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第3話
美形、登場
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『ドルイド会議の決定――虹の国の琥珀姫の呪いについて。
これを浄めるためには十年間の聖行が必要。
よって国王の裁量により、聖なる牛の世話を命じる。以上』
「どうしてこんな目に遭うのかしらね!」
桶に餌を流し込みながら、琥珀はわめかずにいられなかった。
二日間、港に留めおかれてようやく国に入ることを許されたと思ったら、住まいは牛舎で仕事は牛の世話だという。
大変に名誉な仕事だ、聖牛は王の即位式で購いに使われる大切な動物で、それの世話に取り立てられることは下働きにとって大変な栄誉なのだと、ひととおりの作業のやり方を教えてくれた老人は実にうらやましそうにきらきらした目で琥珀を見ていた。
もちろん老人は、琥珀が王太子に嫁ぐためにやってきた虹の国の王女だと知らないらしかった。
(そりゃあそうよ、わかりっこないわ。髪はぼさぼさだし肌は汚れているし、この服、まるで死人みたいに真っ白だもの)
購いのあいだは一切の贅沢品をつけてはいけないという掟とかで、牛舎に送り込まれる前に髪飾りも衣装もすべて奪われてしまった。与えられたのは麻の衣一枚だ。
大切な琥珀玉も……とっさに口に隠して守ろうとしたのに、喋りかたの不自然さを怪しまれて奪われてしまった。琥珀がいくら泣いても十年間は返してくれないという。
しかも、肝心の聖牛さまときたら……。
「ブモォォォウ」
「痛いっ」
餌を食べているとき、そばで雑巾を絞ったのが気に入らないらしい。鼻面で背中を押さえ、よろけて前のめりになったところ、尻尾で顔をはたかれた。
「ちょっと、乱暴じゃない? だれの体を拭こうとしていると思っているの」
文句を言うと、純白のお肌をした聖牛さまはくっちゃくっちゃと反芻しながら無視を決めこむ。まあ、邪魔をされるよりはいいかと、白い体を拭きにかかったところ……。
ぼたばたぼた。
汚物を足元に落とされた。
怒っちゃだめだ、怒ったら負けだ。
琥珀はスコップを小脇に抱え、藁ごと聖牛のありがたい汚物を取り除く。
(お父様お母様お姉様……わたしは、間違った国に来てしまったのかしら。つまり、ここは夢見たような魔法の国じゃないのかしら、っていうことなんだけどっ)
琥珀が牛舎に移送されてから三日がたつ。港にいるあいだは食事などを届けてくれたディランも、ぱったり姿を現さなくなっていた。
婚約者なんだから、魔法の国の王子なんだから、ぱーっと琥珀の呪いをといて頼りになるところを見せてくれたらいいのに。
故国からここに至るまで、まともに見た魔法といえば波間を滑る船くらい。あれも、潮の流れと船の性能がよかっただけかもしれないから、ほんものの魔法とは言いきれない。
(ほんとうに魔法なんてあるのかしら)
疑いたくもなってくる。
「だいたい、魔法が使えるのなら地道に牛の世話なんかする必要はないはずよね。餌やりも掃除も魔法でぱーっと済ませられるはずだもの。ぱーっ」
両腕を広げて念じてみたものの、藁一つぴくりとも動かなかった。聖牛が馬鹿にしたようにブモゥンと鳴く。
「はぁ……」
琥珀がしょんぼりして、大きさだけは一人前の熊の手に鋤を挟んだとき、
「くすっ」
だれかに笑われた気がした。琥珀の負けず嫌いにぱっと火がつく。
「そこにいるのはだれ! ディラン様よね、ディラン様でしょう。隠れていて人を笑いものにしようったってそうはいかないんだから……」
「残念ながら、違います」
ふわりと、その人は光を運んできたようだった。裾の長い飾り気のないローブを着ているのに、どんな錦織りよりも眩しく感じさせる。背中に届くほど長い銀髪と、繊細な顔立ち。
(なんてきれいなの。こんなきれいな人、見たことないわ)
時間を忘れてうっとり見つめていたところ、美人はゆっくりと琥珀に近づいてきて、腰を折るお辞儀をした。
