翠緑の勇者は氷の魔女とお近づきになりたい

大鳳ヒナ子

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第二部

第15話 スキル『正鵠』は木桶でも発動するそうです

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 大分涼しくなってきた時期。俺はミシェルとのデートに向かうため廊下を歩いていた。
 すっかり行きつけとなっている喫茶店で今日から秋季限定のケーキが提供されるのである。テラス席に座って二人で景色を眺めながら、のんびりとお茶を楽しむ予定だ。
 浮かれ気分で進みミシェルとの待ち合わせ場所である中庭の噴水近くに差し掛かったところで、俺の両腕が左右から引かれる。

「勇者さまぁ、聞いて下さいよぉ~。メテオライト様がデートに連れて行ってくれないんです~」
「エリアス~。構え~、遊べ~」

 いったい何がどうなって、エルナとラウルスは俺のところに来たのだろうか。
 二人揃って両脇から俺の上着の裾をぐいぐいと引っ張ってくる。暇なときであれば相手をするのだが、今日は先約があるのだ。
 現に前方を確認すれば愛しのミシェルが姿を見せており、怪訝そうにこちらの様子を伺いながらこちらへと向かってきている。

「俺はこれからミシェルとデートなんだ。すまないが他をあたってくれ」
「よしよし、それならいつもの酒場で良いな」
「ラウルスじゃなくてルーナの方のミシェルだから!」
「ケチな奴め。こっちの世界のお前は結婚してから付き合いが悪くなったが、お前はまだ独身なんだから、もう少し恋人と距離をおけ。そして俺に構え」
「ラウルスは俺以外にも友達を作れ。同じ弓兵同士とかなら話も合うだろう?」

 何度目になるかはしれないが、ラウルスは最近ずっとこんな様子だ。なんだかんだ言って寂しがり屋らしいのだが、あちらのフェイス様やメレディス以外と一緒にいるところは殆ど見かけない。
 警戒心があるのは悪いことではないが、ここには似たような境遇や考え方を持った者たちが少なからず居る。なのでそういった者たちと交流を深めるのもいいのではないかと思っての提案も、同族嫌悪のようなものに跳ね除けられている。実に面倒くさい片思い拗らせ男である。

「勇者さま~」
「テオは何でデートに行きたがらないんだ」
「クシャミが止まらないそうなんですけど、メテオライト様は鼻水だらけの顔でも素敵なので問題ないですよね? ね?」
「それはたぶん枯草熱の類だろうから、無理に連れ出してやるな」

 そういえばと思い出してみれば、ここ数日のあいだ顔をあわせた時のメテオライトは鼻をかんでいるか、熱に浮かされたかのように涙ぐんでいる様子だった。
 詳しく聞いてみればこのセフィロトの大図書館の敷地内にはローレッタ大陸には自生していない植物が幾つも植わっているらしく、オニキスなんかも多少だが苦しんでいるそうだ。

「それでしたら炎症を抑える薬草を教えて差し上げますので、湿布を作って差し上げてはいかが?」

 近づいてきたミシェルが手帳になにやら書き込むと、そのページを千切ってエルナに渡す。ミシェルが書いたのは、いつも通り癖の強い文字なのだが、エルナはなぜか普通に解読すると礼を言いながら走り去っていった。
 そしてそれと入れ違いになるようにして、手に木桶を持ったタマキがやってくる。中にはアヒルの形をした玩具がこれでもかというほど入っていた。

「エリアスさん、ミシェルさんたちも! セフィロトに温泉施設が出来たので一緒に行きましょう!」



 どこのリゾート地かと聞きたくなるような佇まいの露天風呂に俺は浸かっていた。すぐ近くにはお湯を吐き出す獅子の頭があり、湯舟には乳白色の湯が張られている。

「良い湯だな」
「ああ、そうだな」

 俺の今日の予定はミシェルとデートに行くはずだった。なのに肝心の本人が『美肌の湯』の単語に釣られてしまったのだ。
 しかし彼女の美しさに磨きがかかるのは素晴らしいことだし、目を輝かせる彼女が当たり前に可愛かったので止めろというのは無理な話だ。しかも浴衣が用意されているそうなので控えめに言って最高である。

 男湯には俺とラウルスの他にも何人か入っている。女湯も聞こえてくる声の数からして賑わっているようだ。
 ミシェルからは男湯側で不審な動きをする者が居ないかを見張るよう言われている。理由はラウルスと同じ世界のフェイス様が女湯に居るからだ。
 しかしレギンレイヴシリーズは温泉が一般的ではない世界だ。なので覗きなどというお約束が発生するかは分からない。だから流石に俺も浴場には武器などを持ち込んでいない。

 それよりも今の俺には一つだけ気になることがある。ラウルスの身体に刻まれた大きな傷だ。これは弓兵である彼が負うには不自然なものだ。しかし騎士である以上は怪我とは何かと縁があるので、生きていただけでも儲けものともいえる。

