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第17話
6・一件落着
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「な、な、なんぢゃ! 今度はなにが起こるのぢゃ!」
コルマク王が悲鳴をあげ、そばの光の木にしがみついた。琥珀もディランもシアヴィルたちも唖然としたが、恐ろしさは感じない。足元が揺れるのは、地の底で根が絡みあっているから。エリウの地に根を張る生命の勢いが増し、地下の花畑ごと地面を持ちあげて、悲しい大穴を塞いだ。揺れが収まったとき、空がより近く、琥珀たちは神殿の丘の頂上に立っていた。
澄んだ香りの風が吹く。
元通りの緑の丘のてっぺんに、光の大樹が梢をそよがせている。その根元に白い花畑が広がり、丘と連なって、コナハトの国を一望できた。丘のふもとで壊れている戦車がみすぼらしい。遠くの青い海、そこに浮かぶ船は不思議な造作物だ。
「すごいわ……エルクウァル。いままで見たなかで、いちばんすごい魔法」
琥珀が思わず呟く。エルクウァル自身は呆然としていた。
「いや、僕はここまでするつもりは……この杖の威力はほんとうに……え?」
怯えてさえいる視界のなかに、蝶が現れる。メイヴの蝶をエルクウァルの杖の先にそっと置いたのは、コリドウェンだ。戸惑う息子ににっこり笑いかけ、蝶を載せたまま杖をぐいぐい引っぱる。
「ちょっと待ってください、母上。遊びたいんですか? いまそれどころでは……うわっ」
コリドウェンが杖を持ったままぐるぐる回るので、エルクウァルもつられてぐるぐる回る。メイヴの蝶がふわりと浮きあがり、その周りにほかのダナーの蝶たちも集った。熊のラブは、丘の傾斜ででんぐり返しをはじめている。
シアヴィルは頬を紅潮させて熊の女神に向き直った。
「ああアルティオ、あなたの守り魔法を私にかけてもらってもいい? どうしてもあなたの熊と遊びたいの、やっと我慢しなくてよくなったのですもの」
「良いけれど、少し姿が変わりますよ。あなたも奇特な人ね、シアヴィル」
アルティオはやや呆れながら、シアヴィルの頭の上で指を動かした。短くなった金髪の一部がもぞもぞ動いたかと思うと、丸い耳がぴょこんと二つ、現れる。シアヴィルは白い手でおずおずとその熊らしい耳に触れ、かたちと感触を確かめると、歓声をあげた。ダナーの予言者の威厳もへったくれもなく丘を駆け下りていく姿に、琥珀は呆れつつも笑ってしまう。
「シアヴィル、とっても楽しそうね。エルクウァルとコリドウェンさんも――メイヴも。みんな、幸せそうでよかった」
しぃっとディランが唇に指をあてる。同意してくれないの? と、むくれそうになった琥珀だが、ディランが目配せしたほうにコルマクが佇んでいて、頭の上の王冠も傾き、いかにもしょぼくれた様子なのに気づいてはっとした。
そもそもの元凶だとはいえ――コルマクは王妃を失くしたのだ。頼りにしていたドルイドたちは、いまや力を取り戻した精霊たちを従えられない。エルクウァルにはもともと嫌われているし、コリドウェンにも嫌われているとわかったところなので、気の毒と言えないこともないというか。
(でも王様だもの。自分のことで落ちこむよりも、これからコナハトの国を――エリウをどうしていくのか、きちんと考えていただかなくてはいけないわ。そして、わたしも)
大冒険が多すぎて忘れていたが、琥珀は虹の国の王女であり、コナハトの王太子に嫁ぐ立場としてここを訪れたのだった。光の花びらを浴びたおかげか、衣服の焦げ目も消えてしまっていたが、裾を調えて居住まいを正す。
手持無沙汰でいたコルマクが、ごく自然に動いている琥珀の両手に気づいて、目を輝かせる。
「琥珀姫……いつのまにか普通の手に戻っているではないか! その身にかけられた呪いは消えたのぢゃな! うむ、よかった。ディランとともにメイヴから英雄の剣を取り戻した働きは聞いておるぞ……コホン、して、その英雄の剣はどこにあるのぢゃ?」
「壊れてなくなりました」