「はじめまして、琥珀姫。僕はエルクウァルと申します」
「僕……男のかただったんですか!」
思わず驚いた声をあげてしまった。エルクウァルの視線――きれいな紫色の瞳だ――を受けて、琥珀は慌てて熊の手で口を塞ぐ。
「ごめんなさい、失礼よね。あなたがあんまりきれいだったものだから」
「お褒めいただきありがとうございます。しかし、僕の目には琥珀姫こそ魔法のように輝いて見えますよ」
「あら」
照れそうになったものの、エルクウァルの瞳に映る自分の姿にいびつな熊の手がくっついていることを思いだしてしまった。琥珀はエルクウァルが握手のために差し出した手を拒んで、両手を後ろにまわす。
「僕と握手はしたくありませんか」
「いいえ、違うの。ただ、わたしの手は呪われているみたいだから、この国の人と触れあってはいけないというのだもの」
「そんなつまらないことを気にするのは年寄りくらいのものです」
「きゃ」
エルクウァルは手の代わりに琥珀の肩を引き寄せた。相手が男性とはいえ宝石のようにきれいなこともあって、琥珀は自分もちゃんと髪を梳いておけばよかったと恥ずかしくなってしまう。けれどエルクウァルは琥珀のみじめな姿などまったく気にしていないように笑って、
「か弱い姫に牛舎の掃除をさせるなんてとんでもない。それくらいのことは彼らにさせたらいいんですよ」
「彼ら?」
琥珀は瞬きした。エルクウァルが指を鳴らしたところ、その先の空間から、琥珀の膝ほどの背丈の人影がぞろぞろと現れて、牛舎に散りはじめる。茶色っぽい小さな影は数人がかりで大きな鋤を操り、水を運んできたり藁を取り替えたりして、あっというまに牛舎をぴかぴかにしてしまった。
琥珀は瞼を擦った。聖牛の背を揉もうとした影が尻尾に振り払われている。
「魔法……なの?」
「精霊ですよ、地精です。彼らは僕の命令に応じてなんでもしてくれますが、琥珀姫はほかにしてほしいことがありますか?」
ぱっと思い浮かんだのは、大切な琥珀玉を取り返してほしいということだった。けれど、だれが預かっているかわからないものだし、盗んでくれとも頼めない……しょんぼりする心をお見通しのように、エルクウァルはいたずらっぽく片目をつむってみせた。
「おやすいご用です」
琥珀ははっとする。まさか、
「あなた、わたしの心を読んだの……?」
返事を待つあいだの少しの沈黙。うっすら笑う青年の微笑みを、琥珀はいつかどこかで見たことがあるような気がした。
「あの」
重なる疑問を確かめようとしたのに、無粋な怒鳴り声が琥珀の声を途切れさせてしまう。
「そこでなにをしている!」
琥珀は飛び上がって驚く。牛舎の掃除をしていた茶色い精霊たちも、ぴゃっと跳ねて四散してしまった。
一般の兵士なら琥珀を頭ごなしに怒鳴りつけたりしない。剣を帯びた人影がだれなのか、黒い輪郭ですぐにわかった。
「ディラン様。どうしてここに」
もう十年は会えないものだと、忘れようとしていたくらいだ。琥珀は臨戦態勢に入ったが、ディランは口喧嘩に構う余裕などないとばかりに、琥珀とエルクウァルの腕をつかんで二人を引きはがした。
そしてそのまま、エルクウァルに額を突きあわせる。琥珀のことなど視界に入ってもいないようだった。
「魔法使いがこんなところになんの用だ? エルクウァル、おまえには神々に捧げる聖獣など不要のものだろう」
「僕がどこにいようがあなたには関係ないじゃありませんか。相変わらず繊細さの欠片もない男ですねえ。あなたが大声を出すものだから、琥珀姫を手伝わせるために呼びだした精霊たちは驚いて消えてしまったし、姫ご自身もほら」
エルクウァルはすっと空いているほうの手を伸ばして、琥珀の蜜色の髪を掠めるように撫でた。
「怖がっていらっしゃいますよ、かわいそうに」
「……」
同情は胸に優しいが、それよりも髪を撫でられる感触が心に沁みた。胸がいっぱいになることではじめて、そこが寂しかったのだと気づいて、溢れそうになるものを堪える。
ディランが琥珀を見て、うっとうしそうに舌打ちしてからエルクウァルを解放した。