「流石に結構鍛えているな」
「ラウルスはもう少し筋肉を付けた方がいいぞ」
「残念ながら筋肉も贅肉も付きにくい体質だ」
「いやいや。この辺りとか摘まめるんじゃないか?」

 流石にいきなり目立つ傷の話題は振りにくいが、裸の付き合いになると案の定だが筋肉の話になる。腕に力こぶを作って見せ合ったり脇腹をつついたりしながら、のんびりと過ごす。
 だが前世ではあんまり長湯をしなかったし、湯に浸かるという文化のないローレッタ大陸で育ったせいもあってか既にのぼせそうなので、できれば早めに上がりたいところだ。

 しかし女性陣は美肌の湯と聞けば、できるだけ長く浸かりたいのだろう。隣の女湯からは早くも、お肌がすべすべになったとか美人になっちゃったかも~などと聞こえてきたりする。

「そういうエリアスこそ、最近はルーナと色々食べ歩いているんだろう。下っ腹が出てきたんじゃないか?」
「そのぶん沢山動いているから大丈夫……大丈夫だよな?」
「あとで鏡を見て確認するんだな」

 手で水鉄砲をつくりお湯を飛ばしたりしながらじゃれていると、俺の目が壁を登ろうとしている変態を一人捕捉した。同じようにラウルスも気が付いたようで、その視線が鋭くなる。
 覗き行為は罪深い。間違いなく俺の聖剣の出番だろう。いまは脱衣所に置いてあるので取りに行こうかと立ち上がろうとしたところで、木桶が綺麗な弧を描いて飛んでいく。投げたのは俺の隣で湯に浸かっていたラウルスだ。

「貴様ごときがフェイス様の柔肌を見ようとは、よほど死にたいようだな?」

 ラウルスは口元にだけ笑みを湛えた表情で、壁から落ちてきた覗き魔を見下ろしている。正直、かなり怖い。具体的には背筋が凍りつきそうなほどである。
 そして別の方向からもう一つ木桶が飛んでくる。これまた見事に覗き魔の頭に命中した。飛んできた先を確認するとキャシアスが立っていた。

「姫の裸体を拝もうとする不届き者は貴様か?」

 こちらもラウルスに負けず劣らずの迫力だ。先ほど聞こえてきた女性たちの声にはアルティミシア王女の声もあったと思うので、当然と言えば当然の展開だろう。たぶんこの後はラファエルも出てくるはず。そうして静観していると案の定の展開でラファエルも木桶を投擲してくる。

 ものの見事に――それこそ示し合わせたのではないかというほど、王女大好きイケメン貴族が集まっている。彼らは全員、原作での兵種が狙撃手スナイパーである。成長率の悪さと初期ステータスの低さで火力は出ないが、命中率は高いのが共通点だ。もれなくその場の顔面偏差値も上げてくれる。

 狙撃手スナイパーの命中率は全兵種一だ。なにせ兵種補正で25パーセントのプラス。兵種スキル『正鵠せいこく』では技パーセントの確率で必中になる。俺たちは装備している武器の命中率にプラスして技の数値――さらには兵種ごとにマイナス補正が付いたりもするので、おおよそ85~90が命中率の最大値になる。なので狙撃手であれば、敵からマイナス補正を貰わない限りほぼ外さないだろう。
 命中率の概念がないリコレクションズでは効果が『防御系奥義を貫通』に変更されているが、普段通りにも運用できるみたいである。

 さすがに男湯こちらの様子に気が付いた女湯側も警戒しているような声が聞こえてくる。覗き自体は未然に防げている状態だが、この場合、犯人の扱いはどうすればいいのだろうか。
 ドルフでもいてくれれば対応を任せられるのだが、兄であるケテル侯爵に呼ばれているらしく出払っている。

「ヴァッ、ヴァ~ッ!」

 ここでダアトくんの登場である。この状況で彼が現れるとか嫌な予感しかない。女性陣は可愛い動物の登場に喜びそうだが、俺の本能がこいつを女湯に突入させてはいけないと囁いている。
 以前のように何かをしでかす前に首根っこを掴み、近くに浮いている木桶に乗せる。お湯をかけながら耳の付け根とか首周りをわしゃわしゃと掻いてやると、喉をゴロゴロと鳴らし始めたので気を引くことは出来ているようだ。

「今日は悪戯せず良い子にしてるんだぞ?」

 その場で注意したとはいえダアトくんには前科があるので、改めて注意を促す。通じたかは判らないが、誰かが持ち込んだアヒルのおもちゃで遊び始めたので良しとしよう。

「ひとまずはルーファスに預けておいた。アナベル隊長が上がり次第、厳重注意されるそうだ」

 そういいながらラウルスは足だけ湯に浸かる。肌が白いので判りやすいが、この熱さにそれなりにやられているようで少々赤くなっている。
 しかしこうしてみてみると、やはりラウルスの身体にある大きな傷が気になる。傷跡の具合からしてそこそこ古い傷のようだ。
 だが彼のステータスでは壁役になれるのは仲間になったばかりの序盤だけだ。それでも回復しながらでないと持たない。

