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第二部
第17話 大図書館の幽霊騒ぎ
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「やることが多すぎて何から手を付ければいいのか判んないです!」
そう叫びながら両手にアイテムやら何やらを持ってタマキは廊下を右往左往している。
掲示板を見てわかる範囲は、今日から周回イベントと期間限定マップの解放が行われている。特別な衣装に身を包んでいるキャラクターのイラストも掲示されていたので期間限定ガチャも配信されているはずだ。
今月末はサウェイン――生者と死者の境界が曖昧になる日がやってくる。前世ではハロウィンという名前で馴染みのあった祭りだ。この日は魔導士たちにとって特別な日で、一年の終わりであり始まりの日らしく占いやら呪術やらに忙しいらしい。
村人たちも晩秋の豊穣を司る神への感謝を示す贈り物の準備に励んでおり、籠いっぱいの野菜や樽に入った酒などを運んだりと忙しそうだ。
「エリアス。この蝋燭とお香を運ぶのを手伝ってくださいな」
「エリアス~。祭壇作るの手伝ってくれないかい? あっ、オニキスも丁度いいところに――」
一年で最も魔力の質が良くなる日という事でミシェルもメテオライトも今朝からずっと慌ただしく動き回っている。
蝋燭などは場の浄化に使用するらしく、ほとんどの魔導士たちが箱いっぱい準備している。呪術用の祭壇作りも複数個所で行われているのだが、石像だったり金属製の杯だったりと飾られているものは様々だ。
「豊穣祭の出し物って占い屋が多いけど、ミシェルはどんな占いをするんだ?」
「カードに占星術にダイス等いろいろですね。恋愛運はどこに行っても需要がありますのよ」
「なるほど確かに。女の子って占い好きな子多いもんな」
占いにはあまり馴染みがないが様々な道具があるようで、他にも文字が刻まれた石だとか小さな剣だとか見せてもらう。
「そうです。忘れるところでした。これはエリアスの分です」
「これは……カード?」
本部になる場所では多種多様な効果のある護符を販売するらしく、各ブースに宣伝用のカードが設置されている。渡されたのはそのうちの一種類だ。鎧に身を包んだ天使が剣を持ち立っている図柄をしている。
「異大陸のお守りです。これに描かれて居る天使は私と同じ名前の勇ましい天使だそうです。それにほら、剣を持っていて、もう片方の手には天秤を持っているだなんてエリアスにぴったりでしょう?」
剣と天秤は女神アストレアと同じモチーフだ。罪を裁く剣と魂を測る天秤の組み合わせは地域問わずに存在しているらしい。
細かい説明などは特になく渡すだけわたすと、ミシェルはまだ準備があるからと再び倉庫のほうへと向かっていってしまった。
「……うん? まてよ。ようするにミシェルが俺の女神だったのか」
貰ったカードはポケットにしまい、運ぶように頼まれた箱を彼女が占いをするブースへと運ぶ。中央のテーブルには光沢のあるベルベットのクロスがかけられ、品のいい細工の燭台などがすでに設置されている。雰囲気を壊さないように入り口から死角になるように箱を置くと、先ほど同じように手伝いを頼まれたメテオライトを探す。
「あっ、エリアス! 来てくれたとこ悪いんだけど、カノンが手伝ってくれるみたいで人手は足りそうなんだ」
「おう。それじゃあ俺はここで」
「うん。わざわざありがとう」
最近ではサポートで騎馬部隊に混ざることが増えたらしいメテオライトは、すっかり別シリーズの騎兵たちと馴染んでいるようだ。野営地の設営なんかに慣れている騎士が多いので、ちょっとした台座なんかはすぐに完成するらしい。
