翠緑の勇者は氷の魔女とお近づきになりたい

大鳳ヒナ子

文字の大きさ
56 / 140
第一部

第五十六話 兄を想う妹の悲哀

しおりを挟む
 進軍準備が整ったローレッタ軍は現在、王都アヴァロンの南東へと兵を進めている。向かうはマグノリア王国領だ。
 海上での戦い以降、マグノリア王ウォルターは一切戦場に姿を見せていない。

 王都奪還以降、これまで日和見を決め込んでいたローレッタの諸侯たちが合流したことで戦力は膨れ上がり、帝国派だと思われていたシスル王国軍までもが聖王国に付いたのであれば、帝国から最も遠い地にあるマグノリア王国への援軍など無きに等しい。
 この状況であれば降伏し帰順するのが賢明だといわれているが、マグノリア軍は不自然なほどに敵対状態を解くことは無かった。

 ゲームと同じように進んでいるとみるべきか、それとも何か思惑があるのかと警戒するべきかは判断がつき辛いが、マグノリアの竜騎士団が得意とする戦場を避けて進軍している。
 偵察に出た者の話によれば、このまま進めば視界の開けた平地でマグノリア軍と衝突することになるようだ。情報が正しければこの部隊の指揮官はウォルターであり、これがマグノリア軍との最後の戦いになりそうだ。
 しかし竜騎士団を主力に要するマグノリア軍が決戦の場に選ぶには違和感がある平地というのが実に不可解である。

「エリアスさ~ん!」

 野営地でベルトラムたちと話していると不意に声をかけられた。声の発せられた方向は頭上――天馬の上にいるシュゼット王女からだった。
 彼女は「ちょっと聞きたいことがあって」と話を切り出すと、こう続けた。

「エリアスさんの剣って悪い人を切る剣なんだよね?」

 誰かから聞いたのだろう。しかしシュゼット王女が聖剣テミスの話題を振ってくる意図が判らない。

「兄さまを説得したいって話したら姉さまたちに叱られちゃったの。私ね、お父様が死ぬ少し前くらいから兄さまと全然お話しできなかったけど、また兄さまと一緒に暮らしたいんだ。兄さまはね、お顔は少し怖いけど凄く優しいのよ。でもね――」

 皆が兄さまがお父様を殺したんだっていうのだとシュゼット王女は続ける。
 若い彼女にはまだ分別が付かないのか、それともかつてと同じ穏やかな家族の時間が恋しいのか、兄の命を助けるために味方を探しているようだった。

「シュゼット!」

 どうやら姉のジゼル王女が迎えに来たようだ。彼女は妹がどのような目的でこちらを訪ねてきていたのかを理解しているようで「妹がご迷惑を」と頭を下げると、シュゼット王女を連れて天馬騎士団の陣へと戻っていった。

「俺にも兄弟は何人かいるが、ああいうのを聞くと、どうにかならないもんかと思っちまうな」

 ベルトラムには五人の弟が居る。彼はかつては闘技場で名をはせた剣闘士だったのだが、それに至る経緯が家族を養うために自らを売ったのが切っ掛けだ。
 顔や身体にある無数の傷の中には余興で戦わされた獅子や魔物に負わされた傷もあるようで、武器による傷とは種類が明らかに違う傷が数多く残っている。

「だがこれが戦争ってもんだ。若い奴が苦しんでるのを見るとやるせねぇがな」
「ああ、そうだな」

 ベルトラムのいう通り、戦争というのは理不尽なもので情け容赦なく大事なものを奪っていく。
 愛する人、家族、友人、住む場所、地位――挙げ連ねていけば切りがないほど人は沢山のものを抱えている。
 正義というものは立場により変化し、誰が悪くて誰が正しいかなどが解らなくなる。今回の帝国との戦争においては聖王国が被害者で帝国が加害者、マグノリア王国他多数の国々が共犯ないしは実行犯であるのだが、事を起こした切っ掛けがそれぞれバラバラだ。
 リンデン帝国はかつての栄華を取り戻し大陸の覇者へと返り咲くこと、シスル王国は国王の後妻と息子を助けるため、マグノリア王国であれば今までの報復だろう。

「やっぱり国が違うとみんな仲良くってのは難しいんだろうな」

 帝国では邪竜ロキが、女神アストレアを信仰するものが多いシスル王国を除く他の国々ではハール神を祀っているだけあり、この大陸は宗教だけでも三種類存在している。
 気候も違い、食文化も違ければ考え方も違ってくるのは当然で個性といえばそうなんだろうけど、人という生き物は自分とは異なる存在を排除しようとする生き物だ。貴族が平民を見下し、人間が亜人種を大陸から追いやるまで迫害していたように。

