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第二部

第八話 襲来

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 天宮に転入して、約二ヶ月が経過した。

 特別クラスでの授業に追いつけるようになったり、未玖から『絶対治癒』の使い方を教えてもらい上手く使えるようになったりと、私も成長し、依世ちゃんも式神(わたあめという名前にしたらしい)の影響でか、授業をサボることも少なくなった。

 春蘭祭の準備は進めるものの、通常授業も並行して行われる。今日は《あやかし》について学んでいた。

「《あやかし》は人よりも前からこの国にいる特別な力を使う生き物のことを指している。《あやかし》に対抗するべく立ち上がったのが《あやかしり》と言って、君たちみたいに異能を持つ人間だ。あ、ここテストに出るからね」

 私はノートに書き留める。

(《あやかし》と《妖狩り》……っと。よし、覚えた)
「ここ最近は《あやかし》も数が減って、それに比例して《妖狩り》や《あやかし》による被害も減ってるんだけど……ゼロではないんだよね。今の《妖狩り》は帝都特別異能部隊という帝直属の少数部隊の通称だよ。異能があるのはもちろん、知識と実力、今は魔力量や魔法の技術も必要とされている、超難関部隊だ」

 覚えることが多いので、必然的にノートに書き留める量も増える。お屋敷に帰ったら、すぐにまとめなければ。《妖狩り》と帝都特別異能部隊のことをまとめておくよう、別でメモをした。

「《あやかし》は発見し次第《妖狩り》が狩るんだけど、高位の《あやかし》は街に出ることもある。その時には異能持ちの君たちが緊急時にのみ対処することがあ」

 そこで、鈴先生の説明が途切れた。説明するどころではなかったのだ。ーー天宮が、地震ではない何かによって大きく揺れたのだ。

「! みんな、姿勢を低くして……!」
(何が起きてるの……っ!?)

 すると、未玖が現れて報告した。

「鈴っ! 《あやかし》だ!」
「!!?」
「《あやかし》の大群が天宮に侵入したんだ!」

 そんな馬鹿な、とみんなが思った。

 天宮の警備は完璧なはずだ。しかも、侵入者は《あやかし》の大群。《妖狩り》が対処していてもおかしくないレベルの強さと数だと未玖が叫んでいる。

(どうして、ここに……)
「みんな」

 鈴先生の雰囲気が、変わった。

 眼差しが真面目なものに変わる。

「対処、できるね」

 鈴先生は生徒の安全を確保しなければならないらしい。教師は生徒に教え、生徒を守る仕事だ。《あやかし》を狩るよりも優先順位が高い。必然的に《あやかし》と対峙するのは私たちだ、と言いたいらしい。

 だけど、私はーー

「藍」
「依世ちゃん」

 揺れる私に、依世ちゃんは手を掴んだ。

「行くよ」

 依世ちゃんの手はーー震えていた。

(……そっか)

 みんな、私と同じように《あやかし》と戦うのは初めてなんだと思うと、少し緊張が和らいだ。

『いいか藍、毒は時に薬になる。それと同じように強力な異能も扱い方を知れば自分を、大切な人を守ることのできる。今回の茜のように、藍の大切な人が危機に晒された時、藍は泣いて苦しむことしかできなくていいのか?』
『それは絶対に嫌っ!』
『だろう? ならやはり藍は元の世界に帰って学ぶべきだ。「絶対治癒」は大切な人を助けることができる。「想像顕現」は大切な人を守ることができる。攻撃するかどうかは藍が決めれば良い』

 今の私は、『絶対治癒』を使うことができる。大切な人を、守り、助けることができる。私が天宮に来たのは、誰かを傷つけないためだ。

「……わかった、私も、行くよ」
「よし。じゃ、時間もないし、窓から飛び降りるぞ」
「オッケー、嵐真。……藍、行くよ」
「…………え?」

 依世ちゃんに引っ張られ、私は窓から飛び降りた。

「え……きゃああああああっ!!!」
(怖い怖い怖い怖い!!!)

 心臓が持ち上がるような感覚がして、恐怖が襲う。だが、みんなは平然と飛び降りている。

教室ここ、四階だってわかってる!?)

