圏ガク!!

はなッぱち

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家畜も色々

寮長のお戯れ

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「遅かったではないか、夷川。旦那様が中でお待ちだ。可及的速やかに体を清め、湯に浸かるといい」

 状況が分からず惚けていると、じいちゃんと執事モドキに服をむしり取られ、有無を言わさず浴場へと押し込まれた。湯煙の中で目をこらすと、湯に浸かった寮長がこちらをジッと見つめており、妙な具合で目が合ってしまう。

「体調は良くなったみたいだな」

「あ、はい。おかげさまで」

 オレが軽く頭を下げると、寮長は腕だけで器用に風呂の縁へと腰をかけ、その白い背中を露わにした。

「体を洗い早くこちらへ来るといい」

 なんか色っぽい誘いみたく聞こえてしまうが、オレを湯に浸からせてくれとじいちゃんが寮長に頼んでくれたのだろう、深い意味は無いと自分に言い聞かせ、オレはいつもの要領で体を洗い遠慮無く寮長の隣にお邪魔させてもらった。

「すまない。急かしてしまったな」

 湯を跳ねさせないよう、静かに湯船に体を沈めると、隣で寮長の呆れたような声が聞こえた。一応ちゃんと洗えてはいると伝えようとして視線を隣にやると、真っ白な太股が視界に入り慌てて視線を正面に向ける。

 いやしかし、自分の心境が全く分からない。別に寮長はどっから見ても男で間違いないのに(今、一瞬チラッと動かしようのない証拠が目に入ってしまったのだ)どうしてここまで緊張してしまうのか。寮長を意識しまくる今のオレには、久し振りの湯の心地よさを満喫出来る余裕がなかった。

「週に一度、こうやって一番風呂に入らせてもらっているんだ。まあ、寮長特権だ」

 冗談めかして言う寮長はそう言って軽く笑うと黙ってしまったので、オレは医務室に運んでくれた礼をまず口にした。それから、先輩に伝えてくれた事も。

「金城先輩は顔を見せてくれたのか?」

 さっきまで一緒に居てくれた事を言うと、寮長は穏やかな声で「それはよかったな」と呟いた。その声が甘さを感じるくらい優しく聞こえたので、怪訝に思い視線を隣に向けると寮長が微笑みながらオレを見下ろしていた。普通に考えて、あんな悲惨な目に遭わされた相手に向けられる表情ではない。

「夷川、お前が倒れた時の事を覚えているか?」

 寮長の寛大すぎる精神構造にオレが感心していると、唐突にそんな質問をされた。倒れた前後の事は正直な所、意識が朦朧としていて正確には覚えていなかったので、正直にそう答えようとしたのだが、寮長が先に言葉を続けてしまう。

「僕が金城先輩に好意を持っているかどうか、それを知りたかったのだろう」

 あぁそうだった……あの時、意識が朦朧としていたせいか、勝手な妄想を寮長にぶつけてしまったのだ。

「すいません! ちょっと頭が熱で馬鹿になってたみたいで、訳分かんない事ばっか口走ってしまって……すいませんでした!」

 オレが即座に謝罪すると、寮長はオレと視線を合わせる為か再び湯船に入って来る。

「謝る必要はない。あの時は僕も冷静ではなかったからな。その言葉の背景が読めなかったんだ」

 肩まで湯に浸かりフッと息を吐くと、寮長はオレの目を真っ直ぐ見つめながら

「安心するといい。お前が金城先輩に抱いているような気持ちを僕は一片も持ち合わせてはいない」

割と爆弾発言を平然と投げて寄越した。

「先輩の穏やかな人柄に好感は持っているが、それすらも僕としては複雑なんだ。ましてや、恋愛感情など考えられん」

 オレは寮長の言葉を受けて、まだ逆上せるほど長湯はしていないのにポカンとしてしまう。恋愛感情ってなんか聞き慣れない響きだな。まあ、男子校で飛び交う単語じゃあない、か……。

