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第一部
65.それはそうだけどさぁ
しおりを挟む「私は貴族向けに孤児の人身売買を行なっています。買い手の多くが養子目的です」
子供が欲しくても産めない貴族の夫婦は少なからずいる。
後継を考えると、子供は必要だ。
だから養子を取るのだが、後継が養子だと知られたらその家の権威は落ちる。
血筋が絶たれるからだ。
―――本当に面倒だよ、お貴族様は。
貴族は「本家」や「純血」をこだわる。
養子であると公にできるのはその人が相応な実力を持っている時だけだ。
「孤児院で孤児を養子にすればすぐに知られてしまいます。だから貴族は裏側で孤児を買う、人身売買と呼ぶもので養子を手に入れます。その業界の一つに、私がいます」
やはりエヴァ以外にもいくつか人身売買を行っているのがあるみたいだ。
「取引相手のことはよく調べていますから、孤児が不当な扱いを受けることはあまりありません。定期的に様子を見に行っているので、あったとしてもすぐに対処しています」
「ふぅん」
「あまり信じていないようですね」
「当たり前でしょ。他人なんだから」
「警戒心が高いのはいいことです」
―――怒られるかと思ったけど……あっさりとしてるな。
だが、警戒を持たなければ命が危ないのが裏社会だ。
エヴァにとっては普通なのだろう。
「人体実験をしてるって聞いたけど、どういうこと?」
「愚弟からお聞きに?」
「それ以外にいるとでも?」
「必要のない問いでしたね。申し訳ございません。……先ほども言いましたように、買い手の多くが貴族です。未来で仮にも貴族となる人物の魔力がなければ怪しまれます」
「だから人工的に魔力投与をするの?」
「はい。時々、身体に侵入してくる魔力に耐えられず死を迎える子供もいます」
「っ……」
魔力投与。
魔力枯渇などの緊急事のみ使う薬のようなものだ。
普段から魔力に慣れている貴族は負担が少ないが、平民の体に入れば死の危険がある。
―――魔力なしの貴族だと怪しまれるのはわかるけど……いくらなんでもひどいよ。
他には何をしたのだろう。
「魔力濃度はどのくらい?」
「中の弱、というところです」
「……平民が耐えられるギリギリね」
「はい。ですが、徐々に慣らすのでは時間がかかり過ぎますし、耐えることができれば魔力に多少なりとも耐性があるということです。いわばこれは選定。必要なことです」
―――選定、か。
嫌な言い方をする。
まるで選ばれなかった人は不要物と言っているようなものだ。
「ひどいと思いますか?」
「正直に言えばね」
「それが常人の考えです」
「……ねえエヴァ。今あなた、自分は異常だって言ったことわかってる?」
「裏社会で生きる人間がまともだとでも?」
―――それはそうだけどさぁ。
エヴァの言うことは正しい。
だけど普通じゃない人の正しいは本当に正しいのだろうか。
「……数字で管理しているみたいだけど、ルアみたいに名前を与えられている子の違いってなに?」
「才能や実力を見込んでこちら側の世界の住人になってもらった子には名前をつけています。見た目や特技が大抵の由来です」
「ルアをクロウと名付けたのは何故?」
「隠密行動と暗殺に長けた子ですので、闇で生きる鴉になってほしかったのでクロウ、と。現に常闇の鴉と呼ばれるほどに成長してくれました。嬉しいことです」
あなたの弟なのよね、とは言えなかった。
常人の考えが通じるとは思えなかったからだ。
「父親が同じなんでしょ? 正妻と側室の違いはあるかもしれないけれど、ルアまで魔力投与する必要はあった?」
「平等に行え、と先代から言われていますので」
―――先代……父親か。
「お父上は今なにを?」
「色々やってますよ。本当にいろいろです。表社会にも裏社会にも顔を出しています。先代が孤児の生活をより良いものにするために始めた人身売買で、私はそれを引き継いだだけ。金儲け目的でないことは理解してほしいです」
「……取引相手は養子縁組目的の貴族だけ?」
「それが大半です。すべてではありません」
つまり、劣悪な環境にいる孤児もいるということだ。
―――むかつく。
そんなことが起きていることが許せない。
何より、何も知らずに生きていた私が一番許せない。
「……資金援助をするわ」
「どういうことですか?」
「そのままの意味よ。その代わり、養子縁組目的以外の買い手は今後なくして」
「本気ですか?」
「本気よ」
今の私にできることは、それぐらいだ。
「……また今度でもよろしいでしょうか。即決できることではありませんので」
「わかったわ。でも早めにして」
「承知しました」
とりあえず人身売買のお話は終わりだ。
契約内容はまだもう一つ残っている。
「では最後に、私から見たユリアーナ様についてですが―――ユリアーナ様は、非常に子供らしいお方だと思っております」
―――え? 子供らしい?
私が求めていたのはもっとこう、やべぇ奴とか、巻き込まれ体質とか、そういう世間一般的に、この世界を第三者から見た視点なのだが……。
まあでも、こんなふうに言われることもなかなかない。
今回はこれでいいか。
「それと、欲に忠実で自由奔放な印象を受けました」
―――ああ、それはそうね。うん。
ですが、とエヴァは続けた。
「どんなことからも目を背けず向き合う姿は素晴らしいと思っております」
「っ……」
そんなこと言われたのは初めてだ。
自分では全然そんなつもりはない。
むしろ逆だと思ってる。
だって私は、過去から逃げている。
「……本当にそう思う?」
「ええ。目を背けるどころか、むしろ迫ってくる感じが恐ろしいと思うほどです。裏社会の人間相手に無計画で突っ込んでくるところも怖いですね。私がユリアーナ様だったらとても真似できません」
「……褒めてないでしょ、それ」
「褒めていますよ。ただの愚人はそれで死にますが、ユリアーナ様は無事に生きています。運がいいのか、悪いのか……」
「それは褒めてないって言うの」
そのあと少し話して、エヴァは帰った。
そして私は夜、ルアを呼んだ。
――――――――――――
補足/
ルアが初めてユリアーナと会った時常闇の鴉という名前があったのに1699と名乗ったのは、本編でも言っていたようにルアは自分の名前が嫌いだったからです。
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