「行っちまえ。めったに王宮に寄りつかないくせに、こういうときだけ現れるんじゃねえ」
「あなたこそ、いたいけな少女一人も大切にできないくせに、偉そうな口をきくんじゃありませんよ。まあ、今日だけは引きさがってあげましょう――琥珀姫、また」
エルクウァルはとびっきりの微笑みを残して、牛舎を出ていった。美人はある意味才能だと琥珀がうっとり見送っていたところ、頭の上からごく低い、恨めしげな声が響いてくる。
「……あの野郎に、いつから作業を手伝わせていた」
琥珀ははっとして振り向き、ディランを睨みつけた。
「今日がはじめて、ついさっきからよ。あの野郎なんていう呼び方は、たとえあなたが王子でも失礼だわ。あの人はこの国ではじめてわたしに親切にしてくれた恩人なのだもの」
「恩人だあ? そんなに可愛いタマかよ、あいつが」
ディランは吐き捨てるようにつけ足す。
「あんたを手なずけて、利用しようっていう腹づもりに決まっている」
琥珀はかっとした。
「どうしてあなたはそんなふうに性格が悪いのよ! わたしがどんな気持ちで三日間ここにいたのかわかっている? 結婚をするつもりで準備だってしてきたのに、いきなり呪いをかけられたからってみんなに厭われて、十年間もここで暮らせって命令されて、お守りもとられて……おまけにあなたにまで放っておかれて! エルクウァルだけがわたしに親切にしてくれたのよ。そんな彼をあなたが侮辱する権利なんてないんだから!」
「……あんたはあいつを知らないだけだ。落ちついて聞けよ、あいつは」
「あなたの言い訳なんか聞きたくない! ディランなんて大っきらいよ、わたし……こんな国に来るんじゃなかった!」
堪えてきたものが言葉とともに溢れだし、頬をぽろぽろと零れる。ディランがぎょっとしたように琥珀を見ていた。弱みなんか見せたくなかったのに、顔を拭おうとしたけれど、手のひらはちくちく刺さる熊の毛皮だ。
琥珀はディランに背を向けた。なにか言いたげな気配を察したものの、これ以上婚約者のそばにいるのが耐えられなくて牛舎を飛びだす。
これを浄めるためには十年間の聖行が必要。
よって国王の裁量により、聖なる牛の世話を命じる。以上』
「どうしてこんな目に遭うのかしらね!」
桶に餌を流し込みながら、琥珀はわめかずにいられなかった。
二日間、港に留めおかれてようやく国に入ることを許されたと思ったら、住まいは牛舎で仕事は牛の世話だという。
大変に名誉な仕事だ、聖牛は王の即位式で購いに使われる大切な動物で、それの世話に取り立てられることは下働きにとって大変な栄誉なのだと、ひととおりの作業のやり方を教えてくれた老人は実にうらやましそうにきらきらした目で琥珀を見ていた。
もちろん老人は、琥珀が王太子に嫁ぐためにやってきた虹の国の王女だと知らないらしかった。
(そりゃあそうよ、わかりっこないわ。髪はぼさぼさだし肌は汚れているし、この服、まるで死人みたいに真っ白だもの)
購いのあいだは一切の贅沢品をつけてはいけないという掟とかで、牛舎に送り込まれる前に髪飾りも衣装もすべて奪われてしまった。与えられたのは麻の衣一枚だ。
大切な琥珀玉も……とっさに口に隠して守ろうとしたのに、喋りかたの不自然さを怪しまれて奪われてしまった。琥珀がいくら泣いても十年間は返してくれないという。
しかも、肝心の聖牛さまときたら……。
「ブモォォォウ」
「痛いっ」
餌を食べているとき、そばで雑巾を絞ったのが気に入らないらしい。鼻面で背中を押さえ、よろけて前のめりになったところ、尻尾で顔をはたかれた。
「ちょっと、乱暴じゃない? だれの体を拭こうとしていると思っているの」
文句を言うと、純白のお肌をした聖牛さまはくっちゃくっちゃと反芻しながら無視を決めこむ。まあ、邪魔をされるよりはいいかと、白い体を拭きにかかったところ……。
ぼたばたぼた。
汚物を足元に落とされた。
怒っちゃだめだ、怒ったら負けだ。
琥珀はスコップを小脇に抱え、藁ごと聖牛のありがたい汚物を取り除く。
