学園と夜の街での鬼ごっこ――標的は白の皇帝――

天海みつき

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暗雲

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 八人の子供たちの変死。どう考えても普通じゃない。高宮は儚げに笑う白髪の友人の姿を思い浮かべた。

 「ここから先は、本人から聞いた情報も混ぜる」
 「夏休みにあった時か」
 「ご明察。長くなるから覚悟しとけ」
 「いまさら」

 鼻で笑ってさっさと話せと促してくる竜崎。その強い眼差しに、高宮は薄っすら笑った。

 ほら見ろ聖。やっぱりこの程度で臆するヤツじゃなかったぞ。そんな風に思って、ふと、だから任せたのにと苦笑する声が聞こえた気がした。

 「高宮?」
 「いや、なんでもない」

 頭をふって意識を変えると、記憶を掘り返した。


 時は遡って夏。聖月の招きに応じて訪れた、那波の家の別荘。忍び込んできた聖月は真っすぐな瞳で、高宮に申し入れた。

 「そして、重要なのは二つ目。二つ目は、」

 一瞬ためらって、ぐっと腹に力を入れる。

 「万が一の場合、龍たちを庇護下に入れてほしいんだ。高宮の」
 「というと」
 「真宮の家で、後継者候補が何人か集められていたのは知ってる?」
 「その程度なら知っている。ただ、個人情報までは辿り着けなかった。流石に守りは固い」
 「それくらいはね。古い家だから色々と知られちゃまずい事も多いし」

 苦笑した聖月は、スマホを取り出した。暫く弄っていた聖月は、すっとそのスマホを差し出す。その画面には、聖月ともう二人。少し年上の男性と、同じくらいの歳の少女が写っていた。

 「その子の名前は椿。俺と同じく後継者候補として本家に連れてこられた子。お兄さんは歳が上だったから予備軍としてだったけどね」
 「それで」
 「ある日、突然死んだ」

 あっけらかんと示された事実に絶句する。聖月の姿から想像するに、左程前の話ではないはずだ。聖月は切なげな瞳を揺らしていた。

 「集められた子供たちは、全部で10人。その内の一人は直系の放蕩息子。当時は中学生とかだから放蕩息子ってのも変だけど、そんな感じのヤツだった。で、ソイツも含めてだけど、それ以外の子ともハッキリ言って相性悪かった」
 「権力争いか」
 「そう。真宮の当主ともなれば、その権力は絶大。その親も恩恵に与れる。泥沼だったよ。頭が回らないくせに悪知恵働かせようと馬鹿ばっかり。毎日何かしら怒ってた」
 「この椿って子だけは違ったと」
 「うん。いい子だったよ。こんな事で争っている事にも疑問を感じていた聡い子でもあった。お兄さんも聡明で、将来は真宮で重役につくだろうって皆噂してた」

 でも、死んでしまった。聖月は悔し気に絞り出した。

 「最初に死んだのは、放蕩息子と同い年の女の子だった。ある日、池に浮かんでいるのが発見された」
 「おいおい、小説か何かか。池で溺れるなんて事あるのか」
 「さぁ。俺もそう思ったさ。でも、真宮家としては醜聞を嫌ったからろくな調べもしなかった。事故として処理した。使用人も皆口を噤んでた」
 「下手を言えば、明日は我が身って事ですか」
 「そう。それから、一気に事は起こった。事故、病死。ホントラインナップとしては凄かった」

 クスクスと笑った聖月は、とても苦し気だった。

 「権力争いで候補者を殺すなんて小説か、って突っ込んだけどさ。でも、それをやるのが真宮だったんだ。俺も何度か死にそうになった。俺の場合は親が子供の頃に死んでて結構当主の座からは遠かったはずなんだけどね。しかも、親が居ないって事は庇護してくれる人が居ないって事だから、自分の事で手いっぱいだった」
 「そうしているうちに、この子がってことか」
 「第一発見者はお兄さん。真宮家は病死って事で片を付けたけど、あれはどう見ても、誰が見ても毒だった」

 あの時のお兄さんの姿が忘れられないと聖月は零した。

 「どれだけ調べてほしいといっても聞き入れられず。全部なかったことにされた。そして、気付いたら俺とバカ息子の二人しか残って無かったんだ」
 「お前がいまここに居るって事は何とか逃げおおせたのか」
 「候補者たちの中で、最も厄介だったのはこの放蕩息子の母親。権力大好きなクソ婆。たぶん、殆どの候補者の死はこの女が絡んでる。次は俺かって本気で覚悟したよ。でも、椿のお兄さんが助けてくれたんだ。お前だけはって逃がしてくれた」

 だから今ここに居るんだ。一旦区切った聖月は深呼吸して、ここからが本題、と仕切り直した。

 「手短に言う。真宮は今でも俺の行方を追っている」
 「だろうな。短い期間一緒に過ごしただけでもお前のとびぬけた能力は欲しいと思わせるもの。ジジイにとってみれば尚更だろう」
 「お兄さんに逃がして貰った後、俺はこの第九都市に来た。ここは一種の治外法権。真宮も手が出しにくいだろうっていう判断だった。実際それは正しくて俺は2年もの間この地で自由に過ごせた」
 「そして聖となったわけですか」
 「そう。でも、結局、真宮の呪縛から逃げきれてなかった」