その後も何日かかけて祭りの準備を手伝ったり、イベントマップの攻略に駆り出されたりしながら過ごす。そんな感じで祭りの準備は順調に進んだサウェインの前日、その事件は起こった。
「野菜泥棒じゃ! 野菜泥棒が出たぞ!」
「俺の作った祭壇壊したやつは誰だ!」
収穫祭のお供え物や出し物の支度をしていた者たちが様々な被害を訴え始めたのだ。
倉庫に運び込まれていた作物や葡萄酒など秋の実りは食い荒らされ、たくさんの人が楽しみにしていた出店は無残に壊されている。
「エ~リ~ア~ス~! 私の占いブースがズタボロにされてしまいましたの~!」
引き裂かれたクロスを俺に見せながらミシェルが涙を流している。準備もすべて終え、昨日は仮装まで楽しんでいたのにこれではあんまりだ。そっと彼女を抱きとめ、あやすように背中をさすってやる。軽く周囲を確認すると何処も同じような状態らしく、被害が次々に報告されていた。
「皆さん大変です! お化けです。お化けが出たんです!」
時を同じくして広場に姿を見せたタマキがやってきた方角を、ぶんぶんと腕を振りながら指差し叫んでいる。
今はそれどころじゃないと言いたいところだが、どんな情報が隠れているか判らないので話を聞く必要がある。
「いいかいタマキ。お化けなんてこの世に存在しない。亡くなった人は死者の国で暮らしているんだ。現世には姿を見せるはずがない」
本来であれば率先して調査にあたるドルフはお化けが苦手らしい。折角の不審者情報なのに、これは駄目だ。
普段は落ち着きのある彼も、お化けの単語が聞こえた瞬間から盛大に目が泳いでいる。サウェインに馴染みのないものたちに本で調べた内容を説明したのはドルフなのに、この反応である。
だがハロウィンマップの敵はカボチャのお化けなので、その存在は完全に否定は出来ないだろう。
「でもでも! さっき青白い光を放つ不気味な人影が、ふらふらとした動きでそこの曲がり角に消えたんです」
「不審者かな?」
「お化け探ししましょ~よ~。ド~ル~フ~さ~ん!」
「窃盗や物損の被害が出ているから、その犯人かもしれない」
ドルフの現実逃避なのか自己防衛なのかは分からないが、この提案により手分けしてこの事件の犯人探しが幕を開ける。
街の中央通りには、壊されてしまっている幾つもの出店や、カボチャで作った飾り付けが片付けの追い付かないまま放置されている。そこから四方に伸びる道に分散し、タマキが見たというお化けもとい不審者の捜索をしている。
「泥棒探しなんて現行犯でもないと捕まえるのは難しいんじゃないか?」
「見回りしているだけでも抑止になるし、べつに良いんじゃないか?」
今日の俺の相棒はセシルだ。槍を背負いきょろきょろと周囲を見回し不審者を探す姿は、一国の王子というより狩猟民族か何かに見える。
「う~む。やはりブリューナクを持ってくるべきだったか。馬が居たほうが広範囲を見回れる」
「馬くらいなら普通に連れて来ればいいだろう」
「あの馬は俺がブリューナクを装備すると足元から生えてくる馬だから厩舎には居ないぞ」
「なんだそれ。怖いな」
「昇格で歩兵から騎兵になるものは大体が通る道だぞ」
などと言う聞きたくもないメタな話をしながら周囲を巡回する。居るのは片付けに勤しむ街の人々や項垂れる魔導士ばかりだ。タマキの言う不審者は見つかりそうもない。
*
暫くして、俺たちが見回っていたのとは別方向から大きな悲鳴が聞こえると同時に黒煙が上がる。急ぎ駆けつけようと走るが、俺たちのすぐ近くにも潜んでいたらしく、容赦のない魔法攻撃が飛んできた。
精気の薄い雰囲気の魔導士たちは虚ろな目で口々にセフィロトの光竜への殺意をぶつぶつと呟き、巡回中の俺たち異境の戦士たちにも明確な殺意を向けてくる。
