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第二部
第24話 年代記・異伝【世界が生まれた日】
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この世界でも一年はだいたいで三六五日だが、一ヶ月は全ての月において三十日とされている。なので勿論だが暦にズレが生じる。だいたい五日前後そういった日が存在しており、これには特殊な名称が与えられている。その名称や時期は大陸ごとに異なる。
この日は安息日とされ総じて休日だ。何月何日とかではなく『栄誉の日』とか『威厳の日』などと名付けられおり、ローレッタ大陸では春分前が該当する。俺たちにとっては春分は新年でもあるので、各地では新しい春の訪れを祝う祭りなんかも催されるのだ。
しかもこの日はレギンレイヴシリーズの第一作目である【月虹のレギンレイヴ】の発売日だ。なので当然だが周年イベントが開催される。期間限定で解放される年代記や周回マップ、邪悪の樹での規定数討伐ミッション等々やることが多いのだが運営が召喚の札を始めとする課金アイテムをばら撒いてくれる一大イベントなのだ。
「投票券集めを先にするか、邪悪の樹レコードを早めに片付けてしまうか……う~ん」
ミシェルと連れ立って歩いていると、掲示板を見ながらタマキが頭を悩ませているのを見つける。
投票券集めは周回マップでの入手なのだが、ここはプレイヤーの行動力消費が激しい場所だ。この周年イベントと並行して人気投票のイベントも開催されているのだが、投票券を入手しないと投票が出来ないので時間と財力での殴り合いが発生する。
邪悪の樹のレコードは規定数の討伐なのだが楽なものが多い。ぱっと見の数字は大きいのだが、他と並行してクリアできるので簡単に終わるだろう。
「今日は1マップが限度なんですよね」
「まあ、何か用事でもありますの?」
「新しい家庭教師が来るんで、その顔合わせですね。そのまま授業になるんで、結構遅くまでかかっちゃいそうなんです」
俺たちの体感では結構な時間に感じるのだが、プレイヤーの立場で見ると1マップ攻略に掛かる時間は五分にも満たない。そんな条件で見ると、本当に合間を縫ってログインしているのだろう。タマキの表情は残念そうだ。
「まずは簡単なところから片付けてしまえばいいんじゃないか?」
俺の記憶に間違いがなければ、周年イベントで一番簡単なのは年代記・異伝だ。無課金で☆5を持っていなくても攻略できる程度の難易度なので、報酬目当てであればここから攻略するのが手っ取り早い。
「う~ん。それもそうですね。ではまず年代記を片付けてしまいましょう!」
そのままメンバーを集めると門を潜り年代記へと侵入する。舞台となるのはシリーズ一作目【月虹のレギンレイヴ】の世界。
場所はアイリス城でマップボスはルイス王子。モブ敵は一人もおらず、バーナード将軍やホープといったアイリス王国の騎士たちが周囲を固めている。アイリス城の作りは優美なローレッタ城や、堅牢なシスル城とはまた違った趣の城塞だ。富と権力を象徴する建築美を表すのが聖王国式であれば、アイリス式は質実剛健の城といえる。
周年記念マップである年代記・異伝【世界が生まれた日】の報酬は出撃キャラによって異なる。今回はレアリティが☆4のキャラクターが既定のマップで二人以上出撃かつ生存した状態でクリアすると、投票券やアニバーサリーコインを貰えるレコードの達成をしに来たところだ。
「よく来てくれたね。知っているかもしれないけど僕はルイス。このアイリス王国の王子で、これから父の遺志を継ぎ王となる者だよ」
状況としては月虹のレギンレイヴのエンディングであるルイス王子の戴冠式だ。礼服に身を包んだ王子は儀礼用の剣を携え玉座の前に立っている。挨拶を済ませると戦いが始まった。
今回の年代記・異伝は周年イベントというコンセプトなので、やっていることは祝い事だ。殺し合いではなく、お互いを高め合うための試合の意味合いが強い。
「ミシェルさんとエリアスさんは柱を上手く利用しながらアーネストさんとジェラードさんの相手をお願いします! バーナード将軍とジェフリーさんはオニキスさんとテオさんでやっつけますんで、片付いたら合流してホープさんとルイスさんを倒しに行きましょう!」
