上 下
29 / 51

顛末

しおりを挟む
「――いッ痛いッ! 痛いィィィッ! 助け……て……!」 
 閃光に眩んだ視界の中、女の悲鳴が響いている。
 ようやく視力の戻ったローゼが見たのは、身体の前面が赤くただれた姿で、顔を覆いながら床を転げ回るベルタだった。
 美しかった髪も、まとっていたドレスも焼け焦げていて、見る影もない。
 一方、ベルタの最も近くにいたユリアンは、尻餅をついたような姿勢で放心している。
「ユリアン様!」
 ローゼが駆け寄ると、ユリアンは我に返った様子で立ち上がった。
「だ、大丈夫ですか?」
「……ああ。お前こそ、怪我はないか?」
 ユリアンは、ローゼの頭の天辺てっぺんから爪先までを念入りに確認すると、彼女を抱きしめた。
「しかし、これは……何が起きたんだ……?」
 無惨な姿で泣き叫ぶベルタを見下ろしながら、ユリアンは呟いた。
「……ユリアン様が手錠をかける為に近付いた時、ベルタ様の服の袖から、何か丸いものが落ちたように見えました」
 ローゼは、自分が見たことをユリアンに話した。
「自分も見ました。おそらく、爆弾の魔導具まどうぐかと」
 兵士の一人が言った。
「それなら、何故、最も近くにいた俺が無傷なんだ? ……というより、負傷したのが容疑者だけというのは、不自然ではないか?」
 ユリアンは、解せぬといった顔で首を捻った。
「じ、自分の目には、爆発の瞬間、ユリアン様の周囲に『見えない壁』が展開されたように見えました。ユリアン様が、そのような効果のある魔導具まどうぐを装備されているのかと……」
 少し離れた場所にいた、別の兵士が口を挟んだ。
「いや、そんなものは持っていない。とりあえず、容疑者には訊くことが山ほどあるから、死なせる訳にはいかん。大至急、病院へ搬送しろ」
 ユリアンが、慣れた様子で部下たちに指示を出していく。
「ローゼ、お前も病院へ行くんだ」
「私は……大丈夫です。ユリアン様の、お傍にいたいです……」
 ローゼは、ユリアンの服の袖をまんで言った。
「駄目だ。俺は、これから仕事があるし、お前も念の為、医師の診察を受けるんだ」
 ユリアンの言葉に、ローゼは俯いた。
「俺も、本当は、お前と離れたくない……急いで仕事を終わらせて、お前のところへ行くから、待っていてくれ」
「……はい。お待ちしています」
 寂しそうに言うユリアンの顔を見上げて、ローゼは微笑んだ。

 ローゼが捕らえられていたのは、貧民街の外れにある廃屋だった。
 廃屋から病院へ運ばれ、個室で医師による診察や処置を受けているローゼのところに、義理の両親であるクラウスとゾフィ夫妻が駆けつけた。
「ごめんなさい……私が一緒だったのに……」
 ローゼの姿を見て泣き崩れるゾフィを、クラウスが支えた。
 ほんの一日足らずの出来事だったにも関わらず、ゾフィは、げっそりとやつれている。
「いえ、私が不注意だったのです……どうか、ご自分を、お責めにならないでください」
 ローゼは、嗚咽おえつの止まらないゾフィの背中を優しくさすった。
「そう言ってもらえると、僕たちも救われるよ。だが、人の悪意というものは、避けようのない時もあるのだね……」
 いつもは飄々としているクラウスも、さすがに疲れの色を見せている。
 攫われた際に得体の知れない薬を嗅がされていた為、経過を観察した方がよいという医師の判断により、ローゼは病院で数日過ごすこととなった。
 翌日の夜、事情聴取と言う名目で、ユリアンがローゼの病室を訪れた。
「……ユリアン様、休めていないようですが、大丈夫ですか?」
 目の下に隈を作っているユリアンを見て、ローゼは心配になった。
「たしかに忙しいが、大したことはない」
 ユリアンは事もなげに言って、ローゼの寝台の隣に置かれた椅子に座った。
「事情聴取なら、部下に任せてもいいんじゃないか?」
 前日からローゼに付き添っているクラウスが口を挟んだ。
「分かってないわね……ローゼちゃんの顔を見たかったに決まってるじゃない」
 ゾフィが、クラウスの脇腹を肘でつついた。
「そういうことだ」
 苦笑いしつつも否定はせず、ユリアンはローゼが拉致された時の状況について、彼女に尋ねた。
「……初めて会った時のことを思い出します」
 一通りの説明を終えた後、そう言ってローゼは微笑んだ。
「あの時も、こうして事情聴取されましたね」
「そういえば、そうか」
 あの地下室でユリアンと初めて会った時は、まさか、このような関係になるとは考えていなかった――ローゼは、感慨深く思った。
「ところで、ベルタ様は怪我をされていたようですが、大丈夫なのですか?」
「あんな目に遭わされたのに、容疑者のことまで心配しているのか……酷い火傷を負ってはいるが、命は取り留めた」
「知っている方が傷ついたり亡くなったりするのは……嫌です」
「お前は、優しいな」
 ローゼの言葉に、ユリアンは微笑んだ。
 ユリアンと部下たちの捜査によって、ベルタが破落戸ごろつきたちにローゼを拉致させた目的は、身代金目当てなどではなく、怨恨による殺害だったことが判明したという。
「想い人を盗られたって……怨恨どころか、逆恨みもいいところじゃないの」
 ゾフィが、呆れ顏で呟いた。
 計画では、拉致したローゼをテオに殺害させた後、テオも殺害し、証拠を隠滅するつもりだったらしい。
「現場に落ちていた破片から、容疑者が持っていたのは爆弾の魔導具まどうぐだったことが分かった。本当は、全てが終わった後に、あの廃屋ごと爆破する予定だったそうだ」 
「だが失敗して進退窮まったから、ユリアンと心中する気だったのか……待って、ユリアンは、その爆弾が爆発した時、至近距離にいたんだろう? よく無傷でいられたね」
 クラウスが、驚きに目を見張った。
「それについては、俺にもよく分からないんだ……爆弾は軍で採用されている正規品ではなく、違法に製造されたものという話だから、あるいは不良品だったのかもしれないが。容疑者は裏社会の人間とも繋がりがあったそうだから、そこから入手したのだろう」
 ユリアンも、首を捻りながら言った。
「でも、ユリアン様がご無事で、よかったです」
 言って、ローゼは、そっとユリアンの手に触れた。
 彼女の手を、ユリアンは力強く握り返した。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:32,486pt お気に入り:11,560

あなたが見放されたのは私のせいではありませんよ?

恋愛 / 完結 24h.ポイント:5,381pt お気に入り:1,658

運命の番を見つけることがわかっている婚約者に尽くした結果

恋愛 / 完結 24h.ポイント:11,076pt お気に入り:257

この結婚、ケリつけさせて頂きます

恋愛 / 完結 24h.ポイント:3,706pt お気に入り:2,909

主神の祝福

BL / 完結 24h.ポイント:953pt お気に入り:252

公爵様と行き遅れ~婚期を逃した令嬢が幸せになるまで~

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:1,320pt お気に入り:24

処理中です...