「なくなったぢゃと! なんと……余も本物とやらを一目見てみたかったのぢゃが。では、剣が封じていたという古代魔法はどこぢゃ? それはちゃんとあったのぢゃろう?」
「もちろん、ありました。この大きな光の木がそうです。わたしが虹の国から持ってきた琥珀玉に、かつての精霊王バロールの命が封じられていて、ルーの剣と触れることでこうして解放されたんです」
琥珀は満面の笑顔で、少女らしい手を掲げて光の木を指し示してみせたのだが、コルマクはなんとなく不満そうだ。
「たったそれだけか? 古代の大いなる魔法というのぢゃから、永遠の命を与えられるとか、神のような力を手に入れられるとかいうものぢゃと思っておったのに……おおう、痛てっ」
唐突に、コルマクの頭上にある枝から木の実のようなものがもげて、冠のなかに落っこちてきた。光の木はだいぶ花びらを振りまいたからか、枝のあいだに淡く輝く新緑も混ざりつつある。そんななか落ちてきた実は、コルマクの手のなかでぷるぷると震えながら固まり、爪の先ほどの大きさの小さな琥珀玉に変わった。
「なんぢゃ、これは?」
『人の王よ。そなたへの我からの贈りものだ』
偉そうに言ったのはディラン……ではなく、バロールだが、ディランの口を借りているのでコルマクが不審そうに首を傾げた。ディランは抵抗するように喉を押さえ、口をぱくぱくさせたが、操られているあいだは言葉が自由にならないらしい。代わりに琥珀が説明する。
「コルマク様。ディランの声を借りているのは、古の精霊王のバロールです」
「なななんと! 伝説のバロール王がディランに乗り移っていると申すのか! それはまた驚きぢゃが……バロール王。聞こえておるのなら、応えておくれ。余はコナハトの王、コルマクぢゃ。この琥珀のようなものが余への贈りもの、とはどういう意味か?」
『聞こえているぞ、人の王よ。贈りものとは言葉通りの意味さ。このたび、そなたの息子ディランと琥珀姫の働きで我の生命がエリウに還り、精霊たちが蘇った、その礼だ。その琥珀玉は我が永遠の命のかけら。人の王がそれを呑めば千年も生きられようし、いかなる病を癒やす力も得られよう』
「ななななんと……」
コルマク王は顔をわななかせているが、琥珀は微妙な気持ちだった。褒美など望んでメイヴに立ち向かったわけではないものの、コルマク王がなにかしてくれたっけ? というか、牛の世話をさせられたり、ドルイドを差し向けられたりした思い出が蘇るというか。
何事か察したらしく、エルクウァルたちも遊びを止めてこちらを見ている。風のそよぎと小鳥の囀りのなか、バロールの声はよく響いた。
『あるいはそなたがその琥珀玉を与えれば、このディランも魂を得られる』
(え)
琥珀はびっくりしたが、その言葉を発したディラン自身も目を瞠っている。二度もメイヴに壊され、そのたびにエルクウァルやコリドウェンの力を借りて蘇りはしたが、彼の体は泥と藁でできた人形のままだ。
そしてコルマク王は、いまだにディランの事情すら何も知らないのだった。
「待つがよい。ディランの魂ならば……息子を呪っておったメイヴが滅びたのだから、すでに還っておるのではないのか?」
「おれはただの人形です、陛下」
バロールから大事なことまで明かされてなるかというように、ディランが急いて言った。
「母だと思っていたメイヴも、千年も若くいるために自らを変えてしまった人形でした。おれは子を生せないメイヴがあなたへの復習のためにつくりあげた人形だった。魂は抜き取られたのではなくて、もともとないのです。だからそもそも……あなたの息子ではないし、王太子でもありません」
「お待ちください、陛下!」
琥珀がディランを遮り、コルマクの前に立つ。
「たとえメイヴに作られたとしても、彼は陛下の国を守るために女王に逆らいました。立派な王太子です。それに彼がメイヴに壊されたとき、エルクウァルが血を注いで助けてくれました。エルクウァルは陛下の息子なんだから、ディランにだって陛下の血が流れているし、それにさっきコリドウェンさんが蘇らせてくれたから、コリドウェンさんの子でもあるというか」
「横から口を挟んで適当なことを言うなよ。いまはおれが陛下と話しているんだから、ちょっと黙っていろって」
