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逆襲
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「それで?何がどうすればこうなる?」
引きつった顔でそう言ったのは悠茉。転がり込んできた妙な三人組のせいで臨時休業を強いられた彼は、バックヤードから引っ張り出してきたタオルを手に、嫌な予感に身を震わせていた。
とある日の昼下がり、ドアが開いた事を知らせるベルを聞いて振り返った悠茉。そして、固まった。店内にチラホラと居た客と共に。なにせ、そこに立っていたのは、妙にボロボロな三人組。あちこちに白い何かがこびりつき、焼け焦げた匂いがまとわりついているくせに、同時にやけに甘い匂いとクリームまでもくっついている。一周回って器用だな、と思わず現実逃避し始めるくらいには、凄惨な姿だった。
「えっとどちら様?」
「……恥を忍んで頼みがある。助けてくれ」
考える事を放棄した悠茉が他人の振りをし始める。触らぬ神に何とやら、自分の店の評判の方が大事だ、と潔く自己中心的な選択をするがそうは問屋が卸してくれなかった。がしっと手を握られ、項垂れる悠茉。血走った目をした高宮と、魂を飛ばした嵯峨野、いっそ清々しすぎてこの状況に似合わない笑みを浮かべた颯斗の三人から逃れられる訳が無かった。
へこへこと謝罪しながら客を帰した悠茉。取り合えずその姿を何とかしろ、と投げつけると椅子に座った。
「天下の高宮の御曹司がする姿じゃないだろう」
「だよねぇ。お陰でこのザマだよ」
「あー。文脈が繋がっていない気がするのは俺の気のせいか?」
ニコニコし過ぎていっそ恐ろしい颯斗の台詞に、悠茉が逃げ腰である。綺麗になったら帰ってくれ、と言おうとするが時すでに遅し。
「うっし。綺麗になった。という事で、改めて頼みがある!」
「え、絶対に嫌だ」
「即答!だが手伝ってもらうぞ!ここまで来て引くことなんてできない!高宮の名折れだ!」
「いや、あの、一旦落ち着け?!」
がばっと距離を詰めた高宮ににじり寄られ、悠茉が悲鳴を上げる。すでに狂気じみたハイテンションである。普段は理性的で紳士的なコイツがここまで豹変するなんて一体何があった!と嵯峨野を振り返ると、彼は虚ろに笑って説明してくれた。
――――――――――
曰く。
「と言う訳で!フォンダンショコラを作ろうと思う!」
「え、まってこの人何言ってる?いま理解できない言語が聞こえた気がしたけど」
「よりによってフォンダンショコラ……?あの中がトロッとしてるカップケーキみたいなやつですよね……?無理でしょ」
ハイテンションで高宮が取り出したるはタブレット。某無料動画サイトを表示して、意気揚々としている。が、その彼を見る二人の視線は冷たい。
「いや、だってアイツが作ったのはシュークリームだろ?で、あのクリームの仕掛けを使ってきた。なら、全く同じようにやり返してやればいい!」
「え、それ普通に考えて看破されない?」
「されますね……。それとも、看破するだろうあからさまな仕掛けで翻弄……?それにしても、我が主にしてはちょっとお粗末な気が……」
「黙りおれぃ!つか、普通に考えてもみろ!あいつが味見も出来ないものを口にすると思うか?」
例えばホールケーキ。確実に一切れ笑顔で差し出される。一部にだけ仕掛けを……。いや、確実にアイツが翻弄してくるだろう。リスクが高い。颯斗と嵯峨野が顔を見合わせて黙り込む。結論、無理だ。
「となると、小さいものを幾つも作って安全なものを食べるというのが合理的だ!」
「実際アイツもやってたしな」
「でも、一つ選んだ所でそれと渡されたものをすり替えられません?」
まだまだ疑わしそうな嵯峨野。心情的には9割がた止めたいのだろう。必死だ。あははと笑ったのは颯斗。
「なんなら、全部危険物にして、味見は自爆覚悟とか」
「無茶言うな。なんでセルフ罰ゲームしなきゃならん」
却下だ、と即答する高宮。じゃあどうするのさ、と聞かれ、ふふん、と胸を張る高宮。その為のフォンダンショコラなのさ、と高らかに叫ぶ。
