランは私の背中を叩きます。
大分力強く、音がなるほどの力で。
しかし、その痛みで自分が発した言葉にハッとしました。なんて情けない。
「すみません、情けない事を言いました」
「ううん。アレに近寄れただけ凄いと思う。僕は怖くて近寄れなかったから。ーーフォジュロン達も言ってた」
「アレ?」
私が聞き返すと、プランは黒い塊を指差しました。
「あんな不気味な闇の塊にエノームが普通に近寄るんだもん」
「闇の塊になったのはたった今のことでしょう。それまではシニフェ様のお姿でーー」
私のその台詞にフォジュロン氏もペルソンも、そしてクーラッジュまでもが首を振りました。

私は今まで幻覚を見ていたと全員が言うのです。
ここに辿り着いて、私だけが一直線に進んで行き、そうしてあの塊に向かって何かを話しかけていたと。
目の前にいたアルダーズが入っているシニフェ様の姿を見ていた人は誰もいないというのです。
そんなはずはありません。

「ペルソン、アルダーズはありゃどうなっちまってんだ?」
「ちょっと悠長にしすぎたかも☆」
「ーーエルフ殿、ドワーフ殿、私のご主人様がアレだっていうんですか」
「どうだろうね☆エノーム君は今まで会話出来てたみたいだけど」
蒼ざめたペルソンは私の方を見ました。

「……あの黒い塊とは別になっていたシニフェ様が、再び取り込まれました」
「別になってたの?どゆこと?」
「さぁ、私にもなんとも理解しがたいですが、なんでもお2人で賭けをしたのだと仰ってました。そしてシニフェ様がお勝ちになったと聞いております」
「へー、シニフェ様が勝ったんだ~。何を賭けたんだろうねぇ……僕はもうここに立っているだけで震えてくるよ」
「プラン坊ちゃん奇遇だな!ワシもだ!こんなん見んのは初めてだ!」
フォジュロン氏は口ではそう言いつつ、熱り立つように挑戦的に両頬を持ち上げるとクーラッジュの持っていた槍の持ち手の先に手を付けました。

「英雄の坊ちゃん、いいか、一回こっきりだ」
「はいっ!」
「ペルソンも準備出来てっか?」
「こんなの何年ぶりだろうね☆ちょっとワクワクしてるよ」
「ったく、ガスピアージェの坊ちゃんとプラン坊ちゃんもいいか」
「うん」
「はい」

私たちがそんな話をしている中、塊はどんどん周囲の力を取り込み、とうとう3本の首を持った蛇の姿と変わりました。もう言葉を発する事もなく、黒いタールを涎のようにボタボタと落としながらこちらを睨むのです。
ぬめぬめと這うように黒い影がこちらに向かって詰め寄ってくるのを避けるながら私たちはそれぞれの役目を果たすべくそちらに走りだしました。
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