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暗雲
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しおりを挟むパシャリ、と深央はその光景を写真に収めた。
「アウトだ、聖月。どこまで行っても尻尾を出さなかったお前が、完全に悪手を打ちやがった。これでチェックメイトになる」
そう呟いた深央の手の中には、取ったばかりの写真。愛おしそうな笑みで聖月を抱き上げる竜崎と、竜崎にしがみ付く聖月のツーショット。大切なモノは、時にアキレス腱になる。それを知らない聖月ではない。にもかかわらず、弱点を晒す様な行動をしてしまった。深央の顔に憐れむ様な色が浮かぶ。
「全く。大切なモノはキチンとしまうか、手放せよ」
それしか、守る方法はない。深央は小さく小さく呟いた。
守りながら戦う。それには、敵が余りにも強大すぎて。それしか方法はないだろうに、と深央はため息をついた。
「お帰りいつの間に委員長とそんな関係に……って聖月?!どうしたの?!」
「ん。ちょっと」
戻って来た聖月の顔色が余りに悪いので、蓮が驚いて叫んだ。救護室に、と慌てて立ち上がったが、当の聖月が弱弱しく首を振る。クッタリと椅子に崩れ落ちるその姿は普段の彼から想像もつかないもので。クラスメイトも、灰になっていた実行委員までもが心配そうにオロオロしている。
「大丈夫」
微笑する聖月だが、あまりにもその笑みが儚くて。ますますクラスメイトが落ち着かなくなるのをみて、聖月は内心で舌打ちした。
動揺を見せる事は隙を見せる事。常にポーカーフェイスを崩さず周囲を観察して、警戒を怠らない事。生きてる限り、安息の地はない。そう教えられて育ったし、自身もソレを身をもって学んできた。にも拘らず、動揺を殺しきれない未熟な自分に腹が立つ。聖月はそっと目を閉じて深呼吸をした。
ピロン、と音がしてスマホが通知を知らせてきた。素早く手に取って表示すると、高宮からのメッセージ。
『無理だ』
その一言のみ。聖月は唇を噛みしめた。主語も何もない簡潔なメッセージに込められた意味は、『人目が多すぎて、隠しとおす事は無理だ』という事。竜崎との交際や、聖月の心のありか等、どうしても隠さなければならない事は多々ある。これまで聖月と竜崎の関係を知っていた人間はごく一部で、聖月がコントロールできるギリギリの範囲だった。しかし、不特定多数に知れ渡ってしまった今、その情報統制は難しい。特にSNSなどが発展したこの時代では完全にシャットアウトすることは不可能。相当な理由があれば高宮家の権力を使用して隠せるが、相応な理由を提供できない以上、高宮にも無理だと告げてきたのだ。
「まずったなぁ」
「ちょ、聖月?」
ぐったりと椅子にもたれたまま弱弱しく呟く聖月。心配そうな蓮には悪いが、とてもそこをフォローするだけの余裕がなかった。竜崎に説明しておけば、と考えてそれがしたくなかったから、出来なかったからこうなったのだと思い直し。千々に乱れる思考をかき集めてこの先の事を考えて。暫く動かなかった聖月が、ゆっくりと体を起こした時、その瞳には8割の決意と1割の痛み、もう1割の悲しみが混ざり合った光を宿していた。
午前中最後の種目は障害物競走。一時の顔色の悪さゆえに出場を取りやめた方が、と心配するクラスメイトを宥め、聖月はあでやかに笑って見せた。
「ホントに大丈夫なの?」
「心配性だな、蓮君は。大丈夫って言ってるでしょ。さっきはちょっと貧血を起こしただけ」
顔色も戻ったでしょ、とこれまでに培ったポーカーフェイスで微笑む。納得いっていない顔の蓮だったが、競技準備の為のアナウンスが入った事で渋々追求を止めた。後で絶対に救護室に放り込むと決意して。
――それが叶う事はなかったのだが。
『それでは競技の説明でぇす!まず初めに、スタートの合図で用意された個室に入ってください!身長をあらかじめこちらに申告していただいたので、それに合わせて衣装を用意しています!ソレに着替えたら、外に出てダッシュ!平均台や跳び箱、網縄などの障害を越えて、吊り下げられたパンをゲット!パンがゲットできない人、もしくは我こそはと名乗り出たい勇者はその脇にあるマシュマロをゲットしてください!』
『いつも思うけど、一定の割合でマシュマロを選ぶヤツ居るんだよな。馬鹿なのか?』
