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第二部
第16話 年代記【旋風・比翼連理】
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レギンレイヴシリーズ七作目【旋風のレギンレイヴ】にはヒロインが存在しない。
シリーズ自体が落ち目で存続をかけた制作だったのだが、せっかく竜族以外の亜人種が初登場したというにもかかわらず黒谷累が放り込んできたのは『猫耳ガチムキ兄貴』だった。
普通は美少女ヒロインでも放り込むであろう所に、筋肉達磨を自信満々に発表した当時の黒やんは気が触れていたとしか思えない。古参のファンからは『黒やんの持ちネタからロリ要素がログアウトした』とか『ついに主人公すら恋人が居なくなって……』などお悔やみの言葉が上がっていた。
この筋肉達磨こと黒獅子アデルこそが、主人公カールと種族の壁を乗り越え友情を築くアスラの王子だ。その容貌を簡単に説明すると頭部は獅子でインド風な衣装の下はゴリラ体型が隠しきれず、はち切れんばかりの胸板を惜しげもなく晒している。立派な鬣なんかはどう見ても獅子のはずなのに、身体だけを見るととてもゴリラなのである。暗闇の中でアデルが獅子であると上手く判別できなかった敵に「忌々しい……この……このゴリラの獣人め!」と罵倒されるシーンもあるので公式ゴリラである。
「ふむふむ。アデルさんは力持ちさんなんですね」
俺は書庫で調べ物をしていたミシェルに付き合い本を探していたのだが、タマキは未プレイのシリーズの基礎情報を調べていたようだ。
旋風のレギンレイヴ――それは恐ろしいほど完璧な球体をなした美しい宝石だった。プラーナとアスラの王しか触れることが出来ず、二人が真の友でなければ持つことが叶わない。
この宝石は争いが起きている間は真っ二つに割れ、決して一つに戻ることは無い。それぞれが怒りを逆巻くように巨大な塵旋風をおこし、周囲を吸い上げながら全てを破壊する。それが大地の果てまでを壊し尽くすか、その地を治める王たちが争いをやめるまで、この旋風は収まることは無い。そしてその期日は季節が一巡りするまでだ。
「あら、タマキも調べものですの?」
「はい。そうなんです。旋風の世界の英雄さんは他の世界とはいろいろと違うところがあるってドルフさんから教えて貰ったんで、気を付けなきゃいけないポイントをお勉強中なんです」
そういったタマキの目の前には数冊の書籍が積み上げられている。英雄名鑑の他に神話関係やちょっとした逸話が記されたものが主だ。これらは全てドルフが選んで積み上げていったらしく、そんな彼は現在も書庫内にある旋風の世界の風俗に関する書籍を漁っているところだそうだ。
彼らと接するうえで気を付けるべき基本的な部分としては、彼らの種族に関する呼称だ。アデルたちを獣人や亜人と呼ぶのは侮蔑とされ、『アスラ』と呼ぶのが彼らの大陸での礼儀とされている。同じように人間も侮蔑の言葉とされるので『プラーナ』と呼ばれるのが一般的だそうだ。
この二種族の違いは容姿の他にもある。剣や槍などの武器は力の強いアスラでなければ扱えず、魔法などの奇跡はプラーナにしか起こせない。
「先週末に来たばかりのエノク殿の世界に関する記述のようだな」
「エリアスさん、よく解りましたね」
「えっ? ああ、エノク殿に女神マアトの話を聞かせて貰っていたから、このシンボルは覚えていたんだ」
そう言いながら俺は本の表紙に描かれている天秤と羽根を指し示す。
つい先日、旋風の世界から召喚されセフィロトの仲間入りを果たしたのは、審判の女神より加護を受けた深緋の勇者エノクだ。彼はプラーナでありながら聖剣マアトを扱う特殊な存在である。簡単に説明すれば原作の俺と同じく『名前ばっかりの有名人枠』だ。
性能面では俺とほとんど同じで、恋人が貴族の娘だったり、親友が有力貴族の嫡男だったりと人間関係まで似ている。決定的に違うとすれば容姿くらいだろう。ローレッタでは見かけない浅黒い肌や、銀髪の俺とは対照的な黒髪などだ。