このマップは初心者でも簡単にクリアできるように調整されているので、特に山場となるところもなく攻略が進むだろう。
「帰ったころには春分のパンも焼きあがっているでしょうし、のんびりとお茶でもしましょう」
「そうだな。そういえば道具屋でも祭壇用の卵を置いていたけど、まだ絵付けってやってないや」
「それでしたら一緒に作りましょうか。わたくし得意ですのよ」
描く模様ごとの意味も教えて差し上げます――そう付け足しながらミシェルは敵を蹴散らす。そのタイミングを見計らってミシェルを背後に引き戻すと、残ったもう一人を相手に俺は剣を交える。
雑談する余裕すら持ちながら戦闘を進めると、決着がつくのは早かった。
「ははっ、流石だね。僕もまだまだ頑張らないといけないや」
ルイス王子のセリフと共にエンドイベントが始まりアイリス軍の面々とお互いの健闘を称え合うと、この日のぶんの年代記の攻略は終わった。
大図書館へと帰還するとタマキは自宅に戻ると駆け足に去っていき、俺たちはそれを見送る。
先ほど約束した卵の絵付けの場所を相談しながら歩いていると、珍しく迎えに来てくれていたメテオライトに声を掛けられる。
「やあ、二人ともお疲れ。ちょっと三人だけで話せるかい? 君たちに確認したいことがあるんだけどさ」
メテオライトにはお道化たり、ふざけた様子はなく真剣な表情で問いかけてくる。
「なんだよ。改まって」
「タマキの様子からして、僕たちもそろそろローレッタ大陸に帰ることになりそうだからね。今のうちに落ち着いて話しておきたいことがあるんだ」
そのまま特に会話らしい会話もなく廊下を進み、あまり人気のない喫茶室に入るとメテオライトはおもむろに口を開いた。
「前世の自分のこと、今どれくらい思い出せる?」
メテオライトの質問にミシェルが驚いた表情を見せた。彼女には何か心当たりがあるのだろう。
俺はゲームの知識はよく使用するから思い出すけれど、前世の人格の趣味嗜好などは最近では考えても居なかった。なので久しぶりにその記憶を辿る。
「前世のこと? 名前は『緑川ゆかり』だったな。男女の主従が大好きで、職業は……あれ?」
言われてみて初めて気が付いた。前世がどのように生活していたのか上手く思い出せない。ゲームに関係する部分ははっきりと思い出せるのだが、ほかの部分は殆どが思い出せないのだ。
「まさかテオ。お前が『黒谷累』だったことを忘れてるってことは……?」
「さすがにその辺は大丈夫だよ。ただね、持っている情報の消え方が早いんだ。まあ、物心ついた時点で前世の記憶があったから仕方のないことだけど」
人間の記憶というのは年月を経て徐々に薄らいでいくものだ――そう付け足すとメテオライトは懐から一つの宝珠を取り出して見せた。以前キルケから回収した黒い宝珠――漆黒のレギンレイヴである。
「まあ、それは置いといて。僕が覚えている範囲で忘れないうちに伝えておきたい情報が一つ存在する。設定の穴だ」
「設定の穴?」
「例えば君の父親の愛馬の名前なんて、設定されていても正直どうでもいい情報に分類されるだろう?」
「うん。まあ、そうだな」
親父の愛馬といえば最近ではすっかり農耕馬と化しているゼノンのことだ。親父が現役だった時代は数多の戦場を駆けまわったそうだが、今ではそのガタイの良さを生かして重い荷物などを運んでいる。勿論だが親父はゲームに登場していないので、メテオライトの言う通りどうでもいい情報である。
「このセフィロトは分からないけど、僕たちが暮らしていたローレッタ大陸は『黒谷累』に構ってちゃん攻撃をした暇神の作り出した場所なんだ。薄っすらと残る記憶では黒谷累が『設定する必要性を感じなかった部分』を埋め立てていたんだよね」
コツンと宝珠を爪で突くとメテオライトは盛大に溜め息を吐く。宝珠は何かを伝えたいかのように黒から赤へと変わり、紫、緑、青と次々に色を変え、終いには形まで自在に変化させていく。
「私の記憶では『神さま』はけっこう気前がよろしい方でしたけど、問題になりそうなことがあるという事ですの?」
レギンレイヴシリーズはしょせんはゲームである。土地ごとの名産品など設定しても資源争奪ゲームではないので無意味だし、戦場にならない街に名前など付いているはずもないのだが、俺たちが生活していたローレッタ大陸では当たり前にそられは存在する。