「大事なことでしょ! あなたの知らないことだから教えてあげているのよ。とにかくあなたはわたしにとって……だけじゃなくてみんなにとって、もう人形なんかじゃないの!」
「一応は同意しますよ、琥珀姫」
不本意そうな顔で口喧嘩に加わったのは、エルクウァルだ。バロールに貰った杖を手にしながら、頭にコリドウェンが編んだ花冠を載せているさまはよく似合いすぎて、ほんものの精霊王の姿のようだ。
「恩を着せるつもりもありませんが、事実としてね。いまのディランは人形ではあるものの、僕が血を分けた兄弟です。僕はコルマクの王子を名乗る気などさらさらないので、ディランはただ一人の王太子としてこれからも窮屈な役目を果たしていけばいい」
「だからおまえまで勝手な口を挟むなっての! おれが王太子かどうか決められるのは陛下だけだし、人形は王子になれない。ただ」
ディランが琥珀をちらっと見る。強情っぱり、と婚約者を睨み返した琥珀に向けた顔は寂しそうであり、とても優しかった。
「ただ……おれは琥珀姫とは、別れたくない。王太子ではなくなっても、人形のままでも、エリウの戦士であり、琥珀姫を大事にしたい気持ちに変わりはありません。メイヴの傀儡としてこれまで陛下を騙していた罰は、甘んじて受けます。すべてはそれからです」
「ディラ……」
「……ちょっと余にも話させてほしいのぢゃが」
コルマクが遠慮がちに手をあげた。琥珀はぴたりと黙り、ディランもエルクウァルも、熊耳のシアヴィルやアルティオも王を見る。コリドウェンさえラブの後ろで息を詰めつつ、じっとコルマクを睨んでいた。
人の王の上で、バロールの生命の木が伸び伸びと枝葉をそよがせる。
コルマクは一同を見渡し、深く溜息をついた。
「つまりぢゃな……ディランは、余とメイヴのあいだに生まれた息子ではなかったのぢゃな?」
だから、とまた口を挟みそうになった琥珀の口を、ディランが手でふさぐ。
コルマクはバロールに委ねられた琥珀玉を指でつまみ、じっと眺めて考えながら言った。
「ドルイドどもはメイヴがディランの偽物をつくったと申しておったが、そうではなくて、そもそものディランが人形ぢゃったのぢゃな? だから魂がなく、これまで辛い思いをしてきたのか……しかし、この琥珀玉を呑めば魂を手に入れ、人となれるというわけぢゃな? ならば、余のすべきことは一つしかないではないか」
コルマクは琥珀玉をつまんだ手を掲げ、そっとディランに差しだした。琥珀を羽交い絞めにしながら、ディランが目を丸くする。
「良いのですか? コルマク。あなたがそれを呑めば千年も生きられ、どんな病も癒やす力を得られるのに」
問いかけたのはエルクウァルだ。コルマクははじめてのようにもう一人の息子に向きあい、深く頷く。
「エルクウァルよ、余はそなたが怖かったのぢゃ。コナハトの誰もそなたのようには精霊を扱えぬ。ドルイドたちもそなたを警戒するようにと進言していたからの……しかし、その結果がこれぢゃ。余は王妃を失い、コリドウェンには嫌われているようぢゃし、そなたが余に向ける目ときたら虫けらを見るほうがましなほどぢゃ。このまま千年も生きたところでなんの楽しみがあろうか――ディランはメイヴに作られた人形かもしれぬが、これまで王太子として余を支えてくれておった。その働きに報いたい……というよりも、余が手ずから魂を与えたならば、真の余の息子となるということでよいのではないか? ディラン・マク・コルマクよ。これはメイヴの暴走を止め、エリウを救ったそなたへの褒美ぢゃ。この琥珀玉を呑み、これからもコナハトの王太子として王国を支えてくれるか? 琥珀姫とともに」
「……」
ディランが瞬きする。どんなに感じ入っていようと瞼が乾いているのは、彼が人形だからだ。琥珀と周りに促されるまま王の前に進みでて、手ずから琥珀玉を口に与えられて、呑みこむ。
ごくりと喉が動いたあと、うつむいたディランの眦から透明が雫が溢れ、緑の丘に滴った。
『良き選択だ。人の王』
バロールの声がする。ディランの口からではなく……きょろきょろと見回して、みんなが自分に注目しているとわかり、琥珀はぎょっとした。わたし?