「今日の分のお勉強は終わり! さあ、皆さん。年代記の攻略に行きましょう!」
*
そしてやってきた今日の攻略先、年代記【旋風・比翼連理】はアデルがマップボスを務めている。章タイトルからわかる通りアデルは親友のカールと種族どころか性別も気にせず親しくしている。一応この二人とも周囲に女性は居るのだが、入り込む隙間が全くと言って存在しない。シリーズが持ち直した理由の一つが、この濃厚すぎる男の友情である。
アスラは美形が多いのだが、オニキスやラウルスのような正統派というよりも、獣人という設定からか野性味あふれるイケメンが多い。このことも含めて新たなファンの開拓に成功したらしい。
だがこの年代記は実装された当時、各方面へ多大なる衝撃を与えたのだ。原作の発売当時さんざん言われていた『ヒロインの枠はアデルの筋肉に押しつぶされたのだ』という言葉の再来である。
「カールのことはぁ、アデルが守ってあげるわね! うふっ!」
この年代記での歪みの内容は『アデルのキャラ崩壊』だ。しかも今ならもれなく野太い声のオマケつき。科まで作っているのが恐ろしい。
通常のアデルはもっと歴戦の猛者のような堅苦しい喋りかたというか、歴史ものの武将のように立ち振る舞う。
この年代記には一応カールも存在しているのだが、導入部分でアデルにきつく抱きしめられ泡を吹いているので戦闘には参加してこない。
「私がさっき調べて知っているアデルさんと違う!」
まさにその通りだ。このアデルは見ていると、筋肉に押しつぶされるどころか心が擂り潰される。
「アデルさんの攻撃を受けられそうな方が余り居ないので、被ダメ軽減系のスキルをお持ちで専用のバフを盛れるお二人に壁役を頑張っていただこうかと……そう思っていたんですけど、あの」
「あれは無理だろう」
「秒で挽肉になる自信がある」
アデルが持つ武器には騎馬・重装・飛行への特攻が乗る。なのでレオナルドのような守備特化のキャラクターや、オニキスのように単純にステータスの高いだけのキャラクターは餌食になる。
だからこそ俺たち歩行のなかで守備が高い傭兵系の出番なのだが、実際にあの筋肉を見ると勝てる気がしない。おそらくタマキに見えているステータスだと一応俺たちでもダメージを入れられるのか、はたまた相手の攻撃を耐えられると判断したのだろう。
「奥義ゲージ減らすスキル持っている人、連れてくるの忘れてました」
俺もエノクも同時に黙り込む。互いに『必殺封じ』のスキルで相手の奥義効果を半減させることは出来るが、アデルの持つ奥義は専用奥義なので性能が他に比べて非常に高い。
ダリルなどが使用する天属性の奥義『天穹』の効果である『相手の守備を半減』あるいは『攻撃力に幸運を加算する』の両方が発動する上に、そこで与えた分のダメージを自身のHPとして吸収するのだ。
「エノク殿。個人スキルと兵種スキルってどんなものを持ってる?」
「個人スキルの『魂を測る赤』は聖剣を装備していなければ使えないし、そもそも敵が悪属性の必要がある。貴殿ももとは傭兵だと見受けるが『後の先』は持っているか?」
「ああ。そっちも傭兵の兵種スキルは同じで良いんだな。勇者のスキルは『必殺封じ』であってるか?」
「うむ。だが、さすがに『深緋の波動』は持っていないだろう?」
「こっちは『翠緑の抱擁』だな。性能を聞いても?」
「周囲2マス以内に恋人が居る状態だとステータスが上昇する。彼女がそのマリアンネだ」
「俺のも似たようなものだ。相互支援になるんだが、こちらの女性――ミシェルが支援対象だ」
そう言いながら紹介されたエノクの恋人マリアンネが、ローレッタ大陸の作法とは違った彼らの文化圏での挨拶をしてくる。同じようにミシェルを紹介すると彼女は一歩前に出て淑女の礼をとった。
シリーズでは総じて俺たちの枠のキャラは愛に生きている確率が高い。そして一途だ。もし仮に他の女性に向かって『美しい』と呟いても、それは美術品などを見た時の感想みたいなものであり、決して他意は存在しない。