「どこが問題になるのかが判らないから困るんだ。ケイオスは遊び相手として僕たちを転生させたくらいだからね。シェフの気まぐれメニュー状態だ。だからもし何か気になること、不自然な部分を見つけたら気にかけておいて欲しい。彼、いや彼女は何をしでかすか判らないからね」
暇神あらためケイオスは以前に名前だけ教えてくれた存在だ。相変わらず俺には心当たりのない相手なのだが、思い出せないだけなのかもしれない。
今のところはその神さまの気まぐれで困ったことは起きていない。俺が気にしなさすぎの可能性もあるが、向こうに居た頃で変に困っていることは無かった筈だ。
「心配すべき部分は人間関係もなんだよね。こっちのローレッタ大陸ってゲームでは死んでいるはずの人間が何人も生存しているだろう?」
「確かにそうだな。思いつくだけでも四・五人はいる」
主な例としてはグレアム陛下や王弟のアントン殿下、ルイス王子の父親であるアイリス国王トラヴィスなんかが大きな影響を持っているだろう。
「人間関係に関しては不仲とまではいかなくても『コイツ気が合わないな』とか、そういうレベルの関係が一番怖いというか……」
「ちょっとした切っ掛けで敵対する可能性があるってことか?」
「ありていに言えばそうだね。向こうに帰ってからはアントン殿下とか、処断されていない諸侯の動きに目を光らせておいてよ。黒谷の勘がこの辺りがイレギュラーになりやすいって言ってるから」
アントン殿下は聖王国から避難した後、王都を奪回するまでずっとアイリス王国で隠れ住んでいた。気が弱く卑屈な性格をしているらしいのだが、確かに立場的に気になる相手である。
処断されていない諸侯というのは、ほとんど終盤まで日和見を決め込んでいた者たちのことだろう。聖王国の貴族の中には帝国側に付いていたものも居たのだが、一族全体でみるとほんの一部であったり、領地を全て取り上げると戦後の混乱を切り抜けるのは難しいなどの理由で不問とされているのがほとんどだ。
「処断されていない諸侯といえば、テオの親父さんはどうなんだ? たしか聖王国を宗主国とする国々の王って、聖王国の爵位も持っているよな」
「その爵位は僕が既に相続しているから問題ないよ。乗っ取る形での代替わりだし、知っている通り陛下の赦しも得ているからね。父上もいつの間にか自害していたから、これ以上は処断しようがないだろう」
「は……?」
茶を淹れながら、まるで世間話でもするかのようにメテオライトは自らの父の死を伝えてきた。
シスル国王マーティンは原作ゲームでは一応、敵将として登場するのだが同章に登場するオニキスのほうがどうしても目立つのであまり印象に残っていない。
だが蟄居させれられいたとはいえ、もとは一国の王である。その死が外部に伝わっていないのはどういうことなのだろうか。
「噂には聞いておりましたけど、本当でしたのね」
多くの密偵を抱えるリリエンソール公爵家だからか、聖王国軍の要職についているからなのか、ミシェルの耳にはその情報が入っていたようだ。彼女の様子からして信憑性の薄い情報だったようだが、対するメテオライトの反応は冷めたものだ。
「ねえ、テオ。あなたさっき自分で挙げた方々から自分の評判が悪いって解っておりますの?」
「そりゃあ、まあ。自分の兵種説明にまで書いてあるから嫌でも判るよ。なんてったって親兄弟を切って自分の立場を固めたんだから。デルフィニウム侯爵家みたいに領地が縮小されたり、これまで裏切りが露呈しないままいつ白日の下に曝されるのかとビクビクしている連中から見ればね」
俺たちで対処した内通者のデルフィニウム侯爵は死をもって償うこととなったが、聖王国の貴族というのはそれなりに一族の人数が多い。一族郎党皆殺しだなんてことをすれば領地が回らなくなるし、地域によってはその一族が治めているから聖王国に帰順しているという地域も存在する。
「こっちで警戒するべき範囲は把握した。だがシスル王国もまだ落ち着いちゃいないんだろ? 大丈夫なのか?」
「シスル国内のほうは四侯爵家のうち半分はこっち側だ。残り二つはマラカイト将軍の失脚で存亡危ういクレマチス家と、帝国との度重なる戦闘で跡取りが全滅したアマリリス家だから心配はいらないよ」
