翠緑の勇者は氷の魔女とお近づきになりたい

大鳳ヒナ子

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第二部

第26話 暗黒騎士《ダークナイト》

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 耳をつんざくような叫びが辺り一帯に響く。声の主である黒騎士は物凄い勢いで先発部隊を蹂躙し始める。その戦いぶりはさながら獣のようだ。
 遠距離攻撃にも対応しているところを見ると、その手のスキルを持っているのだろう。漆黒の鎧に身を包んだ不気味な騎士は時折、悲鳴にも似た鼓膜を裂かんばかりの叫び声を上げながら戦場を暴れまわる。

「なっ、なんですのあの方は?」

 ミシェルを始めとする俺たち控え部隊の足が止まる。黒騎士の迫力で浮足立ったことにより出遅れてしまったが、その間にも先発部隊は人数を減らしている。

「まずいっ! 急いでタマキたちに合流するぞ!」

 俺は剣を抜き走る。あの勢いで攻められては押し負ける可能性があるからだ。
 黒騎士が掲げているのは黒地に紫色で染め抜かれたシスル王国軍の紋章だ。シスル騎士はローレッタ大陸最強と名高いのだが、その頂点に立っていたオニキスが押し負けているのだから油断はできない。

 先発部隊の半分が戦闘不能となり大図書館へと送還されているようだ。徐々に徐々にとタマキの守りが薄くなっている。
 騎馬部隊のサポートに付いていたメテオライトがそのまま戦闘に参加しており、タマキの盾になるようにして黒騎士の前に立ち塞がっていた。

「テオっ! タマキも無事か!?」

 二人を庇うように前に飛び出す。目の前の黒騎士が駆る騎馬の体格の良さも相まって物凄い迫力だ。頭部を覆う兜の隙間から赤紫色の瞳が睨んでくる。

「滅べ……」

 俺の脇腹をえぐるように槍が突き出された。とても重い一撃だ。反撃するも固い鎧に阻まれ殆ど手ごたえを感じない。
 兜の中で反響する黒騎士の声は、その後も恨み言ばかりを吐き出していた。

 その後も次々に英雄の虚構が攻め入ってくる。陣形など在ってないような状態だ。

「ア″ア″アアアアアッ――!」

 黒騎士の慟哭が響く。鼓膜を破らんばかりのその声が刃のように俺たちの身を裂いた。先ほどもこの声を聴いたが、周囲を確認した感じだと一定の範囲内に居るとダメージを受けるらしい。

 混沌とした戦場でタマキの指示はほとんど聞こえない。こうなると各自で判断するしかない。黒騎士との戦いに集中するためにも、先に周囲の雑魚を片付けたほうがいいだろう。

「エリアスっ! 周りの雑魚は削っちゃだめだ!」

 手近なところにいる剣を装備した騎士を攻撃しようとしたところで、メテオライトの叫ぶ声が聞こえる。思わず手を止めると声を張り上げる。

「なんでだよ!」
「黒騎士の奥義の威力をブーストしちゃうんだよ!」

 敵の頭数を減らせないのは痛いところだが、そういった内容の奥義は敵の数が多い場所では馬鹿に出来ない。
 見かけによらず仲間思いなのか黒騎士が纏う闇の気配がそうさせるのかは知らないが、撃破しない方向となると最初に黒騎士を倒してからとなるだろう。しかし攻撃力と素早さが高い黒騎士相手に対抗手段は限られる。
 ここまで押されている状況だと撤退して準備を整えてから改めてといったほうが建設的だが、タマキの事情からしてそんな時間は取れないだろう。

 あえて隙を探すのであれば、黒騎士は本来であれば剣士なのではないだろうか。攻撃の威力や素早い身のこなしで分かりにくいが、他の騎士たちに比べて騎馬の扱いも槍の扱いも慣れていない様子だ。槍の長所を知ってはいるが経験不足に見える節がある。

「あそこに見える地点まで全力で移動してこのエリアを突破します。アイテムとかプレイヤースキル放出するんで、皆さんどうにか耐えてください!」

 プレイヤーレベルが一定以上になると習得するスキルに敵の移動範囲の制限というものがある。制限が付くのは1ターンだけなのだが、それだけあれば侵入コストがかかる地形を通らなければ追いつかれることは無い。
 ここは規定ユニットの地点突破でもクリアする仕組みらしいエリアなので、今はそれが最良の手段だろう。タマキの指示により全員が彼女を追いかけるように突破地点へと走る。

「憎い……」

 黒騎士が追いかけてくる。しかしタマキが使用したスキルのおかげで足をとられ移動力が落ちているようだ。俺たちが黒騎士に追いつかれることは無かった。
 突破地点の柱を間を走り抜けると別の空間へと飛ばされる。振り返っても黒騎士の追撃は無い。



 今度の空間は何処かの渓谷、雰囲気としてはリリエンソール渓谷に似た場所だ。少し離れた場所に遺跡を見つけると全員で手分けして安全確認をする。
 設置されている石像はデザインこそよくあるガーゴイルなのだが、調べた魔導士たちの話によれば本当にただの石像のようで襲われる心配は無いようだ。