俺もセシルたちも年代記や周回マップなど、セフィロトの地に来てからは所謂『ゲームの範囲』でしか戦闘を行ったことが無い。
この地に呼ばれた理由は歪められた年代記の修正作業の手助けが主なので、この地に住まう人間同士のトラブルには無縁だったのだ。
セフィロトの光竜の殺害を目論んで居ると思しき魔導士たちは、立ちはだかる兵士たちの隙間を縫うようにして光竜が住まうというセフィロトの神域・生命の樹へと向かっている。
飛び交う怒号と悲鳴の中、手近な敵から戦闘不能にして捕らえる。しかし口を割る気はないようで、中にはその場で自害するものも居た。
「エリアス。そっちはどうだ?」
「駄目だ。生け捕りにしようにも、すぐに自害されてしまう」
すぐさま舌を噛み千切るものも居れば、奥歯に毒薬を仕込んでいたりと、その方法は様々だ。殺さないよう加減すれば自害され、気絶させようと強めに攻撃すると削りきってしまうのが悩ましい。
彼らが狙うセフィロトの光竜に関しては殆ど情報がない。アナベル隊長のように十侯爵の一人であれば面識もあるそうだが、個人名も含めて基本情報は謎に包まれている。
ドルフの証言によれば兄の恩人で、人間に対して好意的。しかし限られた人間の前にしかその姿を見せることは無い。このセフィロトの地の守護者を自称しているものの、その実績は記録に無く、伝え残されているのは光と生命の神格を持つ光竜アインソフオウルの縁者であることだけだ。なぜ命を狙われているのか予想しようにも情報がなさ過ぎて判らない。
「ひとまずは皆と合流しよう」
「このまま敵の中央を突破してやりたいところだが、状況の確認を優先したほうが良さそうだ」
セシルならやりかねないと思いつつも、自重してくれるのは有り難い。中央通りの皆が居るあたりを目指して走り出すと同時に、空気が不自然に揺らぐのを感じた。
「しまった!」
脇道に隠れていた魔導士からの攻撃に気が付くも、敵の放った風の刃は目前だ。回避は間に合わないと判断しとっさに身構える。すぐ横を誰かが走り抜けていったような気配を感じるが、魔法で吹き飛ばされ確認どころじゃない。壁に打ち付けられ全身が痛むが、早く敵に気が付き受け身を取れていたぶんダメージも少なく利き腕なども無事だった。まだ動ける。そう判断して立ち上がる。
しかし敵の魔導士は倒れていた。目の前には見知らぬ剣士。手には剣と酒瓶を持っている。
身に着けている衣服はセフィロトの職員たちと似たような雰囲気の軽装なので、おそらくは司書なのだろう。かなり酒臭いが雰囲気からして相当な達人だ。
「ありがとう。助かったよ。俺はエリアス。あんたはセフィロトの職員か?」
「うい~……おうよ。セフィロト一の剣士、ヨハネさまだぜ。……ひっく、んふふっ。兄ちゃん、酒持ってないか?」
「やっぱあんた相当飲んでるな!」
「最強の秘訣は酒なんだぜ。うへへ」
そう言いながら空になった酒瓶を傾けて見せてくる。傭兵仲間は大概が大酒飲みだったが、ここまでべろんべろんに酔っぱらった状態で戦場に立つ奴は初めてだ。
「うん~? 兄ちゃん、傭兵のくせに結構上品な戦い方すんのな~?」
「最近は仕官してるから、上品に見えるんだとしたらそのせいじゃないか?」
「いやいや。型の問題だって。師匠が騎士だったとかかぁ?」
「うちの親父も傭兵だよ。俺の生まれる前は知らないけどな」
この酔っ払いヨハネと共闘しながら、俺とセシルは隊長たちの場所を目指す。全体でみると数はそう多くないようで、聞こえてくる情報からして殆どが制圧されているようだ。
*
お前は主人公か――そうツッコミを入れたくなるような見事な三角跳びで最後の一人を叩き伏せたのは貴族風の男性だ。ドルフより一回りくらい年上の男性は雰囲気からしてケテル候だと思う。