『顔面を真っ白にしてゴールに一目散!これ程笑いを取る為に体をはる勇者はいないだろう!是非参加したい!』
『その前に真面目に仕事しろ』
今にも放送室を飛び出しそうな放送委員長。ため息交じりに押さえつけている副委員長の姿が目に浮かぶようだ。くすっと聖月は笑った。彼らのおかげで、冷えていた手足に血の気がすこし戻った気がした。
「よし、勝負だ蓮君」
「絶対負けない」
生来の負けず嫌いを発揮してきっと睨みつけてくる友人に、にっこりと笑って見せる。
「悔いの無いようにやってやろうじゃないの!」
聖月はぐっと拳を握りしめた。
スタートの合図と共に飛び出した聖月。目の前には並べられた簡易更衣室。当てはまる伸長の書かれた更衣室はいくつかあって。南無三!と心の中で叫んだ聖月は目についた行為室に飛び込んだ。中にあったコスプレは。
「なんか、思ってたより無難?!」
『最初に出てきたのはミニスカ魔女!全く違和感なし!つか、滅茶苦茶可愛いし、スタイル良すぎ!』
『うわぁ。ネタ要素満載なこの競技でこのクオリティ。いろんな意味で心配になってくるなこの競技』
素早く着替えて飛び出した聖月の衣装は、ミニスカ魔女。ご丁寧に用意されたマントと三角帽子が聖月に似合う。ニーハイを履いたほっそりした足がなまめかしく、男たちが唾をのむ。軽やかに走るその姿は、箒に乗って華麗に飛ぶ姿を想像させる。因みに、チラリと背後を窺うと、鍛え上げられた筋肉ダルマがピチピチセーラー服を着ていたり、有名アニメのヒロインのコスプレをしている者もいる。中には動物のコスプレまでしている者もおり、何でも御座れ状態である。
「うわぁ、滅茶苦茶。つか、カオス」
ぼやきつつも、聖月は足を止めずに軽々と障害物を乗り越えていく。その華麗な動きに、周囲の者達から歓声が上がる。
『走るも早く、飛ぶも高いトップの選手!吊り下げられたパンを簡単に咥えて取ったその勢いのままゴール!何という身体能力!速すぎる!』
『これは、大会新記録かな』
トラック一周分。ぶっちぎりで走りぬけた聖月は、笑顔でゴールし手を振るものの、その息は荒い。次々にゴールしてくる同級生を眺めながら、薄い胸を弾ませる。中ほどの順位でゴールした蓮を迎え、委員の指示に従ってそそくさとその場を後にする。
「やっぱ早いね聖月」
「あはは」
憧憬を込めた眼差しを向けられるが、息の整わない聖月は微笑するだけ。トラックを後にし、観客の視線から解放された瞬間、細い足の力が抜けた。
「聖月?!」
「ったく。体力ないくせに全力疾走するからだ、馬鹿」
慌てて手を差し出した蓮だったが、間に合わないし巻き込んだら蓮が怪我をする、とぼんやりしていた聖月。その細い体を支えたのは逞しい腕だった。軽々と抱き上げられ、その慣れた体温に知らず知らず息をつく。
「風紀委員長!」
「悪いな。身体能力と頭は人外レベルなくせして、体力は人並み以下でな」
「ちょっと、その、言い草は、無いんじゃ、ない?」
どこからともなく現れた竜崎。安心していい、と蓮に頷きかける竜崎だったが、恋人の言い草に納得が行かなかったのが聖月。ポコポコとその厚い胸板を叩くが、無視される。オロオロとしていた蓮だったが、風紀委員長なら大丈夫かとほっとしたような顔をし、そして悪戯っぽく笑った。
「じゃあ僕このままクラスの方に戻るので、聖月をお願いしていいですか?」
「え、ちょっと、そこは、僕が、居るから、仕事、戻っても、大丈夫、ですって、言う、所」
「悪いな。コイツは預かるから心配しなくていい」
聖月の言葉は一切聞き入れられないらしい。笑顔の蓮に送り出され、竜崎は聖月を抱えたまま歩き出す。
「おーろーせー」
ジタバタと暴れてみるが、その逞しい腕は全く動じない。その感触が嬉しいような困ったようなと、板挟みになる聖月。それでも、と心に鞭打って抵抗しようとしたのだが。
「うるせぇ」
「んん?!」
本日二度目のディープキス。明るい日の元に似つかわしくないそれに、聖月が硬直する。つ、と聖月の唇を開放した男は満足そうに笑い。
「これ以上抵抗したら、引ん剝くぞ」
「止めてください」
聖月はその太い首に腕を回した。仕方ないのだ、と自らに言い聞かせて。
――パシャリ。その二人をカメラが再びとらえた。
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