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第二部
100.最年少の一級魔術師
しおりを挟むアンリィリル王国西部、ドゥルカ地方。
〈精霊〉の住む地に近いこの場所は、普段なら緑豊かで明るい街だ。
だが、そんな美しい景色を想望できぬほどの光景がそこには広がっていた。
枯れた草木。
半壊した建物。
それを上塗りし、惨状を語る鈍い赤色と、鉄のような独特な匂い……。
ここにはもう住民はいない。
全員、避難せざるを得なかったのだ。
「うっわ、派手にやられてるわね」
代わりにいるのは人に害をなす獰猛な獣たちと、それに立ち向かおうとする少女が1人。
清涼な風が吹き、目深に被ったローブから素顔が露わとなった。
雪のように白く美しい髪はハーフアップにされ、精密な細工が施された銀製のバレッタは少女のために作られたものだとわかる。
澄んだ碧の瞳は見る者を引き寄せ、同じ色のブローチは陽光に反射しキラリと光った。
黒のローブは緻密な刺繍が施されており、この国で着ることができるのは少女を含めてたったの10人のみ。
ある者は「天才」と称し、
ある者は「バケモノ」だと忌み嫌う。
それが最年少の一級魔術師として名を馳せる少女―――〈氷上の魔術師〉ユリアーナ・リンドールである。
―――酷い有様。
丘の上から惨劇の跡地を見下ろすと、事の大きさを理解できた。
思ったよりも被害は深刻だ。
これは早々に片付けなければならない案件である。
今のうちに元凶である獣を退治しなければ、被害は王都にまで及ぶに違いない。
「―――ご主人様」
獣の偵察に行っていたユリが戻って来て、ふわりと地に降り立った。
「おかえりユリ。どうだった?」
「敵は5体。いずれも大型で、〈精霊区域〉に生息していたと思われます」
〈精霊区域〉は〈精霊〉やその他人間以外の生き物が入ることのできるエリアで、広さはアンリィリル王国の約3倍と言われている。
〈精霊の愛子〉でも入ることができなかった〈精霊区域〉は人類未踏の地。
人間が干渉することはもちろん、どのような世界が広がっているかすらわからない。
「厄介ね」
「はい」
理由は2つ。
1つは〈精霊区域〉に住む生き物が強いこと。
もう1つは〈精霊区域〉は〈精霊王〉によって創られた可能性があることだ。
〈精霊王〉は〈精霊〉の祖と呼ばれる〈精霊〉の王だ。
誰も見たことがないし古い文献にしか載っていないので、今ではおとぎ話の中の人物だが実際に存在していたと言われている。
―――さて、どうするべきか。
何かあった後では後悔しても意味がない。
それを私はよく知っている。
「……ユリ」
「はい」
「周りに防護結界をお願い」
「かしこまりました。森林破壊をできるだけ避けられるように強固なものにいたします」
私の魔法は威力は大きいが操作の精度がイマイチだ。
目標だけに当てようとしても、周りに被害がいくのはほぼ確実。
―――それで何度怒られたことやら……。
ずっと練習しているが、なかなかうまくいかない。
帰ったらまた頑張るとしよう。
「じゃ、やるよ」
杖を取り出し、先端の大きな魔法石に魔力を集める。
―――【紅蓮】【氷蝕】【飄風】【隕鉄】【霹靂】【燦爛】【常闇】
すべてをまとめ、ひとつの魔法へと変える。
―――そこ。
狙いを定め、七大魔法を放つ。
大きな爆発音と共に地面が吹き荒れ、土煙が周囲を覆った。
「任務完了ですね、ご主人様」
ユリがそう言うということは、無事討伐できたということだろう。
杖を消すとほっと安堵の息をついた。
すると、そばで待機していた魔法協会の職員がこちらへやって来るのが見えた。
ユリは⋯⋯すでに姿を隠しているようだ。
「討伐感謝します、〈氷上の魔術師〉様。このあとのことですが……」
「ごめんなさい。少し用事があるので家へ帰ります。獣は退治したので、下に降りても大丈夫です。報告書は今日中に送ると伝えてください」
「かしこまりました」
その人は他の職員に指示を出すと「お疲れ様でした」と言って、去って行った。
私が後ろを振り返ると土煙はもう晴れていて、残されたのは骸の家屋と、ぽっかりと抉れた地面だけだった。
―――やりすぎちゃったな……。
獣は強い。
だから、普通の魔法じゃ殺せない。
被害を食い止めるためにもここで必ず仕留めなければならなかったので七大魔法を使ったのだが、やはり五大魔法にするべきだったろうか。
―――ううっ、また怒られませんように……っ!
特にリュカ様には……と思っていると、ユリが再び現れた。
「このあとの予定は特になかったと思いますよ? どうして用事があると言ったのですか?」
「用事ならあるよ~」
「エリアーナ様たちに会うことでしたら用事には入らないかと」
「うぐっ……で、でも、ちゃんと早く帰るって約束したし……」
ユリはため息をつくと、「仕方のない人ですね」と言った。
「報告書はしっかりと書いてくださいね」
「リュカ様みたいなこと言わないでよ……わかってるって」
でも、家族に会いたいって思うのは当然だと思う。
―――言っちゃ悪いんだけど、ドゥルカ地方って結構辺境にある“ド田舎”なんだよね。
だから昨日の朝から魔法協会に行って、そこから馬車で1日中ゆらり揺られてやって来たわけだ。
道中はガタガタして全然眠れなかった。
本当に最悪である。
―――【転移】は行ったことがある場所じゃないと行けないからな……最悪だよ。
しかし、一応こういう仕事でお金をもらってるわけだし、あまり文句は言えない。
馬車で来れただけマシだろう。
魔法でずっとぶっ飛ばしていくにも、魔力切れになるのは目に見えている。
「帰ろっか、ユリ」
「そうですね。……【転移】」
景色が一瞬にして変わり、リンドール邸の庭へと【転移】した。
やっぱり魔法って便利だね。
1日かかるところを一瞬で行ける。
素晴らしい力だ。
―――報告書、書かないとな……。
憂鬱になるけれど、仕方ない。
ぐーっと伸びをして、家へと歩く。
すると―――
「おかえりなさいませ、ユリアーナ姉さま」
亜麻色ふんわりとした髪。
澄んだ空のような碧の瞳。
幼少期特有の高い声。
「フィル……!」
フィルことフィリウス・リンドール、4歳。
帰宅一番に出迎えてくれたのは、天使のように可愛い私の弟だった。
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