「大地の玉とか色々使えばアデルさんの攻撃を1ターンくらいは耐えられるはずなので、こちらからは魔法攻撃だけ仕掛けるようにして、エリアスさんたちは回復しながら頑張りましょう!」
杖を掲げ気合を入れながらタマキは久々の課金アイテムを取り出す。以前使用した流水の玉は回復アイテムだが、大地の玉は1ターン限定で守備が上昇するアイテムだ。『マーリンの入れ知恵』とか『クロウリーの書状』といった少々高価なデバフアイテムまで持っている。
自軍フェイズで俺とエノクは攻撃しないのでHPの減少があるとしたら敵フェイズになるのだが、少々奮発し過ぎではないだろうかと心配になる。
しかしそうこうしているうちに戦闘が開始され、徐々に徐々にと目の前に黒い巨体が迫ってくる。原作においてアデルは性格上、どっしりと構えた立ち振る舞いをする。なので重騎士などと同じように移動力が低い。そのため進軍ペース自体は早くない。
しかし移動力に対比するように素早さは高めに設定されて居る。なので交戦すれば間違いなく追撃を含めて二回の攻撃を受けるだろう。
アスラの軍勢は剣や槍などの武器を扱うが、鎧や兜などを必要としない。鉄鋼膚と呼ばれる硬化できる皮膚が防具であり、しなやかなバネで素早く戦場を駆けるので重苦しい防具はその動きの妨げになってしまうのだ。
周囲の雑魚と交戦しているうちにアデルが接近してきたようで、俺の真横でエノクが消し飛んだ。多分HPが0になったから大図書館に強制帰還させられたのだろうが、そうだと判っていても怖いものは怖い。
「エリアス。頑張ってくださいな!」
流石にこのターンで削りきれるような相手ではなく、背後から愛しのミシェルから声援が上がる。そうだ。俺がここで倒れたら次はミシェルがあの攻撃を食らうことになる。
ミシェルとタマキから貰える支援効果で、俺のステータスには複数の緑色に輝くプラスの文字が見える。
「むうん! 捻り潰してくれようぞ!」
なぜここだけいつも通りのアデルなのかはさておき。神器である雷剣ヴァジュラとアデル専用奥義『天部』の組み合わせは最凶に恐ろしいものだ。タマキとミシェルからの支援効果とか、ラウルスのサポートスキルとか諸々併せても先ほどのエノクを見たせいで耐えられる気がしない。
案の定というべきか、初撃は辛うじて耐えられた。しかしこの時点で俺のHPは一桁である。見た目には服が破けているだけなのに、実際は満身創痍だ。死にそう。しかし反撃しなくては進まない。
「うおおおおぉぉぉぉぉっ!」
アデル目掛けて勢いよく剣を振り下ろすが、攻撃が当たると同時にカキンッという金属音が響く。俺の剣が当たったのはアデルの腹部だ。それはもう見事なまでに六つ割れている腹筋がそこにある。奥義が乗ったというのに俺の火力ではアデルの個人スキル『武神の構え』は抜けなかったらしい。
金属製の鎧を付けているわけではないのに金属音と共に攻撃を弾くのは、このシリーズの様式美みたいなものだが、実際に目の当たりにするとショックも大きい。いや待て、デバフアイテムの効果はどこに行ったんだ。
そうして呆けているとアデルからの追撃が飛んでくる。相手は見た目に反して素早いので当然だ。
特に痛みは感じない。気が付いたとき、俺はセフィロトの大図書館に戻っていた。現在地は年代記へ侵入するための門の前だ。
隣では先に撤退していたエノクが待機していた司書トレイシーに、あちらでの状況を説明している。
「エリアスさんが撤退する前はどのような状況でしたか?」
「黒獅子が……ゴリラがとても強かった」
俺なにかタマキに嫌われることしたっけ。そんなことを考えながら一緒に出撃した皆が戻ってくるのを待っていると、タマキがスライディング土下座で門から出てきた。
「大地の玉と合わせて、被ダメ軽減アイテムとデバフばら撒きアイテム使うの忘れてました! ごめんなさい!」
「ああ、うっかりか。それなら、まあ……いや、気を付けないと駄目だな」
リコレクションズ設定ではHP0は撤退で済むので忘れてしまいがちだが、元居たローレッタ大陸などで命のやり取りをしているときであれば今回のミスは拙い。もし何かの拍子で仕様が死亡扱いに変更されてしまった場合、こういった凡ミスは文字通り命取りだ。