シスル王国の四侯爵家がどの程度の影響力を持っているのかは知らないが、爵位の格からして高位貴族なのは間違いない。ミスルトー家やラナンキュラス家は古い名家だと聞いているので他の二侯爵もそれなりに歴史ある家なのだろう。ならば下級貴族たちへの影響力が強そうだ。
頭の中で情報を反復し整理する。セフィロトの大図書館での戦いがひと段落つき、もとの場所へ帰ることが出来たら聖王国内部の人間関係や貴族たちの動きに注意する、暇があったらその他イレギュラーを探す。近衛の仕事をしながらになるが、交代制なので纏まった休暇もとれるし大丈夫だろう。
「シリーズ十作目だなんて銘打ってはいるけど、本来であれば【漆黒のレギンレイヴ】はシリーズ二作目として発表するべきだった作品なんだよね」
紅茶をひと口含んだ後、盛大な溜息を吐きながらメテオライトは口を開く。飲む前に山ほどの角砂糖を入れていたので、すごく甘そうだ。
「たしかに。直接の続編にしては随分あいだが開いてるよな」
メテオライト曰く、『大人の事情』で発表が遅れたのが【漆黒のレギンレイヴ】だそうだ。主にレイティングで揉めていたらしい。
そのせいもあってなのかシナリオを付け足したり削ったりした部分が多数存在するらしく、ケイオスがどれを採用しているのかも不明で、今現在では意思の疎通も不可能なので確認もできない状態らしい。
「時代の変化とか、技術の進歩でシステム面も大幅に変わったりしたせいで整合性が取れなくなった部分が多くなっているというか……設定変更し過ぎて僕自身がどれを採用したかごっちゃになっていて、君たちに渡している先の物語がどうにも書き出せないんだよ」
そのまま続けるようにシナリオ分岐とか前作である【月虹のレギンレイヴ】の後日談が無かったことになってしまうキャラクターの存在などを説明してくる。シリーズが進みゲーム製作にかかわる人間が増え、一部のサブシナリオは他のライターが担当していたとかで記憶が薄いらしい。
「ああ。でもエリアスが喜びそうなのはあるよ。例の二人のペアエンド」
俺は身を乗り出した。立ち上がった拍子に椅子がガタっと大きな音を立てる。
「その話。詳しく聞かせてもらおうか」
俺というか前世が好むネタではあるのだが、友人としてラウルスを見ていると応援したくなるシチュエーション満載が過ぎるのだ。
「わたくしも、フェイス様が幸せになるお話でしたら大歓迎でしてよ」
ミシェルのほうも聞く体制に入ったようで、お菓子をテーブルに敷いたハンカチの上に並べている。彼女がお菓子をどこから出したのかは知らないが、保存食とか非常食ぐらいなら俺も持ち歩いているのでドライフルーツを出した。
この日は安息日とされ総じて休日だ。何月何日とかではなく『栄誉の日』とか『威厳の日』などと名付けられおり、ローレッタ大陸では春分前が該当する。俺たちにとっては春分は新年でもあるので、各地では新しい春の訪れを祝う祭りなんかも催されるのだ。
しかもこの日はレギンレイヴシリーズの第一作目である【月虹のレギンレイヴ】の発売日だ。なので当然だが周年イベントが開催される。期間限定で解放される年代記や周回マップ、邪悪の樹での規定数討伐ミッション等々やることが多いのだが運営が召喚の札を始めとする課金アイテムをばら撒いてくれる一大イベントなのだ。
「投票券集めを先にするか、邪悪の樹レコードを早めに片付けてしまうか……う~ん」
ミシェルと連れ立って歩いていると、掲示板を見ながらタマキが頭を悩ませているのを見つける。
投票券集めは周回マップでの入手なのだが、ここはプレイヤーの行動力消費が激しい場所だ。この周年イベントと並行して人気投票のイベントも開催されているのだが、投票券を入手しないと投票が出来ないので時間と財力での殴り合いが発生する。
邪悪の樹のレコードは規定数の討伐なのだが楽なものが多い。ぱっと見の数字は大きいのだが、他と並行してクリアできるので簡単に終わるだろう。
「今日は1マップが限度なんですよね」
「まあ、何か用事でもありますの?」
「新しい家庭教師が来るんで、その顔合わせですね。そのまま授業になるんで、結構遅くまでかかっちゃいそうなんです」