 いや、絶対にわかっていないだろう。もっと言うならば、気にしていないだろう。普通、落ちたら死ぬってわかっているのだろうか。

「依世、出せ!」
「わかってるわよ! 『夢遊空想 境目ハーフ』!」
境目ハーフ……?)

 依世ちゃんが『夢遊空想』を展開し、私はかすり傷ひとつなく地に足をつけた。

 『夢遊空想』は異能空間のはずだが、現実世界に領域魔法エリシュアンデスと同じようなことをしたのだろうか。

(あの状況下の中、異能の即時展開……やっぱり依世ちゃんはすごいです)
「嵐真と綺更は攻撃に入って! 私と紡葉は後援に入る! 依世! そこで藍と一緒に怪我人の回復をお願い! みんな、行くよ!」

 咲音ちゃんの的確な指示により、《あやかし》の討伐が始まった。

「藍、私が怪我人を出すから、『絶対治癒』で回復させて。……転移魔法シュリアノス

 次々に怪我をした天宮生が依世ちゃんの転移魔法シュリアノスの応用により、運ばれてきた。私は急いで『絶対治癒』を使う。

(突然始まったけど、みんな、大丈夫かな)

 私は『絶対治癒』をかけつつ、攻撃部隊に視線を移す。そこでは、激しい戦闘が行われていた。

「『皇孤龍神』創造魔法エルノアス

 嵐真くんはらい創造魔法エルノアスで創った武器で《あやかし》を。

「『暗影光煌あんえいこうこう』」

 綺更くんの異能は光と影を操るものなのか、影で拘束し、光で攻撃している。

りん、『焔矢必中』!」

 咲音ちゃんは式神の凛の羽を使い、咲音ちゃんの異能で矢に変えた羽を《あやかし》に放つ。そして《あやかし》に必中した。

 紡葉くんはそんな三人の能力を底上げする異能を持っているようだ。

「『能力向上』」

 三人の力が先ほどよりもぐんと高まる。紡葉くんはそれを確認すると高位魔法で《あやかし》を攻撃する。

(みんな、すごいな……。他に私ができるのは……そうだ!)
「未玖」
「どうかしたか? 藍」
「みんなの補助をしてきてあげて」
「妾がしなくても、あの程度の強さならば奴らがいずれ、倒すぞ」
「私ができるのは、回復だけだから」
「『想像顕現』があるじゃないか」
「まだ上手く使えないもの」
「だが、今回の襲来は良い経験になる。妾が本気を出せばすぐに終わるが、それでは意味がない。成長できない。大丈夫だ。妾がいる限り、この学校の者は簡単に死ぬことはない」
「ほんと?」
「ああ」

 なら、未玖の言うことを信じるだけだ。

 十数分後、《あやかし》の大群は四人によって壊滅し、天宮生の無事が確認された。

 安全確保のため、天宮は今日から一週間、休校となったのだった。


 ✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎


「くそ、また仕事が増えた」

 一時間後、天宮に架瑚たちが訪れていた。

「そう言うな、架瑚。あんたの大事な婚約者の命と天秤にかけろ。このくらい、どうってことないだろ」
「夕夜と言う通りですよ。天宮が襲われる……しかも、《あやかし》にだなんて前代未聞です。早急に原因の究明と今後の対策を講じなければなりません」
「はぁ……でも、俺はまだ当主じゃないぞ? 伴侶を迎えてからだからな。少なくともまだ一年は先の話だ。なのになんで親父が行かないんだよ。五大名家の緊急集合会議だろ?」
「では、藍様が襲われた時に責任を当主様に投げつけるのですか? そのような予測が出されたため、若が出席することになったのですよ? むしろ、感謝した方がよろしいかと」
「…………」

 視線を逸らす架瑚。綟は呆れてため息を吐く。

 架瑚は天宮の地下深くにある部屋へと向かっていた。

 扉を開け、中に入る。そこには既に、複数人が座っていた。

 天宮高等学校特別クラス担当、国門鈴。
 五大名家赤羽家現当主、赤羽あきら
 五大名家青雲家現当主、青雲隼人はやと
 五大名家白椿家現当主、白椿かなめ
 五大名家煌月家現当主、煌月みつる