 比較的軽傷だった俺は傷薬で手早く治療を済ませる。そのあとは廃墟に敵が潜んでいないかと探索していると、宝箱が一つ置いてあるのを発見した。箱の色からして誰かの好感度アイテムが入っているものだろう。念の為にあまり大きな音をたてないようにして開けると、箱の中には一冊の手帳が入っていた。型押しされた革製カバーのデザインには見覚えがある。ミシェルが研究ノートとして使っている手帳だ。
 念の為にと最初の数ページを軽く捲って確認してみる。癖の強い彼女の手書きの文字が所狭しと書かれていた。間違いない。これはミシェルの研究ノートだ。

 たしかミシェルの話では大事なメモが挟んであるとのことだった。どのような内容なのかは聞いていないが、挟んであるという事はどこかのページではなく別の紙という事だろう。パラパラとめくってメモが無事かどうか探していると、丁寧に折り畳まれた一枚の紙が挟まっているのを見つける。
 どうせ難解な内容で理解などできないと思ったけど、なんとなく開いて中身を確認する。メモにはミシェルのものとは別の筆跡の文字が書かれていた。いや、これは俺が以前シスル王国で書いたあの神竜族の文字ではないか。

「えっ……?」

 どうしよう。すごく嬉しい。あの頃は意味も解らず模写しただけの文字だったが、内容を知った今は彼女がこのメモを肌身離さず持ち歩いていたという事実に興奮している。

「何か見つかりまして?」

 絶妙なタイミングで背後からミシェルが現れる。この手帳は彼女にとって大切なものだ。なので速やかに彼女へと渡すべきなのだが、俺が手帳を閉じるよりも早く――例のメモを開いた状態をしっかりと目撃されていた。

「みっ、見ましたのっ!?」

 耳まで真っ赤になったミシェルが両手で顔を覆い悶絶する。恥じらうようなミシェルの姿が余りにも可愛らしく思わず腕の中に閉じ込める。抵抗するように胸をぽかぽかと殴られるが彼女の腕力では全く痛くない。

「まずはみんなのところに戻ろう。な?」

 ミシェルに手帳を返すと彼女の手を引いて戻る。
 休憩場所に選んだ広場では、黒騎士との戦いで無事だった者たちの手当てをしていたタマキたちがひと段落ついていた。

「あっ! エリアスさ~ん、ミシェルさんも!」

 タマキに呼ばれみんなが集まっている場所に向かうと傷薬の補給を受ける。
 そのあとは先鋒の騎馬部隊が先ほどの黒騎士との戦いで壊滅状態になったので編成を調整しながら、次のエリアへと偵察に出ている盗賊系キャラクターたちの帰還を待つ。

「先ほどのエリアでは固定キャラのアイオライト卿を倒していないので、たぶん次かその次のエリアにも登場すると思います」
「逃亡は一時しのぎにしかならないってことか」
「はい。なので出来れば反撃を受けない状況に持ち込めればいいんですけど……」

 タマキの言い分からして黒騎士はこちらを追跡してきているだろうから、のんびりはしていられない。
 黒騎士――アイオライト卿というらしい彼は近接武器である槍しか装備していないのだが、魔法による攻撃にも反撃していたという事は射程に関係なく反撃できるスキルを持っているのだろう。あの火力で来られると守備の低い魔導士系では反撃を受けた時点で耐えきれないだろうし、弓兵たちに到っては火力不足なので難しいだろう。

「ええっと、タマキ。さっきの黒騎士って、うちの騎士ってことで良いんだよね?」
「はいそうですよ。って、まさかメテオライトさんもアイオライト卿の中の人知らないんですか!?」
「うん。知らないね。多分うちにはまだ居ないんじゃないかな。あれだけ強ければ目立つだろうし」

 そう返すメテオライトの表情は本当に知らなさそうだ。これが以前話していた思い出せない部分なのだろう。黒騎士の所属に関しては『軍師の眼』で覗き見なくともシスル王国の旗を掲げていたので、その所属は俺でも判ったくらいだ。

「う~ん。漆黒で条件満たせてなくて登場すらしてくれないから、公式発表分しか判らないんですよね」

 タマキの説明によると先ほどの黒騎士の名はアイオライト・ルーペス・アマリリス。シスル王国のアマリリス侯爵位を持つ貴族で、『混沌の魔槍』と呼ばれる神器を操る暗黒騎士ダークナイトだそうだ。

「そう言われても知らないものは知らないし……オニキスは知ってるかい?」

 メテオライトの質問にタマキは知っている範囲の情報を付け足すが、それに対してオニキスは首を捻る。

「いえ。残念ながら。それにアマリリス侯爵家といえば帝国との戦いで跡取り候補がすべて戦死して、病に倒れた侯爵一人が残るだけの家ですので、その……」
「存在しないはずの跡取り……どこかから養子でも貰ったのかな。でもあそこの侯爵は心を病んでいるから、そんな判断力はないだろうし」
「もしかしたら出奔したサフィルス卿の縁者かもしれませんね。あの方は、その……マーティン陛下のことを嫌っておりましたがラナンキュラス家とは懇意にされていたそうですし」
「サフィルス……ああ、そうか。そうだね」

 メテオライトとオニキスが話す中、不意に木の枝を踏んだ音が響く。突然の物音に全員が身構え音の聞こえたほうへと一斉に視線を向ける。
 薄暗い中に緑色の外套が見える。腰には剣が二振り。雲が割れ月明りに照らされるようにしてその姿が見える。

「こちらにはまだ戦意は無い。少し話がしたいのだが、良いだろうか?」

 銀色の髪と夜闇に映える菫色の瞳の男――翠緑の勇者エリアスが俺たちの前に姿を現しそう言った。
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