翠緑の勇者は氷の魔女とお近づきになりたい

大鳳ヒナ子

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第一部

第五十八話 残すもの残されしもの

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 真っ赤に染まった天馬とシュゼット王女が落下していくのが見える。遠目でも腕が肩から無くなっているのがわかった。
 ウォルターは少し後退する様子を見せたが、それ以上は動く様子が見えない。イレーヌ王女も同じように動きを止めていたが、暫くたつと槍を構えなおすのが見えた。

「おいおい。ありゃあ、冗談じゃねえぞ」

 何かを察したベルトラムが捕らえた老兵の首根っこを掴み遠い空を眺めながらぼやく。だが空を飛ぶことができない俺たちには止めに行くことはできない。

「……ウォルター様は最初から、この地で死ぬおつもりだった」

 老兵が目を細め遠くウォルターのほうを見据える。多くを語ることはないが、今回衝突したマグノリア軍の編成を見れば紛れもない事実なのだろう。
 険しい山々の上空ではイレーヌ王女が付きだした槍の穂先が陽の光を反射している。その中には赤いものが混ざっているように見えた。

 腹部に深々と槍が突き刺さったのが決定打となったのだろう。飛竜から落下する間際にウォルターが何か喋ったのか、はたまた最後に残った家族の情なのか、イレーヌ王女は落下していく兄へと手を伸ばすもむなしく空を切る。
 そして最後の力を振り絞ったのか、ウォルターは神斧ランドグリーズを投擲し手放した。
 ウォルターが落下していくのを見ていたローレッタ軍からは勝利の雄たけびが響き、王の敗北を知った残るマグノリア兵たちは次々に投降してきた。

 神斧の落下地点には大きなクレーターができ、回収は容易に行われた。
 ウォルターとシュゼットの遺体を探しに行った天馬騎士たちの捜索で、無残な状態となったシュゼット王女は発見することができたが、ウォルターが落下した場所は深く入り組んだ場所だったようで、その亡骸は見つかることが無かった。

 捕らえたマグノリア兵たちから聞き出した話を纏めると、ウォルターはこの最後の戦いで聖王国の敵として打ち取られることを望んでいたそうだ。
 幾ら過酷な環境下で鍛えられてきた兵と飛竜が居るといっても、帝国に手を貸していた国は他にもあり、どんなにうまく立ち回ったところでマグノリアの国力では大陸制覇など夢のまた夢だと判っていたらしいウォルターは、出来うる限り妹たちの立場をよくするために態と彼女たちが脱走するよう仕向けていたそうだ。
 落ち延びた聖王の一族の味方に回ることさえできれば、空駆ける騎士はどういった形であれ役に立てるからと。

「このようなことになった以上、神斧は聖王国へと返還させていただきます」

 だいぶ憔悴しきった様子のイレーヌ王女は回収された神斧の所有を聖王国へと戻すと決めたようで、本陣にてグレアム王子の目の前に跪きその旨を伝えている。兄王との戦いによるものなのか、亡き妹の身を抱きしめたからなのか鎧には血が付着していた。

「うむ。……イレーヌよ、そなたは少し休んだほうが良い」

 同じ家族を失った者同士とはいえ、グレアム王子の場合は他者の手によってだが、イレーヌ王女の場合は実兄を手にかけているのだ。いくら本人が気丈に振舞っていても、その心の負担は計り知れないところがあるだろう。

「お心遣い痛み入ります。しかし本国に残る兵たちへ降伏を呼びかけることができるのは私しかおりません。ですのでどうかこのまま責務を果たさせてくださいますようお願い申し上げます」

 イレーヌ王女が深くこうべを垂れた瞬間、戦場だったこの地に飛竜の悲しげな鳴き声が響いた。赤い飛竜――ウォルターの飛竜だ。
 主人を失い呆然としていたようだが、先ほどジゼル王女に連れられて来て、今は他の飛竜や天馬たちと一緒にいるようだ。ともに居るイレーヌ王女の飛竜ルシアに顔を舐められているようで、涙を流していることが分かる。

「ときにイレーヌよ。あの飛竜はこの先どうするのだ?」

 主人を失った飛竜というのはなかなか見かけない。そもそも竜騎士と飛竜は一心同体ともいえる関係だ。それが主人を失い途方に暮れている様子を見てしまい処遇が気になるのだろう。
 騎馬であれば新たな主人のもとにという話も聞くが、飛竜の場合は新たな主人にとはいかなさそうだ。

「あの飛竜はルシアのつがいですので、私が面倒を見るつもりでいます」

 そのまま二、三言葉を交わした後は各々、自由時間となった。自由時間とはいえ怪我の治療や武器の手入れなどなどやることはたくさんあるし、戦死した兵の確認と遺族への対応への準備など立場によってやるべきことは様々だ。
 イレーヌ王女はマグノリア軍の残存兵力を聖王国の旗下に入れるためにウォルターの飛竜を連れ一度マグノリアの王都に戻ることにしたようで、使者として何人かが同行するようだ。

「ねえ、エリアス。あなたお兄様に会ったことってないわよね?」
「メレディスのお兄さん? 会ったことないはずだけど……何かあったのか?」
「お父様が貴方のこと気に入っていたでしょ? 私の婿になるんじゃないかって思っているみたいで、時間があったらお父様に代わり手合わせしたいとか言っていたのよ」

 誰かこのフラグの折り方を教えて欲しい。ここ最近は仕事以外での会話の機会が減っていたから忘れていたが、アイリスからの船の中でメレディスとのフラグが立った状態であることは、なんとなく確認済みだ。
 メレディスのお兄さんがどのような人物なのかは分からないが、ロザリー家の次期当主となると武闘派で間違いない。

「でも貴方、ミシェルが好きなんでしょ?」
「知ってたのか?」
「だって貴方わかりやすいもの。それに私じゃミシェルに勝ち目ないし」

 子供のころからよく比べられていたのだと前置し、メレディスは少し懐かしそうに話を聞かせてくれた。
 自分もそれなりに誉めそやされてきたが、その美貌をもっとも賛美されていたのはミシェルだということ。でも不思議と嫉妬心は湧きあがらず、直接話をするまでは質の良いビスクドールか何かだと思ってしまうほど人間っぽさを感じなかったそうだ。
 まあ、話してみると見た目とのギャップが相当あったようで、王城に行ったさいは退屈しのぎに探検を開始したメレディスにミシェルがノリノリでついて来て度肝を抜かされたそうだ。なおこの時、メレディスは乗馬服のような木登りなどもしやすい服装だったそうなのだが、ミシェルはフリルやレースをふんだんにあしらったワンピースドレスを身に着けていたそうだ。

「私もね、好きな人ができたの。ちょっと頼りないところはあるけど、この人とならずっと一緒に居たいって思えるような、そんな人」

 そう言ったメレディスの表情は晴れやかだ。少し離れたところからロビンがこちらの様子を伺っているのが見えるので、彼がその相手なんだろう。将来は間違いなくメレディスの尻に敷かれるであろうロビンだが、俺は友人として二人の幸せを願うことにしよう。

「ミシェルは少し気難しいところがあるけど、なんだかんだ上手くやってるみたいだし応援してるわ」

 友情と愛情の狭間を行ったり来たりしている俺の心も、そろそろどちらかへと固めるべきなのだろう。
 ミシェルは心を開いてくれた。友達で良いと言ってくれた。でも、それでも、メテオライトのように政治的意図をもって彼女を欲するものもいるのだ。彼のように俺の答えを待ってくれる人物は他にはいないだろう。
 そう遠くならない時期に改めて彼女への想いを伝えようかと思う。
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