「いいか。フォンダンショコラの神髄は、とろりとしたチョコレートだ。つまり、食べる直前に加熱する必要がある。問題はその加熱を誰がやるかって事だ」
「ああ。もしかして僕が呼ばれたのはそういう事?」
「正解。ヤツとは言え、自分の配下が裏切っているなどと思いもしまい!これぞ完全犯罪!」
「台詞が悪役になってます会長……」
つまり、高宮が聖月を招待し煽るだけ煽る。そして乗ってきた所でしれっと颯斗が登場。上手いこと取り繕って加熱役を獲得し、高宮に安全なものを、聖月に罰ゲーム菓子を差し出すという。ぐふふ、と笑うその顔は確実に爽やかな御曹司ではない。嵯峨野が嘆いているが、颯斗は楽しそうに身を乗り出している。
「僕が裏切らないという保証は?」
「お前だからな。やり返したいって想いはあるだろうし、やるなら完璧に、だろう?これで俺まで引っかかっては聖月が笑う。そんな美味しい目を持っていくのは嫌だろう?」
「なるほどね。高宮の完全勝利が聖月に対する完璧な嫌がらせ。そりゃあいい。乗った」
「うっし。そうなったらやるぞ!」
「もう勝手にしてください……」
愚か者二人が盛り上がった時点で嵯峨野が止められる状況ではなくなってしまった。がっくりと項垂れる彼を他所に、真っ黒な笑みを浮かべた二人が握手を交わしていたという。
――――――――――
「で?何となく始まりについては理解したけど?いっそやめてしまえと言いたいところだが、その前にどうしたらそんなにボロボロになる?」
「うん。まぁ、計画的には悪くなかったんだけど。大問題が一つあったんだよね」
馬鹿な奴らを見る目が居たたまれずタオルで顔を隠す嵯峨野。その隣で全く笑っていない目で颯斗がカラカラと笑う。むっとした表情で高宮が騒ぐ。
「仕方ないだろ!料理したことなんてないんだから!」
「……なるほど。世間知らずの、蝶よ花よと育てられたお坊ちゃん」
「正解」
同じ御曹司であれど、斜め上方向に庶民暮らしに慣れて手先が器用な聖月とは違い、純粋培養のお坊ちゃんたる高宮。料理の“りょ”の字も知らない事が発覚したのだ。
引きつった顔でそう言ったのは悠茉。転がり込んできた妙な三人組のせいで臨時休業を強いられた彼は、バックヤードから引っ張り出してきたタオルを手に、嫌な予感に身を震わせていた。
とある日の昼下がり、ドアが開いた事を知らせるベルを聞いて振り返った悠茉。そして、固まった。店内にチラホラと居た客と共に。なにせ、そこに立っていたのは、妙にボロボロな三人組。あちこちに白い何かがこびりつき、焼け焦げた匂いがまとわりついているくせに、同時にやけに甘い匂いとクリームまでもくっついている。一周回って器用だな、と思わず現実逃避し始めるくらいには、凄惨な姿だった。
「えっとどちら様?」
「……恥を忍んで頼みがある。助けてくれ」
考える事を放棄した悠茉が他人の振りをし始める。触らぬ神に何とやら、自分の店の評判の方が大事だ、と潔く自己中心的な選択をするがそうは問屋が卸してくれなかった。がしっと手を握られ、項垂れる悠茉。血走った目をした高宮と、魂を飛ばした嵯峨野、いっそ清々しすぎてこの状況に似合わない笑みを浮かべた颯斗の三人から逃れられる訳が無かった。
へこへこと謝罪しながら客を帰した悠茉。取り合えずその姿を何とかしろ、と投げつけると椅子に座った。
「天下の高宮の御曹司がする姿じゃないだろう」
「だよねぇ。お陰でこのザマだよ」
「あー。文脈が繋がっていない気がするのは俺の気のせいか?」
ニコニコし過ぎていっそ恐ろしい颯斗の台詞に、悠茉が逃げ腰である。綺麗になったら帰ってくれ、と言おうとするが時すでに遅し。
「うっし。綺麗になった。という事で、改めて頼みがある!」
「え、絶対に嫌だ」
「即答!だが手伝ってもらうぞ!ここまで来て引くことなんてできない!高宮の名折れだ!」
「いや、あの、一旦落ち着け?!」
がばっと距離を詰めた高宮ににじり寄られ、悠茉が悲鳴を上げる。すでに狂気じみたハイテンションである。普段は理性的で紳士的なコイツがここまで豹変するなんて一体何があった!と嵯峨野を振り返ると、彼は虚ろに笑って説明してくれた。