(ちょっと、バロール! どうして人の体に勝手に入っているのよ!)
(ほんの少し借りるだけだ。ディランの感動に水を差したくはなかろう?)
(まったくもう……)
諦めて身を委ねると、バロールの声がすらすらと喉からこぼれてくる。立ちあがったディランは涙も引っ込んだように、面白そうに琥珀を見おろした。
「今ごろ声変わりか。成長したな」
(そんなわけないでしょ!)
『ダナーは精霊を従わせる力を失った。我が精霊の一族は古の生命力を取り戻し、蘇った土地を人の王が治める。千年もあれば再び滅びも変化の時も訪れようが、そのときまたディランの呑みこんだ琥珀玉を握りしめた子が生まれ、我が生命のかけらでエリウを救うやもしれぬな。生きとし生けるものの世は変化があるから面白い。変わらぬのは、エリウの土地と空だけだ――これにて、一件落着。我もエリウの一部に還るとしよう、さらば』
「え……バロールっ?」
自分が発した別れの言葉が信じられず、琥珀はとっさに口をつぐむ。息を止めていればバロールが出ていかないかもしれない、などという焦りをからかうように、古の精霊王は琥珀の口元に微笑みを残して消えていった。
ぽかんとする琥珀の頭に、ディランが手を載せて撫でてくれる。意外なほどの温かさに驚いた。涙のあとの残る凛々しい頬。思わず抱きついて、頬にキスすると、ローブ越しに伝わるディランの鼓動が強く跳ねて、琥珀の胸を気持ちよく震わせた。
コルマク王が悲鳴をあげ、そばの光の木にしがみついた。琥珀もディランもシアヴィルたちも唖然としたが、恐ろしさは感じない。足元が揺れるのは、地の底で根が絡みあっているから。エリウの地に根を張る生命の勢いが増し、地下の花畑ごと地面を持ちあげて、悲しい大穴を塞いだ。揺れが収まったとき、空がより近く、琥珀たちは神殿の丘の頂上に立っていた。
澄んだ香りの風が吹く。
元通りの緑の丘のてっぺんに、光の大樹が梢をそよがせている。その根元に白い花畑が広がり、丘と連なって、コナハトの国を一望できた。丘のふもとで壊れている戦車がみすぼらしい。遠くの青い海、そこに浮かぶ船は不思議な造作物だ。
「すごいわ……エルクウァル。いままで見たなかで、いちばんすごい魔法」
琥珀が思わず呟く。エルクウァル自身は呆然としていた。
「いや、僕はここまでするつもりは……この杖の威力はほんとうに……え?」
怯えてさえいる視界のなかに、蝶が現れる。メイヴの蝶をエルクウァルの杖の先にそっと置いたのは、コリドウェンだ。戸惑う息子ににっこり笑いかけ、蝶を載せたまま杖をぐいぐい引っぱる。
「ちょっと待ってください、母上。遊びたいんですか? いまそれどころでは……うわっ」
コリドウェンが杖を持ったままぐるぐる回るので、エルクウァルもつられてぐるぐる回る。メイヴの蝶がふわりと浮きあがり、その周りにほかのダナーの蝶たちも集った。熊のラブは、丘の傾斜ででんぐり返しをはじめている。
シアヴィルは頬を紅潮させて熊の女神に向き直った。
「ああアルティオ、あなたの守り魔法を私にかけてもらってもいい? どうしてもあなたの熊と遊びたいの、やっと我慢しなくてよくなったのですもの」
「良いけれど、少し姿が変わりますよ。あなたも奇特な人ね、シアヴィル」
アルティオはやや呆れながら、シアヴィルの頭の上で指を動かした。短くなった金髪の一部がもぞもぞ動いたかと思うと、丸い耳がぴょこんと二つ、現れる。シアヴィルは白い手でおずおずとその熊らしい耳に触れ、かたちと感触を確かめると、歓声をあげた。ダナーの予言者の威厳もへったくれもなく丘を駆け下りていく姿に、琥珀は呆れつつも笑ってしまう。
「シアヴィル、とっても楽しそうね。エルクウァルとコリドウェンさんも――メイヴも。みんな、幸せそうでよかった」