 そして今、五大名家笹潟家次期当主、笹潟架瑚が到着した。

「そろいましたね」
「遅いぞ架瑚」
「すまない」
「では、会議を始めよう」

 今回は鈴が進行を務めた。

「知っての通り、今日、天宮に《あやかし》の襲来がありました。数は百を超えており、これが帝のくぐったと考えるのは難しい。ーー天宮内で手引きした者、つまりは黒幕がいると考えられます」

 帝は帝都中を監視することのできる眼を保持している。その眼で《あやかし》を早期に発見し、帝直属の少数部隊、帝都特別異能部隊ーー《妖狩り》に討伐を依頼するのだ。

 天宮にいるのは厳しい選定を受けた教師と生徒、その他に警備員や清掃員、天宮に結界を張る者など、多くいる。

「数多くいる人の中から黒幕を探すのは非常に困難なことです。やるとしても、かなり時間がかかりますし、何よりその間に黒幕が姿を消す可能性もあります」

 その方法で黒幕を特定するのはほぼ不可能ということだ。だが、だからと言って見逃すわけにもいかない。

(問題は、その黒幕の目的を知ることだな)

 わざわざ警備の厳重な天宮に《あやかし》を放ったのには、何か目的があるはずだ。その目的がわかれば、架瑚たちはそれに対処することができる。

「幸いにも、天宮から死者は出ておりません。そして、盗難もありませんでした」
「何が目的か、わからないな」
「そうなんです。ただ、一つ言えるのはーー」

 鈴は数秒溜めて言った。

「今回のは、軽い『実験』だった可能性があります」
「実験、だと?」
「ええ。特別クラスの異能でも対処できる、ということは《妖狩り》ならば数秒で狩り終えるはずです。特別クラスの力量を試した可能性があります」
「……目的の邪魔となるのが、特別クラスということか」
「はい。おそらくは」

 今回の襲来で、特別クラスの生徒全員が異能を発動させた。依世は『夢遊空想』の第二展開である境目ハーフも使っている。

(手の内を見せてしまったことになるのか)

 これは大きな痛手である。

「一ヶ月後には帝都一大規模な学園祭ーー春蘭祭しゅんらんさいが開催されます。その時に狙われる確率が高いかと」

 春蘭祭には多くの人が訪れる。ここで《あやかし》が今回以上に襲来すれば、死傷者が出かねない。中止すれば良いだけの話だが、それによって天宮生の楽しみを奪うことになる。

(そんなの、だめだ)

 架瑚は藍との会話を想起する。

『そんなに楽しみなの? 転入するの』
『はい! だって、夕莉以外の友達も作りたいし、学園祭が何かを知りたいんです!』
『あれ、晴宮にはなかったっけ?』
『あ……いえ、あったのですが……私は参加させてもらえなかったので』

 その時に見せた悲しそうな笑顔を、架瑚は今でも覚えている。

「俺は……」

 藍のやりたいことを、できる限り全て叶えてあげたいと、架瑚は思っている。

「春蘭祭は、やるべきだと思う」
「気持ちはわかるけど、でも……」
「ああ。《あやかし》の襲来の可能性が高い。ーーだからこそ、やるべきだと思う。俺は、この襲来が、後に帝都中を巻き込む恐ろしいものになると思っている」
「!」

 五大名家の子息、息女が通う天宮に手を出す行為は、五大名家を敵に回すことに等しい。喧嘩を売っているもの同然の行動である。

「だが、死傷者が出たら取り返しがつかないぞ」
「重々承知だ。……だから黒幕を逃すのか?」
「っ!」
「天秤にかけてみろ。数人の命か、帝都中の民の命を。死傷者が出ないのが一番だ。だが、もし出るのならばなるべく少ない方がいい。それは皆、変わらないだろう?」
「…………」

 架瑚だって、死傷者など出したくない。

(だが、俺たちは五大名家だ)

 帝都の民のために行動しなければならない。

「どうします?」

 鈴の問いに、誰も答えない。

 だが、もう答えは決まっていた。


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