翠緑の勇者は氷の魔女とお近づきになりたい

大鳳ヒナ子

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第二部

第25話 邪悪の樹・下層1i

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「これからしばらくセフィロトに来られなくなっちゃうので、今日は邪悪の樹を最後まで攻略します」

 少し暗い顔をしたタマキが広間に顔を見せるなり吐き出したのはそんな言葉だ。何かしらの事情があって暫くのあいだゲームが出来なくなってしまうのだろう。彼女の年齢からその理由はなんとなく察しが付いた。

 レギンレイヴ・リコレクションズの第一章の最後は、邪悪の樹と呼ばれる塔の最深部へ侵入し攻略することが目的だ。今日の攻略先である邪悪の樹の下層1iは第一章のラストに相応しい難易度で、前世では1エリアもクリアできないままだった場所だ。
 この階層はマップボスである邪悪の樹の悪魔以外にも各エリアに固定の敵キャラクターが数体出現するはずなのだが、ネタバレ禁止令があったのでその全容は判らない。ただ一部のプレイヤーたちがSNS上で意味不明な奇声をあげていたのは覚えている。

 まずは1iのエリア1。ここは全5エリア中で一番の手前なので固定の敵もおらず、難易度も低いはずなのだ。モブ兵士は一切登場せず敵として立っているのは英雄の虚構だけで、しかもレアリティは☆5のみである。

「さすがは最深部だけあって凄いですね。こっちもアイテムを出し惜しみしないで慎重にガンガン行きましょう」

 敵の編成は古今東西のオニキス系騎士や歴代主人公などの虚構だ。彼らを前にしたタマキは『軍師の眼』でそのステータスを確認したのか緊張した様子が窺える。
 それを励ますように何人かが声を掛けると緊張がほぐれたのか、少し笑うと「必ずみんなで帰って来よう」とシリーズの主人公たちお馴染みの最終決戦前のセリフを吐きだす。

 邪悪の樹の各層では最終エリアの攻略で各シリーズの主人公たちが入手できる。塔とは名ばかりの施設は地下へ地下へと伸びており、フロア数はカウントダウン形式だ。一番最初の10iではルイス王子、次の9iではセシルといった風にシリーズの発売順に配布され、ここの直前である2iではドルフの持つ神器が最終段階へと進化する。
 俺は前世で1iは未クリアだったのと、公式からのネタバレ禁止令のせいでこのフロアの配布キャラが誰なのかを知らない。だが順当にいけば【漆黒のレギンレイヴ】の主人公が配布される筈なのである。しかし肝心の本人は俺のすぐ隣に立っていた。

「残念だけど1iの配布は僕じゃないよ。知っての通りガチャから通常排出される系の主人公だからね。しかも僕は漆黒のレギンレイヴ早期購入特典だ」

 購入特典というのは初耳だったが、別パターンで配布されているのであれば二重での配布は無いだろう。それに歴代主人公には色々とお約束が存在する。

「まあ、そうだな。テオって名前が三文字じゃないし、そもそも『ル』がついてない。あと髪色が青系じゃないし、服も白くない」
「ありゃ。やっぱりそういう印象ついちゃってるのか。この階層はスピネルが配布だよ」
「まだ増えるのかスピレンジャー」

 赤青緑黄黒の五色が既に実装されている同名のキャラクターなので俺が勝手に名付けたのだが、メテオライトはニヤリと笑うと――

「シスル戦隊スピレンジャーは全部で五人と見せかけておいて、じつは六人いたんだ」
「なっ、ナンダッテー」

 たいして驚愕するような事実ではないが、こういう時のお約束として俺は棒読みで驚く。その後はなぜかハイタッチで締めた。

「この先はナーフしろって言われる自信のあるキャラクターも飛び出してくるから、楽しみにしていなよ」
「前に言ってた『メテオライト絶対殺すマン』とかか?」
「あれは他にも不味い感じのが……HP1の状態で100ターンくらい行動不能にする奥義とか持ってるはず。まあ漆黒では自軍ユニットだから困らないだろうけどね」
「これから戦うことになるとしたら辛いな。いやでも俺だと効果半減だから50ターン行動不能で済むんじゃ……いや、無いな」

 配布キャラや前世の記憶に残るマップの実装時期を考えると、固定の敵キャラクターは漆黒のレギンレイヴからの登場で間違いないだろう。俺たちの原作である月虹のレギンレイヴの数年後の世界となると、キャラクターの使いまわしも多いのだが追加キャラクターも居るだろうから楽しみだ。

「そういえば敵として出てきた時は強いのに、仲間になると弱くなる現象ってあったよな」
「まあ……そうだね。原作オニキスなんかが良い例じゃない? 漆黒だとステータスとか成長率死んでるし」
「えっ、オニキス殿も出るのか?」
「あっ、やばっ! 待って、今のなしで」

 月虹のレギンレイヴ終盤で死亡ないしは行方不明扱いになるオニキスだが、結構な人気のあるキャラだったので続投は当然なのだろう。まだ見ぬシナリオのネタバレは本意じゃないし、あまり言及せずタマキに呼ばれたメテオライトを見送る。

「聞こえましたわよ」
「うわっ! ミシェルか。驚かさないでくれ」

 背後から急に話しかけられ肩がびくりと跳ねる。振り向いてみると立っていたのはミシェルだ。彼女の前世はオニキス推しだったので気になるのだろう。どのように登場するのだろうかとか想像を膨らませている。