しぃっとディランが唇に指をあてる。同意してくれないの? と、むくれそうになった琥珀だが、ディランが目配せしたほうにコルマクが佇んでいて、頭の上の王冠も傾き、いかにもしょぼくれた様子なのに気づいてはっとした。
そもそもの元凶だとはいえ――コルマクは王妃を失くしたのだ。頼りにしていたドルイドたちは、いまや力を取り戻した精霊たちを従えられない。エルクウァルにはもともと嫌われているし、コリドウェンにも嫌われているとわかったところなので、気の毒と言えないこともないというか。
(でも王様だもの。自分のことで落ちこむよりも、これからコナハトの国を――エリウをどうしていくのか、きちんと考えていただかなくてはいけないわ。そして、わたしも)
大冒険が多すぎて忘れていたが、琥珀は虹の国の王女であり、コナハトの王太子に嫁ぐ立場としてここを訪れたのだった。光の花びらを浴びたおかげか、衣服の焦げ目も消えてしまっていたが、裾を調えて居住まいを正す。
手持無沙汰でいたコルマクが、ごく自然に動いている琥珀の両手に気づいて、目を輝かせる。
「琥珀姫……いつのまにか普通の手に戻っているではないか! その身にかけられた呪いは消えたのぢゃな! うむ、よかった。ディランとともにメイヴから英雄の剣を取り戻した働きは聞いておるぞ……コホン、して、その英雄の剣はどこにあるのぢゃ?」
「壊れてなくなりました」
「なくなったぢゃと! なんと……余も本物とやらを一目見てみたかったのぢゃが。では、剣が封じていたという古代魔法はどこぢゃ? それはちゃんとあったのぢゃろう?」
「もちろん、ありました。この大きな光の木がそうです。わたしが虹の国から持ってきた琥珀玉に、かつての精霊王バロールの命が封じられていて、ルーの剣と触れることでこうして解放されたんです」
琥珀は満面の笑顔で、少女らしい手を掲げて光の木を指し示してみせたのだが、コルマクはなんとなく不満そうだ。
「たったそれだけか? 古代の大いなる魔法というのぢゃから、永遠の命を与えられるとか、神のような力を手に入れられるとかいうものぢゃと思っておったのに……おおう、痛てっ」
唐突に、コルマクの頭上にある枝から木の実のようなものがもげて、冠のなかに落っこちてきた。光の木はだいぶ花びらを振りまいたからか、枝のあいだに淡く輝く新緑も混ざりつつある。そんななか落ちてきた実は、コルマクの手のなかでぷるぷると震えながら固まり、爪の先ほどの大きさの小さな琥珀玉に変わった。
「なんぢゃ、これは?」
『人の王よ。そなたへの我からの贈りものだ』
偉そうに言ったのはディラン……ではなく、バロールだが、ディランの口を借りているのでコルマクが不審そうに首を傾げた。ディランは抵抗するように喉を押さえ、口をぱくぱくさせたが、操られているあいだは言葉が自由にならないらしい。代わりに琥珀が説明する。
「コルマク様。ディランの声を借りているのは、古の精霊王のバロールです」
「なななんと! 伝説のバロール王がディランに乗り移っていると申すのか! それはまた驚きぢゃが……バロール王。聞こえておるのなら、応えておくれ。余はコナハトの王、コルマクぢゃ。この琥珀のようなものが余への贈りもの、とはどういう意味か?」
『聞こえているぞ、人の王よ。贈りものとは言葉通りの意味さ。このたび、そなたの息子ディランと琥珀姫の働きで我の生命がエリウに還り、精霊たちが蘇った、その礼だ。その琥珀玉は我が永遠の命のかけら。人の王がそれを呑めば千年も生きられようし、いかなる病を癒やす力も得られよう』
「ななななんと……」
コルマク王は顔をわななかせているが、琥珀は微妙な気持ちだった。褒美など望んでメイヴに立ち向かったわけではないものの、コルマク王がなにかしてくれたっけ? というか、牛の世話をさせられたり、ドルイドを差し向けられたりした思い出が蘇るというか。