倒した敵に手早く布を噛ませ縛りあげて従者に預けると、こちらに近づいてくるなり簡単な挨拶を済ませる。そしてそのままアナベル隊長と話し始めた。ここに来るまでにも複数の戦闘をこなしていたようで、入手した情報を共有してくれるようだ。
「先ほどの賊は光竜の存在を疎ましく思っている一団『無形の闇』だったようだ。身に着けていた衣類の中に、このようなメダルが入っていた」
そう言いながらケテル候が見せてきたのは、樹木を逆さにしたかのような模様の入ったメダルだ。簡単に説明を聞いた範囲だと、この地に邪悪の樹が出現してから結成された秘密結社の類らしく、このメダルが会員証みたいなものらしい。
これまでに過激な行動はほとんど見られず看過して来たそうだが、今回のことを機に取り締まりを強化するようだ。
「襲撃の詳しい目的は不明だが、被害は最低限に食い止めることができた。諸君らの協力に感謝する」
周囲を見回すと街の人に怪我人はそこまで多くない。古今東西の手練れが集まっているので指揮系統が出来上がっていれば問題なく機能するのだろう。個人プレーが得意な者たちが一部負傷しているようだが、重傷者は出ていない。
そこでふと気になり先ほどの剣士ヨハネを探す。さっきまですぐ傍にいた気がするのに、その姿は全く見当たらない。
「さっきヨハネという剣士に助けてもらったんだが、どこに居るか分かるか? かなり飲んでいる様子だったから、どこかで寝こけてないか心配なんだが」
「ヨハネ?」
一番近くにいた司書のドルフに聞くも相手は首を傾げる。あれだけ強い奴なら知らない筈がないだろうから、この反応は不思議でならない。
「セフィロト最強の剣士を自称してたから、ここの職員じゃないのか?」
「えっ……いやいや、まさか。そんな……」
「なんだ? 何か心当たりがあるなら教えてくれ」
「僕が生まれるより昔、曾祖父の代に『酒乱の剣聖ヨハネ』という色んな意味で伝説の男がいたんだ」
曰く――戦場の恐怖を酒で誤魔化していた男だそうだ。剣の腕は凄くたつのだが、イマイチ自信が無く臆病だったらしい。
魔導士たちの出店を破壊していたのは先ほどの一団だろうが、倉庫の酒などを荒らした犯人はヨハネだったのでは無かろうか。そんな考えがよぎる。
「じゃあさっき俺を助けてくれたのは……」
「ははは。エリアスまでそんな……よしてくれ。お化けなんて居ないよ。ははは……うん。いない。いないよ」
青ざめた様子のまま、ドルフは乾いた笑いをする。最後のほうはもはや自己暗示のようになっているのではないだろうか。
「だがお前の右隣に立っているのは誰なんだろうな?」
「うわぁっ!? あっ、兄上、驚かさないでください!」
「何だドルフ。まだ幽霊が怖いのか?」
背後からその声が聞こえるのと同時にドルフが飛び上がる。ケテル候は見た目こそ厳しそうだが、なかなか茶目っ気のある兄君のようだ。
「これは昔から怪談の類が苦手でな」
ケテル候はくっくっと笑いながら遠慮なくドルフの頭を撫でている。近くで見てみると判るのだが、髭のせいで実年齢より老けて見えるだけのようだ。おそらくはオニキスと同じくらいの年齢だろう。若くして爵位を継いだというので、侮られないよう貫録を出すために伸ばしているのだろう。
「ケテル侯オイゲンだ。貴殿がエリアス殿で相違ないな?」
「はい。そうですが……俺に何か?」
「うむ。セフィロトの光竜が貴殿に興味を持っていたのでな、機会があったら構ってやってくれ」
そう言いながら何故かダアトくんを渡される。セフィロトの光竜とダアトくんは友達か何かなのだろうか。
「飾りつけはボロボロに壊されちゃったけど、みんなお祭りをやる気は満々ね。落ち込んだりして駄目になっちゃうかもって思っていたけど安心したわ」
アナベル隊長がうんうんと感慨深そうに片付けや設営を再開したものたちを見ながら頷くのだった。