「最近は色んな英雄さんが増えて、仲良くなった人も増えたから私、浮かれてたのかもしれないです。初心を忘れないようにしないと……」
「それも大切ですけど。タマキ、あなた最近寝不足でしょう? 隈が出来てますし、お肌の調子も悪いです!」
確かにそうだ。ミシェルが指摘した通り、ここのところタマキは少し顔色が悪い。それに今回のミスはタマキらしくない初歩的なものだ。しかし本人が自覚できているのであれば問題ないだろう。
「ううっ……実は、学校の成績がやばいんです。補習はぎりぎり避けたんですけど、お母さんが怒り気味で……ここ数日は夜遅くまでテスト勉強してたから」
「まあ! まあ! いけませんわ! お勉強は早く起きてやるものです。夜は寝なくてはお肌にも体にも良くありません。理数系であれば私が教えますので、教材を持って来るのです!」
「ミシェルさん数学強いんですか! 凄いです! 助かります!」
大陸によって多少の差異は在るが魔導士というのは学者である。ミシェルたちが扱う氷や風などの魔法は理系分野らしく、それを数学的に読み解き構築したものが自然魔法として成り立っているそうだ。
神聖魔法や光魔法の類は神智学や宗教学の類で、地域によっては古代魔法と呼ばれるらしい闇魔法は考古学と呪術の類らしい。全部メテオライトからの受け売りだが、おおよそこんな感じである。
「俺たちは力になれそうに無いな」
「まったくだ」
他にも肌の手入れやなんやらと、まるで妹の世話でもしているかのようなミシェルを見ながら、俺はエノクと顔を見合わせ笑いあうのだった。
シリーズ自体が落ち目で存続をかけた制作だったのだが、せっかく竜族以外の亜人種が初登場したというにもかかわらず黒谷累が放り込んできたのは『猫耳ガチムキ兄貴』だった。
普通は美少女ヒロインでも放り込むであろう所に、筋肉達磨を自信満々に発表した当時の黒やんは気が触れていたとしか思えない。古参のファンからは『黒やんの持ちネタからロリ要素がログアウトした』とか『ついに主人公すら恋人が居なくなって……』などお悔やみの言葉が上がっていた。
この筋肉達磨こと黒獅子アデルこそが、主人公カールと種族の壁を乗り越え友情を築くアスラの王子だ。その容貌を簡単に説明すると頭部は獅子でインド風な衣装の下はゴリラ体型が隠しきれず、はち切れんばかりの胸板を惜しげもなく晒している。立派な鬣なんかはどう見ても獅子のはずなのに、身体だけを見るととてもゴリラなのである。暗闇の中でアデルが獅子であると上手く判別できなかった敵に「忌々しい……この……このゴリラの獣人め!」と罵倒されるシーンもあるので公式ゴリラである。
「ふむふむ。アデルさんは力持ちさんなんですね」
俺は書庫で調べ物をしていたミシェルに付き合い本を探していたのだが、タマキは未プレイのシリーズの基礎情報を調べていたようだ。
旋風のレギンレイヴ――それは恐ろしいほど完璧な球体をなした美しい宝石だった。プラーナとアスラの王しか触れることが出来ず、二人が真の友でなければ持つことが叶わない。
この宝石は争いが起きている間は真っ二つに割れ、決して一つに戻ることは無い。それぞれが怒りを逆巻くように巨大な塵旋風をおこし、周囲を吸い上げながら全てを破壊する。それが大地の果てまでを壊し尽くすか、その地を治める王たちが争いをやめるまで、この旋風は収まることは無い。そしてその期日は季節が一巡りするまでだ。
「あら、タマキも調べものですの?」
「はい。そうなんです。旋風の世界の英雄さんは他の世界とはいろいろと違うところがあるってドルフさんから教えて貰ったんで、気を付けなきゃいけないポイントをお勉強中なんです」
そういったタマキの目の前には数冊の書籍が積み上げられている。英雄名鑑の他に神話関係やちょっとした逸話が記されたものが主だ。これらは全てドルフが選んで積み上げていったらしく、そんな彼は現在も書庫内にある旋風の世界の風俗に関する書籍を漁っているところだそうだ。
