圏ガク!!

はなッぱち

文字の大きさ
上 下
170 / 372
圏ガクの夏休み!!

痛恨のミス

しおりを挟む
 拷問のような夜が明けて翌日、オレは初めて部活組に便乗して、先輩たちと一緒に山を下りた。

 乗客はたったの四人、山センと矢野君、それにオレと先輩。小吉さんは奉仕作業で早朝便で先行しており、稲継先輩は女神が帰ってしまった後も図書室に通い続けているらしい。まあ十中八九、女神が目当てだったと霧夜氏に悟られない為だろうが……無駄な努力のような気もするな。

「あーあ、夏休みもあと四日かぁ」

 ガクンガクンと揺れまくる車内で、ふんぞり返った山センが気の抜けた声を上げる。毎日のように乗って慣れたとは言え、一年のオレは一人年季が足らず、前列のシートにある取っ手を握り締めながら、上級生の会話に口を挟む。

「まだ二七じゃんか、あと五日はあるだろ」

 例え一日だろうと、貴重な一日だ。人目を憚らず、こ、こ、恋人として過ごせる大事な時間、そうそうに削られては堪らない。

「ばっかやろう、夷川はな~んにも知らねぇなあ。矢野、いっちょ教えたれ」

 激しい揺れの中で、舟を漕いでいた矢野君を山センはスパーンと叩き起こす。

「あぁ? 月末には全員が帰校すっからな。ギリまで帰って来ないのは三年だけだぞ。二年は三十まで、一年は二十九までだ」

「え、なんで? え、なんで一年だけそんな早く休み終わんの?」

 一日どころか二日も短縮されるなんて寝耳に水だ。冗談だと言って欲しくて先輩の方を見れば、どうしてオレが動揺しているのか分かっていないのだろう、不思議そうに首を傾げていた。

「お前、夏休みのしおりを読まんかったな。一年は二年が戻る前に、寮の掃除があるから一日休みが短くなるんだ」

 鼻歌交じりに運転中の担任が、ちょっと振り向いて絶望的な事を言ってくれる。腫れは引いてきているが痣だらけの顔は、運転に支障はないのかと問いたくなるレベルだ。

「だから~夷川の夏休みはあと三日な」

 ショックで言葉を失うオレに、山センはニヤニヤしながら現実を突きつけて来た。

「…………あと、三日」

 長かった夏休みの残り日数を口にすると、嫌になるくらいしょげた声が出た。見かねてか、先輩が背中を撫でてくれる。

「セイシュン、宿題はちゃんと終わってるか?」

 夏休みの課題なら、とうに終わっている。答えようとして先輩の顔を見つめると、まだ片付けていない課題を見つけて「終わってない」と短く答えた。

 先輩とまだ……何もしてない。いや、正式に付き合い始めたの昨日だし、気が早いってか、がっつきすぎだと思うけど、夏休みの次、冬休みまで絶対に待てない。

「なら、俺も付き合うから、しっかり終わらせような」

 分かっているのかいないのか、先輩はそんな事を言う。オレは素直に「うん」と頷いて、揺れ跳ねる車内で必死に片手を離し、シートの影で先輩の手を握った。表情こそ変わらなかったが、当然のように握り返してくれる手に、今夜こそはとオレは誓いを立てた。

 公民館到着後、オレは担任に連れられて響総合病院を受診した。

 診断は軽い捻挫で、湿布を処方された程度で済んだ。が、問題はオレを連れて来た担任の方で、院内にいた患者さんはもちろん、看護師さんや響先生にまで何事かと青ざめた顔をさせていた。「娘が見たら卒倒してしまう」と、大丈夫ですと断る担任を看護師さんに包囲させ、有無を言わさず治療する響先生は、さすが圏ガクのかかりつけの医者だなぁと思わずにはいられない迫力があった。

 自業自得とは言え、怪我をしているという体のおかげで、その日は久し振りに美味しい食事にありつけた。

 タダ飯というのも気まずくて、片付けは率先してやったが、夏休みがあと三日と言う事は、由々式のおばさんが作る美味しい食事が食えるのも三日な訳で、改めて憂鬱な気分になる。

「なに若い子が辛気くさい顔してるの」

 溜め息混じりに皿を拭いていると、夏中まるでテンションの変わらなかった村主さんが、手加減なくオレの背中をバシッと叩いた。
 素直に新学期が始まってからの食事について不満をぶつけると「それはしょうがないわね」と笑われてしまった。