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曰く。
「と言う訳で!フォンダンショコラを作ろうと思う!」
「え、まってこの人何言ってる?いま理解できない言語が聞こえた気がしたけど」
「よりによってフォンダンショコラ……?あの中がトロッとしてるカップケーキみたいなやつですよね……?無理でしょ」
ハイテンションで高宮が取り出したるはタブレット。某無料動画サイトを表示して、意気揚々としている。が、その彼を見る二人の視線は冷たい。
「いや、だってアイツが作ったのはシュークリームだろ?で、あのクリームの仕掛けを使ってきた。なら、全く同じようにやり返してやればいい!」
「え、それ普通に考えて看破されない?」
「されますね……。それとも、看破するだろうあからさまな仕掛けで翻弄……?それにしても、我が主にしてはちょっとお粗末な気が……」
「黙りおれぃ!つか、普通に考えてもみろ!あいつが味見も出来ないものを口にすると思うか?」
例えばホールケーキ。確実に一切れ笑顔で差し出される。一部にだけ仕掛けを……。いや、確実にアイツが翻弄してくるだろう。リスクが高い。颯斗と嵯峨野が顔を見合わせて黙り込む。結論、無理だ。
「となると、小さいものを幾つも作って安全なものを食べるというのが合理的だ!」
「実際アイツもやってたしな」
「でも、一つ選んだ所でそれと渡されたものをすり替えられません?」
まだまだ疑わしそうな嵯峨野。心情的には9割がた止めたいのだろう。必死だ。あははと笑ったのは颯斗。
「なんなら、全部危険物にして、味見は自爆覚悟とか」
「無茶言うな。なんでセルフ罰ゲームしなきゃならん」
却下だ、と即答する高宮。じゃあどうするのさ、と聞かれ、ふふん、と胸を張る高宮。その為のフォンダンショコラなのさ、と高らかに叫ぶ。
「いいか。フォンダンショコラの神髄は、とろりとしたチョコレートだ。つまり、食べる直前に加熱する必要がある。問題はその加熱を誰がやるかって事だ」
「ああ。もしかして僕が呼ばれたのはそういう事?」
「正解。ヤツとは言え、自分の配下が裏切っているなどと思いもしまい!これぞ完全犯罪!」
「台詞が悪役になってます会長……」
つまり、高宮が聖月を招待し煽るだけ煽る。そして乗ってきた所でしれっと颯斗が登場。上手いこと取り繕って加熱役を獲得し、高宮に安全なものを、聖月に罰ゲーム菓子を差し出すという。ぐふふ、と笑うその顔は確実に爽やかな御曹司ではない。嵯峨野が嘆いているが、颯斗は楽しそうに身を乗り出している。
「僕が裏切らないという保証は?」
「お前だからな。やり返したいって想いはあるだろうし、やるなら完璧に、だろう?これで俺まで引っかかっては聖月が笑う。そんな美味しい目を持っていくのは嫌だろう?」
「なるほどね。高宮の完全勝利が聖月に対する完璧な嫌がらせ。そりゃあいい。乗った」
「うっし。そうなったらやるぞ!」
「もう勝手にしてください……」
愚か者二人が盛り上がった時点で嵯峨野が止められる状況ではなくなってしまった。がっくりと項垂れる彼を他所に、真っ黒な笑みを浮かべた二人が握手を交わしていたという。
――――――――――
「で?何となく始まりについては理解したけど?いっそやめてしまえと言いたいところだが、その前にどうしたらそんなにボロボロになる?」
「うん。まぁ、計画的には悪くなかったんだけど。大問題が一つあったんだよね」
馬鹿な奴らを見る目が居たたまれずタオルで顔を隠す嵯峨野。その隣で全く笑っていない目で颯斗がカラカラと笑う。むっとした表情で高宮が騒ぐ。
「仕方ないだろ!料理したことなんてないんだから!」
「……なるほど。世間知らずの、蝶よ花よと育てられたお坊ちゃん」
「正解」
同じ御曹司であれど、斜め上方向に庶民暮らしに慣れて手先が器用な聖月とは違い、純粋培養のお坊ちゃんたる高宮。料理の“りょ”の字も知らない事が発覚したのだ。
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