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1 親しくなりたくない同僚
第4話
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石田屋に向かう前に、周辺を散策してみることにした。
はじめて訪れた土地であり、建ち並ぶ家屋は年季の入ったものが目立った。
道はどれも緩やかな坂だった。
平らな道があると思うと、短い階段があちらこちらに現れた。坂を上るか階段を上るか。電動自転車をよく見かけ、いくつも上り下りするうちに少々うんざりする。
どこの階段も、数えてみると十三段だ。
意識していなかったが、十三段というのはありふれているのかもしれない。
紅緒はスマホで地図を確認する。
太い道に沿って歩けば目指す石田屋に到着できそうだ。
地図の上ではまっすぐな道でも、実際に歩くと坂と階段が入り交じっている。石田屋が見えてきたときには、紅緒のひたいにうっすらと汗が浮かんでいた。
店に入る前から、紅緒は口元をほころばせていた。
ガラスの引き戸の向こう側に、栗饅頭が大量に売っている。
看板商品とホームページで見ていたが、ばら売りから進物扱いのものまで取り揃えられていた。その光景に胸が躍る。
「いらっしゃいませぇ」
女性店員の高い声に出迎えられた紅緒は、すでに買うものを決めていた。
ショーケース内で進物と書かれている箱を指差す。
「こちら二箱お願いします」
「お包みしますか?」
「はい」
紅緒は即答する。誰かに進呈する予定はまったくないが、気に入ったお菓子を包んでもらうだけでもわくわくする。
包んでもらう間、ショーケースでほかの商品を眺める。
「ほかはよろしいですかぁ?」
進物を包んだ店員が、紙袋を用意しながら尋ねてきた。
「あ、すみません、羊羹もひとつ……羊羹はそのままでいいです」
とっさに目の前に展示されている羊羹を注文していた。せっかく店まで足を運んだのだ、と買い物が増えてしまった。
「はぁい」
進物のように包まなくていい、と頼んだつもりが、店員は羊羹をそのまま突き出してきた。
間違っていない、確かにそのままだ。
受け取ってトートバッグに突っこんでいると、栗饅頭の入った紙袋が差し出された。
紅緒は上機嫌で店を後にする。
部屋で延々と栗饅頭を食べられるのだ、いまから楽しくなってきた。
紅緒は往路とは違う道に入っていった。
店を目指したときに見ていた地図では、どこをどう歩いても大通りにつながる。大通りに出たら、最寄りの沿線駅はすぐ――のはずだ。
確か、そうだった――はずだ。
スマホはトートバッグのなかで、片手は紙袋でふさがっている。地図の確認ができなくもないが、それほど複雑な道でもない――はずだ。
「運動したら、もっとおいしくなりそう」
迷ったら、引き返せばいい。
緩い傾斜を上って足がだるくなったころ、道が下っていく。あちこちにある階段を上り、下り、そこでもまた段数を数えていた。
どこの階段を上り下りしても十三段だ。
上って下りて、上って下りて。
十三階段が不吉なものだというなら、これだけ上り下りしている紅緒はどれだけの目に遭うのだろう。
「うわ、これはちょっと」
目の前に立ちふさがる階段を見上げ、紅緒はすっかり温まっている胸を上下させた。勾配が急で、階段というより壁だ。普段だったら迂回路を探すようなものだった。
しかしいまの紅緒には、栗饅頭と羊羹がある――が、数段で後悔していた。階段はまだまだ続き、建物でいうなら三階くらいの道のりだ。
後悔して振り返ると、地元のひとだろう通行人が続いていた。
ワンピースを着たその女性は、すいすいと階段を上ってくる。
もう上りたくないが、意地になってきた紅緒は階段を上っていく。休んだり速度を落とすのはいやだった。
上りきったときには、紅緒の心臓はばくんばくんと激しく重く打ち、息は乱れている。
あのひとはどうだろう――振り返ると、先ほどの女性の姿は見えなくなっていた。
階段の途中、わきに入る細い道がある。そこを進んでいったのかもしれない。自分の荒い息で、その足音にまったく気がつかなかった。
「あー、もー」
ほかにひとがいないとわかり、紅緒はその場で深呼吸をはじめる。
深呼吸をくり返すうちに、汗の粒がひたいから流れていった。
足の下には急な階段がある。数える。
「十三段」
紅緒は袖口で汗をぬぐう。
「ここも十三段かぁ」
あたりを見回すと、まだ奥に進めそうだった。
家屋だけでなく、道の様子も荒れたものになっている。古い印象がさらに強まった。坂と階段が交じり合った場所だ、なかなか改装や補修工事もできないのかもしれない。こんなに入り組んだ地形に重機をどうやって入れるのだろう。
ところどころ剥がれた石畳を進む。
雑草が亀裂から顔をのぞかせ、体重を乗せると足下の石が不安定に動く。
「このあたりに住んだら、足腰強くなりそう」
呼吸は整っているが、のどが渇き頭がぼんやりしてきていた。熱中症、という言葉が頭をよぎる。和菓子だけでなく、どこかで飲み物も購入しておけばよかった。
「自販……は、ないか」
ほしいときに限って見当たらない。