俺たちの体感では結構な時間に感じるのだが、プレイヤーの立場で見ると1マップ攻略に掛かる時間は五分にも満たない。そんな条件で見ると、本当に合間を縫ってログインしているのだろう。タマキの表情は残念そうだ。
「まずは簡単なところから片付けてしまえばいいんじゃないか?」
俺の記憶に間違いがなければ、周年イベントで一番簡単なのは年代記・異伝だ。無課金で☆5を持っていなくても攻略できる程度の難易度なので、報酬目当てであればここから攻略するのが手っ取り早い。
「う~ん。それもそうですね。ではまず年代記を片付けてしまいましょう!」
そのままメンバーを集めると門を潜り年代記へと侵入する。舞台となるのはシリーズ一作目【月虹のレギンレイヴ】の世界。
場所はアイリス城でマップボスはルイス王子。モブ敵は一人もおらず、バーナード将軍やホープといったアイリス王国の騎士たちが周囲を固めている。アイリス城の作りは優美なローレッタ城や、堅牢なシスル城とはまた違った趣の城塞だ。富と権力を象徴する建築美を表すのが聖王国式であれば、アイリス式は質実剛健の城といえる。
周年記念マップである年代記・異伝【世界が生まれた日】の報酬は出撃キャラによって異なる。今回はレアリティが☆4のキャラクターが既定のマップで二人以上出撃かつ生存した状態でクリアすると、投票券やアニバーサリーコインを貰えるレコードの達成をしに来たところだ。
「よく来てくれたね。知っているかもしれないけど僕はルイス。このアイリス王国の王子で、これから父の遺志を継ぎ王となる者だよ」
状況としては月虹のレギンレイヴのエンディングであるルイス王子の戴冠式だ。礼服に身を包んだ王子は儀礼用の剣を携え玉座の前に立っている。挨拶を済ませると戦いが始まった。
今回の年代記・異伝は周年イベントというコンセプトなので、やっていることは祝い事だ。殺し合いではなく、お互いを高め合うための試合の意味合いが強い。
「ミシェルさんとエリアスさんは柱を上手く利用しながらアーネストさんとジェラードさんの相手をお願いします! バーナード将軍とジェフリーさんはオニキスさんとテオさんでやっつけますんで、片付いたら合流してホープさんとルイスさんを倒しに行きましょう!」
このマップは初心者でも簡単にクリアできるように調整されているので、特に山場となるところもなく攻略が進むだろう。
「帰ったころには春分のパンも焼きあがっているでしょうし、のんびりとお茶でもしましょう」
「そうだな。そういえば道具屋でも祭壇用の卵を置いていたけど、まだ絵付けってやってないや」
「それでしたら一緒に作りましょうか。わたくし得意ですのよ」
描く模様ごとの意味も教えて差し上げます――そう付け足しながらミシェルは敵を蹴散らす。そのタイミングを見計らってミシェルを背後に引き戻すと、残ったもう一人を相手に俺は剣を交える。
雑談する余裕すら持ちながら戦闘を進めると、決着がつくのは早かった。
「ははっ、流石だね。僕もまだまだ頑張らないといけないや」
ルイス王子のセリフと共にエンドイベントが始まりアイリス軍の面々とお互いの健闘を称え合うと、この日のぶんの年代記の攻略は終わった。
大図書館へと帰還するとタマキは自宅に戻ると駆け足に去っていき、俺たちはそれを見送る。
先ほど約束した卵の絵付けの場所を相談しながら歩いていると、珍しく迎えに来てくれていたメテオライトに声を掛けられる。
「やあ、二人ともお疲れ。ちょっと三人だけで話せるかい? 君たちに確認したいことがあるんだけどさ」
メテオライトにはお道化たり、ふざけた様子はなく真剣な表情で問いかけてくる。
「なんだよ。改まって」
「タマキの様子からして、僕たちもそろそろローレッタ大陸に帰ることになりそうだからね。今のうちに落ち着いて話しておきたいことがあるんだ」
そのまま特に会話らしい会話もなく廊下を進み、あまり人気のない喫茶室に入るとメテオライトはおもむろに口を開いた。
「前世の自分のこと、今どれくらい思い出せる?」
メテオライトの質問にミシェルが驚いた表情を見せた。彼女には何か心当たりがあるのだろう。
俺はゲームの知識はよく使用するから思い出すけれど、前世の人格の趣味嗜好などは最近では考えても居なかった。なので久しぶりにその記憶を辿る。
「前世のこと? 名前は『緑川ゆかり』だったな。男女の主従が大好きで、職業は……あれ?」