そう叫びながら両手にアイテムやら何やらを持ってタマキは廊下を右往左往している。
掲示板を見てわかる範囲は、今日から周回イベントと期間限定マップの解放が行われている。特別な衣装に身を包んでいるキャラクターのイラストも掲示されていたので期間限定ガチャも配信されているはずだ。
今月末はサウェイン――生者と死者の境界が曖昧になる日がやってくる。前世ではハロウィンという名前で馴染みのあった祭りだ。この日は魔導士たちにとって特別な日で、一年の終わりであり始まりの日らしく占いやら呪術やらに忙しいらしい。
村人たちも晩秋の豊穣を司る神への感謝を示す贈り物の準備に励んでおり、籠いっぱいの野菜や樽に入った酒などを運んだりと忙しそうだ。
「エリアス。この蝋燭とお香を運ぶのを手伝ってくださいな」
「エリアス~。祭壇作るの手伝ってくれないかい? あっ、オニキスも丁度いいところに――」
一年で最も魔力の質が良くなる日という事でミシェルもメテオライトも今朝からずっと慌ただしく動き回っている。
蝋燭などは場の浄化に使用するらしく、ほとんどの魔導士たちが箱いっぱい準備している。呪術用の祭壇作りも複数個所で行われているのだが、石像だったり金属製の杯だったりと飾られているものは様々だ。
「豊穣祭の出し物って占い屋が多いけど、ミシェルはどんな占いをするんだ?」
「カードに占星術にダイス等いろいろですね。恋愛運はどこに行っても需要がありますのよ」
「なるほど確かに。女の子って占い好きな子多いもんな」
占いにはあまり馴染みがないが様々な道具があるようで、他にも文字が刻まれた石だとか小さな剣だとか見せてもらう。
「そうです。忘れるところでした。これはエリアスの分です」
「これは……カード?」
本部になる場所では多種多様な効果のある護符を販売するらしく、各ブースに宣伝用のカードが設置されている。渡されたのはそのうちの一種類だ。鎧に身を包んだ天使が剣を持ち立っている図柄をしている。
「異大陸のお守りです。これに描かれて居る天使は私と同じ名前の勇ましい天使だそうです。それにほら、剣を持っていて、もう片方の手には天秤を持っているだなんてエリアスにぴったりでしょう?」
剣と天秤は女神アストレアと同じモチーフだ。罪を裁く剣と魂を測る天秤の組み合わせは地域問わずに存在しているらしい。
細かい説明などは特になく渡すだけわたすと、ミシェルはまだ準備があるからと再び倉庫のほうへと向かっていってしまった。
「……うん? まてよ。ようするにミシェルが俺の女神だったのか」
貰ったカードはポケットにしまい、運ぶように頼まれた箱を彼女が占いをするブースへと運ぶ。中央のテーブルには光沢のあるベルベットのクロスがかけられ、品のいい細工の燭台などがすでに設置されている。雰囲気を壊さないように入り口から死角になるように箱を置くと、先ほど同じように手伝いを頼まれたメテオライトを探す。
「あっ、エリアス! 来てくれたとこ悪いんだけど、カノンが手伝ってくれるみたいで人手は足りそうなんだ」
「おう。それじゃあ俺はここで」
「うん。わざわざありがとう」
最近ではサポートで騎馬部隊に混ざることが増えたらしいメテオライトは、すっかり別シリーズの騎兵たちと馴染んでいるようだ。野営地の設営なんかに慣れている騎士が多いので、ちょっとした台座なんかはすぐに完成するらしい。
その後も何日かかけて祭りの準備を手伝ったり、イベントマップの攻略に駆り出されたりしながら過ごす。そんな感じで祭りの準備は順調に進んだサウェインの前日、その事件は起こった。
「野菜泥棒じゃ! 野菜泥棒が出たぞ!」
「俺の作った祭壇壊したやつは誰だ!」
収穫祭のお供え物や出し物の支度をしていた者たちが様々な被害を訴え始めたのだ。