さらに足を動かすと、短い階段があった。その先は公園らしく、背の高い木々が日をさえぎっていた。
はじめて訪れた土地であり、建ち並ぶ家屋は年季の入ったものが目立った。
道はどれも緩やかな坂だった。
平らな道があると思うと、短い階段があちらこちらに現れた。坂を上るか階段を上るか。電動自転車をよく見かけ、いくつも上り下りするうちに少々うんざりする。
どこの階段も、数えてみると十三段だ。
意識していなかったが、十三段というのはありふれているのかもしれない。
紅緒はスマホで地図を確認する。
太い道に沿って歩けば目指す石田屋に到着できそうだ。
地図の上ではまっすぐな道でも、実際に歩くと坂と階段が入り交じっている。石田屋が見えてきたときには、紅緒のひたいにうっすらと汗が浮かんでいた。
店に入る前から、紅緒は口元をほころばせていた。
ガラスの引き戸の向こう側に、栗饅頭が大量に売っている。
看板商品とホームページで見ていたが、ばら売りから進物扱いのものまで取り揃えられていた。その光景に胸が躍る。
「いらっしゃいませぇ」
女性店員の高い声に出迎えられた紅緒は、すでに買うものを決めていた。
ショーケース内で進物と書かれている箱を指差す。
「こちら二箱お願いします」
「お包みしますか?」
「はい」
紅緒は即答する。誰かに進呈する予定はまったくないが、気に入ったお菓子を包んでもらうだけでもわくわくする。
包んでもらう間、ショーケースでほかの商品を眺める。
「ほかはよろしいですかぁ?」
進物を包んだ店員が、紙袋を用意しながら尋ねてきた。
「あ、すみません、羊羹もひとつ……羊羹はそのままでいいです」
とっさに目の前に展示されている羊羹を注文していた。せっかく店まで足を運んだのだ、と買い物が増えてしまった。
「はぁい」
進物のように包まなくていい、と頼んだつもりが、店員は羊羹をそのまま突き出してきた。
間違っていない、確かにそのままだ。
受け取ってトートバッグに突っこんでいると、栗饅頭の入った紙袋が差し出された。
紅緒は上機嫌で店を後にする。
部屋で延々と栗饅頭を食べられるのだ、いまから楽しくなってきた。
紅緒は往路とは違う道に入っていった。
店を目指したときに見ていた地図では、どこをどう歩いても大通りにつながる。大通りに出たら、最寄りの沿線駅はすぐ――のはずだ。
確か、そうだった――はずだ。
スマホはトートバッグのなかで、片手は紙袋でふさがっている。地図の確認ができなくもないが、それほど複雑な道でもない――はずだ。
「運動したら、もっとおいしくなりそう」
迷ったら、引き返せばいい。
緩い傾斜を上って足がだるくなったころ、道が下っていく。あちこちにある階段を上り、下り、そこでもまた段数を数えていた。
どこの階段を上り下りしても十三段だ。
上って下りて、上って下りて。
十三階段が不吉なものだというなら、これだけ上り下りしている紅緒はどれだけの目に遭うのだろう。
「うわ、これはちょっと」
目の前に立ちふさがる階段を見上げ、紅緒はすっかり温まっている胸を上下させた。勾配が急で、階段というより壁だ。普段だったら迂回路を探すようなものだった。
しかしいまの紅緒には、栗饅頭と羊羹がある――が、数段で後悔していた。階段はまだまだ続き、建物でいうなら三階くらいの道のりだ。
後悔して振り返ると、地元のひとだろう通行人が続いていた。
ワンピースを着たその女性は、すいすいと階段を上ってくる。
もう上りたくないが、意地になってきた紅緒は階段を上っていく。休んだり速度を落とすのはいやだった。
上りきったときには、紅緒の心臓はばくんばくんと激しく重く打ち、息は乱れている。
あのひとはどうだろう――振り返ると、先ほどの女性の姿は見えなくなっていた。
階段の途中、わきに入る細い道がある。そこを進んでいったのかもしれない。自分の荒い息で、その足音にまったく気がつかなかった。
「あー、もー」
ほかにひとがいないとわかり、紅緒はその場で深呼吸をはじめる。
深呼吸をくり返すうちに、汗の粒がひたいから流れていった。
足の下には急な階段がある。数える。
「十三段」
紅緒は袖口で汗をぬぐう。
「ここも十三段かぁ」
あたりを見回すと、まだ奥に進めそうだった。
家屋だけでなく、道の様子も荒れたものになっている。古い印象がさらに強まった。坂と階段が交じり合った場所だ、なかなか改装や補修工事もできないのかもしれない。こんなに入り組んだ地形に重機をどうやって入れるのだろう。
ところどころ剥がれた石畳を進む。
雑草が亀裂から顔をのぞかせ、体重を乗せると足下の石が不安定に動く。
「このあたりに住んだら、足腰強くなりそう」
呼吸は整っているが、のどが渇き頭がぼんやりしてきていた。熱中症、という言葉が頭をよぎる。和菓子だけでなく、どこかで飲み物も購入しておけばよかった。
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ほしいときに限って見当たらない。
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