翠緑の勇者は氷の魔女とお近づきになりたい

大鳳ヒナ子

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第一部

第三十五話 出発準備

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 この数日間のうちに数名の精鋭を連れたルイス王子は、アガーテに案内されて【神炎フリスト】を回収しに行っていたようだ。
 神炎フリストはこのハイドランジア王国に封じられている神器だ。封じられていた場所というのは王都より少し東にある沼地の祠。その奥――周囲を毒沼に囲まれた場所にある祭壇だ。
 ゲームでは数多の魔物との戦闘後に祭壇を制圧することで入手することができる。

 神炎フリストを装備するのに必要な武器熟練度は炎魔法S。原作で装備できるキャラクターは炎魔法を装備できるブリジット、マーリンの二人だ。ブリジットは序盤に仲間になるのと成長率が良いのでよく候補に挙がりやすい。コミカライズなんかだと彼女が装備していた。
 風魔法と雷魔法の神器は候補者が三人いるので誰一人育っていないという事態が起こらないのだが、炎魔法の場合はブリジットを育て忘れるだけで使用者が居なくなる可能性がある。

 なお、氷魔法の神器は存在しなかったのだが、もしかすると名前だけ伝わっているブリュンヒルドが氷魔法だったんじゃないかと思う。
 消去法で考えると各武器のなかで神器が設定されていなかったのは暗器と氷魔法の二つだ。
 大公スヴェルの奥方が使用していた魔法だとという噂もあるし、暗器で竜族ドラゴニュートを倒せるとか想像もつかないので氷魔法のほうが可能性が高い。
 多分ゲームに実装されなかった原因は、容量不足と原作で氷魔法を扱えるのがメテオライトとマーリンのどちらか片方しか仲間にならないキャラだったからだろう。

「エリアス。傷薬の補充は終わったの?」
「ああ。そっちこそ魔導書の修理とか済んでいるのか?」
「もちろんよ。さっき行商からエクスプロージョンの書も手に入ったし、これでバンバン活躍してやるんだから!」

 各隊では装備や消耗品などの最終確認が行われていた。港町にはアイリス軍とそれを見送りに来た身内、商売目当ての商人なんかが集まっている。
 これら購入した品々は一時的にだがアイリス軍が資金を持ってくれている。グレアム王子は律儀なことに聖王国奪還後に少しずつになるだろうが返済すると申し出たからだ。

 それから【エクスプロージョン】というのは炎魔法の中級魔法だ。必要となる武器熟練度は炎魔法B。
 ファイアよりも威力は高くなっているが使用回数が十回ほど少ない。武器重量が増えるので彼女の体格ではギリギリ速さが落ちないくらいだろう。

 ちなみに魔導書の修理方法というのが、最初の数ページと最後の数ページに修理用の魔法陣や術式などが書かれていて、専用の台座の上で魔力を込めると使用時に失われていく術式などが蘇るらしい。
 今まで魔導書の修理方法などは知らなくてロビンが修理に行ったときに見学させて貰ったのだが、なかなかに面白い仕組みをしているなと思った。

 魔導書を装備して術名を唱えるだけで魔法が使えるようになる仕組みも教えてもらったのだが、修復用の数ページ以外は使用回数ぶんの魔法陣と術式が描かれていて、使用するたびにそれらがページ上から消えていくらしい。修理すると消えた文字なども復活する。
 これらの仕組みは古の魔女が作り上げたものらしく、魔導書はあくまで術の媒介でしかないそうだ。魔導士たちは一通り術式に目を通し理解してから使用しているようで、研究に情熱を傾けている連中はページのあいだに難解な計算式などを記したメモを挟んでいたりするそうだ。

 船団のほうも滞りなく準備が進み、明日にでも出発の準備は整うはずだ。

「ここから船で約七日か……大丈夫だろうか?」
「船酔いしないといいわね」
「それもあるけどさ。海上なんて俺たちもアイリス軍も普段通り戦いにくいだろう? 竜騎士ワイバーンナイトだらけのマグノリア軍から攻撃されたら大変だ」
「そうね。こちらが連れてきた弓兵とアイリス軍の弓兵を合わせても、船の数的に辛いものがありそうだわ」