「あんまり他の男の話ばかりだと、妬いちゃうよ?」
「あっ、ごめんあそばせ」
「うん。いいよ。……なあ、ミシェル。手を繋いでも良いかな?」
「それくらいでしたら別に聞かなくても良いでしょう?」

 俺はそっと差し出されたミシェルの手を取ると指を絡めた。手袋越しでも判るひんやりとした彼女の体温が伝わる。

「そう言えば私もエリアスもまだ好感度アイテムが見つかっていないでしょう? 元の世界に帰ることになったら、それらのアイテムってどうなってしまうのかしら」

 出発前に聞かされた話だと、邪悪の樹を攻略し終えれば俺たちは役目を果たしたという事で元の大陸の元居た時代へと送還されるらしい。

「帰る時に一緒に帰してくれると嬉しいな」
「そうじゃないと困ります。あれには大事なメモが挟まっているのですもの」
「うん。俺もあれが戻ってこないと困って、死んでしまうかもしれない」
「そっ、そんなに大切なものですの?」

 心配するようにミシェルは俺を見上げてくる。少し大げさすぎたかもしれないが、庶民の感覚が抜けない俺にはあの指輪はかなり高価なものだ。ああ、でもミシェルが居れば大丈夫かも――そう思えば気が楽になった。

「うん。でもミシェル分を補充すれば大丈夫かな」
「ふふっ、なんですの。そのミシェル分というのは?」
「俺が元気になる成分。キスとかハグで沢山摂取できる」

 いうと同時にミシェルを抱きしめる。嗅ぎ慣れた花の香りが鼻腔をくすぐる。緊張を解すように深呼吸した。

「元気になりまして?」

 俺の背に腕を回していたミシェルが片腕を伸ばし、俺の頭を撫でる。なんだかあやされている気分だが悪くないと思った。

「ありがとう。凄く元気になった」
「それでも無理をしてはダメでしてよ?」
「ああ。でもミシェルも危ないと思った時は、すぐに俺の後ろへ隠れるんだよ?」
「はい。頼りにしております」

 お互いの頬へ口付けあう。これがセフィロトの大図書館における俺たちの最後の仕事となるのだ。緊張しないわけではないが、見たことのない場所というのは多少なりとも身構えてしまう。
 俺たちはタマキにゲームをクリアさせるという決意を胸に邪悪の樹内部へと足を踏み入れた。



「このエリアは地点突破でもクリア扱いになるみたいですので、状況によっては強行突破しちゃいましょう」

 この階層ではこれまでと違い戦闘不能者が出ると、ターン終了時に控え部隊から同数が補充されることになる。ようするにロケット鉛筆形式だ。
 先陣を切るのはセシルたち騎馬部隊。俺は今のところは控え部隊にいるので戦闘には不参加なのだが、この階層自体から嫌な気配を感じ取っていた。このフロアを支配する邪悪の樹の悪魔なのか、あるいはフードの男か。はたまた別の存在なのかは判らない。

 前線で戦闘を行っている部隊を追いかけるように控え部隊のみんなで追いかけていく。周囲の景色は石畳の敷かれた街並みなので舗装されているぶん動きやすいのは幸いだ。

 前方を見る限り攻略は順調のようだ。タマキが惜しみなくアイテムやスキルを使用して居るのか、強行軍に近いがどんどん進んでいる。だがそのおかげもあってか俺たち控え部隊にはまだ出番が回ってくる気配はない。

「まずは順調みたいだな。この調子で進めばいいんだが」
「そうですわね」

 エリア1を攻略したところで休む間もなくエリア2に突入することになる。空間はいきなり夜の闇に包まれた。
 遠くには俺たちの行く手を阻むかのように敵影が見える。シルエットからして騎兵ばかりなのだが、一騎を除いて英雄たちの虚構しかいないのだろう。思ったよりも静かな場所だった。

「綺麗な場所ですわね」

 周囲を見渡しながらミシェルがいう。先ほどの場所はそれなりに栄えた街中のような景色であったが、エリア2となるこの場所はどこかの遺跡内部といった様子だ。建築様式としては聖王国では馴染みがないのだが、砂漠の向こうで見たことのある作りに似ている。

 それは神竜族の神殿だった。等間隔で並ぶ幾つもの白い石柱、黄金比で配置された階段や屋根。天井に描かれた星図は周囲の夜空に負けず劣らず、どれをとっても美しい神殿だ。しかしそこに一基だけ、壊された女神像が存在した。

「この石像……」

 執拗に壊されているが、辛うじて形と保っているパーツがあった。女神の頭部の上半分――布で覆われていると思われる眼のあたりを指でなぞり確認する。見覚えのある紋様が刻まれているのが分かった。以前マーリンに渡された護符や、未踏の地の神殿などで見掛けたあの紋様である。
 近くには罪を測る天秤と罰を与える剣――女神アストレアの持物が、女神像と同じく破損した状態で転がっていた。

 ふいに騎馬の足音が聞こえる。音の聞こえた方角に目をやると敵影を確認した。
 敵の大将と思しきその一騎は不気味なオーラを放つ黒騎士であった。これまでのシリーズに登場したどのキャラクターにも当てはまらないことから、漆黒からの参戦キャラクターなのだろう。その手には鎧と同じく不気味で禍々しい槍が握られていた。

 黒騎士はその槍を掲げると騎馬を嘶かせ、こちらへと勢いよく突進してくる。馬の嘶きだと思っていた声が男の叫び声だと分かったのは、黒騎士がすぐ近くまで来てからのことであった。
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