「あーあと一つ訂正ね。由々式さんの美味しいご飯が食べられるのは、今日を入れてあと二日よ。二十九日からは、学校の食堂が再開されるからね。おばさんたちとも、明日でお別れよ」

 ひしひしと日常が戻って来る気配を感じて、オレの口からは溜め息が当然のように吐き出された。「そんなに寂しいの?」と冗談めかして言われたが、割と本気で寂しいのかもしれないと思い、素直にそう答えると爆笑されてしまう。

「おばさんも寂しいわ。無駄に体力余ってる、割と真面目に働いてくれる男の子たちとお別れするのは、ね。本当にありがとうね」

 馬鹿にされてるのかと思ったが、最後に真面目な顔でお礼を言われてしまうと、照れ臭くてまともに言葉を返せなくなってしまった。

「まあ奉仕作業だからね、お給料はあげられないけど、明日はお礼にバーベキューをご馳走するから、働いた分の元をとるつもりで気合い入れて食べてちょうだい」

 魅力的な予定を告げると村主さんは、響先生のお嬢さんに捕まって身動きの取れない担任の方へ救出に向かう。

「マリカちゃん、谷垣先生が困ってるでしょう。しつこい女は嫌われるわよ」

 きっと、誰が見ても男ならば羨ましがるだろうに、若い美人にチヤホヤされて担任が心底困り果てているのは、相変わらず謎だった。

 据え膳を食わぬは男の恥、などと山センは言うが、残留一年の間では担任のホモ説まで出ている。今までならゲッと思う程度だったが、自分が同じような状況のせいか、妙に気になってしまい、逃げて来た担任にどうしてお嬢さんから逃げるのか聞いてみた。オレがそんな質問をするのが意外だったのか、担任は怒らず、きまり悪そうに答えてくれる。

「キャバクラのねえちゃんじゃねーんだぞ。父親の響先生とは一個しか違わねぇし、どう考えてもないだろ」

 意外と普通の答えだった。まあ、オレが言う事じゃあないが、担任は独身なんだしお似合いなんじゃないかと伝えると、さすがに怒られてしまった。

「どうかしたのか、セイシュン」

 そそくさとその場を離れると、先輩が心配そうに声をかけてくる。ホモを自覚して思わぬ地雷を踏んだとは言えず、笑って誤魔化すと、先輩は妙に真剣な顔で見つめてきた。

「モテモテでいいですねーって冷やかしたら怒られた」

 状況だけ説明すると、先輩の心配は解消したらしく、ホッとした顔を見せてくれる。

「宿題が終わってない事を怒られてたのかと思った。最後の日は憂いなく過ごしたいし、今日中に終わらせような、宿題」

 今夜は徹夜だなと、何気なく肩を叩かれて、オレは思わず上ずった声で返事してしまう。徹夜で宿題……先輩はオレの宿題に付き合ってくれるという事だ。オレが残している夏休みの課題は一人では出来ないので、もちろんそのつもりだったが、改めて言われると心臓が期待と不安で爆発しそうになる。

 流し台にある洗剤の入ったボトルを握り悩む。コレをケツにブチ込んで、中を洗剤まみれにしたらキレイになるだろうか……。

「いや、これ皿洗うやつだし! 駄目だろ絶対」

 石けんなら学校でも手に入るか。小さくなった石けんを座薬みたいに入れれば、キレイに洗えるかもしれない。うん、いけそうな気がする! そうやって風呂で念入りに洗えば大丈夫だろう……いや、それだけじゃあ不十分かな。先輩のちんこを守る為に出来る事……他に何かないか。

「あ、盲点だったな。単純な解決法を忘れてた」

 ちんこを守るなら、コンドームを使うのが一番手っ取り早い。ケツもちゃんと洗うけど、念の為にゴムも手に入れておこう。ケツにちんこ突っ込むのって抵抗あるだろうしな。オレは先輩だったら生でもケツに突っ込めるけど、先輩はでかい図体の割に繊細だからな。