 原作では船の上で敵と戦うという章は無かったのだが、別シリーズでは割とそういった戦闘が起こっていた。
 複数ある敵軍の船から橋を渡して敵兵が乗り込んでくるものから、竜騎士や天馬騎士といった飛行系ユニットが何ターンにもわたって攻め込んでくるというものだ。

「そうなると魔導士系にも頑張ってもらわないとな。無茶しない程度に頑張れよ?」
「わかってるわよ」

 俺はメレディスの頭を軽くわしゃわしゃと撫でる。やっぱりメレディスも可愛いなと思うのだが、これは妹を見る兄的な目線だ。疚しいものは無い。
 メレディスは少しむくれたような表情で俺のことを見上げ何か言いたそうにしているが、それだけで終わった。
 もしかしなくても俺はメレディスとのフラグを立ててしまったのだろうか。これに関してなら心当たりがある。レックス殿の訃報を聞いた時に胸を貸したことだ。
 よくよく考えれば精神的に弱っている時に、あの対応をされたら好意を持っても可笑しくない。
 ちなみにスピンオフ小説では手合わせ中に派手に怪我をさせてしまったエリアスが、自分で歩けるという彼女を抱えて医務室に飛び込んだあたりから良い雰囲気になり始めていた。

「メレディス~! エリアスも、俺たちがどの船に乗るのか決まったみたいだよ」

 この空気に少し困っていたが、ちょうどいいタイミングでロビンが紙をもって走り寄ってきた。
 しかしこれだけ人が多いとロビンは当たり前のように人の群れに埋もれる。
 他の貴族出身の騎士たちは雰囲気や立ち振る舞いなどから普通に判別できるのだが、こいつだけは町の人たちに混ざっている。流石は庶民派。

「その紙に書いてあるの? 貸しなさい」
「ちょっ、取り上げなくったっていいじゃないか」
「私たちの部隊は……あの船ね。そこそこ大きな船みたいだし、兵の配置は多くなるんじゃないかしら?」
「フェイス様も乗る船だからね。俺たちとアゲート殿がこの船だって。ブリジット嬢たちはあっちの船だって言ってたよ」

 メレディスがロビンから取り上げた紙には数人の名前が書かれていた。あの規模の船に対して人数が圧倒的に少なく感じるのは数枚に分けて記載せざるを得ないからだろう。
 そういえばオニキス……いや、アゲートは一体どこに行ったんだろう。
 この数日の間に二十四時間体制で彼を見張らなくてもよくなったので、今では別行動を取ることも増えたのだが味方だと判っているとはいえ姿が見えないのは気になる。

「おうっ、エリアス! また船に乗ることになっちまったな!」
「なんでそんなに楽しそうなんだよ」
「なんだよ。人がせっかく心配してやってるのに」

 メレディスたちと話しているというのに、俺の頭をベルトラムが後ろから叩いてきた。そのベルトラムの背後にはゲールノートが立っている。どうしよう滅茶苦茶睨まれてる。
 やっぱりあれ以降、手合わせなんかも断っているのが原因なんだろうか。

「翠緑の勇者。俺がもっと強くなれば手合わせしてくれるのか?」
「いや、ゲールノートは十分強いって。まだ伸びしろはあるだろうけど、ここに居る兵たちの中では頭一個くらいぬけてるだろ」
「……むぅ」

 相変わらずの戦闘バカというか、本当に強者好きだなこいつは。
 そんなにいじけなくても、あと五年と掛からずに俺よりも強くなるんだからもっと自信を持てばいいのに。

「おっ、またフラれてやんの」
「煩い」

 それにしても、この二人ってライバル関係の割には雰囲気が柔らかいというか、殺伐としたものが全くないんだよな。
 なんというか良い喧嘩友達みたいな感じだ。ベルトラムのほうが年上なのもあるのだろうけど結構いい関係に見える。

「さてと、私たちもそろそろ戻りましょう。フェイス様の支度も確認しなきゃ」
「流石に女性の荷物を見るのは無理だからメレディスに任せてもいいかい?」
「もし船上で戦いになった場合の打ち合わせもするんだから、せめて部屋の前にいなさい」
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