(お父様お母様お姉様……わたしは、間違った国に来てしまったのかしら。つまり、ここは夢見たような魔法の国じゃないのかしら、っていうことなんだけどっ)
琥珀が牛舎に移送されてから三日がたつ。港にいるあいだは食事などを届けてくれたディランも、ぱったり姿を現さなくなっていた。
婚約者なんだから、魔法の国の王子なんだから、ぱーっと琥珀の呪いをといて頼りになるところを見せてくれたらいいのに。
故国からここに至るまで、まともに見た魔法といえば波間を滑る船くらい。あれも、潮の流れと船の性能がよかっただけかもしれないから、ほんものの魔法とは言いきれない。
(ほんとうに魔法なんてあるのかしら)
疑いたくもなってくる。
「だいたい、魔法が使えるのなら地道に牛の世話なんかする必要はないはずよね。餌やりも掃除も魔法でぱーっと済ませられるはずだもの。ぱーっ」
両腕を広げて念じてみたものの、藁一つぴくりとも動かなかった。聖牛が馬鹿にしたようにブモゥンと鳴く。
「はぁ……」
琥珀がしょんぼりして、大きさだけは一人前の熊の手に鋤を挟んだとき、
「くすっ」
だれかに笑われた気がした。琥珀の負けず嫌いにぱっと火がつく。
「そこにいるのはだれ! ディラン様よね、ディラン様でしょう。隠れていて人を笑いものにしようったってそうはいかないんだから……」
「残念ながら、違います」
ふわりと、その人は光を運んできたようだった。裾の長い飾り気のないローブを着ているのに、どんな錦織りよりも眩しく感じさせる。背中に届くほど長い銀髪と、繊細な顔立ち。
(なんてきれいなの。こんなきれいな人、見たことないわ)
時間を忘れてうっとり見つめていたところ、美人はゆっくりと琥珀に近づいてきて、腰を折るお辞儀をした。
「はじめまして、琥珀姫。僕はエルクウァルと申します」
「僕……男のかただったんですか!」
思わず驚いた声をあげてしまった。エルクウァルの視線――きれいな紫色の瞳だ――を受けて、琥珀は慌てて熊の手で口を塞ぐ。
「ごめんなさい、失礼よね。あなたがあんまりきれいだったものだから」
「お褒めいただきありがとうございます。しかし、僕の目には琥珀姫こそ魔法のように輝いて見えますよ」
「あら」
照れそうになったものの、エルクウァルの瞳に映る自分の姿にいびつな熊の手がくっついていることを思いだしてしまった。琥珀はエルクウァルが握手のために差し出した手を拒んで、両手を後ろにまわす。
「僕と握手はしたくありませんか」
「いいえ、違うの。ただ、わたしの手は呪われているみたいだから、この国の人と触れあってはいけないというのだもの」
「そんなつまらないことを気にするのは年寄りくらいのものです」
「きゃ」
エルクウァルは手の代わりに琥珀の肩を引き寄せた。相手が男性とはいえ宝石のようにきれいなこともあって、琥珀は自分もちゃんと髪を梳いておけばよかったと恥ずかしくなってしまう。けれどエルクウァルは琥珀のみじめな姿などまったく気にしていないように笑って、
「か弱い姫に牛舎の掃除をさせるなんてとんでもない。それくらいのことは彼らにさせたらいいんですよ」
「彼ら?」
琥珀は瞬きした。エルクウァルが指を鳴らしたところ、その先の空間から、琥珀の膝ほどの背丈の人影がぞろぞろと現れて、牛舎に散りはじめる。茶色っぽい小さな影は数人がかりで大きな鋤を操り、水を運んできたり藁を取り替えたりして、あっというまに牛舎をぴかぴかにしてしまった。
琥珀は瞼を擦った。聖牛の背を揉もうとした影が尻尾に振り払われている。
「魔法……なの?」
「精霊ですよ、地精です。彼らは僕の命令に応じてなんでもしてくれますが、琥珀姫はほかにしてほしいことがありますか?」
ぱっと思い浮かんだのは、大切な琥珀玉を取り返してほしいということだった。けれど、だれが預かっているかわからないものだし、盗んでくれとも頼めない……しょんぼりする心をお見通しのように、エルクウァルはいたずらっぽく片目をつむってみせた。