何事か察したらしく、エルクウァルたちも遊びを止めてこちらを見ている。風のそよぎと小鳥の囀りのなか、バロールの声はよく響いた。
『あるいはそなたがその琥珀玉を与えれば、このディランも魂を得られる』
(え)
琥珀はびっくりしたが、その言葉を発したディラン自身も目を瞠っている。二度もメイヴに壊され、そのたびにエルクウァルやコリドウェンの力を借りて蘇りはしたが、彼の体は泥と藁でできた人形のままだ。
そしてコルマク王は、いまだにディランの事情すら何も知らないのだった。
「待つがよい。ディランの魂ならば……息子を呪っておったメイヴが滅びたのだから、すでに還っておるのではないのか?」
「おれはただの人形です、陛下」
バロールから大事なことまで明かされてなるかというように、ディランが急いて言った。
「母だと思っていたメイヴも、千年も若くいるために自らを変えてしまった人形でした。おれは子を生せないメイヴがあなたへの復習のためにつくりあげた人形だった。魂は抜き取られたのではなくて、もともとないのです。だからそもそも……あなたの息子ではないし、王太子でもありません」
「お待ちください、陛下!」
琥珀がディランを遮り、コルマクの前に立つ。
「たとえメイヴに作られたとしても、彼は陛下の国を守るために女王に逆らいました。立派な王太子です。それに彼がメイヴに壊されたとき、エルクウァルが血を注いで助けてくれました。エルクウァルは陛下の息子なんだから、ディランにだって陛下の血が流れているし、それにさっきコリドウェンさんが蘇らせてくれたから、コリドウェンさんの子でもあるというか」
「横から口を挟んで適当なことを言うなよ。いまはおれが陛下と話しているんだから、ちょっと黙っていろって」
「大事なことでしょ! あなたの知らないことだから教えてあげているのよ。とにかくあなたはわたしにとって……だけじゃなくてみんなにとって、もう人形なんかじゃないの!」
「一応は同意しますよ、琥珀姫」
不本意そうな顔で口喧嘩に加わったのは、エルクウァルだ。バロールに貰った杖を手にしながら、頭にコリドウェンが編んだ花冠を載せているさまはよく似合いすぎて、ほんものの精霊王の姿のようだ。
「恩を着せるつもりもありませんが、事実としてね。いまのディランは人形ではあるものの、僕が血を分けた兄弟です。僕はコルマクの王子を名乗る気などさらさらないので、ディランはただ一人の王太子としてこれからも窮屈な役目を果たしていけばいい」
「だからおまえまで勝手な口を挟むなっての! おれが王太子かどうか決められるのは陛下だけだし、人形は王子になれない。ただ」
ディランが琥珀をちらっと見る。強情っぱり、と婚約者を睨み返した琥珀に向けた顔は寂しそうであり、とても優しかった。
「ただ……おれは琥珀姫とは、別れたくない。王太子ではなくなっても、人形のままでも、エリウの戦士であり、琥珀姫を大事にしたい気持ちに変わりはありません。メイヴの傀儡としてこれまで陛下を騙していた罰は、甘んじて受けます。すべてはそれからです」
「ディラ……」
「……ちょっと余にも話させてほしいのぢゃが」
コルマクが遠慮がちに手をあげた。琥珀はぴたりと黙り、ディランもエルクウァルも、熊耳のシアヴィルやアルティオも王を見る。コリドウェンさえラブの後ろで息を詰めつつ、じっとコルマクを睨んでいた。
人の王の上で、バロールの生命の木が伸び伸びと枝葉をそよがせる。
コルマクは一同を見渡し、深く溜息をついた。
「つまりぢゃな……ディランは、余とメイヴのあいだに生まれた息子ではなかったのぢゃな?」
だから、とまた口を挟みそうになった琥珀の口を、ディランが手でふさぐ。
