圏ガク!!

はなッぱち

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家畜生活はじまりました!

独房体験

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 髭を見送り、由々式たちの所へ戻ると、寮長が改めてオレたち三人を確認するように見た。どこかボンヤリした印象があるのは、寝起きだからだろうか。

 廊下の突き当たりには、物置部屋があった。当然、中は見た事などないが、決して広い場所ではないだろう。そこへゾロゾロと当然のようにオレたちは入って行く。

 中は黴だろうか独特の匂いが充満し、蛍光灯の下で舞う埃の視覚効果もあって非常に不快な空間だった。その中で、所狭しと積み上げられた段ボールが不自然に避けられた、ぽっかりと穴でも空いたような場所があった。
 そこを恐る恐る覗けば、床下収納でもあるのか、床に随分と物々しい扉が存在していた。

 ご丁寧に彫り込み式でプレートに書かれた文字は、予想通り『反省室』と読み取れる。執事モドキがその体を膨らませるよう力みながら重い扉を持ち上げると、そこにはホラー映画に出てきそうな石畳の階段が続く。

「旦那様はこちらでお待ち下さい。狭間も来なくて良い。お前たちは二人はついて来い」

 執事モドキに促され、オレと由々式は冷え冷えとした階段を下りていく。その先は意外と広く、元々あった床下収納を利用したという訳ではなさそうだった。

 人がすれ違えるくらいの幅の通路を挟んで、三つの扉が見える。両サイドの扉は開かれているが、真ん中の扉は厳重に施錠され閉められていた。おそらく、あの中にスバルが放り込まれているのだろう。スバルは眠っているのか、酷く静かだった。まあ、あの山道を走行するバスの中で熟睡出来る奴だから、不思議でもないか。

「反省文はこの中で書いてもらう。出来るまでは外に出られないと思え。朝飯は七時、昼飯は十三時、晩飯は十九時に運んでやる。二時間置きに様子を見に来るので、心配はいらん。終わればすぐ出してやる」

 執事モドキは説明を終えるや、通路に唯一ある両開きの棚を開くと、中からトイレットペーパーを二つ取り出し、オレらに手渡した。本格的に囚人といった体で朝からウンザリしたが、とっとと終わらせればいいだけだと、無理矢理頭を切り換えて独房へと足を踏み入れた。

「…………マジか」

 目の前に広がる光景に思わず声が出た。ドラマとか映画で見る刑務所そのままだ。てか、それ以上かもしれない。床も壁も天井も、打ちっ放しのコンクリで足下からの冷えが半端ない。

 家具はスプリングだけのベッドと場違いな教室とかにある机と椅子がワンセット。それから洗面台に曇った鏡、その横に剥き出しの便器、壁にかかった時計のみ。地下なので当然、窓はない。背後で閉じられた扉は、真ん中と違って一枚板のような物ではなく、鉄格子だったので、それ程の閉塞感はないが、ガチャンと鍵のかかる音を聞くとゾッとした。

「では、朝食の時にまた来る。しっかり励むように」

 由々式が入った方の扉にも鍵をかけると、執事モドキはそう言い、再び階段を上っていった。朝食までに一時間以上あるというのに、入り口が閉じた後にオレは気付いてしまった。筆記用具がない。これでは何も出来ないじゃないかと、スマホの画面を眺めて思案していると、隣から、正確には隣の隣から悲鳴が聞こえた。扉に駆け寄って、どうしたと声をかけると、

「ヤバイべ! ここヤバすぎだべ! 節足動物の住処になっとるべ!」

嫌な事を聞かされた。不用意にベッドや机に近づかないでよかった。とりあえず、机を使えるようにする為、蹴り飛ばしてみると結構なインセクトの出現にショックを受けた。

 それから朝食が運ばれて来るまでに、なんとかインセクトを便所に流して、落ち着いて作業にあたれる環境を作った。靴を持って来ていなかったのは痛かった。靴下は履いているとは言え、踵の下で甲殻の潰れる感触を当分は忘れられそうにない。噛まれたら医務室で反省文を書かせてくれるかなと、一瞬考えたが何度もオレの考えは甘いと言われたせいか、実行しようとは思えなかったのだ。

 朝食を運んできた執事モドキに筆記用具がない事を伝えると、慌てて一式持って来てくれた。反省の材料にしろと、校則が記されている生徒手帳もあり、オレは朝食を取らずにペンを取った。

 どうにも便器を眺めながら、物を食う気になれなかったせいもあるが、明け方に食った塩ラーメンと焼きそばで腹が一杯だった。一刻も早く片付けてしまおうと、黙々とペンを動かし、その日の昼食後、三時に執事モドキが見回りに来た時、反省文を提出した。

