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デスマスク(1)
しおりを挟む次郎の容態は確実に悪くなっていた。
いつもと変わらないように理杏に接してくるものの、こけていく頬や、細くなっていく腕はごまかしようがない。
次郎は死ぬ間際にあった。次郎に会うたびにそれを感じさせられて理杏は苦しくなってくる。
死にたくないと、次郎は言っていた。その言葉が理杏の心を締め付ける。何とかしてやりたいと心ばかりが焦る。
しかし救うことはできない。あの彫像も、そう言っていた。そして死ぬことこそが救いなのだと言っていた。
そんなこと認められない、認めたくない、と理杏は思う。
彼を病と苦しみから救ってみせる。そう宣言したいのに、具合的に何をしていいのか、理杏にはさっぱりわからなかった。たまらく悔しかった。自分の無力が憎かった。
「頼むよ、次郎を助けてやってくれよ」
次郎に手を差し伸べる天使の絵を、スケッチブックに描いてみる。
絵の中の天使は優しく微笑んで、
「きっと良くなりますよ。諦めることをやめなければ」
と言う。
マンガや童話がいつも語りかけてくるお決まりのメッセージ。その言葉は今の理杏には無情に響いた。
「魔除けの魔……か」
ケルン大聖堂での語らいを思い出す。
「綺麗事じゃ解決できないこともあるってことなのか」
あの彫像の言ったことがじんわりも理杏の心に染みてくる。
優しいだけの天使じゃ駄目なのだ。
病気を払うための、強い力が欲しかった。
セイヤ! セイヤ!
病院からの帰り道、通りから威勢の良い声が聞こえてきた。気がつけば周囲は蒸し暑く、夏祭りの季節を迎えていた。
この辺りでは7月になると、祭りのクライマックスに向けて街の人たちが大型の神輿を担いで練り歩く。
いわゆる祇園祭だ。
「あとは神様にお願いしてみるしかないか」
理杏は信心深いほうではなく、初詣くらいしか神社に詣ったことがない。だから病気の平癒を祈願するという発想も、今まで出てこなかった。
理杏は祭の舞台である祇園社に行ってみることにした。
祭の最中ということもあり、境内には出店が出ている。平日だというのに人も多く、参道を進むには人混みをかき分ける必要があった。しばらく行くと今度はズラッと行列ができており、お詣りするだけでも時間がかかりそうだった。
「そういえば、お腹すいたなあ」
イカ焼き屋から漂う甘辛い臭いの誘惑を振り払いながら、列に並ぶび、ゆっくりと進んでいくのを待つ。そうして15分ほどして、やっと拝殿までたどり着くことができた。
賽銭箱に10円投げ入れて、パンパンパンと3回柏手を打ち、ペコリと頭を下げる。
「次郎の病気が良くなりますように」
その言葉だけ、ハッキリと口に出して願をかけると、理杏は人混みの中から脱出した。
参道からそれたら広場があったはずだ。そこまで行けば人も少ないだろう。
広い空間に出て、ようやく一息つこうとしたとき、
「うわわわわわああああ」
理杏は思わず声を上げた。
広場の真ん中に髪の毛を逆立てた大男がいた。そして血走った目で理杏をにらみつけていたのだ。
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