 さて、当ては二人いる。オレは悪夢でしかないオナカップの記憶を思い出し、標的を主催者の山センに決めた。

 便所に一人フラフラ消えた山センを追う。周囲に誰もいない事を確認してから、オレも便所へ入ると、山センは手洗い場の鏡の前で一人百面相中だった。

 何をやっているのかと聞けば、自分のかっこよさに見惚れていたと言うのだから、通常ならば回れ右して即行で逃げる所を必死で踏み止まる。

 さも褒め称えろと言わんばかりに、決め顔を向けて来るが、オレは適当に流しつつ本題に入った。

「あのさ、ちょっと頼みたい事があるんだ。分けて欲しい物があって……そのゴムを一個でいいんだけど、貰えないかな」

 言い訳は用意しているとは言え、後ろめたさもあって、かなり弱腰に乞うてみると、山センはカッと不抜けた顔に滾るような怒りを漲らせ、オレを盛大にビビらせた。

「ばっかやろうッ! 人妻に手ぇ出そうとしてんじゃねー!」

 容赦のない顔面狙いの拳をなんとか避ける。誤解だと弁明すると、僅かに疑いの残る眼差しを向けられた。

「え、友だちの母ちゃんに手ぇ出そうとしてるんじゃねーの?」

「なんでだよッ! んな訳あるか!」

 どんな思考回路してんだコイツ!

「いや、なんか最初の頃、妙な雰囲気あったし、何気に特別扱いされてたからさ」

 最初の頃? あぁ、母さんが暴言吐いた事が気まずくて、ちょっと意識してた時もあったけども……って、よく見てんな山セン。

「なら、村主さんか? あの人も人妻には違いないぞ」

 なんで、普通に由々式のおばさんや村主さんの名前が出せるのか不思議だ。人妻とかそれ以前の問題だろが。山センなりの冗談なのか?

「違う。響先生の娘のマリカさんだよ」

 オレ以外にも同じような事を言う奴はいそうなのに、そう言うと山センは盛大に驚いた声を上げた。

「ソレ、無理じゃね?」

 方便とは言え、ここまで小馬鹿にされた態度はカチンとくる。

「うちの担任に聞いたら、その気はないって言ってたんだよ。もしかしたら、いけるかもしれねーじゃんか」

「いやーないわ。お前がオレに次ぐイケメンだろうと、あのコは落ちないな~」

「試すくらいいいだろ。んで、もし上手くいった時にないと困るから、ゴムくれ。一個でいいから」

 別に本気でどうでもいい話だが、だんだん腹が立ってきて、とっとと出せと手のひらを山センに突き出す。

「悪いな、ゴム持ってねーんだわ。部活ではいらねーし」

 なんでお前の部活でいらねーんだよ! ダース単位で持ってなきゃおかしいだろ!

「この地域に貢献しようと思ったらゴム使ったらダメだろ。セックスは快楽の為にやるもんじゃねーんだ。子孫繁栄の為にやるもんだしな」

 頭おかしいだろ、なんでこんな奴が野放しなんだ。学校側にチクるべきだろうか。

「それにぃーお前が使うなら、オレじゃなくて矢野に聞くべきじゃね?」

 ニタリと笑う山センに痛い所を突かれ、思わず口ごもってしまう。ケラケラ笑いながら去って行く背中を見送り、オレは完全に失敗したとその場でガックリうな垂れた。

 先輩は体も手もデカイから、ちんこのサイズも絶対デカイって思ったんだよ。泣きたい、山セン相手に墓穴掘っちまった。

 結局、これといって解決策も用意出来ず、むしろ問題を自分で増やし、その日は帰校した。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

謎のバイト

BL / 完結 24h.ポイント:14pt お気に入り:10

【R18】素直になれない白雪姫には、特別甘い毒りんごを。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:220pt お気に入り:63

叔父と双子の兄二人に溺愛飼育

BL / 完結 24h.ポイント:191pt お気に入り:963

婚約破棄署名したらどうでも良くなった僕の話

BL / 完結 24h.ポイント:1,869pt お気に入り:2,143

男の娘レイヤー時雨-メス堕ち調教-

BL / 連載中 24h.ポイント:731pt お気に入り:862

悪役令息の花図鑑

BL / 連載中 24h.ポイント:3,225pt お気に入り:1,212

服従

BL / 連載中 24h.ポイント:35pt お気に入り:39

伯爵令嬢は執事に狙われている

恋愛 / 完結 24h.ポイント:3,109pt お気に入り:457

ノンケなのにアナニー好きな俺が恋をしたら

BL / 完結 24h.ポイント:418pt お気に入り:2,593

処理中です...