言われてみて初めて気が付いた。前世がどのように生活していたのか上手く思い出せない。ゲームに関係する部分ははっきりと思い出せるのだが、ほかの部分は殆どが思い出せないのだ。
「まさかテオ。お前が『黒谷累』だったことを忘れてるってことは……?」
「さすがにその辺は大丈夫だよ。ただね、持っている情報の消え方が早いんだ。まあ、物心ついた時点で前世の記憶があったから仕方のないことだけど」
人間の記憶というのは年月を経て徐々に薄らいでいくものだ――そう付け足すとメテオライトは懐から一つの宝珠を取り出して見せた。以前キルケから回収した黒い宝珠――漆黒のレギンレイヴである。
「まあ、それは置いといて。僕が覚えている範囲で忘れないうちに伝えておきたい情報が一つ存在する。設定の穴だ」
「設定の穴?」
「例えば君の父親の愛馬の名前なんて、設定されていても正直どうでもいい情報に分類されるだろう?」
「うん。まあ、そうだな」
親父の愛馬といえば最近ではすっかり農耕馬と化しているゼノンのことだ。親父が現役だった時代は数多の戦場を駆けまわったそうだが、今ではそのガタイの良さを生かして重い荷物などを運んでいる。勿論だが親父はゲームに登場していないので、メテオライトの言う通りどうでもいい情報である。
「このセフィロトは分からないけど、僕たちが暮らしていたローレッタ大陸は『黒谷累』に構ってちゃん攻撃をした暇神の作り出した場所なんだ。薄っすらと残る記憶では黒谷累が『設定する必要性を感じなかった部分』を埋め立てていたんだよね」
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「私の記憶では『神さま』はけっこう気前がよろしい方でしたけど、問題になりそうなことがあるという事ですの?」
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「どこが問題になるのかが判らないから困るんだ。ケイオスは遊び相手として僕たちを転生させたくらいだからね。シェフの気まぐれメニュー状態だ。だからもし何か気になること、不自然な部分を見つけたら気にかけておいて欲しい。彼、いや彼女は何をしでかすか判らないからね」
暇神あらためケイオスは以前に名前だけ教えてくれた存在だ。相変わらず俺には心当たりのない相手なのだが、思い出せないだけなのかもしれない。
今のところはその神さまの気まぐれで困ったことは起きていない。俺が気にしなさすぎの可能性もあるが、向こうに居た頃で変に困っていることは無かった筈だ。
「心配すべき部分は人間関係もなんだよね。こっちのローレッタ大陸ってゲームでは死んでいるはずの人間が何人も生存しているだろう?」
「確かにそうだな。思いつくだけでも四・五人はいる」
主な例としてはグレアム陛下や王弟のアントン殿下、ルイス王子の父親であるアイリス国王トラヴィスなんかが大きな影響を持っているだろう。
「人間関係に関しては不仲とまではいかなくても『コイツ気が合わないな』とか、そういうレベルの関係が一番怖いというか……」
「ちょっとした切っ掛けで敵対する可能性があるってことか?」
「ありていに言えばそうだね。向こうに帰ってからはアントン殿下とか、処断されていない諸侯の動きに目を光らせておいてよ。黒谷の勘がこの辺りがイレギュラーになりやすいって言ってるから」
アントン殿下は聖王国から避難した後、王都を奪回するまでずっとアイリス王国で隠れ住んでいた。気が弱く卑屈な性格をしているらしいのだが、確かに立場的に気になる相手である。
処断されていない諸侯というのは、ほとんど終盤まで日和見を決め込んでいた者たちのことだろう。聖王国の貴族の中には帝国側に付いていたものも居たのだが、一族全体でみるとほんの一部であったり、領地を全て取り上げると戦後の混乱を切り抜けるのは難しいなどの理由で不問とされているのがほとんどだ。
「処断されていない諸侯といえば、テオの親父さんはどうなんだ? たしか聖王国を宗主国とする国々の王って、聖王国の爵位も持っているよな」
「その爵位は僕が既に相続しているから問題ないよ。乗っ取る形での代替わりだし、知っている通り陛下の赦しも得ているからね。父上もいつの間にか自害していたから、これ以上は処断しようがないだろう」