「おやすいご用です」
琥珀ははっとする。まさか、
「あなた、わたしの心を読んだの……?」
返事を待つあいだの少しの沈黙。うっすら笑う青年の微笑みを、琥珀はいつかどこかで見たことがあるような気がした。
「あの」
重なる疑問を確かめようとしたのに、無粋な怒鳴り声が琥珀の声を途切れさせてしまう。
「そこでなにをしている!」
琥珀は飛び上がって驚く。牛舎の掃除をしていた茶色い精霊たちも、ぴゃっと跳ねて四散してしまった。
一般の兵士なら琥珀を頭ごなしに怒鳴りつけたりしない。剣を帯びた人影がだれなのか、黒い輪郭ですぐにわかった。
「ディラン様。どうしてここに」
もう十年は会えないものだと、忘れようとしていたくらいだ。琥珀は臨戦態勢に入ったが、ディランは口喧嘩に構う余裕などないとばかりに、琥珀とエルクウァルの腕をつかんで二人を引きはがした。
そしてそのまま、エルクウァルに額を突きあわせる。琥珀のことなど視界に入ってもいないようだった。
「魔法使いがこんなところになんの用だ? エルクウァル、おまえには神々に捧げる聖獣など不要のものだろう」
「僕がどこにいようがあなたには関係ないじゃありませんか。相変わらず繊細さの欠片もない男ですねえ。あなたが大声を出すものだから、琥珀姫を手伝わせるために呼びだした精霊たちは驚いて消えてしまったし、姫ご自身もほら」
エルクウァルはすっと空いているほうの手を伸ばして、琥珀の蜜色の髪を掠めるように撫でた。
「怖がっていらっしゃいますよ、かわいそうに」
「……」
同情は胸に優しいが、それよりも髪を撫でられる感触が心に沁みた。胸がいっぱいになることではじめて、そこが寂しかったのだと気づいて、溢れそうになるものを堪える。
ディランが琥珀を見て、うっとうしそうに舌打ちしてからエルクウァルを解放した。
「行っちまえ。めったに王宮に寄りつかないくせに、こういうときだけ現れるんじゃねえ」
「あなたこそ、いたいけな少女一人も大切にできないくせに、偉そうな口をきくんじゃありませんよ。まあ、今日だけは引きさがってあげましょう――琥珀姫、また」
エルクウァルはとびっきりの微笑みを残して、牛舎を出ていった。美人はある意味才能だと琥珀がうっとり見送っていたところ、頭の上からごく低い、恨めしげな声が響いてくる。
「……あの野郎に、いつから作業を手伝わせていた」
琥珀ははっとして振り向き、ディランを睨みつけた。
「今日がはじめて、ついさっきからよ。あの野郎なんていう呼び方は、たとえあなたが王子でも失礼だわ。あの人はこの国ではじめてわたしに親切にしてくれた恩人なのだもの」
「恩人だあ? そんなに可愛いタマかよ、あいつが」
ディランは吐き捨てるようにつけ足す。
「あんたを手なずけて、利用しようっていう腹づもりに決まっている」
琥珀はかっとした。
「どうしてあなたはそんなふうに性格が悪いのよ! わたしがどんな気持ちで三日間ここにいたのかわかっている? 結婚をするつもりで準備だってしてきたのに、いきなり呪いをかけられたからってみんなに厭われて、十年間もここで暮らせって命令されて、お守りもとられて……おまけにあなたにまで放っておかれて! エルクウァルだけがわたしに親切にしてくれたのよ。そんな彼をあなたが侮辱する権利なんてないんだから!」
「……あんたはあいつを知らないだけだ。落ちついて聞けよ、あいつは」
「あなたの言い訳なんか聞きたくない! ディランなんて大っきらいよ、わたし……こんな国に来るんじゃなかった!」
堪えてきたものが言葉とともに溢れだし、頬をぽろぽろと零れる。ディランがぎょっとしたように琥珀を見ていた。弱みなんか見せたくなかったのに、顔を拭おうとしたけれど、手のひらはちくちく刺さる熊の毛皮だ。
琥珀はディランに背を向けた。なにか言いたげな気配を察したものの、これ以上婚約者のそばにいるのが耐えられなくて牛舎を飛びだす。
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