学園と夜の街での鬼ごっこ――標的は白の皇帝――

天海みつき

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駆引

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 根回しのおかげか。聖月たちの旅行は思いのほか早く実現した。出来るだけ早い開催を望んだ聖月と、『しみずみづき』に探りを入れたい高宮と竜崎側の意見が一致したためだ。

 夏休みが到来し、高宮と嵯峨野は他のメンバーを連れて那波の実家が所有する別荘に向かっていた。

 聖月に関わると本当にろくな事が無い、と高宮がぼやくのを竜崎は苦笑しつつ謝罪する。

 『お陰様で、実家の手伝いがとんでもなく面倒だ』
 「ソレに関しては後で埋め合わせする」
 『お前と聖、両方に貸しだ。本当はもう少し時間をかけて準備したいところなんだが』
 「アイツに下手に時間をやると、更に何をしでかすか分かったモノじゃないからな。尻尾を掴んだ瞬間に引きずり寄せないともっと面倒になりかねん」

 二人は電話越しに揃ってため息をついた。手のひらで転がされている感が癪に障るが、これ以上引っ掻き回されれば二人の精神が持たない。これぞ辛酸をなめるという事か、と実感している気分だ。聖月が絡むと毎回思う事なのだが。

 『結局、"清水美月しみずみづき"に関する情報は手に入ったのか?』
 「いや。秋が滅茶苦茶悔しそうにしてたって聞いてる。何か情報が入ったら連絡するが……」
 『相当苦労しそうだな』

 ハッカーとして非常に優秀な晴真が四苦八苦しながら情報を探しているのだが、これが全くヒットしない。しかも、タチが悪いのが、それなりの情報は手に入るという事。可もなく不可もないある程度の個人情報は手に入る。それ故に、上手くカバーされていて深い情報を手にするのが面倒なのだ。一筋縄ではいかないと報告を受けている。

 「悪いな、のお前にやらせることではないんだが」
 『おいおい、今更だぜ竜崎。ここまで来たら一気にケリつけて、なんならお前らに協力させる』

 呑気に電話をしている高宮の傍らで鬼の形相で仕事をする嵯峨野の様子が目に浮かぶようだ。

 こき使いまくっている感じしかしないが、これでも五大名家の一つ、高宮家の跡取り息子である。嵯峨野もその側近として幼少時から側に仕えて仕事をしている。実力主義の代名詞たる高宮家の仕事は簡単ではない。そんな中、個人的な事に協力させている事に流石に罪悪感はあるものの、本人がカラカラと笑い飛ばしている事と、これが聖月の仕業であれば中途半端な人間では煙に任されるという事もあり、有難く甘える事にしたのだ。

 『そろそろ着くな。また後で』
 「ああ。頼んだ」

 電話を切った竜崎は、風紀室の椅子に凭れて大きく息をついた。旅行は二泊三日。長からず短からずといったところに、なんらかの作為を感じる。しかも、高宮達の予定の関係で、一日目は昼過ぎから夕方の集合。さて、何をやらかすつもりやら、と恋人の顔を頭に思い浮かべ、思考を巡らせる。

 「やっとひと段落ぅ」

 学園祭から比べると格段に整理された風紀室に、力尽きたような声がフラフラと上がる。ぺしゃりと潰れたままの颯斗に、竜崎は思考を一旦止めて労いも込めたコーヒーを淹れてやる。

 「え、カフェインって、まだまだ仕事しろっていう暗黙の要求?」
 「疑りすぎだ」

 恨めし気にコーヒーを睨みつけられる。苦笑して、そのとなりで自分もコーヒーを啜る。手の中でコップをユラユラと動かしていた颯斗がポツリと聞いてくる。

 「何か進展するかな」
 「さぁ。でも、高宮に嵯峨野まで揃っているんだ。何かしらの情報は手にしてくるだろう」

 颯斗も心は聖月たちの旅行に飛んでいるようだ。風紀三人も本当は参加しようとしたが、流石に他の生徒の手前あきらめざるを得なかったのだ。これが高宮達の別荘だったら話は別だったのだが。

 「委員長!ちょっといいですか?」

 その時、扉が開いてひょこりと風紀委員の一人が顔を出した。手には紙を持っている。どうした、と視線を向けると困った顔で職員室からですと返される。

 「職員室?」
 「はい。誤字があるから作り直せと」

 颯斗と竜崎は顔を見合わせた。膨大な仕事量だからこそ、ケアレスミスは根絶させるをモットーに仕事をしている。何を間違えたのか、と資料を覗き込む。

 「それが、生徒の漢字表記が間違っていると」

 その指示された先を見て、二人の顔色が変わる。そこには"清水美月"と書かれていた。余りにもタイムリー。どういう事だ、と尋ねようとした瞬間、今度は勢いよく扉が開く。

 「おい誰だそんな乱暴にドア開ける奴。ドア壊したらペナルティだぞ」
 「龍!そんな事言ってる場合か!」

 息せき切って帰ってきたのは怜毅。用事で出ていたはずの彼の慌てように、竜崎の額に皺が寄る。怜毅は黙ってスマホを見せてきた。そこには、とある写真が写っていた。

 「たまたま教師に捕まってな。ついでに手をかせ、と言われて成績表を片付けて回ってた」

 そしたら、こんなものが。そう言った怜毅の顔は動揺しつつも、少しの希望に頬が火照っていて。

 映し出された画面には、"一位 "と映し出されていた。


 「思っていたよりも誤字に気付かなかったみたいだけど……そろそろネタに気付いたかな?」

 那波を利用して"しみずみづき"に誘導。その上で、プレゼントの際に書き換えた自分の名前。聖月はクスクス笑って電車の窓から外を見た。蓮と共に別荘に向かう道すがら、その天気は雲一つない晴天だ。車窓に夢中な蓮に気付かれないように、聖月は口の中で小さく呟いた。

 成績表に興味を持つものならばすぐに気づいただろう。何せ、本名で成績発表はされていた。しかし、風紀の連中は言ってしまえば勉強はそこそこ。はなから張り出されないだろう、と見に行かない事を予想していた。

 名前が載るとしたら、トップ三人だろう。しかし、学年によって使用するメインの階が違うこの学園では、成績表は学年の階ごとに張り出される。つまり、竜崎と怜毅は気付きにくい。颯斗は同学年だが、個人でプリントされた成績表のみで満足して、忙しいなかチェックしに行かないだろうと踏んだ。ここまで相手方にアクションが無かったことから、その予想は当たっていたようだ。

 そして、いつぞやのプレゼントの目的は二つ。一つは圧倒的に不利な状況に対抗するために、暫く一年の名簿リストにアクセスできないようにすること。もう一つは彼らの業務量を増やして逃げる時間を引き延ばし、罠を仕掛ける時間を作る事。しかし、それらは表向きの目的で。一番重要だったのは名前のすり替えだったのだ。

 しかし、学園側に正式に登録されているのは"真水聖月"の方で。いずれバレる事は想像に難くない。それでもそれをしたのには理由がある。

 「聖月。この名前を聞いて、どれだけの人間が反応するかな」

 自分の隠さなければならない事実を隠す時間を作る事と同時に、隠す協力者を作る事。知られてもいい情報に目を惹きつけて、知られたくない情報を隠す事。その為に、どうしても必要だったのだ。

 「さてさて。今回の旅行が、全ての分かれ目。泣いても笑っても、これが最も重要な局面も一つだ」

 ふわり、と笑った聖月は、その瞳に笑みとは全く似合わない重々しい色を宿していた。

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