彼らと接するうえで気を付けるべき基本的な部分としては、彼らの種族に関する呼称だ。アデルたちを獣人や亜人と呼ぶのは侮蔑とされ、『アスラ』と呼ぶのが彼らの大陸での礼儀とされている。同じように人間も侮蔑の言葉とされるので『プラーナ』と呼ばれるのが一般的だそうだ。
この二種族の違いは容姿の他にもある。剣や槍などの武器は力の強いアスラでなければ扱えず、魔法などの奇跡はプラーナにしか起こせない。
「先週末に来たばかりのエノク殿の世界に関する記述のようだな」
「エリアスさん、よく解りましたね」
「えっ? ああ、エノク殿に女神マアトの話を聞かせて貰っていたから、このシンボルは覚えていたんだ」
そう言いながら俺は本の表紙に描かれている天秤と羽根を指し示す。
つい先日、旋風の世界から召喚されセフィロトの仲間入りを果たしたのは、審判の女神より加護を受けた深緋の勇者エノクだ。彼はプラーナでありながら聖剣マアトを扱う特殊な存在である。簡単に説明すれば原作の俺と同じく『名前ばっかりの有名人枠』だ。
性能面では俺とほとんど同じで、恋人が貴族の娘だったり、親友が有力貴族の嫡男だったりと人間関係まで似ている。決定的に違うとすれば容姿くらいだろう。ローレッタでは見かけない浅黒い肌や、銀髪の俺とは対照的な黒髪などだ。
「今日の分のお勉強は終わり! さあ、皆さん。年代記の攻略に行きましょう!」
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そしてやってきた今日の攻略先、年代記【旋風・比翼連理】はアデルがマップボスを務めている。章タイトルからわかる通りアデルは親友のカールと種族どころか性別も気にせず親しくしている。一応この二人とも周囲に女性は居るのだが、入り込む隙間が全くと言って存在しない。シリーズが持ち直した理由の一つが、この濃厚すぎる男の友情である。
アスラは美形が多いのだが、オニキスやラウルスのような正統派というよりも、獣人という設定からか野性味あふれるイケメンが多い。このことも含めて新たなファンの開拓に成功したらしい。
だがこの年代記は実装された当時、各方面へ多大なる衝撃を与えたのだ。原作の発売当時さんざん言われていた『ヒロインの枠はアデルの筋肉に押しつぶされたのだ』という言葉の再来である。
「カールのことはぁ、アデルが守ってあげるわね! うふっ!」
この年代記での歪みの内容は『アデルのキャラ崩壊』だ。しかも今ならもれなく野太い声のオマケつき。科まで作っているのが恐ろしい。
通常のアデルはもっと歴戦の猛者のような堅苦しい喋りかたというか、歴史ものの武将のように立ち振る舞う。
この年代記には一応カールも存在しているのだが、導入部分でアデルにきつく抱きしめられ泡を吹いているので戦闘には参加してこない。
「私がさっき調べて知っているアデルさんと違う!」
まさにその通りだ。このアデルは見ていると、筋肉に押しつぶされるどころか心が擂り潰される。
「アデルさんの攻撃を受けられそうな方が余り居ないので、被ダメ軽減系のスキルをお持ちで専用のバフを盛れるお二人に壁役を頑張っていただこうかと……そう思っていたんですけど、あの」
「あれは無理だろう」
「秒で挽肉になる自信がある」
アデルが持つ武器には騎馬・重装・飛行への特攻が乗る。なのでレオナルドのような守備特化のキャラクターや、オニキスのように単純にステータスの高いだけのキャラクターは餌食になる。
だからこそ俺たち歩行のなかで守備が高い傭兵系の出番なのだが、実際にあの筋肉を見ると勝てる気がしない。おそらくタマキに見えているステータスだと一応俺たちでもダメージを入れられるのか、はたまた相手の攻撃を耐えられると判断したのだろう。
「奥義ゲージ減らすスキル持っている人、連れてくるの忘れてました」
俺もエノクも同時に黙り込む。互いに『必殺封じ』のスキルで相手の奥義効果を半減させることは出来るが、アデルの持つ奥義は専用奥義なので性能が他に比べて非常に高い。