「はぁあ!? 恋愛感情って、オレが先輩にって意味かよ!」

 何を言われているか理解したオレは、先輩である寮長相手だと言うのに、動揺のあまり胸中をそのままぶつけてしまう。そんなオレを咎めもせず、寮長は「そうなのだろう?」と念押しするように問いかけてきた。

 先輩に恋愛感情! 先輩に恋愛感情? いや、ないって。そりゃ、飛びつくくらいには好きだけど『恋愛』なんて呼ぶ好きじゃなくて、もっと、こう……普通に好きなだけだ。

「違うのか?」

「違いますよ!」

 少し落ち着いてきたらしく、今度は即答出来た。その成果に満足して鼻息荒く寮長を睨み付けていると、真っ直ぐに向けられていた視線を少し逸らされる。

「そうなのか……ならば、僕が遠慮する必要はないのだな」

 そう独り言のように呟いた寮長は、物憂げに湯を眺めながら自分の肩を抱くような仕草を見せた。

「僕が先輩と縒りを戻しても、お前はかまわないのだな」

 寮長はジッとオレを見つめてきた。まるでオレの答えを待つように。火照っているはずの体が冷たくなっていく。オレの嫌な妄想は当たっていたのか? 先輩と寮長はつき合っていたのか?

「僕が金城先輩を貰ってしまってもいいんだな?」

「…………い、やだ」

 押し止めようとしたが無理だった。転がり出た返答を寮長は穏やかな、見惚れてしまうくらいの微笑で受け止めてくれた。

「お前の感情と僕の先輩への感情は違うのだろう。なら、問題は何もない」

 何も答えられずに居るオレに、寮長は妖艶な表情を浮かべて更に言葉を続ける。

「僕が先輩とキスしようと、抱き合おうと」

 頭の何処かが一瞬で火を噴いた。寮長がそう口にした途端、オレはその白い肩に掴み掛かってしまった。すると寮長は鼻で笑い、オレの中で燻っていた火に油を撒くような、挑発的な表情を向けてきた。

「随分と恐い顔をしているぞ。まさか、お前もしてみたいとは言わないよな? それはおかしい、どう考えても『普通』ではないぞ」

 ゴチャゴチャうるせぇ。そんな理屈知るか。先輩はやらない。返さない。

「先輩はオレのだ。勝手な事ばっか言うな」

 後先を考えず勢いで啖呵を切ってしまった。何も言わずにやり過ごしたら、先輩と交わした約束も消えてしまいそうで嫌だったのだ。

「冗談だ」

 オレの視線を平然と受け止めていた寮長が、突然表情一つ変えずに呟いた。言葉の意味をオレの頭が理解する前に、眉間に思い切り湯が炸裂した。

「雫と同じくらい頭に血が昇りやすいらしいな、夷川」

 寮長が器用に手のひらを使って水鉄砲を撃ってくる。二度目は鼻を狙われ、避けようとして見事に湯が鼻に入ってしまい、ツーンとした痛みに涙ぐんでしまった。あの脳筋と同じくらい……酷い言われようで反論したかったが、勝ち誇った寮長の顔を見ていると、自分がいいように踊らされていた事を嫌でも思い知らされて、とにかく逃げようと湯に潜る。

 オレ、何やった? 寮長に何を言わされたんだ? 

『先輩はオレのだ。勝手な事ばっか言うな』

 なんで先輩がオレのモノなんだよ。てか、勝手な事を言ってるのはオレじゃねーか。いや、寮長も大概だ。どんだけ質の悪い冗談だ。てか、どこからが冗談だ。

「どこからが冗談なんだよ、くそ!」

 息が続かなくなり浮き上がったオレは、もう取り繕うのは完全に諦め、悪態をつきながら寮長に詰め寄った。

「全部だ。最初に言っただろう。好感を持つのすら複雑だ、と」

 確かに仕草も表情もあからさまだったが、こんな動く芸術品に一芝居打たれたら誰だって手のひらの上だ。熱めの湯に潜ったせいで、顔が熱くて堪らない。今すぐ、この場を逃げ出したかった。
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