「なんだ? 残念だが俺はルーナほど豊満じゃないぞ」
「いやさ。ラウルスは弓兵なのに、なんでそんな傷が有るのかなって」
「ああ、これか……名誉ある負傷とは言い難いな。あえて言うならば、己の非才さの象徴といったところか」

 続けるように小さく「あの涙は忘れもしない」と呟く声が聞こえた。ラウルスにとって泣かせることで心を痛めるような相手は一人しかいない。
 しかし誤魔化すように笑うと「もう上がる」と言いながら更衣室へと去っていった。俺もそろそろ上がりたいところだったし、ダアトくんも拭いてやらないとなので湯舟から出た。

「そうだ。この後で少し剣の稽古を付けてくれないか?」
「だから俺はミシェル……ルーナとデートが」
「先ほど女湯から聞こえてきた会話からして、ルーナはフェイス様と美容の話をするみたいだが?」
「ああ、そうか。秘伝の美容法があるとか噂があったもんな」

 手早く濡れた体を拭き衣服を身に着ける。さすがに温まったばかりで上着まで着る気にはなれなかったのでインナーだけだ。浴衣も置いてあったのだが、いまいち袖を通す気分じゃない。ラウルスも慣れない格好は抵抗があるようで、いつも通りのシャツに袖を通している。汗を流したばかりとは言っても、訓練をするのであればこのほうが楽なのだ。

 俺たちと一緒に出たダアトくんもある程度まで水気を取ってやると、勢いよくぶるぶると体を震わせて毛皮に含んだ水分を飛ばしている。しかし念のためにと先ほど捕まった覗き魔(未遂)を見張っているルーファスに預け、訓練場を目指し廊下を進んだ。

「こちらのリリエンソール家には秘伝の美容法なんて存在していないから、彼女が開発したのだろうな。香水なんかも他の貴族どもが付けているものに比べ遥かに品が良い」
「花の匂いだと思うんだけど、何の花なんだろうな?」
「俺が知っている範囲だと、父上がレックス殿に貰って品種改良した薔薇に近いな。俺が管理している庭園にも株分けされて置いてあるのだが、ルーナの庭園にも無かったか?」

 ラウルスに言われたところで、戦後から出入りする機会が増えたリリエンソール公爵家の屋敷にある彼女が管理する庭園を思い出す。
 白いドーム型のガゼボでお茶会をしながら花言葉などを教わったので定番のところは分かる。しかし薔薇は複数種育てられていたはずだ。実物を見ながら色ごとに異なる薔薇の花言葉を教えて貰ったので間違いない。

「メレディスの家の花だって教えて貰った紫色の薔薇は知っている。他にも薔薇は幾つもあったと思うんだが何色だ?」
「赤だ。こちらだと二種類を育てているが、花弁がフリル状になっているほうが似た雰囲気の香りだったはず」
「それなら覚えてる。枯れないように薬品で加工したものを以前、フェイス様にプレゼントしたって言っていたやつだ。小ぶりだけど派手過ぎない華やかさがあるやつ。夜会の時にミシェルが髪を飾るのに使っていたのを見たフェイス様に可愛いって褒められて嬉しくなって、保存用のケースから拵えさせたとか言ってたな」
「そ、そうか。そちらのフェイス様も……ああ、いや。なんでもない。忘れてくれ」

 いつもは涼し気なラウルスが何故だか珍しく照れた様子だ。彼も同じように花を贈ったのだろう。前世で遊んでいた時はバレンタインイベントで話題に上げていた記憶がある。
 俺個人としては二人の関係を激しく推したいが、こればっかりは当人同士の問題なので見ているしかない。
 いつどこで何色の薔薇を何輪渡したのか具体的に聞いてみたいところだが、それは野暮ってものだ。

「ほらっ! 稽古をつけてくれるんだろう?」
「ああ、わかってるさ。一応言っておくが、それなりに厳しくするぞ?」
「勿論そのつもりだ。そうでなければ意味がないからな」

 そのまま湯上りのミシェルたちに声を掛けられるまで剣の稽古は続いた。もちろんだが汗を流した直後に訓練とか何やってんだといった雰囲気ではあったが、湯上りでアップにされた髪に浴衣姿は奇跡の組み合わせだ。うなじが眩しい。
 髪を乾かして着替えが済んだらお茶会をしようと誘われ、結局そのまま温泉へと逆戻りだ。この汗臭い体をどうにかしなくては。

「なんだエリアス。そんなににやついて」
「いやさ。ミシェルの浴衣姿が控えめに言って最高だったから、つい」

 再び浴場に足を運び素早く身体を清めると、紅く色づき始めた木々を眺めつつ、お茶とお菓子を楽しむのだった。
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