コルマクはバロールに委ねられた琥珀玉を指でつまみ、じっと眺めて考えながら言った。
「ドルイドどもはメイヴがディランの偽物をつくったと申しておったが、そうではなくて、そもそものディランが人形ぢゃったのぢゃな? だから魂がなく、これまで辛い思いをしてきたのか……しかし、この琥珀玉を呑めば魂を手に入れ、人となれるというわけぢゃな? ならば、余のすべきことは一つしかないではないか」
コルマクは琥珀玉をつまんだ手を掲げ、そっとディランに差しだした。琥珀を羽交い絞めにしながら、ディランが目を丸くする。
「良いのですか? コルマク。あなたがそれを呑めば千年も生きられ、どんな病も癒やす力を得られるのに」
問いかけたのはエルクウァルだ。コルマクははじめてのようにもう一人の息子に向きあい、深く頷く。
「エルクウァルよ、余はそなたが怖かったのぢゃ。コナハトの誰もそなたのようには精霊を扱えぬ。ドルイドたちもそなたを警戒するようにと進言していたからの……しかし、その結果がこれぢゃ。余は王妃を失い、コリドウェンには嫌われているようぢゃし、そなたが余に向ける目ときたら虫けらを見るほうがましなほどぢゃ。このまま千年も生きたところでなんの楽しみがあろうか――ディランはメイヴに作られた人形かもしれぬが、これまで王太子として余を支えてくれておった。その働きに報いたい……というよりも、余が手ずから魂を与えたならば、真の余の息子となるということでよいのではないか? ディラン・マク・コルマクよ。これはメイヴの暴走を止め、エリウを救ったそなたへの褒美ぢゃ。この琥珀玉を呑み、これからもコナハトの王太子として王国を支えてくれるか? 琥珀姫とともに」
「……」
ディランが瞬きする。どんなに感じ入っていようと瞼が乾いているのは、彼が人形だからだ。琥珀と周りに促されるまま王の前に進みでて、手ずから琥珀玉を口に与えられて、呑みこむ。
ごくりと喉が動いたあと、うつむいたディランの眦から透明が雫が溢れ、緑の丘に滴った。
『良き選択だ。人の王』
バロールの声がする。ディランの口からではなく……きょろきょろと見回して、みんなが自分に注目しているとわかり、琥珀はぎょっとした。わたし?
(ちょっと、バロール! どうして人の体に勝手に入っているのよ!)
(ほんの少し借りるだけだ。ディランの感動に水を差したくはなかろう?)
(まったくもう……)
諦めて身を委ねると、バロールの声がすらすらと喉からこぼれてくる。立ちあがったディランは涙も引っ込んだように、面白そうに琥珀を見おろした。
「今ごろ声変わりか。成長したな」
(そんなわけないでしょ!)
『ダナーは精霊を従わせる力を失った。我が精霊の一族は古の生命力を取り戻し、蘇った土地を人の王が治める。千年もあれば再び滅びも変化の時も訪れようが、そのときまたディランの呑みこんだ琥珀玉を握りしめた子が生まれ、我が生命のかけらでエリウを救うやもしれぬな。生きとし生けるものの世は変化があるから面白い。変わらぬのは、エリウの土地と空だけだ――これにて、一件落着。我もエリウの一部に還るとしよう、さらば』
「え……バロールっ?」
自分が発した別れの言葉が信じられず、琥珀はとっさに口をつぐむ。息を止めていればバロールが出ていかないかもしれない、などという焦りをからかうように、古の精霊王は琥珀の口元に微笑みを残して消えていった。
ぽかんとする琥珀の頭に、ディランが手を載せて撫でてくれる。意外なほどの温かさに驚いた。涙のあとの残る凛々しい頬。思わず抱きついて、頬にキスすると、ローブ越しに伝わるディランの鼓動が強く跳ねて、琥珀の胸を気持ちよく震わせた。
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もしかしたら、もしかしちゃうかも?