 暫く待たされている間、由々式は散々泣き言を言っていたが、どうにもしようがない。奴はまだ半分も終わっていないらしく、オレが先に終わった事で集中力も切れてしまったそうだ。

「あんなアバウトな仕分け方ないべ。絶対に夷川の方が少なかったに違いないべ。不公平じゃ」

 オレの方は七十枚近くあったのだが、それ以上なら確かに不公平かもしれない。数えてみろと言うと、五十八枚だと由々式が答え、今度はオレが不公平だと返してやった。執事モドキに由々式の方へあと十枚ばかり足すよう進言してやろうと提案したら本気でキレられた。

 馬鹿な事を言ってないで、手を動かした方がいいと悟ったらしい由々式は、ぶつぶつ言いながらも作業を再開したらしく、紙をペンが引っ掻く音が聞こえてきた。かなり力んで字を書く癖があるみたいだ。

 執事モドキはなかなか戻って来なかった。まあ反省文に目を通しているのだろう。書けばいいって物でもないらしい。丸ごとやり直しなんて事にはならないだろうが、少し不安にもなってくる。そんな気分をどうにかしたくて、あれやこれやと考えていると、ふと隣からは全く音が聞こえてこない事に気が付いた。

 スバルが居る側の壁を叩いてみると、コンクリを流し込んだ壁といった感じで、まったく響いた音がしなかった。真ん中の部屋だけは扉も鉄格子ではなく、普通の扉だったので中は見えないし、物音も聞こえてもこない。本当にスバルが居るのか、それすらも分からなかった。

 出入り口の蓋が開く音が聞こえ、執事モドキが戻って来た。無言で扉の鍵を開け、オレは無事に釈放された訳だが、どうにも隣が気になってしまい、無駄口と注意されるのも覚悟して、スバルの様子を尋ねた。

「あの、春日野は本当にここに居るんですか? 全く気配がないんですが」

 オレの質問を聞くと、執事モドキは何故か嫌そうな顔をした。そして、その視線はスバルが居る独房の扉へと向けられている。

「そこの部屋は特別で、外部と一切コミュニケーションが取れない設計になっているのだ。気配を感じないのはそれが原因だ。ちゃんとこの中に春日野は居る」

 扉の中央よりやや上ある薄い鉄板の蓋をスライドさせると、一般的な物より少し大きい目の、のぞき穴が現れた。執事モドキは見て確認しろと、顎でのぞき穴を示した。

 一晩中こんなに厳重に閉じ込められているスバルを多少不憫に思いながらも、中がどんな状態か好奇心を抑えられず覗き込んだ。

 部屋の構造はオレの入っていた場所とそう変わらず簡素だったが、正面の壁、天井に接している僅か十センチ程の所に細長い窓が存在していた。完全な密室ではないらしい。けれど、時計はどうもないようだ。どちらがマシかは、すぐに出られたオレには分からないが、自分で検証してみようとは思えないな……後で由々式に聞いてみるか。

 まあ部屋はいいだろう。問題は入っているスバル本人だ。一晩程度では何一つ堪えていないのは明白で、今はベッドの上で飛び跳ねながら天井にタッチする遊びに夢中だった。音は全く聞こえないが、ベッドのスプリングに着地する度、盛大に埃が舞い上がっている。

「あの通り全く反省の色がないのだ。お前らと同じように反省文を書かせれば……これだ。話しにならん」

 懐から取り出した折り畳まれた紙を受け取る。開くと思わず目が点になった。小学生のような、ひらがなばかりの文字で、

『ちぇんじきぼー きんにくだるま ちぇんじー えべっさん よんでちょ ここひまひますぎ きんちゃんとあそびたいです まる』

奇っ怪な文章? が書いてあった。ついでに、それ以外の空白は前衛的な落書きで埋められている。空恐ろしいものを感じずにはいられなかった。やっぱりバスの中で名乗るんじゃなかったと後悔に襲われる。

 この怪文書を残した問題児に目をやると、のぞき窓に気付いたのか、興味深そうに向こうからこちらを覗き込む奴の顔があった。思わず仰け反ってしまうが、すかさず執事モドキが蓋を元に戻した。きっと扉の向こうでは騒ぎ立てているであろうスバルの声も物音も聞こえない。

 自分の事を考えると、このまま始業式と言わず、スバルの記憶からオレの名前が消えるまで、このままでもいいんじゃないかと思ってしまった。
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