 俺が死んだっていう噂あったよね。聖月は肩を竦めていった。

 「実際、あの時、俺はクソ婆に狙われて死にかけてた」
 「!」
 「何とか命からがら逃げだして、これまたお兄さんの手引きで逃げ出したんだ。だから、誰にも言えずに姿を消す事になった」
 「なんとなく事情は分かった。だが、どうして戻って来た?あちこちを移動する方が安全だろう」
 「俺もそう思った。でも、俺だって学生生活を送りたかった。家の所為で逃げ回って、何も出来ないなんて耐えられなかったっていう馬鹿な矜持。で、当時通っていた中学の先生に、第九学園を薦められた。それなりに有名な家出身の優しい人。国がバックについている学園なら真宮だって簡単に手を出せないだろうし、第九は治外法権でもある。それに、一度ここを調べられたなら、盲点になるだろうしって」

 そして、聖月は戻って来た。高校3年間のみをこの街で過ごすために。

 「でも、俺は何時見つかるか分からないと思ってる。3年間なんて無理だろうって。その時、俺は逃げなければならない。でも、そのために、どうしてもしなきゃならない事がある」
 「それが竜崎達ってことか」
 「そう。関係ない人を、龍たちを、巻き込むわけにはいかないんだ。相手は真宮。絶対的権力を持ち、そしてその権力の為なら殺人もいとわず、それを公表する事もしない、古宮よりも暗い闇を持つ巨大組織が敵だから」

 だからこそ、それに対抗できるだけの力が欲しいんだ。そう聖月は頼み込んできたのだ。

 「本当なら、龍たちに気付かれずに過ごす事がベストだった。でも、既にそれは敵わない。だから、まずはこの事実に龍たちが辿り着かないように操作して欲しい。そして、万が一真宮が手を出してきたら、高宮の権力で皆を守ってほしいんだ」
 「お前はどうする」
 「俺の事は気にしなくていい。元々、そう長居せずに流れていく事も決めてたし、今更だから。自分のことくらいは自分で守れる」

 すっと頭を下げた聖月は真摯だった。

 「龍たちは、俺のアキレス腱。それを狙わないはずがない。俺と親しいと知られたら、確実に利用される。俺に手出しされるのはどうでも良くても、それだけは耐えられない」

 だから。聖月は絞り出すように懇願した。

 「一つ目のお願い。龍たちが、真宮の情報に辿り着かないように操作して欲しい。知ったらきっと動いてしまう。情に篤い人達ばっかりだから。二つ目のお願い。皆を、守って。皆が不幸にならないように。頼れるのは、高宮の御曹司であり、信頼できるkronosの朱雀しかいないんだ」


 「とまぁ、これが真実ってヤツだ」

 ちらり、と高宮は三人の様子を窺った。颯斗は既に顔色を失って失神寸前。怜毅は放心したまま帰ってこない。肝心の竜崎はというと。うつむいたまま、震えている。刺激が強すぎたか、と様子を見ていると、竜崎の顔がゆっくりと上がり。

 「それだけか」
 「へ?」
 「それだけか、と聞いている」
 「まぁ、俺の持っている情報は?」

 地を這う様な低い声。高宮はじりりと後ずさる。じわじわと浮かべた竜崎の笑みは、魑魅魍魎蠢く世界に生きる高宮をも冷や汗をかかせるほどの圧力を有しており。

 「いい加減にしやがれってんだあの馬鹿は。何度目だと思ってやがる」
 「うん、まあ、なんとなくそうなるだろうと思ってたけど」
 「お怒りですね」

 今にもそこら中を破壊してしまうのでは無いかと言わんばかりに大激怒していた。あはは、と乾いた笑いを浮かべた高宮だったが、ふっとその笑みをやわらげた。

 「ま、アイツの相手はそれくらいじゃないとやってけねぇか」
 「ああ?」

 ギロリ、と睨まれて高宮が再び手を上げる。俺に当たるなよ、と内心でぼやきながらも、竜崎に声を掛ける。

 「言ったろ?半分国を相手するようなもんだ。下手したらそれ以上。手段も滅茶苦茶。それを解っているから聖は、自ら姿を消す選択を既にしている」

 しかも、と竜崎を睨み返しておく。

 「さっき誰かが軽はずみな行為をしていたからな。巡り巡って真宮に聖のアキレス腱が何かを突き止められたらゲームオーバーと思った方が良い」
 「なら先に言っとけ」 
 「そのクレームは聖にしろ。俺は口止めされてるし、確かにその方が合理的って判断してしまう以上なんとも言えん」

 バッサリ切り捨てて、竜崎に覚悟を問う。

 「それでも、アイツを繋ぎ止める事が出来んのか。冗談抜きで命がけになるぞ」
 「知った事か。そもそも、アイツといて命がけじゃなかった事なんてあったか?」

 何事も無いかの様に返される言葉。これまでの彼らの行動を思い返した高宮は、最早笑いしか出てこない。

 「そう言えばその通りか」
 「兎に角、アイツを捕まえる。これでアイツの秘密が全部ってなら、この状態で捕まえれば本当の意味で俺の勝ち。何が何でも、鎖につないででも捕まえる」

 鼻息荒く出て行こうとする竜崎。逞しいというか、頼りがいあるというか、最早それ以上。そんな風に高宮は思い、嵯峨野と微笑を交わす。聖月は彼らにとっても大切な仲間である。助けられるなら、それに越したことはない。

 その時だった。

 高宮の携帯に、一軒のメッセージが届いた。やれやれ、と一仕事終えた顔で何気なくチェックしたその顔が強張る。

 「龍!」

 思わずと言ったように、渾名の方で叫ぶ。丁度ドアを開けた所だった竜崎が今度は何だ、と嫌そうに振り返る。血の気を失った高宮が、上手く動かぬ口を動かす。

 「不味い。時間切れかもしれない」

 送られてきたメッセージの主は、聖月。件名は無題となっており、本文に立った一言添えられていた。

 『約束を、皆を、守って』

 深い闇が、聖月をとらえていた。
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