「は……?」
茶を淹れながら、まるで世間話でもするかのようにメテオライトは自らの父の死を伝えてきた。
シスル国王マーティンは原作ゲームでは一応、敵将として登場するのだが同章に登場するオニキスのほうがどうしても目立つのであまり印象に残っていない。
だが蟄居させれられいたとはいえ、もとは一国の王である。その死が外部に伝わっていないのはどういうことなのだろうか。
「噂には聞いておりましたけど、本当でしたのね」
多くの密偵を抱えるリリエンソール公爵家だからか、聖王国軍の要職についているからなのか、ミシェルの耳にはその情報が入っていたようだ。彼女の様子からして信憑性の薄い情報だったようだが、対するメテオライトの反応は冷めたものだ。
「ねえ、テオ。あなたさっき自分で挙げた方々から自分の評判が悪いって解っておりますの?」
「そりゃあ、まあ。自分の兵種説明にまで書いてあるから嫌でも判るよ。なんてったって親兄弟を切って自分の立場を固めたんだから。デルフィニウム侯爵家みたいに領地が縮小されたり、これまで裏切りが露呈しないままいつ白日の下に曝されるのかとビクビクしている連中から見ればね」
俺たちで対処した内通者のデルフィニウム侯爵は死をもって償うこととなったが、聖王国の貴族というのはそれなりに一族の人数が多い。一族郎党皆殺しだなんてことをすれば領地が回らなくなるし、地域によってはその一族が治めているから聖王国に帰順しているという地域も存在する。
「こっちで警戒するべき範囲は把握した。だがシスル王国もまだ落ち着いちゃいないんだろ? 大丈夫なのか?」
「シスル国内のほうは四侯爵家のうち半分はこっち側だ。残り二つはマラカイト将軍の失脚で存亡危ういクレマチス家と、帝国との度重なる戦闘で跡取りが全滅したアマリリス家だから心配はいらないよ」
シスル王国の四侯爵家がどの程度の影響力を持っているのかは知らないが、爵位の格からして高位貴族なのは間違いない。ミスルトー家やラナンキュラス家は古い名家だと聞いているので他の二侯爵もそれなりに歴史ある家なのだろう。ならば下級貴族たちへの影響力が強そうだ。
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「シリーズ十作目だなんて銘打ってはいるけど、本来であれば【漆黒のレギンレイヴ】はシリーズ二作目として発表するべきだった作品なんだよね」
紅茶をひと口含んだ後、盛大な溜息を吐きながらメテオライトは口を開く。飲む前に山ほどの角砂糖を入れていたので、すごく甘そうだ。
「たしかに。直接の続編にしては随分あいだが開いてるよな」
メテオライト曰く、『大人の事情』で発表が遅れたのが【漆黒のレギンレイヴ】だそうだ。主にレイティングで揉めていたらしい。
そのせいもあってなのかシナリオを付け足したり削ったりした部分が多数存在するらしく、ケイオスがどれを採用しているのかも不明で、今現在では意思の疎通も不可能なので確認もできない状態らしい。
「時代の変化とか、技術の進歩でシステム面も大幅に変わったりしたせいで整合性が取れなくなった部分が多くなっているというか……設定変更し過ぎて僕自身がどれを採用したかごっちゃになっていて、君たちに渡している先の物語がどうにも書き出せないんだよ」
そのまま続けるようにシナリオ分岐とか前作である【月虹のレギンレイヴ】の後日談が無かったことになってしまうキャラクターの存在などを説明してくる。シリーズが進みゲーム製作にかかわる人間が増え、一部のサブシナリオは他のライターが担当していたとかで記憶が薄いらしい。
「ああ。でもエリアスが喜びそうなのはあるよ。例の二人のペアエンド」
俺は身を乗り出した。立ち上がった拍子に椅子がガタっと大きな音を立てる。
「その話。詳しく聞かせてもらおうか」
俺というか前世が好むネタではあるのだが、友人としてラウルスを見ていると応援したくなるシチュエーション満載が過ぎるのだ。
「わたくしも、フェイス様が幸せになるお話でしたら大歓迎でしてよ」
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