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私の主人、約束の地に降り立つ

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早くしなければ、早く行かなければ。
気持ちばかり急いてしまい落ち着きません。エルデールでクーラッジュに状況を説明して3日後私たちはラ・トゥールに向かって出発しました。
ペルソンが動かす魔導車に対し『もっと早く』と注文をつけたい気持ちと、役に立てない今は何かを乞える立場でもないという自虐的な気持ちが鬩ぎ合ってせめぎあっています。

「どうしたのさ、エノーム」
私の気持ちを知っているかのようにプランが声をかけてくれました。
「いえ、何も出来ないのがもどかしくて」
「わかる!でもぉ、エノームは何も出来なくないじゃない。この先でもエノームが居なきゃシニフェ様は助けられないんだよ?僕の方が役立たずだよ~」
「いんにゃ、プラン坊ちゃんも必要だ。プラン坊ちゃんが居らんと…」
そう言ったフォジュロン氏の視線の先にはクーラッジュがいました。

「ガスピアージェ様、グロワ様、それにしてもあの日のご主人様も腰が抜けそうになる程に佳麗でしたね。見慣れていた訓練場のはずですが、グランメション様が石の上に腰掛けていらっしゃるだけで風光明媚な景色となっていました」
フォジュロン氏もペルソンもクーラッジュの前向きな特殊思考は理解出来ないようです。
「あ、うん。クーラッジュ、元気だね」
「はいっ!ご主人様に会えると思いますと、それもこんな不思議な槍を使ったプレイが出来ると思うと、心躍ります。僕の手でご主人様に突き刺すんですよ?」
「……ぷれい…」
どうしましょう、本当にこの思考回路。
ちょっ眠っていただきましょうか。
「英雄君は変わった子だね☆ フォジュロンが言ってる事もあるけど、作戦上でも筋肉君はいないとダメだよ」
「どうして~?僕は魔法的な事じゃほとんど役に立てないよぉ」
「いやいや、この間も言ったけどラ・トゥールは精霊が多いからほとんどの魔法が干渉されるから使うと体力持ってかれるからね。多分シニフェ君の体に槍を指したら、英雄君も僕も、それにエノーム君も意識なくなっちゃうだろうし、作戦がうまく出来てシニフェ君が助かったとしてもーー」
「助かるに決まっているでしょう?」
「ゴホン。シニフェ君が助かっても絶対すぐには動けない。そうするとフォジュロンと君が僕らを担いでくんなきゃならないからね」
「その上ラ・トゥールは崖だ。多分、衝撃で崩れるだろうからな、その中で皆をワシら2人で担いで走るしかねェぞ」
ガハハ、とフォジュロン氏は笑いました。
その光景を想像するに笑い事ではないですが、そんな笑い声は急いている私の気持ちを幾分か和らげました。



そうして2日してようやくラ・トゥールに辿り着いたのです。


フォジュロン氏の言葉通りそこは崖がありました。崖がある、というよりも岩場しかない草すらない場所でした。
精霊が居るのにこんなにも寂しい場所があるのでしょうか。
こんな何もない場所に……

そう思いながら視界の先に広がる蕭索たるしょうさくたる風景の先に、見慣れたお姿が見えました。
見間違うはずもございません。
風に靡く後ろ姿を見て思わずお名前を呼びそうになりました。
しかし、今あの方は別の人間なのだと思うとあの名前を口には出来ません。
ここは私が率先して近寄るべきではない、とペルソン達を待つため歩を緩めると視線の先に居たあの方はこちらを振り返りました。
距離が離れているせいでしょうか。
少し間が空いてから、手を挙げられました。


「遅いじゃないか!」
いつもの口調でおっしゃるその表情は、魔王が入った直後の威圧感はなりを潜め、見知ったものでした。
「この僕を待たせるなんて、僕を誰だと思ってるんだ。エノーム?」

その声を聞き、不覚にも目頭が熱くなってきます。
「お待たせしてしまい申し訳ございません」
「ああ」
「お体は、もうよろしいのですか?中に入ったアルダーズはどこへ」
「大丈夫だ。それにしてもお前達は何故こんなに時間がかかったんだ?」
「いえ、アルダーズをシニフェ様のお体から出す方法を考えていたんです」
私が答えますと「そーか、そーか」と言って私の頬を撫でると微笑み、口を開かれました。
その微笑みは穏やかですが、今まで向けられた事がない顔です。優雅さで私を叱責してくるような別次元の存在を見ている気がしてきます。

「せっかく考えてくれたが、それは必要なくなった。ーーアルダーズと俺の思いは同じだった」
同じ?
「アルダーズが俺に力をくれると言う。だから、やっぱり俺は世界を征服しようと思う」
そんなことをおっしゃるハズがありません。
「ーーずっと嫌がっていらっしゃったと記憶していますが」
「処刑されたくなかったからな。でもなアルダーズに聞いたら今のクーラッジュの状態ならアルダーズと完全に融合できてる俺の敵じゃないらしい。負けないのであれば遠慮する必要はないだろ」
目の前に居るのは、違う方です。やはりアルダーズなのです。
こんなこと言うはずがありません。
なぜわざわざシニフェ様のフリをするのでしょうか。

私が答えずに居ると、目の前の方はまた顔を先ほど見ていた海の方を向いてしまい、表情を見る事が出来なくなりました。
私は返答する言葉を考えながら、すこし周囲を見回します。
目の前の方はシニフェ様ではありませんが、お近くに居るはずなのです。
なんとなく、という不確かな確信です。それこそ物心つく前から一緒に居たのですから、その気配を感じるようになっても不思議ではないでしょう。

崖というにふさわしい岩場には足下に土の山が少しだけある他には、相変わらず草の一本もありません。
気のせいなのでしょうか。
目玉をせわしなく動かしていると、また問いかけられます。

「……お前はシニフェが世界を支配したいと言ったら止めるか?」
「いいえ?お手伝いを出来る限りしますけども」
「即答か!ははっ」
「勿論です」
「共に悪事に手を染めると?」
「私のしたいことはシニフェ・グランメション様が望む事を一番にお手伝いする事ですので。シニフェ様が悪役になると言うのでしたら、私はそれを全面的にお手伝いさせていただきますし、悪人にだってなりますよ」
私の答えを聞くと、再びこちらを向きました。
「悪役でも良いと?」
そう確認されました。
「……私にとってはシニフェ様が『悪役令息』というものだろうが、なんだろうが、それは問題ではございません。ご一緒させていただき、側に居させていただく事だけが重要なのです」

ずっと思っていた事を白状して、私は目の前の人の足下に跪きました。
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