倉庫に運び込まれていた作物や葡萄酒など秋の実りは食い荒らされ、たくさんの人が楽しみにしていた出店は無残に壊されている。
「エ~リ~ア~ス~! 私の占いブースがズタボロにされてしまいましたの~!」
引き裂かれたクロスを俺に見せながらミシェルが涙を流している。準備もすべて終え、昨日は仮装まで楽しんでいたのにこれではあんまりだ。そっと彼女を抱きとめ、あやすように背中をさすってやる。軽く周囲を確認すると何処も同じような状態らしく、被害が次々に報告されていた。
「皆さん大変です! お化けです。お化けが出たんです!」
時を同じくして広場に姿を見せたタマキがやってきた方角を、ぶんぶんと腕を振りながら指差し叫んでいる。
今はそれどころじゃないと言いたいところだが、どんな情報が隠れているか判らないので話を聞く必要がある。
「いいかいタマキ。お化けなんてこの世に存在しない。亡くなった人は死者の国で暮らしているんだ。現世には姿を見せるはずがない」
本来であれば率先して調査にあたるドルフはお化けが苦手らしい。折角の不審者情報なのに、これは駄目だ。
普段は落ち着きのある彼も、お化けの単語が聞こえた瞬間から盛大に目が泳いでいる。サウェインに馴染みのないものたちに本で調べた内容を説明したのはドルフなのに、この反応である。
だがハロウィンマップの敵はカボチャのお化けなので、その存在は完全に否定は出来ないだろう。
「でもでも! さっき青白い光を放つ不気味な人影が、ふらふらとした動きでそこの曲がり角に消えたんです」
「不審者かな?」
「お化け探ししましょ~よ~。ド~ル~フ~さ~ん!」
「窃盗や物損の被害が出ているから、その犯人かもしれない」
ドルフの現実逃避なのか自己防衛なのかは分からないが、この提案により手分けしてこの事件の犯人探しが幕を開ける。
街の中央通りには、壊されてしまっている幾つもの出店や、カボチャで作った飾り付けが片付けの追い付かないまま放置されている。そこから四方に伸びる道に分散し、タマキが見たというお化けもとい不審者の捜索をしている。
「泥棒探しなんて現行犯でもないと捕まえるのは難しいんじゃないか?」
「見回りしているだけでも抑止になるし、べつに良いんじゃないか?」
今日の俺の相棒はセシルだ。槍を背負いきょろきょろと周囲を見回し不審者を探す姿は、一国の王子というより狩猟民族か何かに見える。
「う~む。やはりブリューナクを持ってくるべきだったか。馬が居たほうが広範囲を見回れる」
「馬くらいなら普通に連れて来ればいいだろう」
「あの馬は俺がブリューナクを装備すると足元から生えてくる馬だから厩舎には居ないぞ」
「なんだそれ。怖いな」
「昇格で歩兵から騎兵になるものは大体が通る道だぞ」
などと言う聞きたくもないメタな話をしながら周囲を巡回する。居るのは片付けに勤しむ街の人々や項垂れる魔導士ばかりだ。タマキの言う不審者は見つかりそうもない。
*
暫くして、俺たちが見回っていたのとは別方向から大きな悲鳴が聞こえると同時に黒煙が上がる。急ぎ駆けつけようと走るが、俺たちのすぐ近くにも潜んでいたらしく、容赦のない魔法攻撃が飛んできた。
精気の薄い雰囲気の魔導士たちは虚ろな目で口々にセフィロトの光竜への殺意をぶつぶつと呟き、巡回中の俺たち異境の戦士たちにも明確な殺意を向けてくる。
俺もセシルたちも年代記や周回マップなど、セフィロトの地に来てからは所謂『ゲームの範囲』でしか戦闘を行ったことが無い。
この地に呼ばれた理由は歪められた年代記の修正作業の手助けが主なので、この地に住まう人間同士のトラブルには無縁だったのだ。
セフィロトの光竜の殺害を目論んで居ると思しき魔導士たちは、立ちはだかる兵士たちの隙間を縫うようにして光竜が住まうというセフィロトの神域・生命の樹へと向かっている。