そこかしこにて泡沫のごとくあらわれては消えてゆく、えにしたち。
結んで、切って、ほどいて、繋いで、笑って、泣いて。
いろんな不思議を知り、数多のえにしを目にし、触れた先にて、
はたしてユイは何を求め願うのか。
少女のちょっと不思議な冒険譚。
ここに開幕。
極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。
猫菜こん
児童書・童話
私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。
だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。
「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」
優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。
……これは一体どういう状況なんですか!?
静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん
できるだけ目立たないように過ごしたい
湖宮結衣(こみやゆい)
×
文武両道な学園の王子様
実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?
氷堂秦斗(ひょうどうかなと)
最初は【仮】のはずだった。
「結衣さん……って呼んでもいい?
だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」
「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」
「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、
今もどうしようもないくらい好きなんだ。」
……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。
星降る夜に落ちた子
千東風子
児童書・童話
あたしは、いらなかった?
ねえ、お父さん、お母さん。
ずっと心で泣いている女の子がいました。
名前は世羅。
いつもいつも弟ばかり。
何か買うのも出かけるのも、弟の言うことを聞いて。
ハイキングなんて、来たくなかった!
世羅が怒りながら歩いていると、急に体が浮きました。足を滑らせたのです。その先は、とても急な坂。
世羅は滑るように落ち、気を失いました。
そして、目が覚めたらそこは。
住んでいた所とはまるで違う、見知らぬ世界だったのです。
気が強いけれど寂しがり屋の女の子と、ワケ有りでいつも諦めることに慣れてしまった綺麗な男の子。
二人がお互いの心に寄り添い、成長するお話です。
全年齢ですが、けがをしたり、命を狙われたりする描写と「死」の表現があります。
苦手な方は回れ右をお願いいたします。
よろしくお願いいたします。
私が子どもの頃から温めてきたお話のひとつで、小説家になろうの冬の童話際2022に参加した作品です。
石河 翠さまが開催されている個人アワード『石河翠プレゼンツ勝手に冬童話大賞2022』で大賞をいただきまして、イラストはその副賞に相内 充希さまよりいただいたファンアートです。ありがとうございます(^-^)!
こちらは他サイトにも掲載しています。
【完結】またたく星空の下
mazecco
児童書・童話
【第15回絵本・児童書大賞 君とのきずな児童書賞 受賞作】
※こちらはweb版(改稿前)です※
※書籍版は『初恋×星空シンバル』と改題し、web版を大幅に改稿したものです※
◇◇◇冴えない中学一年生の女の子の、部活×恋愛の青春物語◇◇◇
主人公、海茅は、フルート志望で吹奏楽部に入部したのに、オーディションに落ちてパーカッションになってしまった。しかもコンクールでは地味なシンバルを担当することに。
クラスには馴染めないし、中学生活が全然楽しくない。
そんな中、海茅は一人の女性と一人の男の子と出会う。
シンバルと、絵が好きな男の子に恋に落ちる、小さなキュンとキュッが詰まった物語。
今、この瞬間を走りゆく
佐々森りろ
児童書・童話
【第2回きずな児童書大賞 奨励賞】
皆様読んでくださり、応援、投票ありがとうございました!
小学校五年生の涼暮ミナは、父の知り合いの詩人・松風洋さんの住む東北に夏休みを利用して東京からやってきた。同い年の洋さんの孫のキカと、その友達ハヅキとアオイと仲良くなる。洋さんが初めて書いた物語を読ませてもらったミナは、みんなでその小説の通りに街を巡り、その中でそれぞれが抱いている見えない未来への不安や、過去の悲しみ、現実の自分と向き合っていく。
「時あかり、青嵐が吹いたら、一気に走り出せ」
合言葉を言いながら、もう使われていない古い鉄橋の上を走り抜ける覚悟を決めるが──
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