「う~ん。俺は生まれてこのかた神様なんざ信じたことはねぇが、お前んとこの女神ってどうなんだ?」
「えっ? 俺あんまり女神詳しくないんだが」

 俺が女神と対面したのはたった一度切り、夢の中での邂逅だけだ。断罪の剣と魂の罪を測る天秤が象徴とされているそうで、だいぶ前にマーリンから渡された護符にもこの二つは描かれている。
 正義と秩序を司る女神と称される彼女は『人類の優しさ』を信じてくれている存在だ。神竜族がこの地を離れるその瞬間まで人々に正義を説き続けていたが、その願いもむなしく叶うことは無かった。
 しかしそれでも諦めきれなかったからこそ彼女は俺に聖剣を与え、この地に住む人々を悪しき竜族より護ることができるようにと祝福をくれたのだ。

「優しさというものは伝染するそうだ。誰かに親切にしてもらうと、それを返したくなるだろ?」
「まあ、そうだな」

 先ほどベルトラムがシュゼット王女たち兄妹のことを気に掛けることができたのは、彼にも守るべき兄弟たちが居たからだ。
 かけがえのない家族を失った経験があるベルトラムだからこそ、出来る心配なのかもしれない。

 しかし現実は残酷だ。降伏を呼びかけるために送り出した使者は物言わぬ骸となり、マグノリア王国との戦火が幕を開けることとなった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

シナリオ通り追放されて早死にしましたが幸せでした

黒姫
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢に転生しました。神様によると、婚約者の王太子に断罪されて極北の修道院に幽閉され、30歳を前にして死んでしまう設定は変えられないそうです。さて、それでも幸せになるにはどうしたら良いでしょうか?(2/16 完結。カテゴリーを恋愛に変更しました。)

道化たちの末路

希臘楽園
ファンタジー
母亡き後、継承権もない父と愛人母娘が公爵家を狙い始めた。でも私には王太子という切り札がいる。半年間、道化たちが踊るのを、私たちは静かに楽しんで見ていた。AIに書かせてみた第3弾。今回も3000文字程度のお気楽な作品です。

虐げられた人生に疲れたので本物の悪女に私はなります

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
伯爵家である私の家には両親を亡くして一緒に暮らす同い年の従妹のカサンドラがいる。当主である父はカサンドラばかりを溺愛し、何故か実の娘である私を虐げる。その為に母も、使用人も、屋敷に出入りする人達までもが皆私を馬鹿にし、時には罠を這って陥れ、その度に私は叱責される。どんなに自分の仕業では無いと訴えても、謝罪しても許されないなら、いっそ本当の悪女になることにした。その矢先に私の婚約者候補を名乗る人物が現れて、話は思わぬ方向へ・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

「美しい女性(ヒト)、貴女は一体、誰なのですか?」・・・って、オメエの嫁だよ

猫枕
恋愛
家の事情で12才でウェスペル家に嫁いだイリス。 当時20才だった旦那ラドヤードは子供のイリスをまったく相手にせず、田舎の領地に閉じ込めてしまった。 それから4年、イリスの実家ルーチェンス家はウェスペル家への借金を返済し、負い目のなくなったイリスは婚姻の無効を訴える準備を着々と整えていた。 そんなある日、領地に視察にやってきた形だけの夫ラドヤードとばったり出くわしてしまう。 美しく成長した妻を目にしたラドヤードは一目でイリスに恋をする。 「美しいひとよ、貴女は一体誰なのですか?」 『・・・・オメエの嫁だよ』 執着されたらかなわんと、逃げるイリスの運命は?

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

神々の愛し子って何したらいいの?とりあえずのんびり過ごします

夜明シスカ
ファンタジー
アリュールという世界の中にある一国。 アール国で国の端っこの海に面した田舎領地に神々の寵愛を受けし者として生を受けた子。 いわゆる"神々の愛し子"というもの。 神々の寵愛を受けているというからには、大事にしましょうね。 そういうことだ。 そう、大事にしていれば国も繁栄するだけ。 簡単でしょう? えぇ、なんなら周りも巻き込んでみーんな幸せになりませんか?? −−−−−− 新連載始まりました。 私としては初の挑戦になる内容のため、至らぬところもあると思いますが、温めで見守って下さいませ。 会話の「」前に人物の名称入れてみることにしました。 余計読みにくいかなぁ?と思いつつ。 会話がわからない!となるよりは・・ 試みですね。 誤字・脱字・文章修正 随時行います。 短編タグが長編に変更になることがございます。 *タイトルの「神々の寵愛者」→「神々の愛し子」に変更しました。

処理中です...