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第一部
30.よし、できた
しおりを挟む「奴隷、契約……」
「そうだ。俺は奴隷契約を結ばれている。だから、命令に逆らうことはできない。よって暗殺をやめることもできない」
奴隷契約。
【契約】はあるが、まさか商談以外にもそんなものが……と、転生者でなければ言うだろう。
転生者でなければ、ね。
前世の小説であった奴隷契約。
まさかこの世界にもあるとは……。
しかしそれなら話は早い。
すぐに終わりそうだ。
「だからお前に死んでもらわないと、俺が殺され―――っておい。聞いてるのか」
「聞いてるわよ」
前世で何度もね。
「……なにをする気だ」
「? 簡単なことよ」
魔力のめぐりを良くさせ、感覚を研ぎ澄ませていく。
初めての試みなので成功するかはわからないが……まあなんとかなるだろう。
色ありキャラクターが失敗するのは悪役ぐらいだからね。
「痛くても我慢してね」
「なにを言って……」
「黙ってて」
「……!」
少年に静止をかけ、集中する。
―――やるか。
「【全ての契約を司る者よ。ユリアーナ・リンドールの名にかけて、我は、汝の力を欲する者なり】」
久しぶりの詠唱だ。
面倒だが今回は仕方がない。
無詠唱の利点は発動までの時間が一番短いことだ。
しかし、詠唱することにより得られる高い正確性は無詠唱だと削がれるので、戦闘時には詠唱と無詠唱の利を兼ね備えた短縮詠唱を用いられることが多い。
普通、詠唱は全ての魔法で必須らしい。
つまりほとんどの魔法を無詠唱で使う私は異端児ということだ。
未来の読書時間のために頑張りすぎてしまった。
少し反省だ。
普段は異端児とバレないために短縮詠唱している。
なっがいなっがい詠唱は久しぶりである。
「【汝に捧ぐは我が魔力。】」
魔力は大量にある。
ほしいだけ捧げることはできるだろう。
「【汝の力を、拝借せん……!】」
魔法陣が完成する。
私は少年の心臓付近に手をあて、最後の詠唱をした。
「【破却】」
「~~っ、ぁ、うぁああ……っ!」
少年が悶える。
痛みは相当なものだろう。
なにしろ、契約を他者が勝手にいじるのだから。
それに少年は主人ではなく奴隷の方だ。
契約違反時の処罰も含む痛みが襲っている。
―――早めに解かないと。
私はさらに魔力をこめる。
だが、ギリギリのところで壊せない。
このままじゃ、少年が苦しむだけだ。
―――なら……!
「少年、少しいい?」
「~~っ、なん、だ……っ」
この状態で会話できるのか。
思ったよりも耐久力があるようだ。
なんとかなるかもしれない。
「もう少しで解けそうなの。だから、【破却】にプラスしていくつか行使させてもらうわ。辛くなるかもだけど、耐えてくれる?」
「……わかっ、た。た、のむ」
「ありがとう」
魔力を惜しまずやるとしますか。
「【解呪】【解放】」
できるだけ奴隷契約を解く形で発動させる。
だが少年の契約はとてつもなく硬く、主人が【破却】しなければ無理そうなことがわかった。
―――まずいな。
少年は限界に近い。
一番やりたくなかったが、あれしか方法はなさそうだ。
「……ごめんなさい。私の力でこの契約は解けそうにないみたい」
「っ、そう、だろうな」
その言い方だとおそらく、自力で解こうとしたことがあるのだろう。
「だから、契約を上書きさせてもらうことにするわ」
「上、書き……?」
「えぇ。主人を取り替えるのよ。今のあなたの主人と、私を」
上書きすれば、簡単に奴隷契約は【破却】することができるだろう。
「安心して。奴隷契約はすぐに【破却】するから。それに、私が上書きするのは主人の名前だけじゃないわ。契約内容もよ」
「契約、内容……?」
「簡単に言うと、一時的に眷属契約を結ぶの。もちろん奴隷契約と同じようにすぐに【破却】する。許して」
他者を縛り支配する契約にはいくつかの種類がある。
一番束縛の強い契約《もの》が奴隷契約だ。
主人に逆らえば処罰《しつけ》がいくようになっており、少年には基本的に自由がない。
少年の同意なしに契約することができるため、奴隷契約と呼ばれている。
次に束縛の強いのは主従契約だ。
両者の同意によって成り立つ契約で、従僕が主人への忠誠を誓うことによって契約が結ばれる。
従僕にはある程度の自由が許されており、主従契約でトラブルになる事例は少ない。
私の結ぼうとしている眷属契約は、奴隷契約や主従契約よりも比較的自由が許されているものだ。
眷属契約は奴隷契約と同じように両者の同意なしに結ぶことができるが、どの契約とも違うことがある。
眷属となった者に主人の魔力の一部を使うことができるようになるのだ。
「【顕現】」
魔法を発動させる。
少年に巻き付く鎖が見えた。
奴隷契約の証拠である鎖だ。
「【破壊】」
ひびを入れ、契約の書き換えを行う。
「【契約】」
「~~っ!!」
一瞬の光と共に【契約】が終わった。
少年の中に私の魔力が入っている。
契約が成功した証拠だ。
―――よし、できた。
私と少年の眷属契約は成功した。
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