飛び交う怒号と悲鳴の中、手近な敵から戦闘不能にして捕らえる。しかし口を割る気はないようで、中にはその場で自害するものも居た。
「エリアス。そっちはどうだ?」
「駄目だ。生け捕りにしようにも、すぐに自害されてしまう」
すぐさま舌を噛み千切るものも居れば、奥歯に毒薬を仕込んでいたりと、その方法は様々だ。殺さないよう加減すれば自害され、気絶させようと強めに攻撃すると削りきってしまうのが悩ましい。
彼らが狙うセフィロトの光竜に関しては殆ど情報がない。アナベル隊長のように十侯爵の一人であれば面識もあるそうだが、個人名も含めて基本情報は謎に包まれている。
ドルフの証言によれば兄の恩人で、人間に対して好意的。しかし限られた人間の前にしかその姿を見せることは無い。このセフィロトの地の守護者を自称しているものの、その実績は記録に無く、伝え残されているのは光と生命の神格を持つ光竜アインソフオウルの縁者であることだけだ。なぜ命を狙われているのか予想しようにも情報がなさ過ぎて判らない。
「ひとまずは皆と合流しよう」
「このまま敵の中央を突破してやりたいところだが、状況の確認を優先したほうが良さそうだ」
セシルならやりかねないと思いつつも、自重してくれるのは有り難い。中央通りの皆が居るあたりを目指して走り出すと同時に、空気が不自然に揺らぐのを感じた。
「しまった!」
脇道に隠れていた魔導士からの攻撃に気が付くも、敵の放った風の刃は目前だ。回避は間に合わないと判断しとっさに身構える。すぐ横を誰かが走り抜けていったような気配を感じるが、魔法で吹き飛ばされ確認どころじゃない。壁に打ち付けられ全身が痛むが、早く敵に気が付き受け身を取れていたぶんダメージも少なく利き腕なども無事だった。まだ動ける。そう判断して立ち上がる。
しかし敵の魔導士は倒れていた。目の前には見知らぬ剣士。手には剣と酒瓶を持っている。
身に着けている衣服はセフィロトの職員たちと似たような雰囲気の軽装なので、おそらくは司書なのだろう。かなり酒臭いが雰囲気からして相当な達人だ。
「ありがとう。助かったよ。俺はエリアス。あんたはセフィロトの職員か?」
「うい~……おうよ。セフィロト一の剣士、ヨハネさまだぜ。……ひっく、んふふっ。兄ちゃん、酒持ってないか?」
「やっぱあんた相当飲んでるな!」
「最強の秘訣は酒なんだぜ。うへへ」
そう言いながら空になった酒瓶を傾けて見せてくる。傭兵仲間は大概が大酒飲みだったが、ここまでべろんべろんに酔っぱらった状態で戦場に立つ奴は初めてだ。
「うん~? 兄ちゃん、傭兵のくせに結構上品な戦い方すんのな~?」
「最近は仕官してるから、上品に見えるんだとしたらそのせいじゃないか?」
「いやいや。型の問題だって。師匠が騎士だったとかかぁ?」
「うちの親父も傭兵だよ。俺の生まれる前は知らないけどな」
この酔っ払いヨハネと共闘しながら、俺とセシルは隊長たちの場所を目指す。全体でみると数はそう多くないようで、聞こえてくる情報からして殆どが制圧されているようだ。
*
お前は主人公か――そうツッコミを入れたくなるような見事な三角跳びで最後の一人を叩き伏せたのは貴族風の男性だ。ドルフより一回りくらい年上の男性は雰囲気からしてケテル候だと思う。
倒した敵に手早く布を噛ませ縛りあげて従者に預けると、こちらに近づいてくるなり簡単な挨拶を済ませる。そしてそのままアナベル隊長と話し始めた。ここに来るまでにも複数の戦闘をこなしていたようで、入手した情報を共有してくれるようだ。
「先ほどの賊は光竜の存在を疎ましく思っている一団『無形の闇』だったようだ。身に着けていた衣類の中に、このようなメダルが入っていた」