ダリルなどが使用する天属性の奥義『天穹』の効果である『相手の守備を半減』あるいは『攻撃力に幸運を加算する』の両方が発動する上に、そこで与えた分のダメージを自身のHPとして吸収するのだ。
「エノク殿。個人スキルと兵種スキルってどんなものを持ってる?」
「個人スキルの『魂を測る赤』は聖剣を装備していなければ使えないし、そもそも敵が悪属性の必要がある。貴殿ももとは傭兵だと見受けるが『後の先』は持っているか?」
「ああ。そっちも傭兵の兵種スキルは同じで良いんだな。勇者のスキルは『必殺封じ』であってるか?」
「うむ。だが、さすがに『深緋の波動』は持っていないだろう?」
「こっちは『翠緑の抱擁』だな。性能を聞いても?」
「周囲2マス以内に恋人が居る状態だとステータスが上昇する。彼女がそのマリアンネだ」
「俺のも似たようなものだ。相互支援になるんだが、こちらの女性――ミシェルが支援対象だ」
そう言いながら紹介されたエノクの恋人マリアンネが、ローレッタ大陸の作法とは違った彼らの文化圏での挨拶をしてくる。同じようにミシェルを紹介すると彼女は一歩前に出て淑女の礼をとった。
シリーズでは総じて俺たちの枠のキャラは愛に生きている確率が高い。そして一途だ。もし仮に他の女性に向かって『美しい』と呟いても、それは美術品などを見た時の感想みたいなものであり、決して他意は存在しない。
「大地の玉とか色々使えばアデルさんの攻撃を1ターンくらいは耐えられるはずなので、こちらからは魔法攻撃だけ仕掛けるようにして、エリアスさんたちは回復しながら頑張りましょう!」
杖を掲げ気合を入れながらタマキは久々の課金アイテムを取り出す。以前使用した流水の玉は回復アイテムだが、大地の玉は1ターン限定で守備が上昇するアイテムだ。『マーリンの入れ知恵』とか『クロウリーの書状』といった少々高価なデバフアイテムまで持っている。
自軍フェイズで俺とエノクは攻撃しないのでHPの減少があるとしたら敵フェイズになるのだが、少々奮発し過ぎではないだろうかと心配になる。
しかしそうこうしているうちに戦闘が開始され、徐々に徐々にと目の前に黒い巨体が迫ってくる。原作においてアデルは性格上、どっしりと構えた立ち振る舞いをする。なので重騎士などと同じように移動力が低い。そのため進軍ペース自体は早くない。
しかし移動力に対比するように素早さは高めに設定されて居る。なので交戦すれば間違いなく追撃を含めて二回の攻撃を受けるだろう。
アスラの軍勢は剣や槍などの武器を扱うが、鎧や兜などを必要としない。鉄鋼膚と呼ばれる硬化できる皮膚が防具であり、しなやかなバネで素早く戦場を駆けるので重苦しい防具はその動きの妨げになってしまうのだ。
周囲の雑魚と交戦しているうちにアデルが接近してきたようで、俺の真横でエノクが消し飛んだ。多分HPが0になったから大図書館に強制帰還させられたのだろうが、そうだと判っていても怖いものは怖い。
「エリアス。頑張ってくださいな!」
流石にこのターンで削りきれるような相手ではなく、背後から愛しのミシェルから声援が上がる。そうだ。俺がここで倒れたら次はミシェルがあの攻撃を食らうことになる。
ミシェルとタマキから貰える支援効果で、俺のステータスには複数の緑色に輝くプラスの文字が見える。
「むうん! 捻り潰してくれようぞ!」
なぜここだけいつも通りのアデルなのかはさておき。神器である雷剣ヴァジュラとアデル専用奥義『天部』の組み合わせは最凶に恐ろしいものだ。タマキとミシェルからの支援効果とか、ラウルスのサポートスキルとか諸々併せても先ほどのエノクを見たせいで耐えられる気がしない。
案の定というべきか、初撃は辛うじて耐えられた。しかしこの時点で俺のHPは一桁である。見た目には服が破けているだけなのに、実際は満身創痍だ。死にそう。しかし反撃しなくては進まない。
「うおおおおぉぉぉぉぉっ!」
アデル目掛けて勢いよく剣を振り下ろすが、攻撃が当たると同時にカキンッという金属音が響く。俺の剣が当たったのはアデルの腹部だ。それはもう見事なまでに六つ割れている腹筋がそこにある。奥義が乗ったというのに俺の火力ではアデルの個人スキル『武神の構え』は抜けなかったらしい。