そう言いながらケテル候が見せてきたのは、樹木を逆さにしたかのような模様の入ったメダルだ。簡単に説明を聞いた範囲だと、この地に邪悪の樹が出現してから結成された秘密結社の類らしく、このメダルが会員証みたいなものらしい。
これまでに過激な行動はほとんど見られず看過して来たそうだが、今回のことを機に取り締まりを強化するようだ。
「襲撃の詳しい目的は不明だが、被害は最低限に食い止めることができた。諸君らの協力に感謝する」
周囲を見回すと街の人に怪我人はそこまで多くない。古今東西の手練れが集まっているので指揮系統が出来上がっていれば問題なく機能するのだろう。個人プレーが得意な者たちが一部負傷しているようだが、重傷者は出ていない。
そこでふと気になり先ほどの剣士ヨハネを探す。さっきまですぐ傍にいた気がするのに、その姿は全く見当たらない。
「さっきヨハネという剣士に助けてもらったんだが、どこに居るか分かるか? かなり飲んでいる様子だったから、どこかで寝こけてないか心配なんだが」
「ヨハネ?」
一番近くにいた司書のドルフに聞くも相手は首を傾げる。あれだけ強い奴なら知らない筈がないだろうから、この反応は不思議でならない。
「セフィロト最強の剣士を自称してたから、ここの職員じゃないのか?」
「えっ……いやいや、まさか。そんな……」
「なんだ? 何か心当たりがあるなら教えてくれ」
「僕が生まれるより昔、曾祖父の代に『酒乱の剣聖ヨハネ』という色んな意味で伝説の男がいたんだ」
曰く――戦場の恐怖を酒で誤魔化していた男だそうだ。剣の腕は凄くたつのだが、イマイチ自信が無く臆病だったらしい。
魔導士たちの出店を破壊していたのは先ほどの一団だろうが、倉庫の酒などを荒らした犯人はヨハネだったのでは無かろうか。そんな考えがよぎる。
「じゃあさっき俺を助けてくれたのは……」
「ははは。エリアスまでそんな……よしてくれ。お化けなんて居ないよ。ははは……うん。いない。いないよ」
青ざめた様子のまま、ドルフは乾いた笑いをする。最後のほうはもはや自己暗示のようになっているのではないだろうか。
「だがお前の右隣に立っているのは誰なんだろうな?」
「うわぁっ!? あっ、兄上、驚かさないでください!」
「何だドルフ。まだ幽霊が怖いのか?」
背後からその声が聞こえるのと同時にドルフが飛び上がる。ケテル候は見た目こそ厳しそうだが、なかなか茶目っ気のある兄君のようだ。
「これは昔から怪談の類が苦手でな」
ケテル候はくっくっと笑いながら遠慮なくドルフの頭を撫でている。近くで見てみると判るのだが、髭のせいで実年齢より老けて見えるだけのようだ。おそらくはオニキスと同じくらいの年齢だろう。若くして爵位を継いだというので、侮られないよう貫録を出すために伸ばしているのだろう。
「ケテル侯オイゲンだ。貴殿がエリアス殿で相違ないな?」
「はい。そうですが……俺に何か?」
「うむ。セフィロトの光竜が貴殿に興味を持っていたのでな、機会があったら構ってやってくれ」
そう言いながら何故かダアトくんを渡される。セフィロトの光竜とダアトくんは友達か何かなのだろうか。
「飾りつけはボロボロに壊されちゃったけど、みんなお祭りをやる気は満々ね。落ち込んだりして駄目になっちゃうかもって思っていたけど安心したわ」
アナベル隊長がうんうんと感慨深そうに片付けや設営を再開したものたちを見ながら頷くのだった。
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誤字・脱字・文章修正 随時行います。
短編タグが長編に変更になることがございます。
*タイトルの「神々の寵愛者」→「神々の愛し子」に変更しました。
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