金属製の鎧を付けているわけではないのに金属音と共に攻撃を弾くのは、このシリーズの様式美みたいなものだが、実際に目の当たりにするとショックも大きい。いや待て、デバフアイテムの効果はどこに行ったんだ。
そうして呆けているとアデルからの追撃が飛んでくる。相手は見た目に反して素早いので当然だ。
特に痛みは感じない。気が付いたとき、俺はセフィロトの大図書館に戻っていた。現在地は年代記へ侵入するための門の前だ。
隣では先に撤退していたエノクが待機していた司書トレイシーに、あちらでの状況を説明している。
「エリアスさんが撤退する前はどのような状況でしたか?」
「黒獅子が……ゴリラがとても強かった」
俺なにかタマキに嫌われることしたっけ。そんなことを考えながら一緒に出撃した皆が戻ってくるのを待っていると、タマキがスライディング土下座で門から出てきた。
「大地の玉と合わせて、被ダメ軽減アイテムとデバフばら撒きアイテム使うの忘れてました! ごめんなさい!」
「ああ、うっかりか。それなら、まあ……いや、気を付けないと駄目だな」
リコレクションズ設定ではHP0は撤退で済むので忘れてしまいがちだが、元居たローレッタ大陸などで命のやり取りをしているときであれば今回のミスは拙い。もし何かの拍子で仕様が死亡扱いに変更されてしまった場合、こういった凡ミスは文字通り命取りだ。
「最近は色んな英雄さんが増えて、仲良くなった人も増えたから私、浮かれてたのかもしれないです。初心を忘れないようにしないと……」
「それも大切ですけど。タマキ、あなた最近寝不足でしょう? 隈が出来てますし、お肌の調子も悪いです!」
確かにそうだ。ミシェルが指摘した通り、ここのところタマキは少し顔色が悪い。それに今回のミスはタマキらしくない初歩的なものだ。しかし本人が自覚できているのであれば問題ないだろう。
「ううっ……実は、学校の成績がやばいんです。補習はぎりぎり避けたんですけど、お母さんが怒り気味で……ここ数日は夜遅くまでテスト勉強してたから」
「まあ! まあ! いけませんわ! お勉強は早く起きてやるものです。夜は寝なくてはお肌にも体にも良くありません。理数系であれば私が教えますので、教材を持って来るのです!」
「ミシェルさん数学強いんですか! 凄いです! 助かります!」
大陸によって多少の差異は在るが魔導士というのは学者である。ミシェルたちが扱う氷や風などの魔法は理系分野らしく、それを数学的に読み解き構築したものが自然魔法として成り立っているそうだ。
神聖魔法や光魔法の類は神智学や宗教学の類で、地域によっては古代魔法と呼ばれるらしい闇魔法は考古学と呪術の類らしい。全部メテオライトからの受け売りだが、おおよそこんな感じである。
「俺たちは力になれそうに無いな」
「まったくだ」
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ファンタジー
アリュールという世界の中にある一国。
アール国で国の端っこの海に面した田舎領地に神々の寵愛を受けし者として生を受けた子。
いわゆる"神々の愛し子"というもの。
神々の寵愛を受けているというからには、大事にしましょうね。
そういうことだ。
そう、大事にしていれば国も繁栄するだけ。
簡単でしょう?
えぇ、なんなら周りも巻き込んでみーんな幸せになりませんか??
−−−−−−
新連載始まりました。
私としては初の挑戦になる内容のため、至らぬところもあると思いますが、温めで見守って下さいませ。
会話の「」前に人物の名称入れてみることにしました。
余計読みにくいかなぁ?と思いつつ。
会話がわからない!となるよりは・・
試みですね。
誤字・脱字・文章修正 随時行います。
短編タグが長編に変更になることがございます。
*タイトルの「神々の寵愛者」→「神々の愛し子」に変更しました。
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